323 / 339
第6章
317.責任
しおりを挟む
もし、彼が前世を公にしなければならない理由があるとすれば、それは。
もう一度私をこの手で葬り去ること。
それ以外、考えられない。
「まだ私を殺し足りないの?」
彼の剣が小さく上下した。
冷たいだけだった瞳には僅かな動揺が見える。
唇まで小刻みに震えていた。
まるで怯えているようだった。
「手を離せ」
ヴァリタスを睨みつける。
剣を握った手にさらに力を込めた。
剣に伝う血は更に床を汚していく。
ヴァリタスは眉間に深い皺を刻んだ。
彼は剣を掴んでいた私の手首を握ると、思いきり力を込める。
「ぐっ」
その痛みに小さな呻き声を上げる。
放したくと力を込めても、弱った体では抵抗することもできず剣から手を離せざるをえなかった。
剣から離れた瞬間、ヴァリタスは私の腕を掴んだままその腕を高く上げた。
「私はお前みたいに罪なき人を裁いたりしない!」
まるで自分に言い聞かせるような声だった。
凍り付く場内に、再度ヴァリタスは口を開く。
必死に怒りを抑えたような声だった。
「しかし、誰もがお前がいつか大きな災禍を連れてくるのではないかと恐怖している。なら、私ができることはただ一つ」
私を見つめたまま、彼は言った。
しかしそれは私に言っているというよりも、この場にいる全員に宣言しているかのようだった。
「私が一生を掛けて、お前を監視する」
目を見開き、ヴァリタスを見つめる。
一滴の涙が、頬を伝った。
そんな事をしてほしいなどと、誰が望んだのだろうか。
死んでやる。
なんとしてでも、死んでやる。
どうにかして彼から逃れようと藻掻く私の手を、ヴァリタスは離さない。
しばらく攻防が続いたものの、私の体力に限界が近づいてきたのか徐々に力ないものとなっていった。
肩から力がぬけ、だらしなく体が揺れる。
全身から力が抜けた私がまだ立っていられるのは、彼の掴んだ手の力があったからだった。
「ヴァリタス、お前がそんな事をする必要などどこにもない!」
声を上げたのは国王陛下だった。
それは父としての言葉だったのか、それとも彼の子孫としての言葉だったのか。
ただ一つ言えることは、ヴァリタスを私の所為で消費することを誰も望んでいないということ。
英雄がこの世に戻ってきたのなら、当然の思いだった。
だが、ただ1人、ヴァリタスだけはその思いを拒絶した。
「陛下、私は私の責任を取らなければなりません。もうこれ以上、私の大事なものを蹂躙されるわけにはいかないのです」
優しく凛とした声だった。
大事なものを思う、優しいもの。
あの夢を思い出した。
本物の彼にもあの一面があるのだと、そう突きつけられたことが酷く寂しくて苦しかった。
「それに、兄上もいます。この国を守るのに十分すぎるほど兄上は優秀だと心からそう宣言できます。それほど兄上は素晴らしい人です。だから」
ヴァリタスは言い聞かせるように口にした。
それはまるでこの先の人生を定めてしまうような、残酷な言葉だった。
「私の責任を果たさせてください。私が生まれ変わったのはきっと、この者を止めるためなのだと思いますから」
それから先の事はよく覚えていない。
大きな歓声と、ヴァリタスを褒めたたえる声が耳にこだましていたことだけはわかっている。
気が付いた時にはヴァリタスに腕を掴まれ引きずられたまま、場内を後にしていた。
扉が閉まったと同時に私の腕を掴んでいた手から力が抜ける。
スルリと抜け落ちるように彼の手から逃れた瞬間、私の体は倒れ込むはずだった。
「エスティ!」
酷く心配したような声で名を呼ばれると、体が宙に浮く。
彼の顔が近くにあって、何が起きているのかわからなかった。
眼前にあるヴァリタスは今にも泣きそうな顔で私を見つめている。
力の入らない手をなんとか上げ、彼の頬に触れた。
目を細めた彼に、声を絞り出す。
「心配、しないで……」
そのまま私は意識を手放した。
もう一度私をこの手で葬り去ること。
それ以外、考えられない。
「まだ私を殺し足りないの?」
彼の剣が小さく上下した。
冷たいだけだった瞳には僅かな動揺が見える。
唇まで小刻みに震えていた。
まるで怯えているようだった。
「手を離せ」
ヴァリタスを睨みつける。
剣を握った手にさらに力を込めた。
剣に伝う血は更に床を汚していく。
ヴァリタスは眉間に深い皺を刻んだ。
彼は剣を掴んでいた私の手首を握ると、思いきり力を込める。
「ぐっ」
その痛みに小さな呻き声を上げる。
放したくと力を込めても、弱った体では抵抗することもできず剣から手を離せざるをえなかった。
剣から離れた瞬間、ヴァリタスは私の腕を掴んだままその腕を高く上げた。
「私はお前みたいに罪なき人を裁いたりしない!」
まるで自分に言い聞かせるような声だった。
凍り付く場内に、再度ヴァリタスは口を開く。
必死に怒りを抑えたような声だった。
「しかし、誰もがお前がいつか大きな災禍を連れてくるのではないかと恐怖している。なら、私ができることはただ一つ」
私を見つめたまま、彼は言った。
しかしそれは私に言っているというよりも、この場にいる全員に宣言しているかのようだった。
「私が一生を掛けて、お前を監視する」
