年がら年中お盆

田村 利巳

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いつまでも一緒...

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〈 26 〉
とにかく、
クインテット衆の
御節介活動のスローガンは
「明るい挨拶運動」と
皆んなに爆笑されながらも、
満場一致(5人)で決定された。

しかしである……
明るい挨拶を侮ってはいけない。
そもそも、
生きている時に

「おはようございます!」
「こんにちは」
「よろしくお願いします」
「お疲れ様でした!」
その他もろもろ…
何人の人が率先して言えただろうか?

その挨拶だけで、
自分の周りが
明るくて楽しい雰囲気に
成って行く事を、
本当は
分かっているのに。

中には、人から挨拶をされても、
無視をする人がいる?
挨拶を返すと
負けた気にでもなるのだろうか?
なぜ自分自身の活動範囲を
狭めてしまうのか?
不思議でしょうがない。

言葉が出ないなら
微笑むだけでも良い、
小さな会釈だけでも
良いではないか。

挨拶をしない人は、
お喋りをする事が苦手なのか?
いや、そうでも無さそうである。
なぜなら、
人の悪口や陰口は
いっぱい言うのだ。
つまり、
性格が悪いだけなのである。

ただし、
例外の人もいる、
相手と目を合わせる事が
精神的に無理な人…
極度な人見知りの人…
その人は
人の悪口を言わず
黙々と仕事に励んで居る。
時間をかけて少しずつ、
皆んなと
仲良く成って貰いたい。

とにかく、
人の輪の中に入って行く
最初の難関、
挨拶!

意外と難しい挨拶を、
馬鹿にしてはいけない。

失笑の中から始まった
挨拶運動ではあったが、
少しずつ
効果を表して来た。
あの世の住人達が、
何とも言えない優しい顔に
成って来たのだ。

大爆笑をしてしまった
人柱のお姉さん達と、
奥様達が…
ここに来て、
深い反省と、
謝罪の言葉を述べてくれた。

男達は笑顔で
「気にしないで下さい、
何とも思って居ませんよ!」
そう言って許してくれた。

当たり前である。
自分達も、
初めてシマモトに挨拶をされた時、
心の何処かで
(なんだコイツ!馴れ馴れしい
青年だなぁ)と
一瞬でもそう思ってしまったのだ。
だから
お姉さん達や奥様達に対して…

「ぜんぜん構いませんよ…」
そう言って許してくれたのは、
過去の自分に対しての
深い反省の意義も
込められているのである。

尊敬し合える仲間がいる。
それって
かなり幸せな事では無いだろうか?
心が穏やかになり、
毎日が楽しく成る。
しかし、
楽しい時間は
アッと言う間に過ぎて行ってしまう。
誰もがそう思って
居るのではないだろうか?

大好きな歌手のコンサート。
大好きな人とのデート。
大好きな家族との旅行。
とにかく
時間がアッと言う間に過ぎてしまう。
全く其れと同じである。

気がつけば、
幸せな歳月が
アッと言う間に…
15年も流れていた。

その間も、
シマモト夫婦を筆頭に、
山本、池本、海野夫婦の仲の良い事。
15年経っても変わらない。
いや…
むしろ、
右肩上がりである。

とにかく
暇さえあれば抱きしめ合って、
キスをして居る。
その愛し方が、
日々成長して居る様に見えるから
面白い。

とにかく亭主が大好きで、
とにかく女房が大好きで、
お互いに愛おしくて、
しょうがないのだ。
実に理想的なカップルであると、
私は此処に、
断言して置きたい!

さて、
そんな仲の良い夫婦達に
囲まれている利秋が、
最近やけに
ニヤけて居る事が多い…

更に、
ソワソワしている様にさえ見える。
落ち着きがないと言われると、
身もふたもないが、
其れに近いモノがある。

ある時、
山本が利秋の肩を叩き…

「何だか最近、
スッゴイ幸せそうな
感じに見えるんだけど…
何かあった?」

池本も頷きながら

「観ているコッチまで、
楽しい気分に成って来るんですけど」

すると感の良い海野が

「利さん…もしかしたら奥様が
こちらに…?」

利秋が答える前にシマモトが

「海さん、正解!」
と、親指を立ててしまった。

利秋はただ嬉しそうに頭をさすっている。

すると山本が
「良かったなぁ…
此方に来られたら改めて奥さんを
紹介して貰うけど…
田口の奥さんって
どういった感じの人なんだい?」

「そうだなぁ…明るくて、
陽気な感じかな…
たまにふざけて踊ったりして!」

すると池本が
「じゃあ家庭の中は常に
楽しかったでしょうね!」

「楽しかったよ!
まっ、たまに機嫌が悪くなって
スネちゃうと大変だったけどね」

池本は笑いながら
「拗ねる、って可愛いですね!」

「うん、スネたり、泣いたり
怒ったり…全部ひっくるめて
可愛かったよ」

すると、
横から海野が
「きっと手料理なんかも
美味いんでしょうね」

「料理の腕はバツグンなんだよ、
ケーキなんかもプロ級だったしね…
ただ作り過ぎちゃう所があって…
せっかく作ったんだから
残さず食べてね!
でも、
僕のお腹にも限界があって…
最近あなた太ったんじゃないって、
そりゃ太るよ…」

