53 / 63
マナの『マ』の字は魔法の『ま』 (こんどは7話)
5/7
しおりを挟む「いや~。ごりょんさんが拵えた御御御付(おみおつけ)は美味しそうでんなー。こんなん毎朝出してもろて、ダンはんも幸せもんやで、いやほんま」
「さすがだねー。ブラジルの人はほめ上手なんだよな、なあ、かあさん?」
「あたしだって、ブラジル語でゴリョンさんなんて呼ばれたことないから、赤面しちゃうわ」
キャサリンはひと言もブラジル言語を使っていない。アレはすべて古典的な大阪の船場言葉なのだ。生駒出身の奴だからこそ習得した話術なのだろう。
「あ。ごりょんさん。ボンのお目覚めでっせ。ワテ……あ。あたしがアシストしまひょか?」
昨日の言いつけだけはかろうじて守っているようだが、あとはもうムチャクチャだった。
「あ。お願いね、キャサリンちゃん。あの子目覚め直後は機嫌が悪いから気を付けてね、あ、そうそう、そのタオル渡してくれる」
「これでっか?」
「そう。それがカズのタオルなの、ありがとうね。キャサリンちゃんってよく気が付くわね」
「まぁ、舘(たて)やんとこで仕込まれましたからな」
「タテやん?」
「わあああああ。べらべらしゃべってないで早くタオルをよこせ!」
キャサリンの背後から奪い取り、ついでに奴の腕を引っ張って洗面所へと連れ去った。
「よくも、ベラベラべらべらと……」
言いたいことが喉の奥から先を争って出てくるので、舌がもつれて何も言えない。
「なにゆうてまんねん。ホンマに寝起きは機嫌が悪いんやな」
「ば、バカヤロ。お前のおかげで、とっくに目は覚めたワ」
「そりゃ、よかったでんな」
ずりっ。
ずっこけて危うく後頭部を棚の角にぶつけるとこだった。
「いいか。お前はちょっと喋り過ぎだ。黙ってろ、黙っていたら完璧な美少女なんだ」
「せやけど……口の中に蟲が湧きまへんか?」
「わかない。そんな奴は見たことない」
キャサリンはチューブから練り粉をひねり出して俺の歯ブラシに塗りたくると「ほれ」と寄こし、くだらないことを言う。
「虫歯って、喋らんヤツが湧かすんちゃうの?」
「ちがう。お前のグローバル知識はどこから得てるんだ」
「言語の変換中に誤変換が起きたんやろな……知らんけどな」
自信の無い説明の最後に『知らんけどな』を必ず付けるあたり、完ぺきな関西人だと言えるのがなんか悔しい。
「とにかくそうやって無駄なことをべらべらしゃべるな。正体がバレたらどうすんだ」
「せやけど。ムシが出てきたらどーしまんねん」
見てみたいところだ。
俺は溜め息一つ落としてから、
「わかった。お前の話は俺と小ノ葉が聞いてやる。どうだ? これならムシは湧かんだろ」
キャサリンは渋々という表情でうなずいた。
「しゃあないか、これも任務のためや人間らにバレたら苦労が水の泡やからな」
「昨日からちょくちょく口にするけど、それってどんな任務なんだ」
「おはよう……キャサリンさん」
「あ、コノハちゃん、おはよう。いつも目覚め爽やかね」
「ぬぁっ!」
「なに驚いてるのよ、カズト?」と言ったのはキャサリンだ。
俺は驚愕する。
「何だその豹変ぶり? やればできるじゃねえか」
「任務のためだかんね。あたしだってやればできる子なんだよ」
〔おいおい。いきなりかわゆくなってきたぜ〕
《すげぇ。オレの好みだぁ》
色めき立つ俺の人格たち。ほんとスケベな奴らだぜ。俺も含めてだけど。
そんなキャサリンが爆弾発言をする。
