悪逆皇帝は来世で幸せになります!

CazuSa

文字の大きさ
310 / 339
第6章

305.誰にも言えないあの子の話

しおりを挟む
彼女の願いを叶えなければ。
きっとこれが僕が叶えられる最後の願い事になる。

彼女を救えたとしても、彼女の近くに僕の居場所はない。

ならせめて、この小さな願いだけでも叶えなければ。

「わかりました。今すぐ取ってきます」
「明日で良いです。それより、わたしの話を聞いてくれませんか?」
「話、ですか?」
「はい」

柔らかく少し弾んだ声で嬉しそうに笑う。
さっきまでの虚無にも似た覚悟を見せたときとは思えないほどのもので驚く。

「ずっと誰にもお話できなかったことがあるのです。他の人には理解されないものですから」

誰にも言えなかった事?
それを僕に言うとは一体?

彼女にとって今の僕はただ毎日様子を見に来るだけの見ず知らずの男。
そんな相手に誰にも言えなかった事を言うのだ。
一体どんな内容なのだろう。

というか僕が聞いて良いものなのだろうか。
こちらの逡巡など知らない彼女は、ただ淡々と話しはじめた。

「わたしは前世の事を全て思い出しているわけではないのです。というより3分の1すら思い出せていません。自分の事すらわたしは分からないのです。でも、そんな少ない記憶の中でも一つだけわかる事があるのです。わたしには守りたい子が、とても大事な子がいた事」
「守りたい子……」

それって、もしかして――

「それが誰なのか、どんな子なのか何も思い出せません。声も名前も顔すらも。でもとても大事だった事だけはわかります。助けてあげたかった。ずっと笑っていてほしかった。たとえどんなことをされても、ずっと信じてた。あの子に未来があることを」

そうか彼女は思い出していないのか。
少しだけ、ほんの少しだけ安堵した。

ずっと大切にしていた事は知っていた。
例えどんな目にあわされようとも、あの方は彼を信じていた。

彼はあまり大事にはしていなかったが。
そのすれ違いが見ていて痛くて、あまり彼が好きではなかった。

ただ小さい頃の彼は本当に良い子だった。
とても良く似ていた。

「わたしはただ、父のように国を民たちを守りたかった。でも、わたしにはそこまでの力はなかった。人一人従わせることができないわたしは皇帝になるべきではなかったのです。でも、それでもたった1人、あの子だけは……」

顔を上げた彼女の頬には涙が零れていた。
しかし、そこには何の感情も無い冷たい涙だった。

「あの子だけは守りぬいてあげたかった。どんな運命にあったとしても、あの子に幸せをあげたかったのです」

静かに泣く彼女の唇は震えていた。
意味もなく泣いているのだと思うと、心が痛かった。

「馬鹿でしょう? 何も覚えていないのに、そんな相手を大事なのだというのですから。わたしも馬鹿だと思います。けれどわたしにとってあの子はこの国よりも大事なものだったのだと思います」

思い出せない人を、それでも大事だと思うというのはどんな感覚なのだろう。
それが誰なのかわからない。

想いを馳せる相手もいないのにその気持ちは溢れるばかりで。
どうやって整理するべきなのかもわからないその思いはどうやって向き合えばよいのだろうか。

「その人の事、思い出したいとは思わないのですか?」
「わかりません。今までは、それよりもっと他の事を思い出さなければいけないと思っていましたから。
でも、そうですね。思い出したいと、思うのですが。それがどこか怖い気もするのです」
「怖い」
「なにかとても辛い事が待っているような。そんな気がするのです」

その予感は確かに当たっている。
彼らの仲はどう見ても良いものではなかった。

一方的な感情を一方がぶつけて、一方がそれを受け止める。
しかし、受け止める側はいつも潰れるように心を痛めていた。
そうして破綻した関係のまま、彼らは終わりを迎えた。

正確には、一方は行方不明となったまま今もどこに消えたのかはわからない。
どこか遠くの国に逃亡したのかもしれないが、当時どう探しても見つからなかった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

モブ転生とはこんなもの

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。 乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。 今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。 いったいどうしたらいいのかしら……。 現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。 どうぞよろしくお願いいたします。 他サイトでも公開しています。

【コミカライズ企画進行中】ヒロインのシスコンお兄様は、悪役令嬢を溺愛してはいけません!

あきのみどり
恋愛
【ヒロイン溺愛のシスコンお兄様(予定)×悪役令嬢(予定)】 小説の悪役令嬢に転生した令嬢グステルは、自分がいずれヒロインを陥れ、失敗し、獄死する運命であることを知っていた。 その運命から逃れるべく、九つの時に家出を決行。平穏に生きていたが…。 ある日彼女のもとへ、その運命に引き戻そうとする青年がやってきた。 その青年が、ヒロインを溺愛する彼女の兄、自分の天敵たる男だと知りグステルは怯えるが、彼はなぜかグステルにぜんぜん冷たくない。それどころか彼女のもとへ日参し、大事なはずの妹も蔑ろにしはじめて──。 優しいはずのヒロインにもひがまれ、さらに実家にはグステルの偽者も現れて物語は次第に思ってもみなかった方向へ。 運命を変えようとした悪役令嬢予定者グステルと、そんな彼女にうっかりシスコンの運命を変えられてしまった次期侯爵の想定外ラブコメ。 ※コミカライズ企画進行中 なろうさんにも同作品を投稿中です。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

処理中です...