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ワテは諜報部員
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しおりを挟む「派遣って……大げさな奴だな」
「ええか、カズト。この凶事はオマはんのほんのすぐそばで起きるんやデ」
「おー。なんか怖ぇえな、キャサリン」
こっちは冷やかし半分さ。
「そのためにワテが協力したるちゅうてまんねん」
「ちょ……ちょっと待ってよ」
頭の回転がいいキヨッペが割り込んだ。
「協力って。じゃぁ誰が主に手を出すのさ?」
キャサリン辺りをぐるりと見渡して、こう告げた。
「オマはんらしかおらんやろ」
「何で―」
「何でさー」
黙視しを続けていた小の葉が問いかける。
「誰が何をしたから崩壊が始まるの?」
「そうだよな。それが問題だぜ」
「ファクターはタテやんや」
「ファクターって?」
どうも俺があいだに入ると、ワンテンポ遅くなる。
「因子のこと。つまりその事件を起こす元になる人さ」
「せや。それがタテやんや」
キャサリンの目が真剣だった。
自信の表れだかなんだか知らないが、俺は一蹴する。
「店長なわけないだろ?」
「店長はいい人だよ」
小ノ葉も賛同。なぜかキャサリンもキレイな顎を前後させる。
「それは十分承知してま。でもなあの人がやっとる研究がこの先の植物界を崩壊の道へと進めまんねん」
「研究って、それはないだろ。あそこはただの花屋だぜ」
ところがキヨッペがそれを覆した。
「でも二階が研究施設になっているって言う噂だよ」
「カズトはあそこでバイトしとんのや。その辺はどうやねん?」
「二階への階段はあるけど……俺はガーデン以外は入ったことがない」
「あたしもお店とガーデン以外は知らない」
植物界を震撼とさせるような研究が、小さな町の花屋で行われているわけが無い。
「誰の噂だよ。根も葉もないことを吹聴するのは……」
「僕の母さんだよ」
「ぬっ……。吉沢放送局の言うことならまんざらウソッパチでもない。だが大きく歪んで情報が広がることもある。小ノ葉の腹の中だって特異点が赤ちゃんになってるし」
「せやけど、芯は射てまっしゃろ?」
「うーむ。で、何の研究してんの? 店長は?」
キャサリンは静かに二度ほど瞬いた。
そして言った。
「ゲノム編集や」
「なんかの雑誌でも出版しようとしてんのか……」
と独言してから、
「……え?」
キャサリンとキヨッペから白い視線が注がれていた。
「違うの?」
「遺伝子操作だよ、イッチ」
「遺伝子?」
「あかんなー。オマはん何のために高校行ってまんねん」
「弁当食いに……」
「ぷっ!」
キヨッペにだけはウケたので、よしとしよう。
「ただいまー。アイス選んでたら遅くなっちまった……」
駄菓子屋の紙袋片手に帰ってきた杏が、開けっ放しになっていたドアから一歩踏み込んだ。
「……ど、どうしたの?」
部屋の中がますます意味不明の雰囲気に満たされていた。
「いったい何の話してんだよ?」
「あ。いやもういいんだ。俺、疲れたよ」
ちょうどいい時に帰って来てくれた。俺のコンニャク脳ミソが茹で上がる寸前だった。
「アン……。アイスくれ」
「あ? う、うん」
杏から受け取ったアイスが、じゅーっと音を立てて喉の奥へ溶けて行くのを俺は感じることができた。
夕飯の刻(とき)……。
通常なら親父が居間のテーブルのど真ん中で偉そうにビールを煽っているのだが、そこには白い平面が広がるだけだった。
「親父は?」
小ノ葉とキャサリンがメイド様よろしく、せっせと台所から料理を運ぶ姿をぼんやり見つめながらお袋に訊いた。
「商店街の会合だって。さっき出て言ったわよ」と聞いて直感する。
「ガールズバーだな」
「なんやそれ?」
キュウリの漬物を山盛りにした皿をコトリとテーブルに置いて、可愛らしげに小首を傾けるキャサリンへ俺の心情を説明する。
「人の趣味に口を出さない主義なんだ」
「はん。互いに傷をなめ合うオスどうしの絆でっか」
「女に解かって堪るか」
「へぇへ。ワテら植物族には永久に解からん問題やな」
「はぁ? お前だってオンナなんだろ。なら俺とは違う性別なんだ」
「植物族は基本的に雌雄同株や男女とか性別みたいなもんはない。以前にオンナやと発言したんワ、カズトが混乱するやろうと思ったからや」
