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第九話 紳士村

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とある日の朝、特にすることもなく郵便受けに入っていたチラシなどを流し見していると、求人募集の端に気になる名前を見つけた。

「紳士村住人募集?なんだこれ」

求人募集に乗るくらいなので、とりあえずネットで検索をかけてみるとホームページを見つけた。

親子の明るい未来のために、皆さん紳士村への移住を検討してみませんか?

そんな事が書いてあり、求人募集と同じ電話番号が下に書いてあった。

どうやら、移住の条件は親子でないといけないようだが、村の見学に関しては親だけでも大丈夫なようだったので、僕は息子がいる体で電話を掛けた。

プルルル・・・

ガチャッ

「もしもし、こちら紳士村管理局でございます」

「もしもし、村の見学についてのご相談をしたいのですがよろしいでしょうか?」

「もちろん大丈夫でございます、それで親子二人ですか?それとも親御さんのみの見学ですか?」

「私だけでお願いします」

「かしこまりました、見学のできる日程は、ホームページに記載されてますが、ご希望の日程は既に決まっていますでしょうか?」

「はい、四日後の見学でお願いしたいです」

「かしこまりました、では、お集まりいただく場所や時間を今からお伝えしますのでメモをお願い致します」

「四日後の朝九時に、唐木田堂駅近くのバスセンターにお願い致します」

「分かりました」

「それでは、見学でまたお会いしましょう」

ツー・・・

電話が終わり、それから四日後。

「ここか・・・」

集合場所の目的地に来ると、そこには確かに紳士村行きとかいたバスがあり、他にもかなりの人数の親世代の人間がいた。

「意外と有名なんだな」

そんな事を思いながら、事前に予約した偽名を伝えてバスに乗り込む。

他の乗客が乗り込むまで十分ほど待ち、九時十五分頃にバスが出発した。

集合地の唐木田堂は都心郊外にあるかなりの田舎町なのだが、バスはその中でも山の奥へと走っていた。

僕は本当にこんな所に村があるのかと少し怪しんでいたが、二十分ほど山の中を走り続けるとそこには確かに村があった。

しかし、見た限りかなり文明とは断裂され、閉鎖的な印象を受けた。

何か変な宗教に巻き込まれたりしたら面倒だとは思ったが、とりあえずバスから降りて引率の男の前に並ぶ。

「本日は紳士村のご見学に来ていただき誠に有難う御座います」

「今日は、この村での生活ぶりをしっかりと見ていただき、ぜひ移住を検討していただける事を願っております」

引率の男の、あいさつがそれとなく終わると、その場で男から村の説明が始まった。

「紳士村は山奥にあるものの、実は最近発足した村でございます」

「ですが、ネットは繋がらず、ネット社会に疲れてしまったと言う方々に寄り添うような村になっております」

「それに、こんな山奥で交通の便もあまりよろしくないですから食べ物は全て自給自足、現代の人々が忘れてしまった食べ物のありがたみや自然の尊さを四季折々感じる事ができるのです」

「さて、口頭での説明はこれくらいにして、ここからは実際に村の様子を見て、この村の素晴らしさを感じていただきましょう」

そう言い、男は旗を高々と振りながら見学の列を率いて村の奥へと進んでいった。

しばらく進むと、まずは実際に村に住んでいる人々の暮らしぶりを見る事ができた。

「はい、こちらのお二方は実際にこの紳士村にお住まいの方々です」

「元はあなた方と同じ暮らしだったいわば先輩から、この村の暮らしぶりについて話していただきましょう」

「この村にきてから私達は本当に幸せだわ」

「私たちの生活というのは本来こうなるべきで、今までがそうでなかったのがおかしかったのだとこの村にきてからよーく分かったわね」

「そうね、今まで勘違いしてたけど、この村に来る事で私の考えが洗脳に近い状態になってたことに気付かされたわ」

なんとなくフワッとした内容で、怪しさ満々な話だったが、他の人間はその話を食い入るように聞き、まるで希望を抱いたかのような表情をするものがたくさんいた。

「はい、では次の場所に向かいます」

男がまた旗を振って列を引き連れ、次は畑や動物小屋のある場所に着いた。

「ここで自給自足をしているのです、ほらあそこに働いている人々がいるでしょう?」

男が指差した方向には、働いている様子の人々がいくらかいた。

それを見た瞬間、見学に来ていた他の人間達全員の顔が笑顔に満ちて、皆で笑い合って喜んでいた。

僕は思わずそんな状況にゾッとしなが、周りから浮かないようにさりげなく笑っている様子でその場を乗り切った。

「それでは次の場所で最後になりますが、その前に口頭でもう一つ説明があります」

「それは、ここには親子でしか移住が認められていないですが、その後親子二人で暮らすことはできないのです」

「先程の人たちも、去年に引っ越してきましたが、引っ越してきてからは一度もお子さんに合ってないです」

なんだって?急に話に暗雲が立ち込め始めたが、他の人間たちにはそんな事を気にしている者が全くとしていなかった。

息子がいるわけでもない僕がこんなに困惑しているというのに、なぜおそらく本当に子供を持っている奴らがこんなに冷静なんだろうか。

僕は自分が置かれている状況にどんどん不安になっていった。

「ということで、次が最後の場所になります」

男はそう言って、畑などがある場所のもっと奥。

村としてひらけている場所と山の境辺りにあったさっきの家よりかは遥かに作りが悪そうな家というか小屋のような建物が並んでいる所への案内を始めた。

「あなた方のお子さんはここで暮らします」

僕は嘘だろ、と思った。

そこにはキッチンなどの暮らしに必要な設備も足りておらず、小屋の中にはギリギリまで人間が詰め込まれて生活をしていた。

「おい、お前ら今日のご飯だぞ」

さっきまでの口調と違い、かなり荒い口調で男が人数分にしては明らかに少ないご飯を小屋の中に運んでいった。

ご飯は茶碗に分けてあるわけでもなく、できるだけ自分が多くありつこうと小屋の中のやつれた人間たちがもみくちゃになって争い始め、その状況は地獄とも思えた。

しかし、そんな状況を見ても他の人間達が驚く様子はない。

しばらく目の前の状況に思わず驚嘆していたが、引率の人間がこれにて見学は終わりと告げてバスの方までまた列を率い始めた。

バスに乗り込み、帰っていると、他の席の人間達がなにやら話をしているようだった。

「この村だったらうちの息子も働けるわ」

「そうね、それに息子達が作った野菜とかを私たちが食べるんですからそれが仕送り代わりにもなりますしね」

「いやー、よかったよかった」

席が近い人々で話していて、いくつかの集団があるにもかかわらず会話の内容はどこも同じで僕は鳥肌を立ててしまった。

三十分ほどで集合場所に着き、僕は気味悪くなってしまったので、駅の電車で帰らずタクシーを呼んで帰った。

家に帰ってきてからも、あのゾッとするような環境を思い出して胸をモヤモヤとさせていたため、僕は近くのジムで思いっきり体を動かし、家に帰ってシャワーを浴びてすぐに寝た。

翌日、僕は目を覚まして昨日のことを考えていた。

「いくら家族と言っても他人は他人、キャパを越えればあんな仕打ちに対しても何も思わないものなのだろうか」

元妖術師であり、恨みや人の念というものの恐ろしさはよく知っていたが、よりその恐ろしさを痛感した体験だった。
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