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第6章
289.憎んでもなお依存する
きっと父自身この状況は受け入れがたいものなのだろう。
善良な父の事だ。
無罪の、しかも年頃の令嬢を投獄してしまった。
その事実は決して揺るぐことはない。
しかし父はこの国の王。
人々の脅威となる要素を排除するのは当然の事だ。
例えそれが無罪の相手だったとしても。
これ以上、父に要求することはできない。
困らせるだけで誰も満足する回答を得ることはできないだろうから。
「ヴァリタス。お前がしっかりと前世の事を切り離して物事を考えているということは私としても喜ばしい事だ。しかし、全ての人々が同じようにできるわけではない。お前も理解しているはずだ」
「……はい」
僕にはそう答えることしかできなかった。
父に頭を下げ、背を向けると扉へと向かった。
執務室を出ると先ほどまで抑えていた悔しさに支配される。
どうして僕は彼女に何もできないのだろう。
きっと苦しんでいるのだろう。
彼女が囚われているのは、もう年十年も使われていないくらい塔の牢獄だ。
あんなところに閉じ込められれば、健康な人間でも体調を崩してしまう。
普通の人より体が弱いのに最近はさらに食が細くなっていた。
それが僕と一緒に取っていた昼食だけならば良いのだが、彼女の事だ、きっといつも以上に食べていないのだろう。
「はぁ……。どうして僕はこんなにも彼女の事を心配しているんだろう」
あんなに憎かったのに。
だから自分の手を汚してまで彼を排除したのに、どうしてこんなにも彼女のことを心配しているのだろう。前世の時の事を思い出すと彼に対する憎悪でどうにかなってしまいそうになる。
それもあって僕は前世の事をあまり好きではなかったのに。
原因が目の前にいて、僕の隣で何事もなく笑っていたと思うと怒りが湧いてくる。
こんなに強い感情があるのに。
やはりそれでも彼女の事を心配する気持ちの方が強かった。
ぼんやりとトボトボと廊下を歩きながら考えていても思考はどこまでも落ち込んでいくばかりだった。
少し気分が晴れるかとも期待していたのに、外れも良いところだ。
「よぉ」
声を掛けられて初めて目の前に黒い少年がいることに気が付いた。
ゆっくりと顔を向けると、僕を睨みつける彼がいる。
「黒龍」
そういえば、黒龍は彼女があの塔の牢獄に閉じ込められていることを知っているのだろうか。
いや、きっと知っていたら今頃彼は暴れまわっていることだろう。
ということは知らないのだろうか。
ならどうして彼は僕に声を掛けてきたのだろうか。
何も用事がないのに声を掛けるような性格じゃない。
加えて彼は僕のことを相当嫌っている。
「ちょっと付き合え」
ドスの効いた声は少年特有の高い声なのにも関わらず凄みがある。
相当怒っているのだろうが、今の僕にはあまり響かなかった。
まだどこか意識が飛んだような感覚のまま口を開く。
「何ですか? 私を殺しに来たのですか」
「馬鹿か。そんな事したら主様が悲しむだろ」
思ってもいないことを口走ると、黒龍は馬鹿にするように言葉を吐き出す。
黒龍の言葉は予想もしないようなもので思わず失笑してしまった。
「主様が悲しむ」だって?
あの人なら僕が死んでも何も感じないだろう。
自分を殺した僕を彼女は強く憎んでいる。
婚約破棄を願っていたのがその証拠だ。
もし彼女が男だったのなら、僕を殺そうとしていたに違いない。
「まさかっ。私が死んであの人が悲しむなんて事、ある訳ないでしょう」
自分で言っていて胸にズキズキとした痛みが走る。
当たり前のことを口に出しているだけなのに、この酷い痛みは一体なんなのだろうか。
自分の事のはずなのに、理解できない。
僕の知っているあの人は、心から国民を愛していた。
皇帝の仕事は1人分の量ではなかったし、体の弱いあの人ができるようなものでは決してなかった。
それなのにあの人はいつも国民のことを優先し、体に鞭打って没頭していた。
痛いぐらいに愛していると、そう思ってた。
だが、実際のあの人はそんな人ではなかった。
あの人自身が作り上げ嘘偽りだったのだ。
彼は言った。
この国の人間全てが自分の欲のために消費するためのただの駒なのだと。
自分のような高貴な人間のために命を捧げるなど、当然のことなのだと。
だから国民がいくら死んでも何も思わないと。
その時、僕の感情は爆発したのだ。
この人は排除しなければならない存在だ。
早くこの世から消さなければいけないのだと。
そしてそれは、僕が、僕だけが出来ること。
そう思って彼を殺した。
だが、あの人を殺した後に残ったものは心に大きく開いた穴だけ。
きっと彼がいなくなれば憎悪も苦痛も消えると思っていた。
しかし、残ったのは空虚だけ。
その時初めて感じた。
僕はそれぐらいあの人に依存していたのだと。
守ると決めた国民を蔑ろにしていた相手に依存していたなど、なんて滑稽なのだろう。
あんなに国民を愛していたあの人はどこにもいなかったのだ。
あの痛いぐらいの愛はどこにも無いのだ。
