小説家に会いにゆきます

山田うちう

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2月 酒好きの先生

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先輩がくれた先生の資料を何度も読み返している。
初めて先生にあいさつに行ってから、今日で5度目の訪問だ。


いままでの訪問では、朝行っても、昼行っても、先生は呑んでいることが多かった。
呑んでいるか、酔っぱらって寝ているか。
とにかく、小説を書いている形跡は皆無といってよかった。
なんでこんなに呑むのか。これがスランプというものなのか。


大体、そんなに大変なら、別の仕事をしてもいいだろうに、先輩いわく「小説家とは、書くこと以外できない人達のことを言うんだ」という。
なら、仕方ないじゃないか。
割り切るなり、なんなり、とにかく何でもいいから書くしかないじゃない?
ウダウダしてたって何も産まないんだから、呑んでたって解決しないんだから。


考えごとをしながら歩くと、横浜駅からほど近い先生のマンションまであっという間だ。
私は、勝手に鍵を開けて中に入る。
もうインターホンは使わない。
誰も出てこないんだから、インターホンを押したってどうしようもない。
前回、この件をネチネチと話し、先生に部屋の鍵を渡してもらった。
先生はネチネチ言われるのが嫌いだから、話を切るためにすんなり鍵を渡してきた。


「先生、中山です。先生、いますか?」
ズカズカと部屋に入っていくと、先生はベッドで寝ていた。
ベッドの周りには、缶ビールの空き缶が散乱している。
一体、何本呑んだんだ?


慣れたもので、私はさっさとキッチンに行って、ごみ袋を取り出し部屋に戻る。
ベッドの周りの空き缶をごみ袋に集めながら、もう一度、先生に声を掛ける。
「先生、中山です。おはようございます。お風呂つくりましょうか?入りますか?」
返事はない。
こりゃ、掃除でもして先生が起きるまで待っているしかない。
ちょうどいい、ご飯も作っておくか。


キッチンに戻り冷蔵庫を開く。
冷蔵庫の中には缶ビールしか入ってなかった。
「想像を裏切らない冷蔵庫の中身だわ」
独り言のつもりが声に出ていた。




先生が起きてきたのは夕方6時を回ったころだった。
のそのそとリビングに来て、ソファに座る。
「先生、ご飯作っておきました。お風呂もできてますから、先にお風呂入ってきてください」
先生は、ソファから首だけ動かして私を見る。返事もしない。
けれど、今日は機嫌がいいようだ。
無言ながら、立ち上がってバスルームの方に向かっていった。


私は、ダイニングに夕飯の支度を整えて先生を待った。
むろん、ビールも準備している。
本当はビールを出したくないが、先生はビールを出さないとダイニングに座ることはない。そのままベッドに直行してしまう。何度も経験済みだ。


ほどなくして、先生がお風呂から出てきた。
「先生、お疲れ様です。ビールも冷凍庫でキンキンに冷やしておきました。」
ビールを手渡す。

プシュッ。
先生が、缶ビールをあける。
先生はキンキンに冷えたビールしか飲まない。
ぬるいビールを手渡したりすれば、これもまたベッドに直行してしまう。


「先生、今日は私もビールお付き合いしますから。」
プシュッ。
私もビールをあけた。
私は、今日、とことん話すことにしていた。
先生がのってくるかどうかはわからないが、話す以外ないのだから。


だから、私もビールを呑んだ。
「先生、何かつまみながら呑んでくださいね。夕飯作ってたら、なんかお酒のつまみみたいなものばかりになってしまって」そう言って笑ってみせた。
テーブルには、5~6品のおかずが置いてある。
先生が好きそうなものを作ったつもりだ。


「先生、髪切りますか?大変でしょ?ロングヘアー」
話題を変える。
「別にこのままでいい」
返事があった。
「確かにキレイですけどね、先生の髪。ショートもきっと似合いますよ」
「ううん。まだ寒いから長いままでいい」
たわいもない話をしてタイミングを見る。


「先生、今ってどうなんですか?」
言いながら、2本目のビールを先生に渡す。
「どうって?」
「いや、何か書きたいものがあるかなと思って」
「書きたいものか。」
困り顔の先生。


「中山はさー、私のことどれだけ知ってんの?」
「本は全部読みました。あとは先輩に”あんちょこ”もらいました」
笑って見せる。


「あたしさー、何もないんだよね。いま。」
「何もないって何がないんですか?」
肉じゃがを口に運びつつ、聞いてみた。
先生がよくしゃべる。
今日は、本当に機嫌が良いようだ。


「感情が動くものっていうの?そういうもの」
「感情が動くもの?」
「うん」
先生が、黙り込む。
私は、3本目のビールを冷蔵庫から出して先生に渡した。


「感情を動かすには外出して、なにか小説以外のものに触れたらどうですか?例えば美術館に行くとか、海に行くとか?」
先生は困った顔をして、
「ううん。小説にかけるようなもので感情を動かしたいの」
「小説に書ける?例えば恋愛のような?」
「うーん、そうね。結局はそうなるのかな。あたし、書くこと以外何もできないからね」
私も2本目のビールをあける。


「書くためなんですね」
「そう。画家なんかは、愛人を絵のモデルにしたりするじゃない?あんな風に私にもモデルがいたらいいのかな?」
「あ、愛人ですか?すごいとこ行きましたね、話が」
「そうね」
先生が笑った。


「ねえ、中山、あんた、抱かれてくれない?」
今度は私が無言で先生を見る。


「と、突然ですね」
「うん。突然思いついたの」


「か、考えさせてください」
そういうのが精いっぱいだった。


「うん。考えていいわ」
先生はビールを持ってダイニングを離れた。
きっと、ベッドに行ったのだろう。
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