「最近コノハちゃんは下着とか衣服はレプリケートしないのね」
「なんとっ!」
小ノ葉は平然と、
「そうだよ。おかあさんが可愛いのをくれるから、わざわざレプリケートはしないのよ」
「ねえぇ。あたしにもおすそ分けしてくれない。ほら下着持ってなくてさ」
グイッと袖口を広げた胸元から、豊満な丘陵地帯が視界に飛び込む。
「ってぇぇ、谷間を見せるんじゃねえ」
〔うおぉぉ。本物のおっぱいだ〕
《本物かどうかは怪しいぜ。もとはナデシコだからな》
しかしあのポヨンポヨンはたまらんよな。ナデシコのおっぱいってすげえ。
《落ち着け、オレ。言葉がおかしいぞ》
俺の人格はパニック寸前の慌てぶりだが、小ノ葉は落ち着いたもんだ。
「ねぇ。キャサリンさん。任務って何なの?」と小ノ葉に訊かれて、
「そのうち、サンタナさんから連絡が来るわ。あたしがそれを伝える権限はがないの。ごめんね、コノハちゃん」
気の毒そうに片ほうの眉を歪めたあと、
「どふぁぁ。アカン、オナゴに化けるのは3分が精いっぱいや」
と叫んで深呼吸を繰り返した。
ようやく現実に目覚めた俺は、一歩退いて奴をすがめた。
「二分おきに深呼吸して続けりゃいいんだ。クロールで泳ぐみたいなもんさ」
「ねえ、カズト。今度あたしもプールに連れっててよ。コノハちゃんばっかりずるーい」
俺の胸に飛び込むキャサリンを引き剥がし――何だこのいい匂い――ナデシコの香りとつゆ知らず呼気を繰り返してしまう。
「馴れ馴れしくするな。プールは行かん。もう秋だ」
「まだ夏休みは少しあるんだ。連れてってやれよ」
と洗面所のガラス引き戸の陰から親父の顔が覗いていた。
「お、親父。いつからそこに」
俺はうろたえつつ親父の顔色を窺い、親父は俺をギンと睨んだ。
「カズト、女子二人に挟まれてオロオロすんじゃねえ」
グイッと肩から洗面所に入り込むと、俺を外に引き摺り出して耳打ちをする。
「いいか。二人とうまく付き合うのなら公平にやれ。それが男の甲斐性だ。それができねえ奴は手を出すな! ……と、昔にジイさんが言ってた」
この野郎、今のは確実に自分の言葉だ。やっぱ陰でこそこそやってやがるな。
呆れるやら腹が立つやら、複雑な心境の俺をぽいと突き放すと背を向けて居間へ戻りながら、
「いいか、カズト。男は慌てるな。いつもどしりと構えていろ。きゃんきゃん吠えるのは小ぃせえ証拠だ」
自分に言い聞かせるようなことをつぶやいて消えた。
「おとうさん。カッコいいね」と小ノ葉。
「ようできたお人や……」こっちはキャサリン。
「ガールズバーがばれた時のいいわけを練習してんだよ」
と言い捨てるのは俺で、キャサリンへと目を転じた。
「とにかくだ……」
「え? なに?」
「お前の任務がなんだか知らんが、今日バイトの帰りにお前を連れて吉沢研究所へ行くから、午後5時半に俺んちの前で落ち合うぞ」
「わかったわ、カズト。約束する」
小さく肩を落とす俺。
「あのな。カズトと呼び捨てにするな。すげぇ深い仲に聞こえるんだ。小ノ葉でさえそんな呼び方はしないぞ」
「なんでや! カズトはカズトやろ。人間界の掟(おきて)なんか知るかい!」
どしっと肩が重くなるのを感じたが、
「勝手にしろ」
と言い切ったのは、さっきの親父の言葉が頭の中でリフレインするからだ。
なんかやりにくくなってきたぜ。
いつもは美味いお袋の味噌汁がなんだか苦かった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる