君と桜が咲く頃に

白石華

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君と紫陽花の咲く頃に

藤の化身

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「という訳でランラン、藤の花見をしよう!」
「おう。約束だからな。」

 話は今に戻って。こないだリンリンと青姦をした……というとリンリンに怒られそうだが桜の花見をした自然公園に向かうことにした。

 ・・・・・・。

「イヤー新緑が綺麗だね、ランラン。」
「そうだな。お、藤棚があった。」

 自然公園の中を歩いていくと、リンリンと同じ髪の色をした藤の蔓が棚に絡まって屋根になっているベンチを見つけた。

「見ていくのか?」
「そうだね。屋根の下から見る藤も綺麗だけど一番の見どころは公園広場だからね。
 チラ見で行こう。」
「うーい。」

 という訳で通りがかりに藤を見ていくが、まだ規模としては序の口でも十分綺麗だったし、マメ科の花が房になってたくさん垂れる姿は見事だった。こんなに綺麗なしだれた花がたくさん見られるんなら、そりゃ桜の季節が終わってもまだ花の季節だなと思ったのだった。

「お、公園まで来たな。」

 自然公園の奥まで歩いていくと。大きな広場の半分を囲むようにぐるりと藤棚があってベンチも用意されていた。

「おおお……これは確かに見事。」
「だよねー。」

 ベンチの所には結構な人がいて。写真を撮っている人だっていた。無料で入れるうえに藤も見事だもんな。

「今回は、ベンチで座るのは最初から期待していなかったため。
 ピクニックシートを用意してきました!」
「おおー、準備がいい。」

 リンリンがバッグからピクニックシートを取り出し、藤近くの芝生に敷いてお弁当を広げていった。

「弁当は買えばいいから楽だね。」
「そうだな。食べるのが偏らないように気を遣えば別に……お。」

 リンリンが持ってきたのはサラダと野菜スティックとおつまみハム、レンチンしないで冷めたままでも美味しそうな主菜が挟まれたサンドイッチだった。サンドイッチも具が豪華になったよな。

「別に、こんなもんでいいかなと。」
「うん。作らなくても俺は別にいいし。」
「いつもすまないねえ、ランラン。
 ご飯は作れないことはないんだけど朝早く起きるのがね。」
「いいのよおとっつあん、俺も朝早く起きたくないからね。」
「あと単純に、買ったやつの方が見た目も綺麗だし美味しそうだからね。あと衛生。」
「コンビニ弁当の商品開発はすごいよな。」
「うん。あとはウーロン茶に。紙コップに。」

 リンリンは後で洗う手間もないものばかり持ってきていた。手間は捨てるだけだし、お弁当にそこまで張り切るのは、張り切りたい人がすればいいだろう。手間暇をかけた料理じゃないと母や妻として失格、という風潮はやれる人はいいだろうが。やれない人や負担が多い人には楽な手段がないと主婦って続けられないだろうし。
 ましてや片親や父子家庭、一人暮らしを早くから余儀なくされた人だったりすると、便利に越したことはないだろう。調理する機会がなかったまま、そうなった人だっているだろうからな。

「ウーロン茶なら言ってくれれば俺、しょってきたぞ。」
「買ったのは自然公園近くのコンビニだから大丈夫。」
「うん。でも次は言えよな。」
「はーい。あとはー、これ!」
「おお。」

 リンリンが持ってきたのは、小さな藤の花の形をした練りきりだった。

「お花見ですからね。ここはやはり和菓子は持って来ようと思いました。」
「よし、いいぞリンリン。」
「甘いもの食うから、後でしっかり歩くように。」
「オッケー。」

 甘党には甘いものはどうしたって食いたくなるものだから、ウオーキングの習慣はセットで付いてくるものだった。朗読会をしていた頃も甘いものを食べた後は、リンリンに街を連れまわされたしな。

「という訳で、いただきます。」
「いただきまーす。」

 むしゃむしゃとリンリンが用意してくれたお弁当を平らげていくと。

「藤が綺麗だねえ。」

 リンリンはウーロン茶を飲みながら藤を眺めていた。

「そうだな。房になって、蔓に垂れるようにたくさん咲くと綺麗だよな。」
「私の部屋の入り口も、ああいうのにしようかな。」
「ああ。ジャラジャラしている暖簾みたいなやつな。アレなんて言うんだっけ。」
「んん……?」

