336 / 339
第6章
329.揺らがない瞳
しおりを挟む
どうして、そんな瞳をする。
この状況で、どうして……?
「誰かが傷つくのを何より嫌っていた貴方が、率先してそのような事をするわけがない。僕を脅しても無駄ですよ」
まるで心を見透かされているようだった。
確かに私がこの町の誰かを襲うことなどできるはずもない。
食べ物や必要な道具を盗もうとは、考えていたけれど。
「な、何を言っているの? 私が貴方にしたことを忘れたわけではないでしょう?」
彼は私が人を傷つけても何も感じない、いいや、それよりも快楽を感じる人間だと思っているはず。
だって彼から問い詰められた時私は喜々としてそういう人間なのだと豪語したはずだから。
だから、彼が私の事を善人のように語ることなどありえないのだ。
ありえない、のに。
「忘れなどしません。貴方が僕にしてくれたこと」
彼から発せられた言葉は私が望む答えのはずなのに、全く正反対の意味を持っていた。
「僕はずっとあの家で孤立していた。どこに行っても誰も僕を認識などしなかった。まるでどこにも存在していないみたいだった。けれど、貴方は僕を見つけてくれた。ちっぽけな僕を、道端に転がっている石ころ同然の僕を、貴方の友人に、騎士にしてくれた。それがどれほど嬉しかったか、貴方は知らないでしょう」
それは、私が皇帝になるまでの話。
彼がまだ、私を主人として認めていた時の話だ。
「それは貴方を利用するためにしていたことで、本当は貴方の事だって――」
「いいえ、僕が――俺が覚えている本当の貴方はそういう人です」
一陣の風が、私たちを揺らした。
曇りのない瞳には嘘も偽りも一切存在していない。
剣を握りしめている両手が小さく震え出す。
私は小さく首を左右に振り続けた。
「違う。それはわたしが力を得るまでの話。皇帝の位につくことができれば、何もかもを掌握できると思っていた。だから、わたしは善人の振りをして、あな――お前を傍に置いていただけで……。それで、それで……」
言っている間も、目を逸らすことができなかった。
私が何を言っても、ヴァリタスにはもう届かない。
そんな気がして仕方なかった。
それが酷く怖かった。
全てを見透かされているようで、とても怖い。
言葉を続けることすらもうできなくなっていた。
私はその恐怖から逃れようと小さく後ずさりする。
しかし、私が一歩後ろに下がるごとに彼はそれよりも大きな歩幅で距離を詰めてきた。
それがさらなる恐怖を私に与える。
「こ、来ないで」
震える声で何とか言葉を絞りだす。
しかし、彼の歩みは止まらなかった。
「来ないでってばっ! きゃっ」
瞬間、落ちていた小石に躓いた。
とても小さなものだっが、それだけで私の体は大きく揺れる。
首筋に僅かな痛みを覚え強く目を閉じた。
だが、それ以上の痛みを感じることはなかった。
少しバランスを崩した姿勢のまま、私の体は静止している。
思わず目を開けると、目の前にヴァリタスの顔が見えた。
肩に腕を回され、剣を握った腕を強く掴まれている。
彼が私を助けたことに衝撃を受け、目を見開いたまま見つめていた。
「どうしてわたしを殺そうとしないの? 何が貴方をそうさせるの?」
彼に抱きかかえられた状態のまま、問いかける。
少しだけ苦しそうに歪んだ顔をしながら、彼は静かに答えた。
「日記を、読みました。貴方の日記を」
「日記?」
日記?
私の日記なんて当たり障りのない事しか書いていないはずだけど。
「黒龍が見せてくれました」
私は目を見開いたまま、眉間に皺を寄せた。
「リヴェリオの日記を、読んだの?」
「はい」
彼は申し訳なさそうに答える。
しかし、私にはリヴェリオの日記を読んだことと彼の行動の辻褄が合わない。
確かに私が読めたのは、黒龍に指定された一部分のみ。
けれど、それは彼を貶める内容で間違いはなかった。
あれは真実だったはず。
ならば彼が私を更に憎むことはあっても助けようとは思わないはずだ。
この状況で、どうして……?
