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マナの『マ』の字は魔法の『ま』 (こんどは7話)
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しおりを挟む「ねえイッチ。もうみんな帰った?」
「なんだキヨッペ、知ってたのか?」
「イッチのお父さんに叱られて逃げて行くところからね」
幸い吉沢放送局の局長さんは、新たなネタを探して町内を巡っているらしく留守だった。
「よくあんな連中に囲まれて平気だね、イッチ」
「ま、慣れだな」
家に入るとキヨッペが待ち構えていて、そろってあいつの部屋へと階段を上がった。
「いつ来てもここのどこかに、アイテムが隠されてる気がしてしょうがないのよ」
小ノ葉は何かのゲームの話をしながら、
「この薄暗くて汚い階段がミステリアスなのよねー」
キャサリンは結構失礼な言葉を並べて最後尾からついて来る。ヤツの白い腕が妖しく階段の手すりをまさぐっていた。
「このあいだから電球が切れてて点かないんだよ」
キヨッペは相変わらず貧乏くさい説明をして俺たちを部屋へと誘うと、人数分の座布団を押し入れから引っ張り出して言う。
「アンちゃんは竹刀の素振りをしに公園へ行っているから留守だよ」
丸いちゃぶだいの足を折り広げて俺に託すキヨッペへ
「そいつは好都合だ。相談しやすいな」
両手で縁を掴んだちゃぶ台の表面に向かって言い放し、部屋のど真ん中へ設置。
「で、どうなの、小ノ葉ちゃん? お腹の子は?」
「キヨッペまで言うのか……それを」
「あはは。特異点のことだよ」
「町中に広まる不気味な噂の大元は、まさかお前じゃないだろうな」
キャサリンは膝越えの紺色のニーソとホットパンツという眩しい姿でテーブルへ歩み寄ると、
「ほぉ。丸いちゃぶ台とは、エライ古風でんなぁ」
「ええっ!」
いきなり大阪弁に戻ったキャサリンへキヨッペは目を見開いた。
「おい。家の外ではその言葉遣いは禁止だと言ったろ」
目を丸くクリンとさせるキャサリン。
「しょうがないじゃない。女の子の言葉を使うと口の中に蟲が……ムシが湧きまんねん」
。
「まんねんって……そんなもん、深呼吸して我慢しろ!」
少々躊躇しながらも、
「できないわよー……うぷっ」
再挑戦するキャサリンだが、すぐに息が詰まった。
「虫って? ティッシュいる?」
「おい。キヨッペも本気になるな」
「どういうことさ。イッチ?」
キヨッペの目は真剣だ。
「仕方ない。キヨッペの前では解禁にするか。おし、キャサリン。いいぞ。好きにしろ」
キャサリンはキヨッペの前で豹変する。
「ぶっふぁぁー。いやほんま。死ぬか思いましたデ」
大げさに肩で息を吸う真似をして、
「あ。酒屋のボン。脅かしてすんまへんな。これがワテの地でんねん。この口調で喋らへんかったら口の中に蕁麻疹ができまんねん」
「まんねん……でんねん……?」
キヨッペは口の中で数度転がした後。
「立花家具の……」
「そう、おやっさんと同じなんだ」
キヨッペはようやく納得顔を曝け出し、
「そっかぁ。この子が例の女の子なんだ?」
「ああ。元ナデシコのキャサリンだ」
「ボン。久しぶりでんなー」
「なんで?」
「なにゆうてまんのや。コノハはんの歓迎会の時以来でんがな」
俺は顎をしゃくってキヨッペの意識を杏の部屋へ誘導してやる。
キヨッペはそれを察して目を見開く。
「アンちゃんの部屋にあるナデシコ?」
「ああ。あの時、舘林さんが小ノ葉にって持って来たナデシコあるだろ。あれもそうだ。こいつのらの仲間なんだ」
「家にうるさい奴がいるからこれ以上ナデシコはいらないってアンちゃんにあげたヤツだろ? 仲間なの?」
「まだ他にも、奈々子ちゃんにもらったフユサンゴもそうさ」
「あれも喋るの?」
「ああ。俺と小の葉には言ってることが解るんだ」
「信じられない。僕には何も聞こえないよ」
「俺だって夏休み前までそうさ。花がこんなお喋りだなんても考えもしなかったよ」
俺はうんざりだと静かに手のひらを振ってやる。
「悪いがキヨッペ。東(あずま)京子とジェシカ・マジョリーニュ、それからヒカルちゃんを連れて来てくれないか」
「はぁ?」
「ごめん。本名で言ったって通じないよな」
「それが本名なの? 相手はナデシコの花だよ」