「性別ってないの?」
「雌花しか開(ひら)かん連中と、雄花しか咲かせん雌雄異株の野村(イチョウ)さんとかおるけどな、それでも動物界みたいな分け方は無いで。人間が便宜上男女に分けとるだけや」
「何か味気ない話だな?」
「ほうでっか? そのかわりワケの解からん争いはおまへんで」
と言ってから、キャサリンは意味ありげに台所へ視線を振った。
「オモロイ実験したろか?」
小声で俺へ告げるその目が妖しく光っている。
「なんだよ?」
「ダンナはんがガールズバーへ行ったことをここでごりょんさんへ伝えたらどうなるか……」
「わーやめてくれ。そんなことになったら、しばらく食事抜きになる」
「せやろ。めんどくさいもんやで動物界は……オドの臭いがプンプンしてまっせ。ああ。やだやだ」
「どうしたの、ジャスティーノちゃん。憂い顔なんかしちゃって? あ。またカズから変なこと言われたのね?」
台所から居間へ顔を突っ込んできたお袋へ言い返す。
「いい加減にしてくれよ。何かあったらすぐに俺が絡んでいるという短絡的な思考はやめてくれ」
お袋は払われた暖簾に首を挟まれたままキョトンとした。
「おやま。えらく難しい言葉を吐いて。短宅的だなんて……ああ。かあさんは嬉しいわ」
「オマはんの知識レベルの低さが露呈されましたな」
俺は苦々しく返事する。
「普段が普段だけにな。しかたがないよ」
「あきらめとんのかーい」
それはキャサリンが渾身の大阪風の突っ込みをした時だった。
「なんだ!」
「どーしたの?」
初めは停電かと思った。なぜなら瞬間に俺の視野が暗くなったからだ。
異変に気付いた小ノ葉が肉じゃがを盛っていたお玉杓子(たまじゃくし)を握りしめて、居間に飛び込んできた。
「て……停電ではない!」
俺は息を飲んだ。そう視界から色彩が消えていたのだ。あ、いや。正確にはキャサリンと小ノ葉はそのままだが、それ以外のすべての物から色味が消えて灰色と変化……。
「なぁ――っ!」
生まれて十七年、これまで最も驚愕した。
「お……お袋……」
色の抜け落ちたお袋が石化していたのだ。たった今俺と会話を繰り広げていたままの仕草で固着して一ミリたりとも動かない。
「あちゃー。晩飯前に呼び出しかい」
「誰から?」
そう訊くのは当然だ。こんな現象はあり得ない。
『夕刻の楽しい時間に失礼するぞ……キャサリン』
「あー。いや。すんまへん。そういう意味とちゃいまんがな。サンタナさん。いや、あのな。今日の晩飯は肉じゃがでしたんや。ほら、わかりまっしゃろ。人間に変身して初めての肉じゃがや。そりゃもう朝からルンルンで、ごりょんさんとジャガイモの皮をむいて……」
『相変わらずよくしゃべる奴だな。ちょっとは黙れないのか、キャサリン』
「あ。すんまへん。黙っときますワ。せやけどサンタナさん。カズトみたいなアホに、こんな最重要任務をまかせて大丈夫なんでっか? ワテは心配で心配で、昨日も12時間しか寝られへんかったんでっせ。あー。ホンマ寝不足で……」
『キャサリン! 黙れと言っておる』
「す……すんまへん」
脳ミソの奥がジンジンしていた。
それは耳から入ってきた声ではない。となると今キャサリンが名を呼んだ『サンタナさん』というのは数日前に、アジサイの前で辱め受けたあのサンタナさん。そして今日知った世界樹のサンタナさんだ。
『カズト。長い説明をしてくれて感謝する。久しぶりの登場で忘れ去られておらぬかと、少々心配でもあったぞ』
「サンタナさん。小ノ葉です。お元気でしたか?」
『おおぉ。これは姫さま。ご機嫌麗(きげんうるわ)しゅうござります』
何か俺の時と態度がだいぶ違うな。
「そらそうや、コノハはんは世界を救う能力を秘めてまっからな」
小声で説明するキャサリンが萎縮するほど威厳を感じるのは樹齢……樹齢……えっと。
「何年だっけ?」
『忘れたのかーい! あ……いや、ごほん。すまぬ』
「さ……サンタナはんが突っ込みはった」
『あ、ゴホン。キャサリンと絡んでおるとな、どうも感化されてしまうのだ』
「どや。これが関西パワーやデ。世界樹のキングさまを凌駕するんや」
『この場合、凌駕というのはいささかおかしい。巻き込まれるじゃな』
「あ。俺もその気持ちわかります」
『そうか? まぁよい。今日は『関西を語ろう会』へ出席しに来たのではない』
そんなのあるの?