四人は大声である。
山本は利秋の肩を叩きながら

「田口、贅沢を言っちゃいけないなぁ、
完璧な奥さんじゃないか」

「あっ、でもさ、掃除片付けは
苦手だったよ、
其れと洗濯物を
綺麗に洗い上げるのは
得意だったけど、
干す事、たたむ事は嫌いだったよ!」

四人はまたも大声である。
するとシマモトが

「でも利さんは、
奥さんの事が
大好きなんですよね!」

「はい!」

四人は黙って親指を立てた。

利秋は満面の笑みを浮かべながら
遠くの方を見つめている。

やっと最愛の妻を、
この胸の中に
抱き締める事が出来るのだ。
多少、我がままな所は有るけれど、
其れは其れで
かまわない、
むしろその部分も含めて
全てが可愛いのだ。

自分が死んだその日から
毎日かかさず顔を観に行った。
キスをした、
抱きしめた、
話しかけた、
そして毎晩…
添い寝もしていた。

しかし、
妻の里美は、
その事を何も知らない。
当たり前である
彼女には利冬が見えないのだ。

抱きしめている事も、
キスをしている事も、
お喋りをして居る事も
何も分かって貰えない……
其れが、
自分が死んで居ると言う事なのである。

しかし…
その事も、
もう少しで終わる…
里美が死ぬのだ!

日に日に衰弱していく里美を見て、
子供や孫達は泣いて居る。
大好きな
お母さんであり…
優しい
お婆ちゃんなのだ…
ズッと一緒に、
居れると思っていたのに…

気持ちは良く分かる!
利秋自身も家族と離れる時、
辛くてしょうがなかった。

石にしがみ付いてでも
生きて居たかった。

しかし、
誰にも免れる事が出来ない
モノがある、
「寿命」である。

其れは…
一時間、一分、一秒と
着実に近づいて来る。

有名人とか、
お金持ちとか、
偉い政治家とか…
そう言った事は一切関係ない。

個々に、
長い短いの差は有るが、
着実にやって来るのだ。

怖がってもしょうがない、
受け入れるしかないのだ。

しかし、
人間とは上手く出来たモノで…
歳を重ねると、
身体の至る所が痛くなり、
体の動きが鈍く成る。

先ほど聞いた話なのに、
いつの間にか
忘れてしまう。

皆んなで楽しく喋っているのに、
心の何処かで疲れを
感じている。

生きている知り合いよりも、
亡くなった友人の数が
多くなり…

今生よりも
あの世に魅力を感じてしまう。

先に亡くなった夫が
やたらと心の中に浮かび上がり…
とても恋しくなって来る。

もうここまで来ると
1時間、1分、1秒…
時の流れの速さが妙に嬉しくなり…
死に対する恐怖心が
徐々に無くなって来る。

例えば…
家族との別れは辛くないのか?
と聞かれたとする。

答えは…
自分自身の事が出来ず、
子供達に迷惑をかけ、
疎まれてしまう事の方が
辛いのだ。

子供達に何かをして上げられる…
そんな親のままで死にたいのだ。

ただし!
ただしである。
其れはあくまでも、
世間で言うところの、
色々な事を乗り越えた…
お歳を、め、さ、れ、た、方の話しである。
若くして、
病気、事故、事件…
で亡くなられた方の無念は
計り知れないものがある。
本当は、
もっと、もっと…
長生きをされる方だったのだ。
…だから…
残された遺族の悲しみは、
何をもってしても、
計り知れないのである。

さて…
今生の終りが近づいて来ている
里美の枕元には、
毎日、
子供や孫達が来てくれる…

(私の命も…後わずかなのね…)
里美本人がそう悟には、
十分な環境である。
里美の腹は既に決まっている、
何も怖くない。

病室の中…
気のせいだろうか?
ドクターの顔が、
何時もよりも優しく見える。

4月19日、午後2時…

里美のベットの周りには
息子達の家族が
集まってくれて居る。

利冬は
母の右手を握りしめながら…
「お母さん…今日は…
お父さんとの
結婚記念日じゃないか…」
そう…呼び掛ける声は
既に震えている。

「母さん…まだ早いよ…
もう少し…一緒に居させてよ…」
利春は、
母の左手を握りしめながら…
既に泣いて居る。

よく、
「亡くなる人は、
記憶が走馬灯のように蘇って来る」
と言う。
実は、
残される遺族の方にも、
走馬灯があるのだ。

幼き日に、
母親に抱き締めて貰った事。
ご飯を食べさせて貰った事。
一緒にお買い物に行った事。
叱られた事。
褒められた事。
一緒にお風呂に入った事。
一緒に寝て貰った事。
おんぶをして貰った事。
その…
強くて、
優しかった母親が、
今ベットに横たわり…
ただ、ただ、小さく微笑んでいるのだ。

里美は息子達の顔を見つめ…
二人の家族の顔を見回し…

「…泣かないの…
お母さんは…
何も怖くないのよ…
きっとお父さん(利秋)が迎えに
来てくれる…
だって未来永劫
愛してくれるって…
約束したもん…
あの人…嘘…
つかないもん」

子供達は黙って頷いている…

『………里美…』

「えっ?なに?…貴方なの?…」

『里美!迎えに来たよ!』

「利ちゃん…もぅ遅い…
もう少し早く来てよ…
ズッと…寂しかったのよ…」

ベットの周りに居る人達には
利秋の姿は見えない、
しかし息子達は

(あっ…お父さんが迎えに来て
居るんだ…
ズッとお母さんの事を
見て居てくれたんだ…)
そう思いながら、
母の顔を…
静かに見守った。

『ごめんよ…でもさ、
利冬の家族とも、
利春の家族とも、
たくさん旅行に行けただろ。
其れに
孫の運動会にも行けただろ…』

「そうよ、いっぱい旅行に
連れて行って貰ったし…
孫の運動会にも行ったわ…
でも、利ちゃんと手を繋いで…
一緒に…行きたかったの…
もぅ利ちゃん、
死ぬの早すぎ!」

『ごめんよ…
旅行の時も、
運動会の時も、
里美の手を握って居たんだけど、
分からないよね』

「えっ?一緒に居てくれてたの?」

『あぁ、常に一緒に居たよ…
里美がベットに座る時だって、
僕が先に座っていて、
何時も里美を抱っこしてたんだよ」

「見えないから…
分からなかった…
でも…ありがとう…」

『里美…ボチボチ上の世界に
行こうか…
皆んなに挨拶して…』

「…上に行く時間が来たのね…」

その言葉で…
家族全員がベットに身を乗り出した。

里美が皆んなの顔を見回すと…
家族中が…
「お母さん!」
「お婆ちゃん!」と声を掛けながら
泣き出している…

「泣かないの…
私は大丈夫だから…
今まで…
ありがとう…
皆んな大好きよ…
楽しかったわ…
またお盆の時に…
皆んなの顔を見に…
帰って…
来たいわね…」

すると利秋が早口で…

『里美、何時でも来れるんだよ、
好きな時に、
皆んなの顔を見に来れるんだよ!」

「えっ!そうなの」

『あの世ってさ、年がら年中お盆なんだよ』

「うふふ…皆んな、
お父さんがね、
あの世って、
年がら年中お盆なんだって…
何時でも…
皆んなに…
会えるって…
良かった…
……
ちっとも…
寂しくないわ……」

里美の
今生最後の言葉である。

逝く人は寂しくなくても、
残された人は淋しいのだ!
とっても淋しいのだ!

「お母さん!」
「お婆ちゃん!」

子供や孫達が…
里美に泣きすがっている。

利秋は里美の両手を握りしめると、
ゆっくりと…
身体から魂を引き上げた。

利秋は里美を抱き締めると

「里美!
子供達には可哀想だけど、
今こうして
里美を抱き締める事が出来て
本当に嬉しいよ」

「もう利ちゃんったら
15年前と少しも変わってない!」

そう言いながら
里美がキスをすると、
利秋は里美の
お尻を両手で抱え…

「里美を好きだと言う事は、
少しも変わって無いよ!
あっ~このズッシリとした
里美のお尻…
どれだけ触りたかったか、
もう、柔らかくて大好き!」

「もう、利ちゃんのエッチ!」

病室の中の悲しみとは裏腹に、
里美は満面の笑みを浮かべ
利秋に抱きしめられて居る。

「皆んな~
今まで本当にありがとう!
これからの
お母さんは、
お父さんとズッと
一緒に居るから大丈夫よ、
心配しないで!
お母さん、お父さんと一緒居ると
俄然強気で、
威張りんぼーに成るの!
我がままも、
いっぱい言うんだから!
だって利ちゃん、
お母さんの事が大好きだから、
「貴女の召使いにございます」
って言ってくれたもん!」

利秋は思わず噴き出してしまった。
確か32歳の時、
新婚時代に言った覚えがある。

「そんな昔の事…よく覚えて居たね」

「へっへーん私そう言う事は
絶対に忘れないの!」

スゴイ記憶力である。

〈 27 〉
二人の体が徐々に浮き出した。
里美は自分の亡骸に向かい…

「私の身体…
75年間、
本当に良く働いてくれたわね…
最後の方はかなり
辛い時もあったけど…
自分の足でゴールまで、
なんとか
歩く事が出来ました。
本当に
ありがとう…」
そう言って小さく手を振った。

利秋は
そんな里美の頭に頬擦りをしながら、

「さぁ…上に行こう、
上に着いたら先ず
二人の家を作ろうね!」

「利ちゃん、
あの世でお金持ちに成ったの?」

「あの世に
お金なんて無いよ、
想像すると、
その物が出て来るんだよ」

「魔法の国みたいね!」

「うん、そうだね、優しい魔法使いが
沢山いるよ…
あのね、
リーダーは、
シマさんって言う人なんだけれど、
見た目は24歳何だけれど、
本当は113歳なの、
とにかく良い人だよ」
そう言いながら里美にキスをした。

二人の身体は更に上がり、
今現在…
病院を見下ろして居る。

里美は利秋の胸にしがみ付き

「利ちゃん…ドンドン上に
上がって行くのね…
私、高い所が怖いの!
もう心臓が止まりそうよ!」

「大丈夫だよ里美、
僕達の心臓は
もう止まっているし、
魂に成っている僕達は
下に落ちる心配は無いからね」

其れでも里美は
利秋の胸にギュッとしがみ付いる。

そして、
しばらくすると…
こんな事を言い出した。

「…ねぇ利ちゃん」

「なぁに?」

「私ね…利ちゃんに
謝りたい事があるの…」

「何かな?」

「…私…55歳ぐらいから、
更年期を理由に…
貴方から求められても
夫婦の営みを拒んだでしょ…
でも本当は…
貴方を受け入れる事は出来たの…
でも…何時も
経済的に苦しくて、
行きたい所にも
なかなか行けなかったから…
わたし…
貴方に意地悪をしたの…
もう抱かせてあげないって!
でも…利ちゃんが死んだ時…
すごく後悔したの…
昼は美容師で、
夜は警備員で、
「冬の警備員は寒いよ~」
って言いながら、
一生懸命に
家族の為に
寝る間を惜しんで
働いてくれたのに…
私…本当に自分自身が嫌いに成って…
あの時は本当に…
ごめんなさい…」

