上 下
15 / 55
まれびと来たりて

7

しおりを挟む
「駄目だ。律は俺のそばにいればいい。危険なことは絶対にさせられないって言ったはずだ」

「オスカー、いい加減にしなさい。イホーク、律を部屋に連れていってくれ。それから、当分の間は律の護衛を」

「はい」

 イホークは胸に手を当て軽くお辞儀をすると「さぁ、いこう」と言って律を王の間から連れ出した。

「俺を見張るんですか」

「護衛だ」

 よく言うよ。心の中で呟くと、律は下を向き城の廊下をとぼとぼと歩いた。

「人の命が軽くないですか」

「軽い?」

「あんなに簡単に死刑だなんて。少し……怖い、です……あ、勿論この国にはこの国のきまりがあるっていうのはわかってますけど……」

 余計なことを言っていると思って、律は小さな声で謝った。

「スイマセン」

「セドリック王は民のことを第一に考える優しいお方だ。賢王と名高く、皆から尊敬されている。ただ、リツを傷つけられたから怒っただけだ。あんなに怒った王を見るのは久しぶりだ」

「怒っているようには見えませんでしたが」

「セドリック王が素晴らしいのは、どんなときでも冷静であることだ。だが、あぁ見えて相当に怒っていらっしゃった」

「でも、それは俺が碧のガイアだからです。別に俺が大切なわけじゃない」

「それはそうだろう」

 その言葉に傷つくほど柔くはないが、それなりに腹も立つ。たとえセドリックが優しい王だとしても、結局は人の意志など関係なく好きにする人だという思いも湧いてくる。

 部屋につくと、律はマントを脱ぎベッドに座った。部屋には暖炉がついており、天蓋付きの大きなベッドもある。常に花が飾られ、テーブルにはワインが置かれていたが、律はワインが飲めない。

 もしここが中世のヨーロッパであれば汚い水を飲まなければいかず病気で死んでいるだろうが、幸いこの国では、水は聖なる力とやらで浄水されているので何とかなっている。幸運なのだろう。いや、ここに来た時点で運は大分悪いのだが。

 律の従者であるジェムがワインをグラスに注いで差し出してきたのを受け取ると、イホークに渡す。

「よかったらどうぞ」

「よいワインだ」

「俺は飲めませんから」

「ワインを飲めない男などいるのか」

 侮蔑していると言うよりも、純粋な疑問のようだ。日本でも未だに酒を飲めないことを馬鹿にされることはあるが、この世界では尚更のようだ。律は言い訳のように言う。

「酒を飲むと、肝臓でアセトアルデヒドという物質に分解されます。さらに、このアセトアルデヒドを分解してくれるのがアルデヒド脱水素酵素です。俺は多分このアルデヒド脱水素酵素が体活性型なんです。俺の住んでいた国には約四十%の人が低活性型といわれていて、これはモンゴロイド系に特有のもので……」

「悪いが、何を言っているかわからない」

 イホークが苦笑いをすると、受け取ったワインをぐっと飲んだ。

「つまり、生まれつき酒を飲めない体質なんです。俺にとって、酒は毒に近いので……少し飲んだくらいでは死にませんが……」

「やはりアスタリアンは弱いようだ」

「いえ、そうじゃなくて、アスタリアンにも色んな人種がいて……」

 また自分のせいで誤解されると思い、何をどう言えばわかってもらえるのか困っていると、イホークは言葉を続けた。

「だが、頭は良い。図書館にいる学者に聞いたが本を読むのが驚くほど早いそうだな。歴代の王の名も、エリン国にある十の部族の歴代の長も、地理も歴史も覚えたと聞いた。私が五年かけて覚えたことだ。そんなに頭の良い人間はこの国にも滅多にいない。リツが知恵を貸してくれれば、確かにこの国は良くなるのかもしれない」

「え、えっと、その……」

 突然褒められたのに驚き、喜ぶ以上に戸惑った。こんなときに何をどう返せばいいのかわからない。また相手を苛つかせてしまうと思ったが、イホークは表情を全く変えずに、リツの頭を撫でてきた。

「正直、ただの子どもだと思っていたので意外だった。それに、臆病で弱いが、意志は強いらしい。大人しく城にいれば安泰であるのに、王にも王子にも逆らうとは、中々に面白い男だ」

「逆らうなんて、そんなつもりは……それに面白いって、なにも面白くは……」

「王には私からも進言しよう。だから、城から勝手に出て行くのはやめてほしい。私だって心配した」

「え、あ、ス、スイマセン」

 焦る律に、イホークは少しだけ笑った、ように見えた。

「少し休むといい」

 イホークは部屋から出ていく。律を嫌っていると思っていたイホークだが、少しは律を認めてくれたのだろうかと思うと、素直に嬉しかった。
しおりを挟む

処理中です...