上 下
1 / 14

第一話 小説家 元輿付喪という男

しおりを挟む
僕は元輿付喪、最近人気に火がついた小説家だ。
実際に体験したかのような生々しくどこか浮世離れした物語が売りだと批評家の人々は言っている。

だが、それは少し違う。
僕の書いている物語に出てくる"それ"達は確実に存在して、僕はそれを実際に見て、時には嫌なくらい肌感で感じている。
そしてそれが僕の取材、そして小説のネタだ。
しかし、なぜそんな事ができているのか。

それは僕の人生、いや、"生まれ"が理由だ。

僕は今過ごしているこの現代で生命を授かっていない。
こことは違う時代、パラレルワールドと言えばいいのかもわからないが、現代の人たちからすれば平安時代と呼ばれるときにこの命を授かった。
ではなぜ今この現代にいるのか。

生まれて物心つくまでは無邪気に人生を送るただの少年だった僕の人生を一変させたのは紛れもなく"妖怪"という摩訶不思議な存在達だった。

周りの噂話で聞かされた話や、実際に地域の寺の人間が妖怪を倒したなんて話を聞くようになってから僕も妖怪を見たいと心から願った。
しかし、どんな話でもやはり妖怪というのは人間の尺度で測れる領域を超越した存在。
危害を加えてこないもの達ですら、ただの人間風情がこちら側から手を出して勝てるようなモノではない。
だから僕は妖術を学んだ。
いや、正確に言えば様々な寺などに出向いて弟子にして欲しいと懇願しにいった。
大体は既にその血を継ぐ人間が跡を継ぐのが決まっているため断られた。
しかし、運命というのか、仕組まれていたというべきなのかはわからないが僕は恩師に出会うことになる。
あの人は女性の妖術師と非常に珍しく、妖術師としての腕前も他の妖術師など比べ物にならないほど素晴らしい技術を持っている方だった。
天才というのはあの人のようなことを言うと思う。
ただ、基本的に人に興味もなく山奥で仙人のように暮らしているような人だったので、あの人を怒らせたら村ごと滅ぼされると恐れられて誰も関わろうとなんてしていなかった。

僕もあの人の話自体は聞いた事があったし、だからこそ近づくなと言われた山に無断で入り込んで師匠にしてほしいと頼みに行ったのだ。
正直、噂で聞いていたあの人の情報だけでしか判断できなかったが、絶対に断られてしまうと思ったし、こんな無粋なお願い事をしに行ったとなれば殺されるのではないかとも思った。

でも、それでも妖術師になって実際に妖怪と肌を合わせてみたいと心から願っていたのもまた事実だったし、ここで断られればその夢は断念となるのでそれなら死んでしまってもいいやと半ば諦めに近い感情も抱いていた。

しかし、頼み込みはすんなりとうまくいき、その日づけで僕はあの人の家に住まわせてもらうことになった。
なんで弟子として凡人の自分なんかを取ってくれたのか聞こうと思ったが、せっかく弟子にしてくれたのにそんなことを聞くのは失礼だと思って聞くのはやめて、僕は修行の日々を開始した。

あの人の妖術理論は他の術師に比べてはるかに進んでおり、僕はものの一ヶ月程度でその辺の術師よりも実力をつける事ができた。

そして待ちに待った時が来た。
他の術師では太刀打ちできないような依頼しかあの人には基本来ないのだが、ある程度の実力をつけてしばらくしたある日、同伴程度なら問題なしとみなされ僕は遂に妖怪退治の現場への動向を許された。

そこで見た光景はとても素晴らしいものだった。
妖術を学ぶという非現実な人生へと路線を変更した自分なんて足元にも及ばないほど想像を超えた見た目や能力を有する妖怪。
人々に恐れられている憎悪や怨念の塊や神の座を目指したできそこない達が、なぜこんなにも愛らしく尊いのだろうと深く感動した。

そして僕は完全に妖怪の虜になり、今の言葉で言えば妖怪オタクとなってしまった。

師匠のあの人ですら僕の語る妖怪の魅力の数々に関してたまに引いてくることもあったが、そんな僕のことも認めてくれたあの人は本当にいい人だ。

あの人の元で現場の手伝いもするようになってきた頃に、僕は遠く離れた地方で独立することを命じられた。
あの人ほどではないなしろ、素晴らしい実力を持っている術師であるため、お互い一人で活動しても問題ないだろうし、そうすれば妖怪に困っている地域を減らせるということらしかった。

僕としても、他の地域に根付く妖怪達にとても興味があったので快諾し、僕はとある地方へ移り住むことになった。

そこに来てからしばらくの間はたまに来る妖怪退治の依頼やお祓いなどの仕事を順調にこなしていた。

だが、ここで"あいつ"に出会う。
言い方が悪く聞こえるが僕にとってあいつは今でも大親友だと思っている。
あんなに心が通い合ったのは後にも先にも彼だけだ。
その彼というのは漢方などの薬を調合して作っていた今で言う医者のような人間である。
彼は妖怪オタクというわけではなかったが、新しい物や知らない物への好奇心が人一倍、いや十倍ぐらい強かった男で、僕がその地方に越してきてからというもの、妖怪の話を聞かせてくれと僕の住んでいる家によく来ていた。

僕の話す妖怪の話は、少し僕の癖が出る事があるため、一人で退治をした後にあの人にどうだったか聞かれた時などは三回ぐらい引かれるのがお決まりだったが、彼はただ妖怪の話を聞かされるのではなく、実際に体験した僕の感情もよく伝わってくるので逆にいいといつも楽しそうに話を聞いていた。

僕も彼に話をするのは大好きだったし、僕も彼から知らない植物などの話を聞くのもとても好きだった。

そんなある日、彼がある提案をしてきた。

"妖怪を使った薬"を作りたいって。

僕は断った。
僕は妖怪が確かに好きだし、変わってる部分もあるから理解してくれると彼は思っていたのだろう。
そう言うと、彼は焦ったのかこんな話をしてきた。
もしも妖怪で薬ができたら、他の妖怪にそれを飲ませたりする事でもっとすごくて新しい妖怪が見れるはずだってね。
唯一の協力者になり得る僕から断られたのが効いたのか、好奇心旺盛故に試したい事をできないのがよほど嫌だったのか、はたまたどっちもだったのか。
それは分からないけど、僕は彼のその発言に激昂した。
僕は妖怪好きだけどね、妖怪のありのままの姿を、そこの場所や人の念がそのままの形になってできたものを穢すのは邪道だよって、言ってやった。

そしたら彼は、そうか、わかったよって言ってその日から来なくなった。

来なくなってから一年と、十ヶ月ぐらいだったかな。
彼はそれから僕への恨みを込めた藁人形を、熊が多い地帯と言われていて近付く人のいなくなった寂れた神社の御神木に毎日一体刺していったらしい。
ほぼ二年間、毎日。
そして、"その日"は来た。
藁人形が、ちょうど"666体"を迎えたその日。

その御神木はまるで墨汁のようにドロドロに溶けて、それを見て逃げ惑う彼を取り込むようにしながら近くの村まで土砂崩れのように流れ込んでいった。
無論、その村の人々も全て取り込まれた。
僕は嫌な気をすぐに感じ取った。
もちろん、彼の仕業だってこともすぐわかった。
遠くから感じる雪崩のような憎悪の濁流からは彼と言う人間がよく感じ取れたからね。

一人ではどうもならないとわかった僕は地方のお偉いさんを通して師匠のあの人をここに来るように呼んだ。

しかし、交通なんてものはないこの時代、あの人が来るのには丸三日は必要だった。
並ではないほどあの人が鍛えているとは言え、空を飛べるわけでもないのでこれは仕方ないと言えた。

僕はそれまで必死に食い止めようと思い、彼だったモノのいる所へ向かった。

彼の憎悪はすごいものだったし、僕に対してのものだったため、相性は最悪だった。
まともに食い止めるのもままならず、ほぼ僕が囮になるような感じで逃げ惑うのが精一杯だった。

そして、僕の体にも限界が来そうだった時に、あの人が来てくれた。

あの人もこんなレベルのもの初めてだったらしいが、あの人の妖術理論はさらに進化していたため、さっきまで僕を追い詰めていた彼は正直相手にもならなかった。

今回のことをうけてまた修行をつけてもらおうと思っていたが、僕は術師のトップ達全員が集まる集会で、今回の騒動の発端として罰を受けることになった。
僕も関与しているのは認めるが、発端というのはあまり納得できなかった。

だが、反論など聞いてもらえず無情にも僕に言い渡された罰、それは・・・妖術師のいない世界への転生。

妖怪とは言ってしまえば、人や場所の念が何かしらの原因で形となり、それを人間が認識してしまうことで初めて成り立つ。
つまり、妖術師がいなくても成り立つ世界ということは、妖怪がいたとしても認識できる人間がおらず、妖怪という存在に人々が困っていないということになる。
僕は憔悴しきった、妖怪のために捧げてきた人生だったのにこんな結末なんて、殺されるよりもひどい、まさに生き地獄、そう、思っていた。

ただ、それは違った。

僕の降り立った現代社会。
確かに妖怪を認識できる人間は元々いた世界よりもはるかに少ない。
しかし、僕の生きていた世界より知識も、技術も、人と人のしがらみも全てがより難解なものになっている。
生活に余裕ができたからこその、本質的な人の悩み、恨み、そういう念がこの世界には溢れている。
そして、この時代に開発された物や、"昔"がある土地など、様々な要素が混ざり合うことで、僕の求めている素晴らしい"モノ"がたくさん生まれる。
だからいい、すごく。
昔生きていた世界では生まれないような狂気がそこにある。

そして、話はいきなり変わるが、僕が小説家になった理由。

それは昔の彼のような"理解者"がいるからだ。

僕の書く文には、昔彼に話していた時のように少し癖が混ざっていたりするのだが、そこで書いているのは描写だけでもわかるぐらいの化け物だったりするのにも関わらず、共感を示す人間が一定数いる。

現代では妖怪などの裏概念を見れるものなどほぼいない。

それでも昔の僕のように、妖怪などの架空の存在に思いを馳せる人間がいる、だから僕は実際に見聞きした、常識を超えた"モノ"を文にしてみんなに届ける。

それこそが現代社会に生きることになった僕の使命だと思う。
 
執筆日2023年3月15日
執筆者 元輿付喪

取材先 無し
出版予定 無し


しおりを挟む

処理中です...