利秋は
里美の背中を撫ぜながら…

(…そんな事…
今さら言わなくても知ってたよ…
僕だって本音を言わせて貰えばさ…
あの時、
嫌な女房だなぁって思ったよ、
何でこんな女房の為に
俺は頑張ってるんだろうって
思ってたよ…
太り過ぎだとか、
ハゲて来たとか、
ブサイクだとか…

あぁ~、だから男前の歌手の
写真集や、CDなんかを買って
応援するんだね、
じゃあさ、
結婚する時に
そんな人と結婚すれば良かったじゃない…
そう言ったら、
素敵な男性は、
色々な女性が
群がって来て浮気をされるの!
ブサイクな貴方はモテないから、
その心配はないでしょ…だって。
うん、
その通りなんだけどさ…
なんだか…
失礼しちゃうよね…
………
そんな里美を
今でも愛して居るのわさ、
僕と結婚してくれて、
寂しがり屋の僕の隣に、
30年も一緒に
居てくれてさ。

二人の子供を産んで
僕に
お父さんをさせてくれてさ。
その事を僕は…
すごく感謝してるんだよ。
其れに
結婚した時にさ、
「ズッと里美の事を大事にするからね!」
って約束したしね…
あと里美は、
僕が亡くなってから15年間、
ズッと泣いてたじゃん
「えーんえーん」って…
僕の事を思い出して、
本当に
よく泣いてたね!
でも、
僕が居なくても
ちゃんと頑張ってたね。
そんな里美を見て居たら…
やっぱり僕は
里美の事が大好きなんだなぁって
再確認する事が出来たんだ。
だから、
里美からされた、
小さな意地悪なんて
気にして居ないよ!)
そう思いながら…

「…ぜんぜん構わないよ、
僕自身、
体力的にもそうだけど、
膝と腰の痛みで
里美を満足させる様な
事が出来そうも無かったから…
うん、ぜんぜん気にしないで
良いよ…」
と言った。

そんな話しをしている間に…
二人は
「あの世」に到着した。

今二人は、
小高い丘の上に立って居る。

下の方を見れば
色々な形の家が建ち並ぶ住宅街。
振り返れば草原である。

里美は周りをキョロキョロと
見回しながら…

「あの世って…白い世界なのね?
其れに、
下の方に向かって
色んな形の家が有って…」

「里美、僕たちの家は
どんな形にする…?」

「あっ、そうね、えっ~とねぇ…」

里美は住宅街を見回して
参考にしようとしている。

すると急に、
何かを思い出した様に…

「あっそうだ!
利ちゃんが洗濯物を干しやすい家が
いいかな!」
昔の記憶が蘇ったようである。

利秋は微笑みながら…

「そうだね、初めから
家の中に洗濯物が干せると
便利だね」

「うん!
利ちゃんが死んだ後、
私、ズッと洗濯物を自分で
干して、自分で
たたんだのよ、
パンツも肌着も全部
自分でたたんだのよ!
偉いでしょ!」

「偉かったね、
今日から僕が洗濯物を干して、
里美の下着をたたんで上げるね」

「お願いします!
そのかわり
美味しい料理を沢山作って上げる…
洗い物は
利ちゃんがしてね!
其れと…あれ?
利ちゃんにして貰いたい事
いっぱい考えていたのになぁ…」

「いっぱい有るんだね…
良いよ!
何だってして上げるよ!」

「少し待って…思い出すから…」
すると里美は、
しばらく黙り込んだ後に

「 思い出した!!」
その声は何故か、
若干怒っている様に聞こえる。

利秋は…
(あれ?急にどうしたのかな?)
と思っていると…

「いい、ちゃんと聞いてね!
これは、お願いじゃなくて
命令だからね!
二度と…
私の事を置いて逝かないで!」

「…あっ!その事ね…
分かった、分かった、ゴメンよ…」

「その言い方、少しも分かってない!
私がどれだけ寂しかったか…」

里美の命令が
徒党を組んでやって来た。

利秋は15年の間、
ズッと里美の側に居た。
子供達と一緒に暮らしている間は
良かったのだが、
子供達が結婚をして
家庭を持つと…
里美は10年間ほど
一人暮らしに成った。
そこから里美の心は、
かなり寂しく成った様である。

「…ゴメンよ、
もう絶対に里美を離さないから…」

「当然よ!
ズッと私を抱きしめといて!
命令だからね!
絶対離しちゃダメだからね!」

里美の命令が居座ってしまった。

利秋が微笑みながら…
「はい!」
と答えた時である…

良く通るシマモトの声が
二人の耳に届いた。

「利さん!お帰りなさい!
奥様を皆んなに
紹介して下さいよ!」

二人が振り返ると…
シマモト夫妻を筆頭に
山本夫妻、
池本夫妻、
海野夫妻、
そして、
美しい23人の人柱のお姉さん達が、
満面の笑みを浮かべ…
小さく手を振りながら
こちらの方を見て居る。

