悪逆皇帝は来世で幸せになります!

CazuSa

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第6章

287.夜更けのひと時

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さっきの魔法の腕といい、フィーネ様の使いだということは相当地位の高い魔法使いのはず。
そんな人材を私のために割いてしまうのはもったいないし、彼だってこんな事をさせられるなんて望んでいないはずだ。

優しく諭すように告げ、微笑みかける。
すると小さく息を飲む音が聞こえたと思うと、鉄格子に着くほど顔を近づけた。

「私は望んでこちらに来ました。貴方が苦しんでいると思ったからです。だからそんな事言わないでください」

泣いているような声に驚いてしまった。

格子越しに手が触れると、彼は私の手を強く握る。
さっき触れたときはあんなに冷たいと思ったのに、今はとても暖かく感じた。
とても大事なものを渡されたような気分だった。

「ありがとう。とても、嬉しいわ」

お礼を言うと握る手に更に力がこもった。
少し痛いぐらいだったけれど、それは不思議と嬉しかった。

このままここに連れ出してもらえたら。
そんな戯言を思い浮かんでしまうほどに満たされていた。

それから彼は少し疲れたといって、鉄格子のすぐそばに座り私の話し相手になってくれた。
相変わらずフードを目深に被り、顔は見えないままだったけれどもうすっかり彼の事を信用してしまっていた。

「ねぇ、私が投獄されてからどれくらい経っているの?」
「そうですね。たしか4日は経っているかと」
「そんなに……」

てっきり2日ほどしか経っていないのだと思っていたが、思いのほか日数が過ぎていることに驚いた。
熱の所為で意識が朦朧としていた所為で時間の感覚がおかしくなっていたのだろう。

「なら、私の事は相当広まってしまっているのでしょうね」
「……。さぁ、貴族の事はわかりませんから」

躱すために言ったのだろうけど、その一言は答えを言っているようなものだった。
きっと今頃王宮も社交界も大変なことになっているのだろう。
なんせ200年前に死んだ最悪の皇帝が生まれ変わってしまっていたのだ。

国を貶めるようなことを言ってしまったし、相当荒れているに違いない。

「全部、私の所為だわ」

きっと私がもたもたして、うまく婚約破棄できなかったからこんな事になったのだ。
こうなってしまうのだとわかっていたなら、無理やりにでも実行すればよかった。
手段など選ばす、狂人の振りでもして令嬢あるまじき行為を繰り返せばこんなことにはならなかったはずなのに。

なぜ両親の顔を伺いなどしたのだろう。
なぜ他者の顔色など伺ったりなどしたのだろう。

そんな人たちの事、どうでも良いと割り切っていれば。
私の大切な人を傷つけることなどなかったはずなのに。

きっとその道を選べば、私を大切などと思うはずもなく関係が終わっていただろう。
それは私にとっても都合の良い状況なのに。

「可哀そうなヴァリタス様。早く私の手を離していれば、こんなことにならなかったのにね……」
「……」

雫と一緒に零れたそれは、内に秘め続けた思いだった。
貴方が幸せならそれで良いと素直に願い、行動できていたならばどれほどの幸福だったのだろう。

今の貴方はきっと私を一番に思ってなどくれない。
けれど、私を一番に思ってくれていた貴方は確かに存在していた。
例えそれが私の隠し事の末に築かれたものだったのだとしても、貴方に好意を向けられていたあの時間は確かに幸福だった。

とても嬉しかった。

しかし、私がその気持ちに返せたものなどこんな残酷な未来しかない。

ならどうして、初めて会った時に突き放せなかったのだろう。
どうして優しくなどしてしまったのだろう。

それがどれほど彼の心を抉って、傷つけたのか。
私には想像もできないほどの苦痛だろう。

「貴方は、王子の事が好きなのですか?」

突然の問いかけに零れた涙が一瞬止まったように感じた。

好き。私がまだ、彼を。
なんて可笑しな質問なんだろう。

「ふふ。そんな事言ったら、きっと彼に殺されてしまうわね」
「そんなに恐ろしい人なのですか?」
「恐ろしい……」

いいえ、そんな言葉など言われてしまうような人ではなかった。
私が彼に恐怖を覚えてしまうのだって、元をたどれば人を殺すような人物にしてしまった私の所為。
私が彼を歪め、望まない処刑をさせてしまった。
そして今も。

「いいえ、彼はとても優しい人なの。とても純粋で、綺麗な人」

前世の事はまだ思い出せないことが多い。
けれど幼い頃の彼はその言葉に相応しい少年だった。

それは生まれ変わっても変わってなどいなかったように思う。

純粋で優しくて、愛に飢えた人だった。
家族に見捨てられ、どうして良いかわからずずっと暗闇を彷徨うように生きていたのだろう。
だから、少し優しくしただけの私に過剰なほどの愛を与えてくれたのだと思う。
きっと私が相手でなければ彼は幸せになれただろうに。

「そんな事、ないでしょう。でなければ、貴方がこんなところに閉じ込められるはずがない」
「いいえ。私の言っていることは間違いじゃないわ」

誰になんと言われようともこれは紛れもない事実だ。
それは誰にも否定などさせたくなかった。

「だって私は彼の事を前世から知っているのだもの。だから、間違いないの」
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