 リンリンが首を傾げた。

「アレ……なんて言うんだろう、アレ……。」
「俺もちょっと記憶があやふやで。」
「しかも藤だと綺麗だけど、そういうのはないだろうから自作を余儀なくされ。」
「いいじゃん。作りたいなら作ってみろよ。どうやって作るのか知らないけど。」
「花にはしないよ。そういう色の球を羊毛フェルト細工かなんかで作ってだね。」

 結局、スマホで調べたら、たまのれんと出てきた。そのまんまだった。ジャラジャラしたのれんで調べたら出てきたから、みんなこれで検索しているのだろう。名前をいきなり聞かれても知らないよな。

「そういえばランランも、藤の花を題材にした詩の朗読はしたんだよね。」
「ああ。桜よりもずっと簡単だったな。」
「今でも詠める?」
「うーん……見ないと細部は思い出せないけど、どんな話だったかは覚えている。
 藤の大木が滝みたいになっているやつだろ?」
「そうそう。藤自身が太い蔓になって大木になったので。大きく生えそびえているって。」
「懐かしいなー。またリンリンとフィールドワークに行かされるのかと思ったら。
 学校に生えてて楽だった。こんなイメージかってイメージ帳も付けられて。」
「うん。やっぱり自分の目で確認したものって想像から自分のイメージで上書きするからね。
 それは読んで、イメージを付けるなら自分でも見た方がいいよ。」
「やる習慣は付いたけど、ホント桜よりも簡単だった。」
「ごめんよー。でもその後でもランランが着いてきてくれてよかったよ。」
「うん。あのさ、リンリン。」
「何?」
「もうリンリンって朗読やらないのか?」
「やる場所と機会がないからね。そういう経験もしたって思い出には残っているよ。」
「まあ、カルチャースクールとかでやるにも俺たちがしたのって小規模少人数だしな。」
「そうそう。詩だって、あっという間に終わっちゃうでしょ?」
「うん……せっかく、あんなにかっこよく読んでいたのにもったいないってさ。」
「今やっていること、それとはあんまり関係ないけど、趣味で本は読んでいるし。
 ランランと遊ぶことは続けているでしょ?
 ランランがいるから、今までしてきたことは全く無くなったわけじゃないし。」
「あ……うん。」

 そっか。俺たちが朗読研究会でしてきたことで何が残ったかって思う事とかもあったけど。俺とリンリンがこうしているのは確かにあの時の証ではある。

「そんなに私の声が聞きたいならマンションで読んであげるよ。」
「ああ、うん……近所迷惑にならないようにな。」

 リンリンは人前で本を読めるんだから、そういう事とかを職業にするのかと思ったら、趣味で終わっちゃったもんな。だからどうだっていう事はないけど。リンリンはあんなに本読んでいたり俺に読み方を教えてくれていたりしていたから大学卒業とサークル廃部と同時に綺麗さっぱりやらなくなったことが俺には区切りが良すぎるなと思っただけなんだろうけど。趣味とかサークル活動って自分の人生にそこまで関わりなければそんなもんなんだろうか。
 
「まだ腑に落ちてないようだねランラン。」
「いいや。俺の人生で朗読がどこまで関係あるかを思ったけど。
 そういうので生計立てられなかったら、そんなもんなんだろうなと思ってもいた。」
「いいんだよランラン。
 サークルでやっていたことをランランがこうして覚えていてくれているだけで。」
「うん……。ん?」
「どしたのランラン。」

 リンリンが藤をバックにしていたら一瞬、リンリンが髪の毛の色が藤色だったからなんだろうけど、また藤の花の化身に見えてしまった。ちょうど、藤棚から伸びた蔓が後ろに生えている大木にも絡まってそこだけ滝みたいに見えていたからなんだけど。

「いや、バックにあるのも滝藤だなって。」
「あ、そういえばそうね。しかも結構でかい。」
「滝藤ってこんな感じだったのかもしれないな。」
「すくすくと伸びて、すくすくと広がる。」
「あ。」

