悪逆皇帝は来世で幸せになります!

CazuSa

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第6章

284.牢屋

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「放しなさい、無礼者っ!」
「大人しくしろっ!」

駆け付けた騎士に腕を掴まれ、強引に連れられる。
冷たい回廊を無理やり歩かされた所為で何度も足が縺れ、いつの間にか裸足になっていた。

しかし、私に慈悲など持ち合わせていない騎士たちは振り向きもしない。

怒鳴るだけで改善しない待遇に顔を歪めるしかできなかった。

私が啖呵を切ったとき、陛下は一瞬驚いたもののすぐに騎士たちを大声で呼び集めた。
そして言い放ったのだ。

『この者を捕らえろ!』と。

少し前まで私を臣民として見ていてくれた人はすでにそこにはなかった。乱暴に騎士たちに捕らえられる私をみても、庇う者などいなかった。ただ目の前の状況に皆、固まってしまっていたのが本当なのだろう。

だが、私にはその反応はあまりにも絶望的なものだった。

せめて、せめて誰か一人でも声を上げてくれる人がいたならば。長い廊下を歩きながらそう思ってしまっていた。そんな事をされても、何も状況は変わらないのに。

「ほらっ、着いたぞ。さっさと入れ!」
「っ! 痛いっ……」

床に投げつけられ尻餅を着いた。
ガシャンっ、という音と共に鉄格子が締まる音がした。
石壁に囲まれ小さく穴をあけただけの小窓が私を照らしている。
どう見てもここは牢屋だった。

「ちょっと、どうして私がこんなところにっ! 待って、行かないでよ!」

冷たい表情のまま騎士は私を仰ぎ見ると、そのままどこかへ行ってしまった。
罪人でも見るような表情が目から離れなかった。

「待ってってば……」

小さな願いは小さな声と共に掻き消されていくようだった。

それから数日。
1日3食きっちり運ばれてくる食事は何ともみすぼらしいもので、私を囚人として扱っていることが容易にわかるような品物だった。例え罪人であったとしても、貴族であればここまで酷い扱いはされない。そもそも罪に問われても牢屋になど入らされることが基本的にないのだ。

それがこの扱い用。

「つまり、それほどまでに私を極悪人として扱っているということよね……」

これではどうあがいても絶望しか待っていないだろう。
取る気も失せた質素な食事は初日から一切手を出しておらず、回収される度にメイドに溜息を吐かれている。
しかしその目に同情などという慈悲は灯ってなどいなかった。

恐らく、私の前世の事は少なくとも宮殿内では広まっているのだろう。
そして、社交界にも。

国民にまで知れ渡っているのかどうかはわからないが、それも時間の問題なのだと思う。

「これじゃあ、奇跡的にここから逃げられたとしても国を捨てるしかないってことなのよね……」

できればこの国を離れることはしたくなかった。
どんな辺境の地でも良いから、この国で暮らして生きたい。
けれど現実問題、ここから生きて帰れる保証もないのにそんなものは夢物語だ。

いつか誰かが、なんて思うだけ無駄だ。
その誰かなど、私にはいないのだから。

「もう、疲れちゃった……」

一日中、冷たい床に寝そべっているだけなのにここに入れられてから酷く疲れてしまう。
何もしていないのに、徐々に体が弱ってきているのがわかった。

瞼が重くなる。
意識が段々と薄れていき、私はゆっくりと目を閉じた。


    ***


『ごめんね。君ばかりに辛い思いをさせて……』
「……だれ?」

この声は聞いた事がある。
懐かしくて、愛おしい。

「リーヴェ」

自分の声なのに、忘れていたなんておかしいの。
辛そうな声は耳元で私だけに届くように囁く。

『でも信じて。彼は決して、君を裏切ったりしないから』
「どうして……?」

誰よりも裏切られ、貶され、辱められた。
私が味わった絶望よりもはるかに辛い現実を彼は知っている。

なのにまだ彼は誰かを信じろと言う。
彼はまだ、誰かを信じられると言っている。

理解できない。
彼の強さなど私には到底理解できないし、手に入れることだってできない。

辛い現実が頭の中で流れ出し、涙が頬を伝って冷たい床を濡らしていく。
彼に会えたのに、こんなに辛い思いをしなければならない事が何より胸を締め付けた。

「どうして、そんなに強く在れるの? 私は貴方みたいに強くなれない。もう誰かを信じることなんてできないよ……」
『ダメだよ、エスティ。君はまだ誰の事も信じていない。なら君が誰かの信頼を期待してはいけないんだ。わたしの所為でそうなってしまったのは分かっている。でも、君がその希望を手に入れないと誰も君を救ってなどくれないよ』
「なによ、それ……」

誰も信じられない? 当たり前じゃない。
だって信じても報われることなんてないって、貴方が教えてくれたんでしょう?
それなのに、なぜ私を責めるようなことをいうの?

わからない。
やっぱり私は貴方のこと、理解できない。

強者が弱者の事がわからないように、弱者だって強者のことなんてわからないのよ。
そして、貴方は強者だわ。

「もう、いいわ。もういいの。このままここで終わりにすれば良いんだから」
「エスティっ!」

怒鳴った声は私の頭を鮮明にした。
彼が大きな声を出す事自体、非常に珍しいことだった。

「君とわたしは同じ人間だ。それは生まれ変わっても変わらない。たとえ何があっても君はわたしでわたしは君なんだ。いくら遠ざけようが、逃げようがその事実は変わらない。だから……」

彼は私の頬に手を当てた。
とても愛おしものを撫でるような手つきだった。
その手はとても冷たいのに、とても柔らかくて暖かった。

「わたしを信じて。わたしの言葉は紛れもなく、君の意志でもあるのだから」

優しいその声は間違いなく、私の声だった。
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