なんて、なんて酷く悲しい事実なのだろう。
善良な父の事だ。
無罪の、しかも年頃の令嬢を投獄してしまった。
その事実は決して揺るぐことはない。
しかし父はこの国の王。
人々の脅威となる要素を排除するのは当然の事だ。
例えそれが無罪の相手だったとしても。
これ以上、父に要求することはできない。
困らせるだけで誰も満足する回答を得ることはできないだろうから。
「ヴァリタス。お前がしっかりと前世の事を切り離して物事を考えているということは私としても喜ばしい事だ。しかし、全ての人々が同じようにできるわけではない。お前も理解しているはずだ」
「……はい」
僕にはそう答えることしかできなかった。
父に頭を下げ、背を向けると扉へと向かった。
執務室を出ると先ほどまで抑えていた悔しさに支配される。
どうして僕は彼女に何もできないのだろう。
きっと苦しんでいるのだろう。
彼女が囚われているのは、もう年十年も使われていないくらい塔の牢獄だ。
あんなところに閉じ込められれば、健康な人間でも体調を崩してしまう。
普通の人より体が弱いのに最近はさらに食が細くなっていた。
それが僕と一緒に取っていた昼食だけならば良いのだが、彼女の事だ、きっといつも以上に食べていないのだろう。
「はぁ……。どうして僕はこんなにも彼女の事を心配しているんだろう」
あんなに憎かったのに。
だから自分の手を汚してまで彼を排除したのに、どうしてこんなにも彼女のことを心配しているのだろう。前世の時の事を思い出すと彼に対する憎悪でどうにかなってしまいそうになる。
それもあって僕は前世の事をあまり好きではなかったのに。
原因が目の前にいて、僕の隣で何事もなく笑っていたと思うと怒りが湧いてくる。
こんなに強い感情があるのに。
やはりそれでも彼女の事を心配する気持ちの方が強かった。
ぼんやりとトボトボと廊下を歩きながら考えていても思考はどこまでも落ち込んでいくばかりだった。
少し気分が晴れるかとも期待していたのに、外れも良いところだ。
「よぉ」
声を掛けられて初めて目の前に黒い少年がいることに気が付いた。
ゆっくりと顔を向けると、僕を睨みつける彼がいる。
「黒龍」
そういえば、黒龍は彼女があの塔の牢獄に閉じ込められていることを知っているのだろうか。
いや、きっと知っていたら今頃彼は暴れまわっていることだろう。
ということは知らないのだろうか。
ならどうして彼は僕に声を掛けてきたのだろうか。
何も用事がないのに声を掛けるような性格じゃない。
加えて彼は僕のことを相当嫌っている。
「ちょっと付き合え」
ドスの効いた声は少年特有の高い声なのにも関わらず凄みがある。
相当怒っているのだろうが、今の僕にはあまり響かなかった。
まだどこか意識が飛んだような感覚のまま口を開く。
「何ですか? 私を殺しに来たのですか」
「馬鹿か。そんな事したら主様が悲しむだろ」
思ってもいないことを口走ると、黒龍は馬鹿にするように言葉を吐き出す。
黒龍の言葉は予想もしないようなもので思わず失笑してしまった。
「主様が悲しむ」だって?
あの人なら僕が死んでも何も感じないだろう。
自分を殺した僕を彼女は強く憎んでいる。
婚約破棄を願っていたのがその証拠だ。
もし彼女が男だったのなら、僕を殺そうとしていたに違いない。
「まさかっ。私が死んであの人が悲しむなんて事、ある訳ないでしょう」
自分で言っていて胸にズキズキとした痛みが走る。
当たり前のことを口に出しているだけなのに、この酷い痛みは一体なんなのだろうか。
自分の事のはずなのに、理解できない。
僕の知っているあの人は、心から国民を愛していた。
皇帝の仕事は1人分の量ではなかったし、体の弱いあの人ができるようなものでは決してなかった。
それなのにあの人はいつも国民のことを優先し、体に鞭打って没頭していた。
痛いぐらいに愛していると、そう思ってた。
だが、実際のあの人はそんな人ではなかった。
あの人自身が作り上げ嘘偽りだったのだ。
彼は言った。
この国の人間全てが自分の欲のために消費するためのただの駒なのだと。
自分のような高貴な人間のために命を捧げるなど、当然のことなのだと。
だから国民がいくら死んでも何も思わないと。
その時、僕の感情は爆発したのだ。
この人は排除しなければならない存在だ。
早くこの世から消さなければいけないのだと。
そしてそれは、僕が、僕だけが出来ること。
そう思って彼を殺した。
だが、あの人を殺した後に残ったものは心に大きく開いた穴だけ。
きっと彼がいなくなれば憎悪も苦痛も消えると思っていた。
しかし、残ったのは空虚だけ。
その時初めて感じた。
僕はそれぐらいあの人に依存していたのだと。
守ると決めた国民を蔑ろにしていた相手に依存していたなど、なんて滑稽なのだろう。
あんなに国民を愛していたあの人はどこにもいなかったのだ。
あの痛いぐらいの愛はどこにも無いのだ。
なんて、なんて酷く悲しい事実なのだろう。
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