 リンリンがサークル時代に読んでいた藤の詩を読み始めていた。

「絡まり、太くなり、またすくすくと。伸びては絡まり、また伸びる。」
「伸びる、伸びるよどこまでも。」

 俺もリンリンに追って詩を読んでいた。

「伸びていったその先は。枝を広げ、葉を広げ。桜の季節が終わる頃。」
「桜が咲いて散った頃。」
「桜の散る頃、咲き乱れ。その姿は滝のよう。」
「飛沫を残す滝のよう。」
「静かに咲きたる、大きな房。それをいくつも集めて垂らす。」
「流れゆく滝藤。」

 最後まで読んでしまった。

「うん。結構覚えているもんだね、ランラン。」
「ああ。読んでくれたんだ。」
「たまにはね。ランランにも、桜の声、聞こえるかどうか前にも私、聞いたし。
 確かにね、サークル活動は楽しかったから。」
「うん。そうだな。あんなに甘いものを教えてもらえるとは思わなかった。」
「お茶だって飲んだし、本屋とかフィールドワークとかで遊びまわったし。
 やらなくなったのは朗読関係だけで、それ以外のことは続いているけど。
 ときどきふと、あの頃は思い出したくなるんだよね。」
「そうだな。俺も、そうだったからリンリンにも確認したかったのかもな。」
「そりゃ覚えているし思い出したりもするわよ。ランランとの馴れ初めだし。」
「……うん。」

 それからはまたのんびりと、リンリンと藤を眺めていた。なりを潜めたと思っていたけど。俺も創作に打ち込んでいるときは女性を創作のキャラとして飛び出てきたように見えたり、花の化身に見たりしてしまう癖は相変わらず残っていたらしい。それだけハマっていたっていう事なんだろうけど、リンリンはそう見えてしまう人なんだろうか。

「ふえーい。帰ったよい!」
「おかえりんさい。」

 俺たちはリンリンの予告通り、今回は裸族にならずに来たままの格好でマンションに戻ってきた。

「あー藤いっぱい見られた。藤充ですね。」
「俺も見たわー藤。桜の後に藤だもんな。
 こんだけ花見をしても六月にはまだ紫陽花もあるんだぜ。」
「そうだねえ、ランラン。紫陽花も自然公園にはあったよ。ウオーキングコース周りかな。」
「どんだけ季節の花を揃えているんだろうな。」

 リビングのソファに座って、リンリンがお茶を持ってきてくれて。二人でゴクゴクと飲みながら話をしていた。

「お、お茶うまいな。ちょうど今、暑かったし。」
「ねー。水とお茶を冷やして飲むだけだからね。そんなに日持ちしないから飲んで飲んで。」
「おう。」

 水は割と飲んでしまう方だから、暑い中を歩き回ったのもあって二杯くらい飲んでしまった。

「ふー。一息ついたな。」
「うん。お茶美味しい。来月は紫陽花で、再来月は花はなくても七夕はあるね。」
「そしたら、笹とかひまわりとかを見て回るのか?」
「笹ってさ、竹と見分けがつかなくてさ。」
「竹の茂っている葉っぱ部分を折って、笹って言えば信じてしまう自信はあるな。」
「違いって何だろうね。」
「幹に相当する部分の太さと伸び方じゃないのか。」
「うん。あとで調べよう。」

 結構騙されることとかもあるしインターネット知識ってどこまで信じていいのかだが、笹と竹の違いで騙そうとする人はいないだろうと思い、調べてみることに。

「へー。もとは同じで大きさとか、茎にある皮とかそういうのの違いらしい。」
「ああ。それじゃあ細い笹っぽいのでいいのかな。」
「よく分からんけど。笹っぽい植物を挿しておけばいいんじゃないか。」
「うん。せっかくだから笹飾りとか付けとこうよ。」
「あー。一人じゃ絶対、やらないやつな。」
「そうそう。お部屋に挿しとくと気分いいじゃない?」

 リンリンはこういうの好きそうだと思ったが思った通りだった。

「ああ。また風呂にでも入るかな。暑かったし。」
「そだね。」

 こうしてまた、リンリンと風呂に入ったのだった。
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