「今日はその辺のところをじっくり話し合おうとしてんだよ」
「僕にはどれがヒカルちゃんだか分からないよ」
「えーと。フユサンゴがヒカルちゃんで、薄紫色のナデシコが東京子、赤と白のまだらな奴がジェシカさ」
不可解な気まずさを引き摺りつつキヨッペは立ち上がった。
「何だかよくわからないけど、持ってくるよ」
「ワリイなキヨッペ……って、キャサリン。勝手にパソコン触るんじゃない。あー小ノ葉、マウスを見て自分の手をマウス化させるんじゃない」
「ボン。ええパソコンでんな。インテル7820Xプロセッサでっか。8コア搭載の逸品でっせ」
キャサリンは隣の部屋へ消えたキヨッペへ語り、
「すごいね。きみ。パソコン詳しいの」
向こうから声だけを返すキヨッペ。
「いやな。ちょっとタテやんとこで聞きかじっただけや。ほう、水冷式クーラーに交換してマンの? ええこっちゃ。ごっつい発熱やちゅうからな」
「タテやんって?」
両手に大小の植木鉢を持ったキヨッペが部屋に戻るなり、小首を傾けた。
「フェアリーテールの店長さ。舘林さん」
「ああ。あの人なら詳しいよね。管理園芸を目指す先駆者だからね」
「キョウヘイはん、どないなん。タテやんの研究は? 進んでまんのか?」
キョウヘイはんって……こいつはマジで馴れ馴れしいな。
「し、知らないよう。それよりなんで舘林さんのことをそんなに詳しいの、キャサリンちゃん?」
「あのな。コイツも元はフェアリーテールに並んでいたナデシコらしいんだ」
「ふ~ん」
キヨッペは興味なさげに返事をして、
「はい。持って来たよ」
杏の部屋に置かれていた鉢植えのナデシコ二種とフユサンゴをそれぞれゴトゴトと丸テーブルの上に置いた。
途端――。
『あやぁ~。キャサリンやんか。オヒサやなぁ』
『なんでもいいけどな。はよ似非(えせ)京都人の京子と鉢を分けてぇな』
人じゃねえって……。
『何が似せや。宇治ちゅうたら京都や。似せモンちゃうで』
「まあ、同じナデシコやろ、仲ようせいや」
「どうだ?ヒカルちゃん。元気だったか?」
『おニイちゃん……その節はお世話になりました』
「あー。ヒカルちゃんまた赤い実が増えたんだね」とは小ノ葉で。
「京子はんにジェシカおばさん、どないでっか吉沢家の居心地は?」
『ええ感じやで。アンズの嬢ちゃんも意外と女らしくてな。水やりも忘れへんマメさが意外やったわ』
「…………」
一人取り残されたのはキヨッペだ。
豹変した俺たちの態度に訝るどころか、恐怖を感じた目で見つめながらキヨッペは部屋の隅に逃げ出した。
「な……なんだよ。みんなしてどうしたの? 怖いよ。僕には何も聞こえないのにめいめいが喋りだすって……すごく変だよ」
俺は急いで取り繕う。
「あ。ワリイ。おい、お前ら好き勝手に喋るな」
世間話を始めたキャサリンと東京子、そしてジェシカおばさんが植わった植木鉢を引き離し、小ノ葉の腕を取る。
「すんまへんな。久しぶりの同胞との再会やもんでな……」とはキャサリンで。
『うちの病気を治してくれた命の恩人やもん。こんな嬉しいことないワ』
嬉々として応えたヒカルちゃんの声はキヨッペには聞こえない。だが習慣的に俺は話し込んでしまう。
「お前のは病気じゃないんだ。そう言うのは恋の病っていうやつなんだよ」
「だれが恋してんの? イッチが?」
「あ。違う違う……フユサンゴのヒカルちゃんのコトだよ」
『せやねん。ウチな。杏ちゃんみたいな娘(こ)がタイプやねん』
『まぁ。妥当なとこやな』とまた口を挟みだした東京子。
『あの子は、中二病を克服しようとしとるとこや』と言い出したのはジェシカおばさんだ。
「ホンマでっかいな。ほなオンナとして認め出してんのやな」と訊くのはキャサリン。
『しゃあないやろな。日々成長していく体は誤魔化しがきかへんからな』
「おいおい。二人とも赤面するような話を始めんなよ」と俺が返して、
「また、始まったよ。ちょっとイッチ……大丈夫?」
慌てだすキヨッペ。そこへ人影が差した。
「アニキどうしたんだよ? 花を前にしてみんなで何の相談してんだよ」
半パン、ポロシャツ姿の杏が、手に竹刀を握りしめて驚きを隠せない様子で立ち尽くしていた。
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