悪逆皇帝は来世で幸せになります!

CazuSa

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第6章

321.無意識下の恐怖

手から足まで、全身に手を滑らせた後安堵した様子で先生は微笑んだ。

「大丈夫です、問題ありません。魔力が少ないのが少々気になりますが、少しの間療養すれば以前と変わらず生活できるようになりますよ」
「ありがとう、ございます」

ガラガラの声で答えると、先生は困ったように笑う。

「お声の調子があまり良くありませんね。何か飲み物でも……」

先生が辺りを見渡していると、ヴァリタスは気づいたように近くにあったサイドテーブルから何かを手に取った。どうやら飲み物の入ったコップを近くに置いていたらしい。

「エスティ、これを飲んで」

ヴァリタスはゆっくりとした動作でコップを差し出す。
戸惑った末、受け取ろうとコップに触れたとき、ヴァリタスの手の感触が伝わった。

瞬間、恐怖が全身を駆け抜ける。

「ヒッ!」

思わず手を引っ込め、身を縮こませる。

怖い。
怖い怖い怖い怖い。

目の前にいて、視界に入れるぐらいだったら何の問題も無かったのに。
触れた瞬間、途轍もなく恐ろしい何かの存在を感じ震えが止まらなくなった。

驚きで目を見開くヴァリタスの様子を見ても、怖さしか感じない。
傷つけてしまったって思うのに、それよりも恐ろしさの方が勝っていて震えることしかできなかった。

ヴァリタスは私の様子に肩を落とした後、先生の方へ体を向ける。

「すみません、先生。彼女にこれを」

先生は眉間に皺を寄せたが、ヴァリタスからコップを受け取ると私へ近づく。

「お嬢様、こちらをお飲みください。回復魔法を込めた水ですから、良く効くはずです」

恐る恐るそれを受け取る。
今度は全く恐怖を感じることはなかった。

ヴァリタスの方をチラリと見やると、俯きひどく傷ついた様子の彼がいた。
視線を下に移すと、コップの水に彼と同じ表情をした私が映っている。

それを思いきり飲み干す。
まるで鉛でも飲んでいるかのように、喉に重い何かが流れ込んでいくようだった。
乾いた喉を潤したような快感など微塵も感じなかった。

空になったコップを見つめていると、先生がそれを優しく取り上げる。

「お疲れでしょう? お休みになってください」

私の背中に再度腕をまわした。
任せるままに体を預けると、横に寝かせられる。

ベッドに体を預けた瞬間、急に瞼が重くなっていく。

急激な眠気に抗うように、ヴァリタスを見つめた。
ヴァリタスも、私を見つめていた。

酷く落ち込んでいる彼が可哀そうに思えた。
まるで親に見捨てられたずぶ濡れの小鳥のよう。

謝ろうと声を出そうとしたけれど、それが発せられたのかは私にはわからなかった。


それから1日に2度、先生とヴァリタスが様子を見に来るようになった。
朝の遅い時間と、夜が更ける前。

決まった時間に2人はやってきて、僅かな食事と薬を貰う。

徐々に体が回復していることを感じながら、先生と会話をする。
それだけで少し気分が良くなった。

しかし、先生とは違いヴァリタスが私に近づくことはなかった。
ベッドの端の方に立って、ただ私の様子を見つめる。

必ず先生と共に来るのに、彼が私と言葉を交わしたのはあの時だけだった。

それが5日ほど続いたとある朝。
いつものように朝の食事と健診が終わり、先生と僅かな会話をする。

5日前まで1人では起き上がれなかったとは思えないほど回復していた。
もしかしたら立って歩けるかもしれない。

とはいえ、まだまだ安静にしておいてほしいと先生に言われているからそんなことはしないけど。

「また夜にお伺いしますね」
「はい、お願いします」

素直に頷くと、返事に満足したように先生はニコリと微笑む。
いつものように2人して部屋を後にしようとしたときだった。
ヴァリタスは扉を閉める直前、私に視線を向けた。
いつもはそんな事しないのに。

とても私を心配しているように、ジッと見つめられる。
ドキリとした。

心を見透かされているようで体が硬直した。
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