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第3章 説明のつかない痛み
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最初は、ほんの違和感だった。
朝、指先がうまく動かない。
コップを持った瞬間、力の入れ方が分からなくなる。
落とした音に驚いて、被害者は自分で自分を笑った。
疲れているだけだ。
そう思えば、説明はついた。
だが、その「つくはずの説明」が、日に日に追いつかなくなっていった。
皮膚の内側が、じわじわと熱を持つ。
掻いても、冷やしても、
どこをどうすればいいのか分からない不快感だけが残る。
鏡を見ると、変化はない。
赤くもなっていないし、腫れてもいない。
なのに、確かに“中身”が違う。
被害者は、爪を立てて皮膚を押した。
痛みはある。
感覚もある。
それなのに、自分の身体に触れている感じがしなかった。
夜になると、さらに悪化した。
眠ろうと目を閉じると、
体の奥で何かが蠢くような錯覚が走る。
実際には何も動いていない。
それが分かっているからこそ、気持ちが悪かった。
喉が渇く。
水を飲んでも、潤わない。
胃のあたりが重く、
内側から押されているような圧迫感が続く。
吐き気が込み上げ、洗面台に手をつく。
何も出ない。
胃液すら上がってこない。
代わりに出てくるのは、
「どうして?」という言葉だけだった。
仕事中も、日常は続く。
笑顔を作る。
返事をする。
動作をなぞる。
だが、身体が遅れてついてくる。
思考と肉体の間に、薄い膜が張られたような感覚。
失敗すると、周囲は言う。
「最近、調子悪そうだね」
「ちゃんと休んでる?」
被害者は頷く。
ちゃんと休んでいる。
ちゃんと食べている。
ちゃんと守っている。
それでも、痛みは増えていく。
皮膚が、内側から裂けるように痛む夜が来た。
実際には裂けていない。
だからこそ、余計に怖かった。
血が出ない痛み。
痕の残らない苦しさ。
誰にも見せられない異変。
被害者は、次第に自分を疑い始める。
――自分が弱いのか。
――気にしすぎなのか。
――どこかで間違えたのか。
何かを変えようとするたびに、症状は裏切る。
楽になろうとする選択が、
すべて逆方向に作用しているようだった。
そして、ふと気づく。
「まだ大丈夫」と言い聞かせる回数が、
日に何度も増えていることに。
鏡の中の顔は、以前と変わらない。
それなのに、目の奥だけが、
確実に別のものを映していた。
被害者は知らない。
この苦しみが、
誰かにとっては“想定内”であり、
期待通りの反応であることを。
そして、
ここから先に待っているのが、
回復ではなく加速だということも。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あとがき
いつも読んでいただきありがとうございます。
苦しみは、伝わらないから苦しいのではなく、
伝わっていないと思い込まされるから、
より深く沈んでいきます。
ここから先、戻れる感覚は失われます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
朝、指先がうまく動かない。
コップを持った瞬間、力の入れ方が分からなくなる。
落とした音に驚いて、被害者は自分で自分を笑った。
疲れているだけだ。
そう思えば、説明はついた。
だが、その「つくはずの説明」が、日に日に追いつかなくなっていった。
皮膚の内側が、じわじわと熱を持つ。
掻いても、冷やしても、
どこをどうすればいいのか分からない不快感だけが残る。
鏡を見ると、変化はない。
赤くもなっていないし、腫れてもいない。
なのに、確かに“中身”が違う。
被害者は、爪を立てて皮膚を押した。
痛みはある。
感覚もある。
それなのに、自分の身体に触れている感じがしなかった。
夜になると、さらに悪化した。
眠ろうと目を閉じると、
体の奥で何かが蠢くような錯覚が走る。
実際には何も動いていない。
それが分かっているからこそ、気持ちが悪かった。
喉が渇く。
水を飲んでも、潤わない。
胃のあたりが重く、
内側から押されているような圧迫感が続く。
吐き気が込み上げ、洗面台に手をつく。
何も出ない。
胃液すら上がってこない。
代わりに出てくるのは、
「どうして?」という言葉だけだった。
仕事中も、日常は続く。
笑顔を作る。
返事をする。
動作をなぞる。
だが、身体が遅れてついてくる。
思考と肉体の間に、薄い膜が張られたような感覚。
失敗すると、周囲は言う。
「最近、調子悪そうだね」
「ちゃんと休んでる?」
被害者は頷く。
ちゃんと休んでいる。
ちゃんと食べている。
ちゃんと守っている。
それでも、痛みは増えていく。
皮膚が、内側から裂けるように痛む夜が来た。
実際には裂けていない。
だからこそ、余計に怖かった。
血が出ない痛み。
痕の残らない苦しさ。
誰にも見せられない異変。
被害者は、次第に自分を疑い始める。
――自分が弱いのか。
――気にしすぎなのか。
――どこかで間違えたのか。
何かを変えようとするたびに、症状は裏切る。
楽になろうとする選択が、
すべて逆方向に作用しているようだった。
そして、ふと気づく。
「まだ大丈夫」と言い聞かせる回数が、
日に何度も増えていることに。
鏡の中の顔は、以前と変わらない。
それなのに、目の奥だけが、
確実に別のものを映していた。
被害者は知らない。
この苦しみが、
誰かにとっては“想定内”であり、
期待通りの反応であることを。
そして、
ここから先に待っているのが、
回復ではなく加速だということも。
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あとがき
いつも読んでいただきありがとうございます。
苦しみは、伝わらないから苦しいのではなく、
伝わっていないと思い込まされるから、
より深く沈んでいきます。
ここから先、戻れる感覚は失われます。
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