目を見開き、ヴァリタスを見つめる。
一滴の涙が、頬を伝った。
そんな事をしてほしいなどと、誰が望んだのだろうか。
死んでやる。
なんとしてでも、死んでやる。
どうにかして彼から逃れようと藻掻く私の手を、ヴァリタスは離さない。
しばらく攻防が続いたものの、私の体力に限界が近づいてきたのか徐々に力ないものとなっていった。
肩から力がぬけ、だらしなく体が揺れる。
全身から力が抜けた私がまだ立っていられるのは、彼の掴んだ手の力があったからだった。
「ヴァリタス、お前がそんな事をする必要などどこにもない!」
声を上げたのは国王陛下だった。
それは父としての言葉だったのか、それとも彼の子孫としての言葉だったのか。
ただ一つ言えることは、ヴァリタスを私の所為で消費することを誰も望んでいないということ。
英雄がこの世に戻ってきたのなら、当然の思いだった。
だが、ただ1人、ヴァリタスだけはその思いを拒絶した。
「陛下、私は私の責任を取らなければなりません。もうこれ以上、私の大事なものを蹂躙されるわけにはいかないのです」
優しく凛とした声だった。
大事なものを思う、優しいもの。
あの夢を思い出した。
本物の彼にもあの一面があるのだと、そう突きつけられたことが酷く寂しくて苦しかった。
「それに、兄上もいます。この国を守るのに十分すぎるほど兄上は優秀だと心からそう宣言できます。それほど兄上は素晴らしい人です。だから」
ヴァリタスは言い聞かせるように口にした。
それはまるでこの先の人生を定めてしまうような、残酷な言葉だった。
「私の責任を果たさせてください。私が生まれ変わったのはきっと、この者を止めるためなのだと思いますから」
それから先の事はよく覚えていない。
大きな歓声と、ヴァリタスを褒めたたえる声が耳にこだましていたことだけはわかっている。
気が付いた時にはヴァリタスに腕を掴まれ引きずられたまま、場内を後にしていた。
扉が閉まったと同時に私の腕を掴んでいた手から力が抜ける。
スルリと抜け落ちるように彼の手から逃れた瞬間、私の体は倒れ込むはずだった。
「エスティ!」
酷く心配したような声で名を呼ばれると、体が宙に浮く。
彼の顔が近くにあって、何が起きているのかわからなかった。
眼前にあるヴァリタスは今にも泣きそうな顔で私を見つめている。
力の入らない手をなんとか上げ、彼の頬に触れた。
目を細めた彼に、声を絞り出す。
「心配、しないで……」
そのまま私は意識を手放した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。
樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」
大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。
はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!!
私の必死の努力を返してー!!
乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。
気付けば物語が始まる学園への入学式の日。
私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!!
私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ!
所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。
でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!!
攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢!
必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!!
やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!!
必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。
※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。
モブ転生とはこんなもの
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。
乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。
今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。
いったいどうしたらいいのかしら……。
現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
他サイトでも公開しています。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる