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第6章
324.名を呼んで
その声は酷く狼狽しているようで、今までの黒龍からは想像もできないものだった。
とても戸惑っている。
まるで子供のようだ。
でも、とても懐かしい感じがする。
『ぬしさま!』
そう、小さなあの子がわたしの元へ駆け寄ってくる。
『ぬしさま!』
わたしよりも小さくて弱いこの子がとても大事だった。
もうすぐわたしは殺される。
それはもう、随分昔に見た夢で決まっていた。
この子と出会っても2年も一緒にいられないことが申し訳なくて仕方なかった。
わたしがいなくなった先で、この子が強く生きてくれる未来があれば良いけれど。
『ぬしさま! ぼくがぬしさまをまもるからね! ぜったい、ぜったいだからね!』
頬をこすりあいながら、そう笑顔で誓ってくれた。
純粋で、美しい感情を向けてくれるのはきっとこの子だけだ。
それもこの先わたしの所為で穢れていくのだろう。
この国の行く先は安寧とは程遠い、修羅の道。
もしかしたら、この子の笑顔を見るのはこれで最後かもしれない。
なら、今の内にたくさんの貴い思い出をこの子にあげよう。
未来でこの子に恨まれたとしても。
わたしは大事に、大事に、この子の名前を呼んだ。
「『キリエ』」
ああ、わたしの大事な黒龍。
君の名前を呼ぶ度、君はとても可愛らしい笑顔を向けてくれた。
それが愛おしくて、泣きそうなほど嬉しかった。
名前を呼んだだけで、君はわたしに幸せをくれた。
私の背中に回されていたキリエの腕の力が強まる。
少し痛かったけれど、それよりも愛おしさの方が勝っていた。
「ぬしさま……」
肩に顔を埋めたところから温もりを感じる。
小さく肩が震えている。
キリエの背中に腕を回すと優しく摩った。
あんなに小さな体に私はどれほどのものを背負わせてしまったのだろう。
ちゃんと甘える先があったのだろうか。
「ごめんね、キリエ。ずっと思い出せなくて。呼んで、あげられなくて」
背中に回された力が更に強くなる。
さすがに胸が苦しくなった。
キリエは埋めた顔を左右に振りながら答える。
「本当はね、ずっと呼んでほしかった。ずっと、ずっと……。でも、思い出すことで主様の辛い記憶まで思い出されるのが怖かった。僕と過ごした時間は、主様にとって一番辛い時間でもあったはずだから」
先ほどまで彼に対して思っていたことが、ひっくり返る。
瞬間自分がどれほど彼の思いを軽んじていたのかを知らされて、酷い後悔の念が押し寄せた。
この子は、私が思うよりずっと私を大事にしてくれていた。
それなのに私はこの子の事を信じ切れていなかった。
思い返せばどれほど大事にしてくれていたのか、痛いほどわかるはずなのに。
彼の肩に顔を埋めると、彼をしっかりと抱きしめる。
200年の時を刻んだ彼の体は昔の彼とは比べ物にならないほど、大きくずっしりとしていた。
「さぁ主様。ここを出るんでしょう? 送るよ」
しばらく抱き合っていた私たちではあったが、急にキリエが体を離すと笑顔を向けながらそう告げた。
僅かな離れがたさを断ち切るような笑顔に私は自分の選択に迷いをなくした。
この城から逃げた私が何を選択するのか、キリエは分かっているだろう。
それでも止めることもせず、私の望む事を願ってくれている。
キリエの苦しみなんて想像することすらできないほど、悲痛なものだろう。
もしかしたら、私が味わったあの絶望よりずっと辛いものかもしれない。
それでも私は、私の願いを叶えなければならない。
それが私の幸せだから。
キリエはバルコニーの手すりに上ると、手を差し出した。
私がその手を取ると、彼はわずかに微笑みながら手すりを蹴った。
2人の体が宙に浮き、宵の空へと舞い上がる。
半分の月が私たちを照らしていた。
決して暗いわけじゃない。
けれど先導して飛び立つキリエの顔には暗い暗い影が落ちていた。
しっかりと彼の手を握りしめる。
私はキリエを見つめながら、今度こそキリエが私から解放されることを願っていた。
とても戸惑っている。
まるで子供のようだ。
でも、とても懐かしい感じがする。
『ぬしさま!』
そう、小さなあの子がわたしの元へ駆け寄ってくる。
『ぬしさま!』
わたしよりも小さくて弱いこの子がとても大事だった。
もうすぐわたしは殺される。
それはもう、随分昔に見た夢で決まっていた。
この子と出会っても2年も一緒にいられないことが申し訳なくて仕方なかった。
わたしがいなくなった先で、この子が強く生きてくれる未来があれば良いけれど。
『ぬしさま! ぼくがぬしさまをまもるからね! ぜったい、ぜったいだからね!』
頬をこすりあいながら、そう笑顔で誓ってくれた。
純粋で、美しい感情を向けてくれるのはきっとこの子だけだ。
それもこの先わたしの所為で穢れていくのだろう。
この国の行く先は安寧とは程遠い、修羅の道。
もしかしたら、この子の笑顔を見るのはこれで最後かもしれない。
なら、今の内にたくさんの貴い思い出をこの子にあげよう。
未来でこの子に恨まれたとしても。
わたしは大事に、大事に、この子の名前を呼んだ。
「『キリエ』」
ああ、わたしの大事な黒龍。
君の名前を呼ぶ度、君はとても可愛らしい笑顔を向けてくれた。
それが愛おしくて、泣きそうなほど嬉しかった。
名前を呼んだだけで、君はわたしに幸せをくれた。
私の背中に回されていたキリエの腕の力が強まる。
少し痛かったけれど、それよりも愛おしさの方が勝っていた。
「ぬしさま……」
肩に顔を埋めたところから温もりを感じる。
小さく肩が震えている。
キリエの背中に腕を回すと優しく摩った。
あんなに小さな体に私はどれほどのものを背負わせてしまったのだろう。
ちゃんと甘える先があったのだろうか。
「ごめんね、キリエ。ずっと思い出せなくて。呼んで、あげられなくて」
背中に回された力が更に強くなる。
さすがに胸が苦しくなった。
キリエは埋めた顔を左右に振りながら答える。
「本当はね、ずっと呼んでほしかった。ずっと、ずっと……。でも、思い出すことで主様の辛い記憶まで思い出されるのが怖かった。僕と過ごした時間は、主様にとって一番辛い時間でもあったはずだから」
先ほどまで彼に対して思っていたことが、ひっくり返る。
瞬間自分がどれほど彼の思いを軽んじていたのかを知らされて、酷い後悔の念が押し寄せた。
この子は、私が思うよりずっと私を大事にしてくれていた。
それなのに私はこの子の事を信じ切れていなかった。
思い返せばどれほど大事にしてくれていたのか、痛いほどわかるはずなのに。
彼の肩に顔を埋めると、彼をしっかりと抱きしめる。
200年の時を刻んだ彼の体は昔の彼とは比べ物にならないほど、大きくずっしりとしていた。
「さぁ主様。ここを出るんでしょう? 送るよ」
しばらく抱き合っていた私たちではあったが、急にキリエが体を離すと笑顔を向けながらそう告げた。
僅かな離れがたさを断ち切るような笑顔に私は自分の選択に迷いをなくした。
この城から逃げた私が何を選択するのか、キリエは分かっているだろう。
それでも止めることもせず、私の望む事を願ってくれている。
キリエの苦しみなんて想像することすらできないほど、悲痛なものだろう。
もしかしたら、私が味わったあの絶望よりずっと辛いものかもしれない。
それでも私は、私の願いを叶えなければならない。
それが私の幸せだから。
キリエはバルコニーの手すりに上ると、手を差し出した。
私がその手を取ると、彼はわずかに微笑みながら手すりを蹴った。
2人の体が宙に浮き、宵の空へと舞い上がる。
半分の月が私たちを照らしていた。
決して暗いわけじゃない。
けれど先導して飛び立つキリエの顔には暗い暗い影が落ちていた。
しっかりと彼の手を握りしめる。
私はキリエを見つめながら、今度こそキリエが私から解放されることを願っていた。
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