57 / 91
認知症、ワンオペ、在宅介護編
認知症、ワンオペ、在宅介護編 20話
しおりを挟む
記憶の中の母を思い出す。
2020年施設で母の体調を崩した。
その後、夢を見た。夢の中の母は必死に下着を洗っていた。
おもらしで汚れたズボンを台所で洗っている夢だった。母はもう寝たきりなのだから歩くことはない。そんな母が夢の中に現れる時は杖も使わず自らの足で立ち歩いていることが多い。「歩いて大丈夫なのか」腰を支えに近づく。夢の中の母に俺の声は届かない。
俺の中の母は未だに汚した下着を俺に見られたくないころの母なんだ。
俺の中の生命に刻まれた記憶はなかなか消えてくれない。長い介護生活だった。
時系列順に書いているが、あえて最後に持ってきた話がある。
2014年の年始、母に挨拶をした。ウインタミンという薬が効いたのか穏やかな時も多くなっていた。
「今年もよろしく」
「なあ、お金あるか?」
「あるけど、どうした」
「1万円でいいから持ってきて」
俺は母に手渡した。
「なあ、お前も大きいなって、こんなんもらう年じゃないけど。これで最後やから。お年玉な。受け取ってくれ」
俺はしばらく硬直した。認知能力が衰え、幻覚やせん妄がおこっていた時期だ。
まさか息子をいたわる言葉が出るとは思っていなかったのだ。
「ありがとうな」とお年玉をもらった。
おそらくまともな会話が出来たのはこれが最後だ。
2016年外出許可をもらった。母の車椅子を押して父に会いに行く。これが家族の揃う最後の日となった。
2018年に父が亡くなったのだ。母には10年以上つきっきりだったのに、父には差し入れを入れる以上のことができなかった。父に対して後ろめたさがあった。母が入所して父にどこか行きたいとこないかと尋ねた。
1年で数カ所、父の車椅子を押して初詣に行き、観光名所を回った。リクエストは全て回れたが、衰えた父を見て残り時間が少なくなっていくのを感じていた。
その父ももういない。俺の介護記録が世に出るまで間に合わなかった。
本来なら2018年までに書き上げていたはずだったのに。メンヘラストーカーくんに時間を奪われていた。 介護が一段落した後につきまとい被害。心身ともに追加で大ダメージだった。
その間に事故にもあっている。2018年前後に母は完全に入所した。腰も限界だったので温泉にいったのだ。
温泉そのものは良かった。腰にも良かったんだろう。だいぶ楽になった。帰り道、過積載のトラックにぶつけられてしばらく倒れた。
本当はすぐに書き始めたかった。生の感情が俺の中で轟いていた時に、心が煮えたぎっている時にかきたかった。強く望んだものほど邪魔が入り、実現しない人生だった。
在宅介護については以上になる。
くれぐれも伝えたいことがある。俺は人生のあらゆる可能性を捨てて介護に向き合った。だが他の方に同じような生き方を望むわけではない。人生の大半をかけて親の面倒を見た。美談のように受け取る方もいるかもしれない。
実際はそう美しいものではない。俺はたまたま生き残れたにすぎない。
倒れるまで介護。こんなの本当は駄目なのだ。介護しているものが倒れたら皆共倒れになる。
俺は自己犠牲を他人にまでは求めない。どうか、ごく稀な俺のような事例を出して、他人に美談を求めないでほしい。
残りは、父との思い出、メンヘラストーカー、施設側や世間に対する家族の悲鳴。
意味がないと思っていた時間が、誰かに触れることによって意味のある時間となる。
2020年施設で母の体調を崩した。
その後、夢を見た。夢の中の母は必死に下着を洗っていた。
おもらしで汚れたズボンを台所で洗っている夢だった。母はもう寝たきりなのだから歩くことはない。そんな母が夢の中に現れる時は杖も使わず自らの足で立ち歩いていることが多い。「歩いて大丈夫なのか」腰を支えに近づく。夢の中の母に俺の声は届かない。
俺の中の母は未だに汚した下着を俺に見られたくないころの母なんだ。
俺の中の生命に刻まれた記憶はなかなか消えてくれない。長い介護生活だった。
時系列順に書いているが、あえて最後に持ってきた話がある。
2014年の年始、母に挨拶をした。ウインタミンという薬が効いたのか穏やかな時も多くなっていた。
「今年もよろしく」
「なあ、お金あるか?」
「あるけど、どうした」
「1万円でいいから持ってきて」
俺は母に手渡した。
「なあ、お前も大きいなって、こんなんもらう年じゃないけど。これで最後やから。お年玉な。受け取ってくれ」
俺はしばらく硬直した。認知能力が衰え、幻覚やせん妄がおこっていた時期だ。
まさか息子をいたわる言葉が出るとは思っていなかったのだ。
「ありがとうな」とお年玉をもらった。
おそらくまともな会話が出来たのはこれが最後だ。
2016年外出許可をもらった。母の車椅子を押して父に会いに行く。これが家族の揃う最後の日となった。
2018年に父が亡くなったのだ。母には10年以上つきっきりだったのに、父には差し入れを入れる以上のことができなかった。父に対して後ろめたさがあった。母が入所して父にどこか行きたいとこないかと尋ねた。
1年で数カ所、父の車椅子を押して初詣に行き、観光名所を回った。リクエストは全て回れたが、衰えた父を見て残り時間が少なくなっていくのを感じていた。
その父ももういない。俺の介護記録が世に出るまで間に合わなかった。
本来なら2018年までに書き上げていたはずだったのに。メンヘラストーカーくんに時間を奪われていた。 介護が一段落した後につきまとい被害。心身ともに追加で大ダメージだった。
その間に事故にもあっている。2018年前後に母は完全に入所した。腰も限界だったので温泉にいったのだ。
温泉そのものは良かった。腰にも良かったんだろう。だいぶ楽になった。帰り道、過積載のトラックにぶつけられてしばらく倒れた。
本当はすぐに書き始めたかった。生の感情が俺の中で轟いていた時に、心が煮えたぎっている時にかきたかった。強く望んだものほど邪魔が入り、実現しない人生だった。
在宅介護については以上になる。
くれぐれも伝えたいことがある。俺は人生のあらゆる可能性を捨てて介護に向き合った。だが他の方に同じような生き方を望むわけではない。人生の大半をかけて親の面倒を見た。美談のように受け取る方もいるかもしれない。
実際はそう美しいものではない。俺はたまたま生き残れたにすぎない。
倒れるまで介護。こんなの本当は駄目なのだ。介護しているものが倒れたら皆共倒れになる。
俺は自己犠牲を他人にまでは求めない。どうか、ごく稀な俺のような事例を出して、他人に美談を求めないでほしい。
残りは、父との思い出、メンヘラストーカー、施設側や世間に対する家族の悲鳴。
意味がないと思っていた時間が、誰かに触れることによって意味のある時間となる。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる