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複数箇所の刺創により出血性ショック死2
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本人も不機嫌隠すつもりはさらさらなく、男を一度睨む。
「失言でしたか」
「あぁ」
「誠に申し訳ございません」
男は深々と頭を下げる。
「俺が何でイラツイてんのかわかってねぇだろ」
「はい」
「正直だな」
「他者が聞けば何気ない一言も、当事者が聞けば命を絶つほど傷付く言葉もあります。
私が言った事は貴方にとって一気に怒りが湧き上がるほどの言葉だったのでしょう?
ならば私は謝罪すべきだ加害者でしかない。
目障りでしたら早々にお暇致しますが、許されるなら貴方の話を最後までお聞きしたいです」
更にもう一度頭を下げる。
「ふぅん、アンタ変わってんな。
もう俺は『転生しねぇ』っつってんだから、そう処理して終わらしゃいいのに」
「変わっている、ですか」
「あくまで俺の関わってきた範囲の話だけどな、男でそんな馬鹿丁寧に対応する奴は少ねぇよ。
特に自分が圧倒的有利な立場だとな」
崩れた言動で接する智徳と、始終敬語を使いそれに相応しい行動をする男。
パッと見ただけでは智徳の方が立場が偉そうだが、実際は死にかけの智徳をマトモな状態にしているのは男であり、更に必要な仕事は終わっている。
ありふれたクソみたいな過去話なんて、わざわざ智徳から聞く必要は無い。
「私が馬鹿丁寧なのは職業病です。
あと私自身が有利な立場と言いますか、一方的に命じる事は不得手なのでお願いとう形を取っているのです。
自分で言うのもなんですが、中間管理職の立場で上と下に板挟みの状態の方が仕事が上手くいく。
得意な立ち位置なんでしょうね」
「ストレス溜まんねぇのか?」
「凄まじい勢いで溜まります。得意と好きは別の話ですから」
智徳は実感のこもる感想に、この男はそもそもが自虐的で真面目なのだと思う。
仕事の出来ないフリをすればずっと下っ端で適当に生きていけるだろう。
仕事の出来るフリをしていれば分不相応な権力で好きに生きていけるだろう。
仕事に嘘を吐きたくないなら、下には横柄に上には媚びへつらっていれば楽して生きていけるだろう。
でもこの男はそれをしない。
『得意』と『好き』は別だと理解しているくせに、『得意』でも『嫌い』だからやらないという選択肢が無いのだ。
「謝罪、受け取ってやる」
「ありがとう御座います」
「親子仲が良くないって言ったアレな」
「はい」
「俺からしたら俺が悪いって言われてる感じなんだわ。
親の話をしたら言い方は多少変わるが『何故関係の改善をしなかったのか?』って奴ばっかでな。
喧嘩両成敗ってんなら俺だけに言うな。俺の嫌いな相手にも言え。
片方にだけ言った時点で片方だけに労力を払えって言ってんのと同じだと何故わからない」
「幸せだからでしょう」
間髪入れずに発された男の言葉に、智徳は嬉しくなった。
いや、嬉しいとは違う。
安堵したのだ。
別に共感してほしい訳じゃない。でも理解はしていてほしいのだ。
この男がどういった意味でわかっているのかは知らないが、少なくとも無駄に時間を使わなくてすむ。
走馬灯の中で時間の心配など皮肉でしかないが。
「幸せだからは語弊ですかね。
しかし当事者から見て幸せな者は気付かない。
きっと私も気付いていないし貴方も気が付いていない」
「だろうな。理解出来ないなら黙っていればいいものを」
「理解出来ていない事を理解していないのですから難しいでしょうね」
他者から見たさい智徳は恵まれている。
親は地位を持ち、子供にも惜しみなく金を使い環境を整えてくれた。親子の時間だって十分に取り、様々な体験をさせてくれた。
恵まれているからこそ智徳の言葉は届かなかった。
「そもそも関係の改善は何度もやってんだよ。
『その時その時で言う事を変えないでほしい』『思い通りにならないと怒らないでくれ』『何でこの前褒めてくれたのに今は怒鳴る?』
具体的に答えが返された事なんてなかった。いつだって感情論で『口答えするな!』
本人が駄目ならと母親に訴えても『我慢してお父さんの言う事聞いておいて。無視していればいいから』
その言い方だと俺が傷付いてるってわかってるよな?この先も我慢してずっと傷付けと?
