悪逆皇帝は来世で幸せになります!

CazuSa

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第6章

323.黒い迎え

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駄目。
このままじゃ駄目!

私は無我夢中でベッドから飛び出ると、床に足を着いた。
自分の体の軽さに驚く。

意識をなくすまでの私であればこんなに動くことはできなかった。

もしかしたら、衰弱した私の体に治療の魔法を掛けたのかもしれない。
それが効きすぎているのかも。

とはいえ、今はそんなことを考えている暇はない。
とにかく彼から逃げなくては。

バルコニーに繋がる窓に駆け寄ると、なるべく静かに窓を開けた。
ここが何階なのかはわからないが、どうにかしてこの城から抜け出さなければならない。

ヴァリタスの目の届かない場所でなければ、私は私を殺せない。
彼の涙がそれを物語っていた。

バルコニーに出た途端、私の足は止まった。
そこに人が立っていたからだ。

いや、人、というのは間違いだ。

彼はその形を取っているだけで、その正体は人なんかではない。

「黒龍?」

まるで私を待っていたかのように、彼は驚きもせず微笑んだ。
黒龍はゆったりとした足取りで私に近づく。

私の右腕を取ると、脈を測るように親指を当てた。
心底安心したように眉を下げると、口を開いた。

「うん。大丈夫みたいだね」

戦ぐ風が心地よい。
まるで彼の心を表しているようだった。

「もしかして、黒龍が治してくれたの?」
「ううん。少しは手を貸したけど、治したのはあの女だよ」

恐らくヴァリタスがいつも連れてきていた彼女の事を言っているのだろう。
しかし、手を貸したということは黒龍も私が自殺しようとした事を知っていたのか。

急に胸が締め付けれられるような痛みを感じた。

「ありがとう。ごめんなさい、私……」

まさか生き延びてしまうなんて思っていなかったから黒龍のことまで頭が回らなかった。
私の周りの人間は私が死んでも気になんてしない。

けれど黒龍は別だ。
黒龍はリヴェリオの事を本当に好きだった。
きっと心の底から大切にしていた。

黒龍が私を大事にするのは彼の生まれ変わりだから。
恋い焦がれた存在と同じ魂を持っている人間だからだろう。
リヴェリオの記憶を保管するただの器のようなものだ。

きっと彼にとって私はリヴェリオの代用品でしかないのだろう。
けれど、私を大事にしてくれることに変わりはない。

「良いんだよ、主様。主様がそれで幸せになるなら、どんな選択だってそれは大事なものだから」

顔を上げた。
彼の瞳を見つめる。

「どうして、責めないの? 私が死んだら、貴方は困るのではないの?」

疑問はいつの間にか口に出ていた。
黒龍は不思議そうな顔で答える。

「困る? よくわからないけど、主様が死んじゃったらすごく悲しい。きっと今度は後を追うだろうね」

残酷な言葉なのに、とても穏やかな瞳だった。
まるで他人事みたいに、けれど強い決心を持って。
腕に僅かな痛みを感じた。

「黒龍は怒ってないの? 私は自分勝手に死のうとしたんだよ? 貴方が大事にしていたリヴェリオの事なんて思い出すこともなく……」

黒龍は私の瞳をじっと見つめている。
彼はわずかに首を横に振ると、唇を僅かに振るわせた。

「主様は主様だよ。生まれ変わっても、何も覚えてなくてもそんなのはどうだって良い」
「何も、覚えてなくても?」
「うん」

なぜ、彼はそこまで私を大事にできるのだろう。
どうして、そんな事を自信を持って断言できるのだろう。

私には何も理解できない。
黒龍の事を。

分かってあげたいのに。
どうして、私は彼に何もできないのだろう。

いつの間にか、頬からいくつもの雫が伝って流れていた。

それまで平静だった彼が急に取り乱した。
おろおろと私の顔を覗き込みながらどうして良いのかわからない様子で戸惑っている。

しばらくして、恐る恐る私の肩を抱くとそっと抱き寄せた。

「だ、大丈夫だよ、主様。何も心配しないで。きっと僕が守ってみせるから」
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