ヘタレ女の料理帖番外編

津崎鈴子

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あの人たちのあの日あの時 (テル編)3

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 復縁をお願いしようとしたのにユキの方から、また裏切られるかもって不安があるからテルともう一度なんて考えられないって拒絶されてしまった。

 冷静に考えたら、裏切られるっていう不安を与えないくらい今後はユキ一筋だってアピールしたらいいんじゃないのかなっていう結論に行きついた。
 そりゃそうだよな。ユキというイイ女がいるのに、別の女の誘惑に乗っちゃったっていう経歴がついちゃったんだもんな。

幸いな事にまだユキはフリーだそうだし、猶予があるんじゃないだろうか。
逆に時間が経てば別の男が寄ってくるかもと焦る。

 姉ちゃんも、ハルカも、うちの家族みんなユキが好きなんだから、
俺が頑張らなきゃ!

 そう思っておふくろに決意を話すと、もうユキに関わるな迷惑かけるなと
怖い顔で言われた。お前のその自分に甘い所は死ぬまで治らないとまで言って呆れてる。

 たった一度の過ちで別れるなんてバカバカしい。諦めきれないよ。
俺にはユキしかいないんだって気づいちゃったから。

 幸い、地元のツレもユキとよりを戻したらいいのにってアドバイスしてくれて
応援してくれるらしいし。心強いよ。

 ツレ達が俺の結婚式に欠席で返事したのは、ユキと仲のいい女連中のせいらしい。
便所もひとりで行けない奴らが徒党を組んだってことだった。
嘆かわしい。まあ、次に結婚の案内出すときは相手はユキなんだし
気兼ねなく来て欲しい。

どう対策を練ろうかと考えているときに、ユキが駅にいると連絡が入る。

ほとぼりが冷めたから、実家に帰って来たんだろう。慌てて支度する。
これを逃したらチャンスはない。ユキがカッコいいと褒めてくれた
思い出の服を着て再会することにした。
家に入られるとおじさんが在宅していた場合、また揉めるから、
先にユキと会って復縁を了承してもらわないと。ユキは優しい女だし、
誠心誠意謝ればこれで最後だよって笑って許してくれる予定。

ユキと待ち合わせしていた思い出の電柱の陰へ身を潜めることにする。

ユキはどんな顔をするだろう。

駅からなら、あの角を曲がってくるはず。
久々にドキドキする。

予想していた時間より少し遅れて、ユキが角を曲がってくる。
見たことのないワンピースできちんとおしゃれしているユキは、背後に光を纏っているかのように輝いている。髪を切ったユキを生で見て、短い髪のユキもいいなぁって見とれていると、笑顔のユキが誰かに話しかけていた。 

 それはスーツを着て照れくさそうに、でもちょっと不安も見え隠れしているガタイの良い男だった。

ツレ……なのか???

 日焼けして、顔もまぁまぁ。すれ違う女どもが二度見したりガン見したりして頬を染めて熱い視線を向けている。マジでユキのツレなのか??誰なんだ、そいつは!!

「ユキちゃん、俺、おかしくないか?」
「かっこいいですよ。すごく似合ってる」

 ユキ!!俺以外の男にカッコいいとかいうなよ!!
言いようもない感情が俺を揺さぶる。ユキは俺に惚れているはずなのに。
なんでそんな男と一緒なんだよ。別れてまだ半年くらいじゃないか。
あの女がとんでもない女だってわかったんだから、ユキに戻るって理解わかってよ新しい男が、もういるってどうなんだよ。

言いようのないどす黒い感情に襲われる。

表情も作れなくて、青を通り越して白くなっている自分の顔に気が付かず、電信柱からユキの前に姿を現した。

驚いて硬直しているユキ。さっきまでの幸せそうな笑顔が身を潜め、
困惑と悲しそうな顔になる。俺に見つかって罪悪感を持ったんだろう。

そうだよな。俺の前に男と楽しそうに連れ立っているんだから。

今度はユキ、お前が浮気したってことなんだな。俺にあてつけて。

「ユキ……」

 もう、それしか言葉が出なかった。
いつもなら、ユキが浮気は今回だけなのとか、俺のこと察して許しを乞うて元通りになっていくはずなのに。待っても待ってもユキは何も話さない。