利秋は照れ臭そうに

「えっ~、皆さん、
何時からそこに居たんですか?」

シマモトは正直に…

「家の中に洗濯物を干す!
と言う所辺りからです!」

ほぼ、初めの方からである。

しかし、
話しを聞いたからと言って、
誰も
「我がままな奥さんだなぁ」とは
思って居ない。

優しい利秋に甘えて居るのだ、
むしろ、
(自分に正直な
可愛い奥さんだなぁ…
本当に1人で淋しかったんだ…)
そう思いながら聴いていた。

里美は照れ臭そうに利秋の腕に
抱きついて居る。

池本はそんな里美を見た時に、
自分の大事な妻である
静子をジッと見つめ

「君もズッと1人で
頑張って居たんだよね…
偉かったね!」
そう言いながら力強く抱きしめると…
静子は夫の耳元で…

「そんな過去もあったけれど、
今は浩司さんが
いっぱい愛してくれるから、
ちっとも淋しくない!」
そう言って微笑んだ。

山本は礼子の顔をジッと見つめ

「礼子は死ぬまで一人だったんだね。
僕がもっと早く気付いていれば…
本当にゴメンね…」
すると礼子は山本の首に両手を回し…

「一人でしたけど、一人じゃなかった
ですよ、
心の中に何時も山本部長が居て…
何時も
私の事を沢山
愛してくれるんです…だから…」

山本は微笑みながら
礼子を、
思いきり抱きしめた。

海野は、
ゆかりをジッと見つめ

「一人で頑張って来たゆかりは、
本当に心が強かったんだね…」

「本質的には
ちっとも強く無かったわよ、
自分に強いって
言い聞かせていただけ。
だから今、スっごく弱いでしょ…
毎日ウーさんに甘えっぱなし、
これからも里美さんの様に
いっぱい甘えるんだから
覚悟してね!」

「うん、ゆかりが
甘えてくれる事じたいが、
僕の幸せなんだよ」
そう言いながら海野は
ゆかりをギュッと抱きしめた。

実は里美は、
皆んなの顔を観た瞬間、

(きゃあ!幽霊だ…)と、思ってしまい、
怖くて足が震え出し、
それで思わず利秋の腕に
しがみ付いてしまったのだ。

無理もない、主人以外の
幽霊を初めて見たのだ。
しかし直ぐに

(…待って待って!
私ったら何を驚いてるの、
私もさっき死んで、
幽霊の仲間入りをしたのよ、
皆さんと一緒なのよ、
嫌だわ~何考えて居るの私…
怯えて居たら皆さんに
失礼じゃないの…」

そう思いながら
里美は
自らが一歩前に出ると…

「初めまして…
田口利秋の妻の里美と申します、
先ほど此方に着いたばかりで
何も分かって居ません。
何時の間にか
主人よりも歳上に
成ってしまった75歳の
お婆ちゃんです。
今日から皆さん…
どうか、
宜しくお願い致します。」

そう言って深々と頭を下げた。
すると
31人はアッと言う間に二人を囲み、
自己紹介をしながら
握手を交わしてくれた。

ただ
人柱のお姉さん達は、
自己紹介をした後に
必ず里美に抱き着いた。

(この人が利さんの奥さんなんだ!
この人が居たから、
利さんに、
特別な優しさが偶然に生まれて、
私達の背中の苦しみを
取り除いて貰う事が出来たんだ…)

そんな事を思いながら喜んでいた。
特に、
お京などは
里美に抱きついたまま…

「わたし里美さんの御家族が
旅行をして居る時に、
一緒に
写真に写った事があるんですよ!」
と言い出した

すると里美は、
驚きながらも…
「えっと…?もしかして…
旅館の部屋の中で…
四枚目の写真の方?」

「えっ?覚えてくれて居たんですか?」

「えぇ、覚えていますよ!」

「嬉しい!」
お京はとうとう里美の頬に
キスまでしてしまった。

人柱のお姉さん達は
歓声を上げて大喜びである。
とにかく、
誰もが里美に会えて嬉しいのだ。

悲しんでいる
里美の家族には申し訳ないが、
この世からすれば
里美の存在は大歓迎なのである。

更に
里美の横で
嬉しそうな顔の利秋を観ると…

「やっぱり利さん、
15年間いつも大丈夫って、
笑っていたけど、
本当は
寂しかったんだなぁ…
奥さんが死んで下さって、
本当に良かったですね…」

などと言う事を
小さな声で呟き合っている。
利秋の事を思っての言葉では有るが…
けっこう
不謹慎な事を言う
幽霊達である。

そして、
一通りの挨拶が終わった頃、
シマモトは、
利秋夫妻の前に進んだ。

里美以外の人達は、
今から何が起こるのか当然分かって居る…

シマモトは優しく微笑みながら…

「里美さん…唐突な質問なんですが…
何歳の頃の御自分がお好きですか?」
と、尋ねた。

里美は
(本当に唐突な質問ねぇ…)
と思いながら
利秋の顔をみつめ…

「利ちゃんは、何歳頃の私が好き?」
と尋ねた。
すると利秋は間髪入れずに

「40歳の里美にときめいたな!」

「えっ?30歳じゃなくていいの?」

「うん、里美は童顔で可愛いから、
30歳の時は
少し子供っぽく見えて、
でも40歳の君はとても
色っぽくて…
僕は、
大好きなんだ!」

里美は利秋の腰に両手を回すと…

「うん、貴方が大好きなら
私も40歳の自分が好き!
実は私も…
42歳の利ちゃんが大好きなの、
結婚した時から優しかったけど、
二人目の子供が二歳の時に、
あっ、この人って
本当に優しいんだ、
きっと死ぬまで変わらないんだろなぁ
って、
確信が持てたから…
其れが42歳の貴方!」

