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◆第7章 残響 違和感のあとで
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それは、気のせいだと言われた
最初におかしいと思ったのは、朝だった。
指が、うまく動かない。
目は覚めているのに、身体だけが一拍遅れる。
コップを持ち上げようとして、落とした。
割れた音に驚いて、心臓が跳ねる。
それ以上に、自分の反応が遅れたことが気持ち悪かった。
疲れている。
そう結論づけるのは、簡単だった。
実際、忙しかった。
無理もしていた。
理由は、いくらでもあった。
だから、違和感を「症状」とは呼ばなかった。
昼頃になると、皮膚が変だった。
痒いわけでも、痛いわけでもない。
ただ、中に熱がこもっているような感覚が続く。
触る。
押す。
叩く。
どれも、反応は正常だ。
赤くもならないし、腫れてもいない。
それなのに、
「触っている」という実感だけが、薄い。
まるで、
自分の身体の上に、もう一枚、別の膜が被さっているみたいだった。
夕方、吐き気がした。
胃が持ち上がる感覚だけがあって、
何も出てこない。
喉が焼ける。
唾を飲み込むと、
その動きがどこか他人事に感じられる。
鏡を見る。
顔は、いつも通りだ。
表情も、変わっていない。
目の下に、少しクマがあるくらい。
安心するべきなのに、
その「変わらなさ」が、逆に不安を煽った。
夜になると、眠れなくなった。
横になると、身体の内側がうるさい。
音はしない。
だが、静かではない。
臓器が、それぞれ勝手な方向に
引っ張られているような感覚。
呼吸を整える。
数を数える。
何度もやっているうちに、
今、自分が生きているのかどうかが曖昧になる。
翌日、誰かに話そうとして、やめた。
説明できない。
言葉にすると、途端に嘘になる気がした。
「疲れてるんじゃない?」
その一言で終わってしまう未来が、
容易に想像できた。
だから、黙った。
黙ったまま、生活を続けた。
日が経つごとに、
違和感は形を変えて増えていく。
痛みが、移動する。
昨日は腕、今日は腹部、
明日はどこか分からない。
一定しない苦しさは、
対処のしようがなかった。
何をしても、
「これが原因だ」と言えない。
それが一番、削られる。
被害者は、次第に考え方を変えた。
――これは、体調の問題じゃない。
――性格の問題かもしれない。
気にしすぎ。
神経質。
弱い。
そうやって、
自分の感覚を信用しない訓練が始まる。
それでも、身体は止まらない。
夜、爪を立てて腕を掻いた。
赤い線が残る。
それを見て、少しだけ安心する。
「ちゃんと痛い」
「ちゃんと反応している」
その安心が、
翌朝には消える。
痕は消え、
内側の不快感だけが、
何事もなかったように残る。
被害者は、気づき始める。
これは、
治るかどうかの問題じゃない。
慣れるかどうかの問題だ。
そして、慣れた時点で、
何かが終わる気がしていた。
でも、
終わったところで、
誰にも分からない。
それが、
何よりも恐ろしかった。
最初におかしいと思ったのは、朝だった。
指が、うまく動かない。
目は覚めているのに、身体だけが一拍遅れる。
コップを持ち上げようとして、落とした。
割れた音に驚いて、心臓が跳ねる。
それ以上に、自分の反応が遅れたことが気持ち悪かった。
疲れている。
そう結論づけるのは、簡単だった。
実際、忙しかった。
無理もしていた。
理由は、いくらでもあった。
だから、違和感を「症状」とは呼ばなかった。
昼頃になると、皮膚が変だった。
痒いわけでも、痛いわけでもない。
ただ、中に熱がこもっているような感覚が続く。
触る。
押す。
叩く。
どれも、反応は正常だ。
赤くもならないし、腫れてもいない。
それなのに、
「触っている」という実感だけが、薄い。
まるで、
自分の身体の上に、もう一枚、別の膜が被さっているみたいだった。
夕方、吐き気がした。
胃が持ち上がる感覚だけがあって、
何も出てこない。
喉が焼ける。
唾を飲み込むと、
その動きがどこか他人事に感じられる。
鏡を見る。
顔は、いつも通りだ。
表情も、変わっていない。
目の下に、少しクマがあるくらい。
安心するべきなのに、
その「変わらなさ」が、逆に不安を煽った。
夜になると、眠れなくなった。
横になると、身体の内側がうるさい。
音はしない。
だが、静かではない。
臓器が、それぞれ勝手な方向に
引っ張られているような感覚。
呼吸を整える。
数を数える。
何度もやっているうちに、
今、自分が生きているのかどうかが曖昧になる。
翌日、誰かに話そうとして、やめた。
説明できない。
言葉にすると、途端に嘘になる気がした。
「疲れてるんじゃない?」
その一言で終わってしまう未来が、
容易に想像できた。
だから、黙った。
黙ったまま、生活を続けた。
日が経つごとに、
違和感は形を変えて増えていく。
痛みが、移動する。
昨日は腕、今日は腹部、
明日はどこか分からない。
一定しない苦しさは、
対処のしようがなかった。
何をしても、
「これが原因だ」と言えない。
それが一番、削られる。
被害者は、次第に考え方を変えた。
――これは、体調の問題じゃない。
――性格の問題かもしれない。
気にしすぎ。
神経質。
弱い。
そうやって、
自分の感覚を信用しない訓練が始まる。
それでも、身体は止まらない。
夜、爪を立てて腕を掻いた。
赤い線が残る。
それを見て、少しだけ安心する。
「ちゃんと痛い」
「ちゃんと反応している」
その安心が、
翌朝には消える。
痕は消え、
内側の不快感だけが、
何事もなかったように残る。
被害者は、気づき始める。
これは、
治るかどうかの問題じゃない。
慣れるかどうかの問題だ。
そして、慣れた時点で、
何かが終わる気がしていた。
でも、
終わったところで、
誰にも分からない。
それが、
何よりも恐ろしかった。
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