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罪人(つみびと)の影

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 朝がやって来た。
既にファザーン達は屋敷を出て神殿に向かったらしい。

 薬草園の一般開放時間まで時間があるので、支度をしながら
薬草園の責任者の話を聞いた。

 当代の国王陛下は、風通しの良い新しい国を作ろうと色々な政策を打ち出していった。
今までは、女性には政まつりごとに参加していく制度がなかったものの、
実力さえあれば、出自は問わず、門を開いていこうと王立の施設の職員を民間から雇い入れた。
その中でも、王立薬草園の最高責任者は、諸国を周り薬学を極めた女性だという。

 努力さえすれば、どんな出自でも、女性でも認められるという新しい世の中を
当代国王は目指しているというが、やはり今まで特権を認められていた人々からの
反発は相当なものらしい。色々と宮廷には市井に流れてこない生臭い噂も漂っているという。
王位継承順位第3位の従兄弟のイリシオス公爵が毒を仕込んだだの、実は国王が仮病を使い
市井を見て回る為、お忍びで諸国漫遊して悪を成敗しているだの噂が錯綜さくそうしている。

 ただ、10年前より体調を度々壊して自室から出てこれるのが一年の半分近くとなり、
即位前の頑健な様子とは打って変わった病弱ぶりに、臣下一同心配をしているらしい。
 そのせいか取り扱いいかんでは毒物ともなりうる王立植物園の職員の採用は
ことさら厳重で、実力とともに確かな後見人の紹介状が必須なので、採用への道は
ほかの王立部署よりも狭き門となっている。その分の責任手当や退任した場合の保証は
手厚く、逆に薬草や種、土などの持ち出しなどが発覚した場合は本人の一族郎党と後見人にまで
罪が及ぶ。

 その話を聞いて、背筋から冷たい汗が流れる。

私が無事採用となったとして、もし何かやらかしたらヘルシャフトにも迷惑をかけるのか。

 改めて今回の依頼の報酬がすごく絶大なものだったと実感した。

というか、ツッコミを入れた。破滅と隣り合わせじゃないかって。
まぁ、私がそんな悪いことできないくらいの小心者ってのもわかった上でなんだろうなぁ。

「今から出れば丁度、開館時間に間に合いますね」

クラリスに促され、私は一気に緊張の糸を張り詰めた。

 馬車に乗ること半刻。王立植物園の門が見えていた。

石造りの柱を両脇に、樫の木で出来た門は実に風格がある。柱に絡みついた蔦も風情があっていい。

 馬車を降りて、門の前に立つ。
一般開放する時間の少し前についたようで門が開くにはまだ少し早いようだった。

ぼんやりと周囲を伺うと、少し離れた通用門だろうか、小振りな扉が軋んで開く。
中から、地味目な色合いのローブを身にまとったふたりの人影が出てきて、
あとから続く人影を先導する。

 あとから来た人は、不遜な態度を隠しもせず、肩までに切り揃えられた黒髪を
苛立たしげにかきあげる。

「ここに来たら会えるって言いましたよねー?」

前を歩くふたりに当たり散らしている。声の甲高いところからも女性であることがわかる。

「私ぃ、こう見えてもぉー忙しいんですねぇー?無駄足は世界の損失なのぉーうーん……

私のぉ言葉ぁーわかんないですかぁ~?もっと噛み砕いたほうがいいのかなぁ?」

「アダラ様、申し訳ございません」

ローブの男は頭を下げる。

「えー、私ぃー謝れって言いましたぁ?言ってませんよねぇ?何に対しての謝罪なのぉ?
嫌いなのねぇ何でも謝ったら赦して貰えるって考えぇ?」

ローブの男は頭を下げたままだ。

なんだか、すごい理不尽な言いがかりをされているようにも見える。
きっと偉い人なんだろうけど、まさかあれが薬草園の責任者なの?
だったら、やだなぁ。

 そうふと頭によぎったとき、ローブの男たちを詰っていたアダラ様と呼ばれた女性は
こちらをちらりと見る。

「あなた達のせいでぇ、一般の人たちにぃ私がぁ虐めてるみたいに見られるのぉ迷惑なんですけどぉ」

フンっと音がするくらい頭を振って、アダラとローブの男たちは私たちとは逆の方向へ去っていった。

「なんだったんだろう、あの人たち……」

「あの方向、ユーラーティの本神殿の方向ですね……」

クラリスは、アダラ一行が見えなくなるまで見つめていた。

 表の騒ぎが一段落したからなのか、大きな音をきしませて、扉が開いた。
いよいよ謎の真相への一歩を踏み出すんだ、と私は少し緊張していた。

扉の中で、クラリスが懐から出した通行証のようなものを見せるとすぐに薬草園への
入場許可証が手渡された。

「では参りましょうか」
微笑むクラリスのこの余裕は本当にすごいと思う。

植物園の曲がりくねった道を進んでいく。クラリスは何回もここに来たことがあるらしく、
あそこにあるのが食虫植物で、自分で甘い匂いを出して飛んでいる虫を呼び寄せて食べるんです
だの、そのさらに先に進んだ時は、大きな池にニョキっと生えていた白いふんわりとした花を
指差して、あれは蓮と言って、葉っぱの上に子供が載っても支える事が出来るんです、だの、
薬草とは違う珍しい植物の紹介をしてくれた。

 さらに奥に進むと、丸太で作った小屋があり、その中へクラリスはさっさと入っていく。
私も慌てて追いかけて中に入ると、小屋の中は、奥にさらに通路が伸びている。

 その通路を超えていくと、ひんやりとした空気が流れてきたような気がした。

「なんか、ちょっと空気がひんやりしてる」

「ここからが薬草園の関係者入口になっているんです」
クラリスは、なんでこんなことまで知ってるんだろう。なんか、不思議な人だなぁと
今更ながらに思った。

そして、通路の突き当たりのような扉の右側の壁をコツコツとノックすると、壁が扉のように開く。
あ!!隠し扉?!

「薬草園は、危険なものも取り扱ってますからね、これぐらい厳重に管理されているんですよ」

クラリスは、そう言うと、隠し扉の奥に入っていった。私も続く。

すると、先ほどの薄暗さになれていたせいか急に室内のまぶしさに一瞬目がくらむ。

「おやぁ!!珍しい人が可愛らしい子を連れてるじゃない?って、おや!この間の子じゃないか」

年配の女性特有のおっとりとした口調で話しかけて来る人がいる。

明るさに目が慣れてくると薄ぼんやりと貫禄のある影がどんどんはっきりと見えてくるようになった。

その女性の姿がはっきりすると、見たことのある女性がたっぷりとした布を使ったエプロンドレスを
着て腰に手を当てている。

「相変わらずお元気そうですね、サントル園長って、ドゥーラ様をもうご存知なんですか?」
クラリスは、気さくに話しかけている。

「薬草師のお嬢さんだったかねぇ、あの時は全くお見事だったよ」

 目尻を下げて微笑む。鼻の頭に乗っているメガネがとても愛嬌がある。
 サラエリーナと一緒に消息を絶った医師の家を探しに行った時に出会ったおばさんだった。
場所によって雰囲気は変わるが、優しげな微笑みに少し癒される感じがする。

「表で女性が騒いで誰か探していたようでしたけど?ご存知ですか?」

クラリスは、先ほどの表での騒動を話すと、肩をすくめてサントルはやれやれ、とため息を漏らす。

「ユーラーティの副司祭長アダラ様ご一行の事かい?あーやっと帰ったのか」

本当に嫌そうに顔をしかめる。

「あの蛇女、いつも難癖つけて言いがかりつけてくるんだよねぇほんと、暇なんだよあの女」

本当に嫌そうな顔をする。

「隠れてたんですね……」

 この女性が王立薬草園の責任者のシエル・サントル園長その人だった。

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