「誰かが傷つくのを何より嫌っていた貴方が、率先してそのような事をするわけがない。僕を脅しても無駄ですよ」
まるで心を見透かされているようだった。
確かに私がこの町の誰かを襲うことなどできるはずもない。
食べ物や必要な道具を盗もうとは、考えていたけれど。
「な、何を言っているの? 私が貴方にしたことを忘れたわけではないでしょう?」
彼は私が人を傷つけても何も感じない、いいや、それよりも快楽を感じる人間だと思っているはず。
だって彼から問い詰められた時私は喜々としてそういう人間なのだと豪語したはずだから。
だから、彼が私の事を善人のように語ることなどありえないのだ。
ありえない、のに。
「忘れなどしません。貴方が僕にしてくれたこと」
彼から発せられた言葉は私が望む答えのはずなのに、全く正反対の意味を持っていた。
「僕はずっとあの家で孤立していた。どこに行っても誰も僕を認識などしなかった。まるでどこにも存在していないみたいだった。けれど、貴方は僕を見つけてくれた。ちっぽけな僕を、道端に転がっている石ころ同然の僕を、貴方の友人に、騎士にしてくれた。それがどれほど嬉しかったか、貴方は知らないでしょう」
それは、私が皇帝になるまでの話。
彼がまだ、私を主人として認めていた時の話だ。
「それは貴方を利用するためにしていたことで、本当は貴方の事だって――」
「いいえ、僕が――俺が覚えている本当の貴方はそういう人です」
一陣の風が、私たちを揺らした。
曇りのない瞳には嘘も偽りも一切存在していない。
剣を握りしめている両手が小さく震え出す。
私は小さく首を左右に振り続けた。
「違う。それはわたしが力を得るまでの話。皇帝の位につくことができれば、何もかもを掌握できると思っていた。だから、わたしは善人の振りをして、あな――お前を傍に置いていただけで……。それで、それで……」
言っている間も、目を逸らすことができなかった。
私が何を言っても、ヴァリタスにはもう届かない。
そんな気がして仕方なかった。
それが酷く怖かった。
全てを見透かされているようで、とても怖い。
言葉を続けることすらもうできなくなっていた。
私はその恐怖から逃れようと小さく後ずさりする。
しかし、私が一歩後ろに下がるごとに彼はそれよりも大きな歩幅で距離を詰めてきた。
それがさらなる恐怖を私に与える。
「こ、来ないで」
震える声で何とか言葉を絞りだす。
しかし、彼の歩みは止まらなかった。
「来ないでってばっ! きゃっ」
瞬間、落ちていた小石に躓いた。
とても小さなものだっが、それだけで私の体は大きく揺れる。
首筋に僅かな痛みを覚え強く目を閉じた。
だが、それ以上の痛みを感じることはなかった。
少しバランスを崩した姿勢のまま、私の体は静止している。
思わず目を開けると、目の前にヴァリタスの顔が見えた。
肩に腕を回され、剣を握った腕を強く掴まれている。
彼が私を助けたことに衝撃を受け、目を見開いたまま見つめていた。
「どうしてわたしを殺そうとしないの? 何が貴方をそうさせるの?」
彼に抱きかかえられた状態のまま、問いかける。
少しだけ苦しそうに歪んだ顔をしながら、彼は静かに答えた。
「日記を、読みました。貴方の日記を」
「日記?」
日記?
私の日記なんて当たり障りのない事しか書いていないはずだけど。
「黒龍が見せてくれました」
私は目を見開いたまま、眉間に皺を寄せた。
「リヴェリオの日記を、読んだの?」
「はい」
彼は申し訳なさそうに答える。
しかし、私にはリヴェリオの日記を読んだことと彼の行動の辻褄が合わない。
確かに私が読めたのは、黒龍に指定された一部分のみ。
けれど、それは彼を貶める内容で間違いはなかった。
あれは真実だったはず。
ならば彼が私を更に憎むことはあっても助けようとは思わないはずだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。
樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」
大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。
はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!!
私の必死の努力を返してー!!
乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。
気付けば物語が始まる学園への入学式の日。
私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!!
私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ!
所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。
でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!!
攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢!
必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!!
やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!!
必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。
※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。
モブ転生とはこんなもの
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。
乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。
今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。
いったいどうしたらいいのかしら……。
現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
他サイトでも公開しています。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる