愛と知って、愛と呼んで

分娩室

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戦乱の世、という言葉がこれほど似合う時代も無いだろう。
ついこの間、『やあ初めまして』と各国が挨拶を交わしていたのも束の間で、ある国では兼ねてからの民族や宗教同士のぶつかり合いを、又ある国では国土の奪い合いを、又ある国では...といった風に、原因は様々で争っていた。
どこかの偉人が『世界の為に』と生涯をかけて己が足で地を歩いて作ったこの世界の地図も、どうやらこの世界の土地・資源は案外有限であると世間に知らしめて、結果的に戦争を引き起こしてしまう一大要因になったのだから報われないな、と思う。

そして、それはこの国も例外じゃない。

「累(ルイ)様」

縁側の障子に目を向ければ、一つ人影があった。
予定時刻より幾らか早く従者が来たのは、【相手】が故だからかもしれない。

「ああ、お早う。僕の方はいつでも大丈夫だよ」
「……左様でございましたか」
「もしかして、もう迎えが来てしまったのかな?」
「は、四半刻程前に」
「そう、じゃあ行こうかな。あまり待たせてしまってはいけないしね」
「……はっ」

竹の座椅子に掛けてあった藤色の羽織の袖に腕を通し、ゆるりと立ちあがれば、息を引くような音で障子が開く。

「どうもありがとう。けれど僕はもうこの国の人間では無くなるのだから、気を使わなくったってもいいんだよ?」
「………」
「ふふ、ごめんごめん。でもね、これが最後かと思ったら、少しでも記憶に残るような会話がしたくなってしまっ、て…」

ふと足が止まった。縁側に出て、部屋を一瞥すれば、障子越しに朝日が差し込んでいる。

人間というのはやはり、都合のいい生き物なのだろうか。思い残すことなんて何もない筈なのに、いざ去るとなると、急に過去を美化し始める。

いや、そもそも最初からここには何も無かったじゃないか。思い出も、人も。
とっくに折り合いをつけていたと思っていた感情が、記憶が、ふつふつと脳を掠める。


天を仰ぐと、雨がちな舞仙の空が、やけに晴れ渡っており、燦々と輝く太陽に向かって思わず自嘲気味に呟いてしまう。

「…こんな時ばかり顔を出すんだね、君は」

余計なことを聞かせてしまったかと思い、控えていた従者の方に振り返れば、不思議そうにこちらを見ていた。

「累様?」
「……いや、なんでもないよ。行こうか」


障子が閉じられる時に、鏡台に置いた読みかけの小説が目に入った。



栞は挟まなかった。きっとこの続きを読むことは、もう無い。






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