じゃあ他の大人に相談すれば最終的には『ほら仲良くしなきゃ』
親父の外面に騙されて俺が反抗期みたいな扱いだ。
一回じゃない。
何度も何度も何度も何度も、何年もかけて思いつく限りの行動はしたし、いろんな人に相談だってした。それこそ 二十年は続けて、心が折れた。
それでも俺の努力はまだ足りねぇのか?」
他者の心の内を他者が計る事は不可能だ。
智徳にとって理不尽に怒られる事は耐えられたが、しかし他者の都合により正反対を押し付けられる事は耐えられなかった。
大人になった今ならどうとでも出来るが、幼い頃は親が全てとは良く言ったものだ。
良き育成環境に置いて清らかに育ちつつあった彼は、大好きな両親に応えて頑張った。
極端な言い方をしてしまえば『正しあれ』と言われれば正しく生きようと努力し、『何故正しく生きている?悪くあれ』と言われれば悪く生きようとした。自分がどこかで間違えたと思って。
そしてまた『何故悪く生きる?正しくあれ』と言われる。
わからなくなる。自分が間違えた何を間違えた。両親の期待に答えられないから怒られる。だけどあれっ?どうすれば良かったの?
人格形成に大事な幼少期にこんな事を繰り返せば、揺さぶられ続けた精神はポッキリ折れて無気力な人間になるか、どうせその都度理想を押し付けられると変に学習して捻くれ歪んでしまうだけだ。
智徳は後者だが、まだマシであった。
ただしそのマシは本人にとってではなく、社会的にだ。
元より彼の性質は真面目な善性。だからこそ歪んでしまったのだが。
真面目だから自分を善良と偽らない。善性だから自分が悪人であるときちんと認識している。
父親の様に二つの顔を持つ事ができない。
優等生がイジメをする。夫婦円満なくせに浮気をする。そんなごく当たり前にありふれている矛盾を看過は出来るが実行はできない。
頭のよく回る智徳ならばスーツでも来て優しい笑顔を振り向いて詐欺でもした方がよっぽど金儲けの手段として効率が良い。
なんなら単純な奴らを使い、自分は安全圏からそれを面白おかしく眺めていればいい。
だが『得意』と『好き』は違う。悪党は悪党らしく。
だからわかりやすいチンピラなんてしてるのだ。
「失言でしたか」
「あぁ」
「誠に申し訳ございません」
男は深々と頭を下げる。
「俺が何でイラツイてんのかわかってねぇだろ」
「はい」
「正直だな」
「他者が聞けば何気ない一言も、当事者が聞けば命を絶つほど傷付く言葉もあります。
私が言った事は貴方にとって一気に怒りが湧き上がるほどの言葉だったのでしょう?
ならば私は謝罪すべきだ加害者でしかない。
目障りでしたら早々にお暇致しますが、許されるなら貴方の話を最後までお聞きしたいです」
更にもう一度頭を下げる。
「ふぅん、アンタ変わってんな。
もう俺は『転生しねぇ』っつってんだから、そう処理して終わらしゃいいのに」
「変わっている、ですか」
「あくまで俺の関わってきた範囲の話だけどな、男でそんな馬鹿丁寧に対応する奴は少ねぇよ。
特に自分が圧倒的有利な立場だとな」
崩れた言動で接する智徳と、始終敬語を使いそれに相応しい行動をする男。
パッと見ただけでは智徳の方が立場が偉そうだが、実際は死にかけの智徳をマトモな状態にしているのは男であり、更に必要な仕事は終わっている。
ありふれたクソみたいな過去話なんて、わざわざ智徳から聞く必要は無い。
「私が馬鹿丁寧なのは職業病です。
あと私自身が有利な立場と言いますか、一方的に命じる事は不得手なのでお願いとう形を取っているのです。
自分で言うのもなんですが、中間管理職の立場で上と下に板挟みの状態の方が仕事が上手くいく。
得意な立ち位置なんでしょうね」
「ストレス溜まんねぇのか?」
「凄まじい勢いで溜まります。得意と好きは別の話ですから」
智徳は実感のこもる感想に、この男はそもそもが自虐的で真面目なのだと思う。
仕事の出来ないフリをすればずっと下っ端で適当に生きていけるだろう。
仕事の出来るフリをしていれば分不相応な権力で好きに生きていけるだろう。
仕事に嘘を吐きたくないなら、下には横柄に上には媚びへつらっていれば楽して生きていけるだろう。
でもこの男はそれをしない。
『得意』と『好き』は別だと理解しているくせに、『得意』でも『嫌い』だからやらないという選択肢が無いのだ。
「謝罪、受け取ってやる」
「ありがとう御座います」
「親子仲が良くないって言ったアレな」
「はい」
「俺からしたら俺が悪いって言われてる感じなんだわ。
親の話をしたら言い方は多少変わるが『何故関係の改善をしなかったのか?』って奴ばっかでな。
喧嘩両成敗ってんなら俺だけに言うな。俺の嫌いな相手にも言え。
片方にだけ言った時点で片方だけに労力を払えって言ってんのと同じだと何故わからない」
「幸せだからでしょう」
間髪入れずに発された男の言葉に、智徳は嬉しくなった。
いや、嬉しいとは違う。
安堵したのだ。
別に共感してほしい訳じゃない。でも理解はしていてほしいのだ。
この男がどういった意味でわかっているのかは知らないが、少なくとも無駄に時間を使わなくてすむ。
走馬灯の中で時間の心配など皮肉でしかないが。
「幸せだからは語弊ですかね。
しかし当事者から見て幸せな者は気付かない。
きっと私も気付いていないし貴方も気が付いていない」
「だろうな。理解出来ないなら黙っていればいいものを」
「理解出来ていない事を理解していないのですから難しいでしょうね」
他者から見たさい智徳は恵まれている。
親は地位を持ち、子供にも惜しみなく金を使い環境を整えてくれた。親子の時間だって十分に取り、様々な体験をさせてくれた。
恵まれているからこそ智徳の言葉は届かなかった。
「そもそも関係の改善は何度もやってんだよ。
『その時その時で言う事を変えないでほしい』『思い通りにならないと怒らないでくれ』『何でこの前褒めてくれたのに今は怒鳴る?』
具体的に答えが返された事なんてなかった。いつだって感情論で『口答えするな!』
本人が駄目ならと母親に訴えても『我慢してお父さんの言う事聞いておいて。無視していればいいから』
その言い方だと俺が傷付いてるってわかってるよな?この先も我慢してずっと傷付けと?
じゃあ他の大人に相談すれば最終的には『ほら仲良くしなきゃ』
親父の外面に騙されて俺が反抗期みたいな扱いだ。
一回じゃない。
何度も何度も何度も何度も、何年もかけて思いつく限りの行動はしたし、いろんな人に相談だってした。それこそ 二十年は続けて、心が折れた。
それでも俺の努力はまだ足りねぇのか?」
他者の心の内を他者が計る事は不可能だ。
智徳にとって理不尽に怒られる事は耐えられたが、しかし他者の都合により正反対を押し付けられる事は耐えられなかった。
大人になった今ならどうとでも出来るが、幼い頃は親が全てとは良く言ったものだ。
良き育成環境に置いて清らかに育ちつつあった彼は、大好きな両親に応えて頑張った。
極端な言い方をしてしまえば『正しあれ』と言われれば正しく生きようと努力し、『何故正しく生きている?悪くあれ』と言われれば悪く生きようとした。自分がどこかで間違えたと思って。
そしてまた『何故悪く生きる?正しくあれ』と言われる。
わからなくなる。自分が間違えた何を間違えた。両親の期待に答えられないから怒られる。だけどあれっ?どうすれば良かったの?
人格形成に大事な幼少期にこんな事を繰り返せば、揺さぶられ続けた精神はポッキリ折れて無気力な人間になるか、どうせその都度理想を押し付けられると変に学習して捻くれ歪んでしまうだけだ。
智徳は後者だが、まだマシであった。
ただしそのマシは本人にとってではなく、社会的にだ。
元より彼の性質は真面目な善性。だからこそ歪んでしまったのだが。
真面目だから自分を善良と偽らない。善性だから自分が悪人であるときちんと認識している。
父親の様に二つの顔を持つ事ができない。
優等生がイジメをする。夫婦円満なくせに浮気をする。そんなごく当たり前にありふれている矛盾を看過は出来るが実行はできない。
頭のよく回る智徳ならばスーツでも来て優しい笑顔を振り向いて詐欺でもした方がよっぽど金儲けの手段として効率が良い。
なんなら単純な奴らを使い、自分は安全圏からそれを面白おかしく眺めていればいい。
だが『得意』と『好き』は違う。悪党は悪党らしく。
だからわかりやすいチンピラなんてしてるのだ。
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