「そうなんだ…あっ里美、
ちょっと目をつむってくれる」

「はい…?」
里美が目を閉じた次の瞬間、
パジャマ姿の里美が…
素敵な白いワンピースに
変わっていた。

「えっ!凄い…
素敵なワンピース…
でも利ちゃん、
75歳のお婆ちゃんには、
かなり派手だと思うけどなぁ~」

「大丈夫、素敵だよ里美!」
「そうかしら…」

シマモトは目で、
利秋に合図を送った。

利秋は里美の頬を両手で包み込むと…

「里美も、僕の頬を両手包み込んで
くれるかな」

里美は(えっ?)と思ったが、
言われた通りに利秋の頬を
両手で包み込んだ。

(さぁ、若返り儀式の始まりだ!)
誰もがそう思っていると、
山本が

「シマさん、申し訳ない、
ちょっと待って下さい。
田口夫妻と一緒に、
私達夫婦も良いですか?」
と言い出した。
シマモトは微笑みながら

「全然構いませんよ!
山さん、礼子さん…
何歳の御自分が良いですか?」

「僕も田口と同じ42歳です。
礼子は、
何歳が良いのかな?」

「私は37歳…貴方と5歳違いに
近づきたいの、
良いでしょ?」

そう言って
山本の頬を包むと、
山本も微笑みながら
礼子の頬を両手で包み込んだ。

シマモトは満面の笑み浮かべ…

「でわ皆さん、ご唱和ください!
元気な声で行きますよ、
里美さん、私が、3,2,1
と言ったら
大きな声で
あの頃!と叫んで下さい、
行きますよ
3・2・1…」

その場に居る33名は声を合わせて…

「あの頃!」

と叫んだ。
里美と利秋の頬は
ほんのりと暖かくなり
そして…
二人の顔と身体は
40歳と42歳に戻った。

そして山本夫妻も、
42歳と37歳に若返った。

〈 28 〉




若返る事が出来た
里美の驚きよう……
かなり
嬉しいのだろう、
走り出さんばかりの勢いで
足踏みをして居る。

しかし其れは利秋も同じである。
長い間
62歳だった壮年が
いきなり
42歳に成ったのだ。

利秋は
里美を抱きしめ、
胸の中に湧き上がる気持ちを
グッと抑えながら…

「里美、
ワンピースがよく似合って居る、
とっても素敵だよ!」
と呟いた。
すると
里美は利秋の首に両手を回し…

「…ありがとう。
どうしよう若返っちゃった!」

「とても可愛いよ…」

「なんだか胸と子宮がウズウズする?」

「そうなの?」

「また今夜から…
いっぱい利ちゃんを
包み込んであげる…
楽しみにしといてね!」

「うん!」

里美は、
利秋の胸に抱かれながら、
ふと…
二人が出会った時の事を
思い出していた。

(…45年前、
初めて利ちゃんに会ったのよね。
カバが、ハサミを持って美容師をしてる!
私が利ちゃんにいだいた、
第一印象…
ひどい事を言うでしょ私…
でも、
そのカバがとっても優しくて…
私の事を、
何時も可愛いって言ってくれたの。
どんな失敗をしても
「良いよ」って許してくれて…
だから私…
いつの間にか調子に乗っちゃって、
段々と
わがままに成って…
利ちゃんを叩いたり、
怒鳴ったり、
やりたい放題に成って…
だけど利ちゃんは、
苦笑いをしながらでも
許してくれるの。
でも…
還暦を越えた利ちゃんが、
だんだんと動きが鈍く成って来て…
だから私
ボチボチ大事にして
あげようかなぁ…って、
そう思っていたら
利ちゃん急に死んじゃって………
誰かが
「後悔先に立たず」って言ってた。
本当に後悔って、
先にたたないのね…
いくら泣いても
利ちゃんは帰って来ないし、
誰も私の事を
相手にしてくれないの…
私の話しをちゃんと
聴いてくれたのは、
利ちゃんだけだったね。
ズッと
夢に見ていたのよ、
今度逢えたら絶対に謝ろう、
そして、
今度こそ、
利ちゃんの事を
大事にしてあげようって…
だから今…
会う事が出来て…
本当に良かった…)
そう思っていた。

自分自身を見つめ
深く反省が出来たのだ…
それは其れで
良いではないか。
今でも
お互いに
愛し合っているのだ。
お互いが求め合えば、
死んだ後でも夫婦なのだ。

さて、
シマさんに頼めば、
何時でも若返る事が出来た山本が、
なぜ?
15年間も62歳のままだったのか?
其れは
山本の優しさである。

独り身の利秋を横目に
自分達だけが若返って
イチャイチャするなんて、
そんな事は出来ない!
そう思っていたのだ。

「礼子…実はシマさんに頼むと、
若返る事が出来るんだよ」

「そうなの」

「でも僕は、田口の奥さんが
「この世」に来るまで…
62歳のままで居ようと思うんだ…
礼子はどうする?
シマさんに頼んで上げようか?」

「頼まなくて良いですよ。
これ以上
私が若返ったら、
側から見たら親子に成っちゃいますよ、
毎日…
貴方に抱かれているだけで…
私は十分に満足してますから」

「ありがとう…その時が来たら…
また二人で考えようね」

そう言って山本は、
15年間、
利秋の奥さんが「この世」
に来るのを待っていたのだ。
本当に、
腹の底から男前である!

