舞い落ちて、消える

松山秋ノブ

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episode.33(2007/5/7)

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2007年5月7日


 飛び乗るように新幹線に乗る。GW明けとはいえ、指定券も持たずにそのまま新幹線で座れるとは思っていなかったのだけれど、思ったよりも人は少なく、始点ということもあるのだろうが、発車間際の新幹線にも十分な余裕が見て取れた。僕は思わずそれに乗った。まだ昼食も何も買ってはいなかったが、車内販売を買えば良いと思った。特に急ぐ必要もなかったのに、僕はその電車に乗らなければならないような気持ちになったのだ。入り口付近の席に腰を落ち着ける。前後左右ともに誰もいない席だ。僕は大きく呼吸をし、窓の外を見た。昨日から考えていることをどうにか頭の中で整理しないといけなかった。
 どうやら僕の知らないところで誰かが朝美のことに関与しようとしている。それは明らかだった。原田深雪という名前を改めて頭の中で文字にする。全く知らない名前だった。その名前が本物かどうかは分からない。しかし、その名前の人物が何らかの意図を持って、朝美や朝美の母と関わり、そして結果として僕のことを邪魔している。顔も知らない誰かの心の中を想像する。彼女はどうしてそんなことをしているのか。朝美に関与することが目的で、その結果、僕との利害関係でぶつかってしまったのか、それとも僕の邪魔をするために、結果として朝美と関わることになったのか。まずはこの前提がないと何も始まらない。けれど、それは何度頭を巡らせようと判りはしない。窓の外にはのどかな畑と山々が連なる。つい5分前も同じ場所を走っていたのではなかろうか。景色が違って見えない。同じ場所を何度も繰り返し走っているのか、それともそもそも進んではいないのか。自分の頭の中を具現化したみたいだった。永遠のようなトンネルを抜けても、そこは同じ景色だった。僕は今もそこから抜け出せないでいるのだ。時間の狂気に叫び出しそうになるのを抑えて、僕は携帯電話に目を落とす。さっきまでトンネルにいて電波が入っていなかったのか、つい今しがたメールが届いたようだった。それはさくらからのものだった。
 昨日の光浦からの電話の後、僕はすぐにさくらと連絡を取った。光浦から教えてもらったクラブハウスに行こうと思ったが、その前に情報を集めておいた方が良い。さくらはライブの仕事で歌舞伎町を出入りすることもあるらしく、何か知っていることがあれば教えてもらおうと思った。さくら自身はその場所を知らなかったようだが、お世話になっているライブハウスの店長に訊いてみると言っていた。
「中村さん、あのクラブハウス、ヤバいらしいですよ」
さくらのメールには、そのクラブハウスが歌舞伎町の中でも数本の指に入るレベルの危険な場所であることが記してあった。表にこそならないものの、事あるごとに事件レベルのことが起きているらしいということだった。そして、そこでは違法薬物のやりとりも日頃から行われているという噂もある、とその店長が言っていたと教えてくれた。そうなったら、俄然そこに行くしか無くなった。光浦は言葉を濁したけれど、どうやら竹下はその場所で犯罪まがいのことを行なっているのだろう。違法薬物との関わりもあるかもしれない。もしそれに何らかの形で朝美が関わっているとしたら…考えたくはなかったが、朝美が歌舞伎町で事件に巻き込まれた以上は、その可能性を考えないといけない。僕はさくらに、その店に行きたいから、店長さんの都合の良い時に道案内をしてくれるようにお願いしてくれないか、と返信した。中に入ってくれとは言わないものの、不慣れな場所に道案内はいたほうが良い。
 やってきた車内販売で僕はサンドウィッチを購入した。コーヒーも買おうとしたが、それを止めて、僕はビールとスナック菓子を注文した。僕だって好き好んで危険な場所に行きたいわけではない。正直さくらのメールを見て、予想していたとはいえ、少し怖くなった。それでも僕は現状を打破するために行かないといけない。まだたくさん考えたいことああったが、コーヒーを飲んで起きているより、ビールを飲んで、さっさと目的地まで寝てしまおうと思ったのだ。僕はビールを飲む前に空きっ腹にサンドウィッチを詰め込むと、スナック菓子と共にビールを胃の中へと流し込んだ。昼間の新幹線内で、僕の喉を溢れんばかりの炭酸と苦味が通り抜ける。もしこれがただの旅行だとしたら何と素敵なことだっただろうか。でも、今はそういう気分にはなれない。ビールを飲んでしばらく代わり映えのしない景色を眺めていくと、瞼が重くなってきた。新神戸前のトンネルに入ると景色がブラックアウトしていく。僕はその景色と共に眠りに落ちていった。

 眠りの先にあったのは、竹下との記憶だった。

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