それどころか、悲しそうな顔で首を横に振るばかり。

なんで? なんでユキは俺に許して欲しくないの?おかしいじゃん今まではうまくいったじゃん。
お前が俺とずっと一緒にいたいって言葉、俺待ってるんだけど。

その時、じっと傍観していたスーツの男がユキの肩を抱いて俺に宣言した。

「俺、ユキちゃんのこと大事にします。絶対に手を放しません。安心してください」

ガタイのいい男が、90度に腰を折り、頭を下げる。

遠い昔、会社の新人研修のお辞儀の仕方を思い出す。
そいつのお辞儀はお手本のように正確だった。

 ユキを大事にするっていうんなら、俺だってこれからするんだよ。
でもその男、絶対に手を放しませんって強調した。

そうだ。俺はユキの手を離した。この男は絶対に離さないって言った。

 俺が離したから、こいつがすめ取った。そして、俺が同じようにさらう事は許さないと暗に言ってる。その瞳の奥には、姉ちゃんと同じ人種特有のギラついた強い意志が見える。

こいつ、礼儀正しくしてるっぽいのに、俺に宣戦布告してやがる。

安心してくれって言いつつ牽制けんせいしてる。俺が奪う隙は与えないって。

こんなヤバい奴の手に渡ってしまったユキは、もう俺の手には帰らない。

 そしてユキは、この男に肩を抱かれて安堵してる。

それを見て、ああユキは俺のこと完全に切ったんだなって解った。

もう、無理なんだな。本当に、無理…………なんだな。

 ここまでの現実を見せつけられて、おふくろのユキに関わるなって言葉と、ハルカの何か言いたそうな瞳が思い出された。

 ハルカは知っていたのか?この男がちょっかいかけているのを。
なんで止めなかったんだ。ユキをお姉ちゃんにしたかったんだろう。

 しかし今更、どうしようもないってことに気が付く。

そう考えている間に、男はさっさとユキと手をつなぎ、俺の横をすり抜けていく。

「ごめんユキ、幸せになれよ……」

男らしく、ユキに祝福の言葉をかける。涙が止まらない。

ユキは振り返らなかった。男に護られるように、小さくうなづいたのが見えた。


☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・

 それから何年たっただろう。ユキ以上にいい女もいないし、あの女のせいで極度の女性不信に陥っていて俺は四十路に近くなっても、いまだに独身やってる。

噂話でユキが双子を生んだって聞いた。男と女の。

 お盆で姉ちゃんもハルカも帰ってきている。姉ちゃんの甥っ子も姪っこも可愛い。

 何気なく、ユキの子供が大きくなって嫁さんに来てくれたら、ユキは義理の母かなぁとか
口に出してしまったら、すさまじい表情で姉ちゃんとハルカに変態とののしられつつボコボコにされた。おふくろも止めない。軽いジョークじゃねえか。


 親父も俺のその一言にブチ切れて性根を叩きなおしてやるってぶん殴られた。
こ、この家にいたら殺される!!!!

 ハルカに至っては、甥と姪にあいつに近づくな、馬鹿がうつるし何されるか解らない変態だからと隔離してしまった。もう今後、俺の在宅中に自分の子供達は実家に連れてこないって姉ちゃんに絶縁されてしまった。おふくろがそれでいい、会いたくなったら親父とふたり会いに行くわと綿密に話し合うし。冗談だったのに本気で変態扱いされたひでえ……。

その後、親父に連れ出され、毎週末は修験者体験とか寺の修業に行かされるようになった。


おかげで俺は、すっかり線香くさい男になってしまった。


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