さて…実は、
その場に居る誰もが、
心の中で思っている事があった。
二組の夫婦を見ながら、
口がウズウズしているのだ。

「あぁ…茶化してやりたい!
恋人同士かよ!
幸せ者かよ!
って言ってやりたい!
利さんの選んだ女性は最高かよ!
山本さんは
めちゃくちゃ優しいな!
礼子さん最高って!
あぁ~言ってやりたい、
冷やかしたい!
でも…言えない…
だって
四人とも
嬉し泣きしてるんだもん…
また,落ち着いたら…
絶対に
冷やかしてやろう…」

皆んなは
そんな事を思いながら
涙をぬぐい…
そして、
誰もが利秋の笑顔を…
何となく見つめてしまった。

大きなお世話かもしれないが、
他人の為に動き回って居る
利秋の背中が…
独り身のせいだろうか?
何となく
哀愁が漂って居る様に見えたのだ。
でも今は、
里美を抱きしめて居る!
だから哀愁深い背中は、
今日でおしまい!
今日から…
夫婦(5組)揃っての
全員のはじまりなのだ!


   《 33…永遠に… 》
シマモトは幸子の耳元で
ヒソヒソ話しを
始め出した。

「あのね…
16年ほど前…
人柱の、お京さんが、
皆んなに話しをしてたんだよ…」

「えっ、どんな話なの?」

「非業の死をとげた自分の為に…
目に涙をためて、
祈ってくれた家族が居たって。
僕はズッと
その話しが気になっていてさ…
その家族を探し出して、
上から観てたんだ…
そしたら、
そこの二人の息子さん…
以前この世で知り合った、
僕の友達だったんだよ。

村さんと、菊さんって言うんだけど、
子供を守る為に
生まれ変わるんだって、
この世を出て行ってさ…
まさか、
兄弟に成って居たとは…
ビックリしたよ。

そして15年前……
その家族の
お父さんが
亡くなったの、
其れが…利さんなんだよ!」

「そうなんだ」

「お京さんが言ってた通りだった。
先ず、
お京さんの
痛い足を治してくれてさ。
次に
お姉さん達の冷たい背中を
温めてくれてさ。
そして、
僕の心友(親友)に成ってくれたんだ」

「良かったわね」

「うん!
利さんって何を頼んでも
笑顔で引き受けてくれてさ…
毎日家族の元に通ってさ、
嬉しそうに報告してくれるの…
そして今、
里美さんを抱きしめて居る。
観てよ、
利さんの嬉しそうな顔!」

「本当にね!
でも凄い偶然ね、
シーさんの友達の
村さんの息子さんと、
菊さんの娘さんが結婚して、
その二人を守る為に…」

「そうなんだ、二人とも知らずに
生まれ変わって、
仲の良い兄弟をしてて、
さっき…お母さんが亡くなったから、
可哀想に、
いま頃、
下界では…
二人とも大泣きして居ると思うよ!」

「あらら…本当に可哀想…
でも御二人とも、
子供を守るって言う約束は
ちゃんと果たして来たのね。
だって
利さんも里美さんも
とっても良い顔をしているもの。

シーさん、私もね…
死んだ後の世界なんて
何も
知らなかったから…
死んだら全てがおしまい
だと思っていたの。

でもシーさんが
迎えに来てくれて、
この世に来て
楽しい生活の続きがあって。
もう嬉しくて嬉しくて…
「おしまい」と「はじまり」は
交互に来るのね?
ねぇシーさん、
この生活は
ズッと続くのかしら?」

「うん、そうみたいだよ。
生きている時に
毎日の日々を過ごすのと同じ様に、
死んだ後の「この世」にも、
毎日の生活があって。
そして、
何十年か、何百年かして
生まれ変わると…
そこには
次の人生の毎日の生活があるんだ。
そして、
死んで…あの世の生活…
生まれ変わって…」

「えっ~、シーさん、
待って待って…
いったい
どこまで続くのかしら?」

「どうやら生命(魂)は
永遠に続くらしいよ!」

幸子は大いに納得したのか、
満面の笑みを浮かべると…

「なるほどねぇ…
じゃあ今の幸せな時間を、
思い切り楽しむしかないわね!
私、これから先も、
シーさんにいっぱい
可愛がって貰うんだから!」

「僕だって幸子に、
いっぱい甘えるからね!」

幸子はシマモトをギュッと抱きしめながら…

「良いわよシーさん、
私にいっぱい甘えて…
いっぱい愛してあげる!」

その時、
周りから
「えっ!嘘でしょ?」
と言う歓声が上がった。

草原にいきなり
大きなテント(グランピング)
が現れたのだ。

中を覗きこむと…
真っ白な長いテーブルが置かれて居て、
その上には
沢山の料理と飲み物が……
そして、
素敵なグラスが人数分、
綺麗に並んでいるではないか。

誰もが口々に

「キャー!素敵なグランピング!」

「もう完全にパーティーの気分よね!」

「こんな素敵なサプライズ…
誰の仕業なの!」

池本と山本と海野の仕業である。
三人でコッソリと相談して、
テントと食べ物を出したのだ。
本当に気配りの出来る三人である。

「もう椅子に座って、
グラスを
掲げるしかないわよね!」

「たまには良いわよね!」

誰もが嬉しそうに椅子に座ると、

「シマさん!
乾杯の音頭をとってよ!」
と言う
お亀の要望に全員が賛同した。

シマモトは照れながら立ち上がると、
左手を腰にあて、
右手でグラスを掲げた。
そして
優しく微笑み…
皆んなの顔を順番に見回した….。
溢れ出る
皆んなの笑顔が輝いている。

シマモトは、
気の利いた一言を
言った後に
「 乾杯!」と言う予定だった。

ところが次の瞬間!
人柱のお姉さん達の白い着物が…
いきなり、
色鮮やかな洋服に変わったのだ!

