発展科学の異端者

ユウ

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2章

20.小さな火種

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 雨が降っていた。その雨に打たれながら、空を見上げていた男がいた。

「喜一。どうなの」
「冬香か」

 城ケ崎喜一。そして、喜一に声をかけたのは、藤川冬香だった。

「明日この国とも、お別れね」
「……そうだな。なんだ、冬香は未練でもあるのか」
「そうね。少しだけ…」

 冬香は、喜一の体から視線を外す。その時、喜一が冬香の方を見て口を開いた。

「そうだったな。百合絵だったか。あいつの母校がここだったからな」
「そうね、子供の母校が消えるのは、少し寂しいわ」
「ふはははは。世界を滅亡させるような我々だぞ。そんなことで、寂しいなんて言うなよ」
「……。愛は大事よ。記憶も、過去も、現在も、全てを愛していかないと、同じことを繰り返す、毎日よ」
「くだらん」

 喜一は冬香の言葉を、一蹴する。

「それから、グロウから伝言。先に始めるって」
「あいつは、待てない男だな。なら、我々も動くしかないではないか」
「そうね。喜一」
「何だ」
「我が子だけは、死んでも愛すものよ」
「フン」

 喜一はその言葉を、鼻で笑う。そしてこの瞬間、ルーア国を襲う、戦争が始まった。

「さあ。世界を混沌に落とそう」

 喜一のその言葉と同時に、ルーア国内にモンスターが現れ始める。

「抗え。戦え。その先に、私は立つ」

 その日、全事務所に、緊急招集がかかった。前代未聞のモンスターの数。単体では脅威にはならない数だが、それが数百件になれば話は変わる。

 最初にモンスターを発見してから、数時間後には地獄になっているなんて、この場に居る誰もが想像することができなかった。

 これは、小さな火種が集まった、災害だった。その始まりは、夜23時過ぎだった。

「すみません、社長。国より、全事務所に向けてSAPMを開くそうです」
「…。分かった、すぐに参加する」

 零は、明日起こる計画の準備のために、事務所に来ていたが想定外の会議で驚く。だが、零はこの会議の裏に何か大変なことが起きているということを確信していた。

「社長。それでもすごいですね。この国のほぼすべての事務所に声がかかる依頼なんて。もしかしてS級モンスターが発生したとか…」
「まあ、それに近いことだろうな。何せ、この国総動員ってことは、間違いなく最大級の災害ってことだけだろうな」

 零の言葉に、須永が不安そうな顔を浮かべる。それを慰めるように零は続けて喋る。

「安心しろとは、言わないが、僕は負けないよ」
「…。死なないでくださいね」
「ああ。簡単には、死なないよ」

 須永には、不安でしかなかった。その理由はN&I事務所の立花の戦死だった。彼は、この地区を代表する実力者だった。そんな男が簡単に死んだのだ。とある仕事の依頼で……。確かあの時もこのような、全体招集だった。だから不安でしょうがなかった。

 それに対して、零はこの召集の裏側を知っていた。これから、何が起きても、零の目的は変わらない。この召集もその踏み台だと思っていた。

 だが、今日の話は、想定外だった。

「ーっというわけです。何か質問はありますか」

 司会者は説明を終え、質問の時間を取ろうとした。その時、NTW事務所の三上が手を挙げる。

「状況は理解した。だが、一部地域は捨てるということか」
「そうなりますね。戦力が不足しているところは、避難という形で対応をしていこうと考えています」
「避難だぁぁあ。そんなんで、何人救える」
「最悪なケースよりかは、マシかと……」
「最悪、最悪だろ。これは、世界が注目する戦いになるぞ」

 その会議に一人の女性が、遅れて参加する。

「ふぁあ。なんか、凄いね」
「何だ……ーっ」
「久しぶりだね。三上さん」

 三上は驚いた顔をする。それもそのはずだった。なぜなら、この場に参加してきたのは、メルティア・ワイルズだった。

「はっ、はは、なんで、七星教会ナンバー2がここに居るのかな」
「あら、久しぶりね。零」
「……。澪の差し金か」

 零は、澪を睨みつける。すると澪は、首を傾げながら、否定をした。

「思ったより早かったですね。メルティアさん」
「ええ。だって、裏切り者を殺すのは、私の仕事だからね」
「そうでしたね」
「でも、面白いことになっているみたいだね」

 メルティアは、少しだけ微笑む。彼女は、旧七星教会のメンバーに居た。6年前の最強時代の生き残りだった。

「私も手伝うよ。だって、戦闘の天才だから」
「そうですね。なら、メルティアさんにも、お願いします」

 司会者がそう締めくくり、この戦争の幕が開ける。
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