「えっ!なに?何なの?」

そう声を上げながら
23人のお姉さんは、
自分達が着ている洋服を
眺めている。

お姉さん達の白装束は…
誰も触れてはいけない事柄なのだ。
シマモトですら、
その話題に触れた事が無いのに、
いったい誰が…?

池本夫妻も、
山本夫妻も、
海野夫妻も、
声を出せずに目が点に成っている!

すると利秋の横から
「あっ…ごめんなさい!駄目でしたか!
主人が、
この世では、
何でも強く願うと
その通りに成ると
教えてくれたもので…
つい、祈ってしまいました!」

皆んなの視線の先には…
里美が満面の笑みを浮かべて座っている。

600年から着込んだ白装束…
(洗濯はしている)
其れが、
何の相談も無く、
いきなり素敵な洋服に変わったのだ。

一瞬にして訪れた静寂と緊張感…
誰もが口を閉じ、
物音一つさせない…

静子と、礼子と、ゆかりの3人は、
顔を見合わせ…
声を出さずに口パクで…

《お亀さんの顔から、笑顔が消えてる…》
と、静子が言うと、
《どうしよう…なんとかしないと…》
と、ゆかりが言った。
すると礼子が、
《大丈夫よ、きっと里美さんには、
何か考えがあるのよ…》
そう言って
視線を里美に向けた。

お亀は静かな口調で…

「里美さん…なぜ、私達に洋服を?」

里美は生前から、
緊迫した空気が、
今一つ読めない所がある…
だから、
あっけらかんとした口調で

「皆さん、
白い着物姿も、
とっても素敵なんですけど、
綺麗なお顔の人達ばかりなので、
鮮やかな色合いの洋服は
もっと似合うだろうなぁと思って…
あの、とても素敵ですよ!
美人って、
何を着ても似合うんですよね!」

正直な答えである。
美人を美人と称えて何が悪い。
里美は、
良くも悪くも、
嘘をつけない性格なのである。

しかし、
真正面から褒められるほど
照れ臭いことはない。

(えっ?私達って綺麗なの…
えっ~!…私達って、美人なの!)

一瞬にして、お姉さん達の胸が
「キュン」と、
ときめき、
其れと同時に
顔が真っ赤に成ってしまった。

(やっぱり…利さんの奥さんだね。
15年前…
利さんに体の苦痛を
取り除いて貰って。

そして今、
里美さんから、
私達の心の中にある、
過去の呪縛から…
解き放って貰った…

シマさんが言ってた通り…
特別な人…
特別な夫婦なんだねぇ…
其れにしても、
私達が美人……
もぅ~ややわ~
里美さんってホンマに
正直な人なんやわ…」

そう思ったお亀は
いきなり

「あっはははは」と笑い出し、

「里美さん、
過分なお褒めの言葉、
本当に
ありがとうございます。
たった今から
白い着物は卒業します。
此れからは沢山の色を
取り入れますね。
その方が素敵ですよね。
里美さん、
教えてくれてありがとう!」

そう言って
お亀は妹達の顔を見回した……
皆んな嬉しそうである。

「もしかして皆んな、
本当は…
こんな感じの服を着たかったのかい?
私に気をつかって…
ごめんよ
…私が一人で
意地をはって居たんだね…」

すると
お亀の隣に座って居る千草が

「お亀姉さん…大丈夫ですよ、
私達…白も大好きですから!」

「ありがとう…
此れからは皆んなの意見を
いっぱい聞く様にするからね」

22名が微笑むと,
お亀はシマモトに視線を向け…

「シマさん、ゴメンなさい
お待たせしました。
乾杯の音頭をお願いします!」
と言った。

シマモトは幸子の顔を見て
ニッコリと微笑みながら…
グラスを掲げた。

「でわ皆さん行きますよ!
まず、
利さんの大好きな里美さんの加入と、
そして、
利さん夫妻、
山さん夫妻の
嬉しい若返り。
更に、
美しいお姉様方の素敵な衣替え。
そして最後に、
私達全員の…
永遠の友情を祝して、乾杯!」

シマモトがグラスを掲げると…
32名も一斉に
「カンパーイ」
と、言いながらグラスを掲げた。

湧き上がる歓声!
抱きしめ合う夫婦!
23人のお姉さん達は、
ここぞとばかりに
ヘアースタイルまで変えてきた!
ウェーブ、金髪、ボブヘアー、
美しいお姉さん達は、
何をやっても良く似合う。

フォークを落としても大笑い、
お酒が溢れたら大爆笑。
何があっても
可笑しくてしょうがない。

良いと思いませんか?
心ゆくまで笑いましょうよ!
だって此処は
「あの世」なんですから。
皆んな
いくつもの山を乗り越えて
此処に来たんです。
肩の力を抜いてホッとしてください。

皆んなで仲良く手を取り合って…
楽しく行こうじゃありませんか。

永遠に流れる時間の中を…
ゆっくりと…
ゆっくりとね…

       完…
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