《というより、サンタナさんてオトコなんだ。キングって言ったもんな》と言い出したのは俺の悪魔的人格で、
『うむ。動物界の常識で我々をカテゴライズするのは正しくないが、まあ、理解しやすいのであれば、我(われ)はキングである』
〔おー。悪魔に答えてくれてるぜ……〕
『そうじゃ、天使くん。我は音波による会話をしておるのではない。カズトの意識に直接話しかけておる』
「すっげーぜ。サンタナさん」
何だか俺は嬉しくなったのさ。
「やっぱコイツアホやな」
さっきから小ノ葉の肩が揺れているのは、笑いを堪えている?
「何が言いたいんだよ……」
口先を尖らせて文句を垂れる俺に、小ノ葉が説明する。
「それはね。イッチの考えることが筒抜けになってるって言うことなの」
「ぬぁー。そうだ」
小ノ葉とのテレコミどころではない。この状態から逃れられないのだ。
『申し訳ないがな。動物族とのコンタクトは歴史が始まって依頼、初の事じゃからな……少々慎重になっておる』
サンタナさんの姿は見えないが、視線を感じつつ応える。
「もうそのことについては小ノ葉で慣れてるからいいです。それよりこの状態はどういうことですか? お袋が止まったままだし」
『マナを共鳴させて時の流れを止めておる』
「マナって共鳴するんすか?」
『うむ。お主に解かるように端的に説明するとだな……』
一拍ほど間を空けて、
「マナが共鳴するのは姫さまの腹部に特異点があるせいだ。以上」
「へ? それだけ?」
『そうじゃが? 他に何がある?』
「そうじゃなくて短すぎんだろ」
キャサリンが急いで俺の腕に飛びついた。
「アホ。そんな口をきくな。今の説明で解からん者(もん)はどう説明しても解らへんのや」
「ばかにしやがって」
『解らぬ時は、素直にそういう物だと思っておけばよい』
「あの……サンタナさん?」
『何かな、姫さま?』
「今日聞いたのですが。サンタナさんの根の先が特異点を通ってあたしの村と繋がりそうだという話なんですが……ほんとうですか?」
『そのとおりじゃ。これも姫さまが特異点が消滅しないように質量を定期的に放り込んでくれるおかげですぞ。間もなく我が根が村へ届くところまで来ておる』
「そうなったら、あたし帰れますよね?」
『そうじゃ。このミッションが成功すれば必ず村と直通になる。そうなると、帰れるだけでなく行き来できるようになるぞ』
「ありがとうございます。とても嬉しいです」
胸のつっかえが取れた瞬間のような爽やかな笑みを浮かべると、
「イッチよかった。あたし帰れるよ。これもイッチのおかげ」
ドンと腕を俺の背中へ回して抱き付いてきた小ノ葉が持つ究極の柔軟物体が二つ。
「お、おい。小ノ葉苦しいって。ちょっと離れてくれ……あ、いやこのままで」
「おい……。スケベ面してニタニタしとる場合とちゃうやろ。ミッションの話、忘れたんかい」
抱き寄せた小ノ葉の肩口から顔を出して訊く。
「ミッションて?」
キャサリンは自分の額を重たげに手で押さえると、床に向かって吐息した。
「コイツ、あかんわ……」
「こら、コイツって言うな」
「こんな調子でんねん、サンタナさん。コイツに世界の危機を託(たく)してホンマに大丈夫でっか?」
『うむ。姫さまのパートナーであるから、あまり邪険にできんしな』
「目の上のたん瘤。お荷物的な発言するんじゃねえ」
『だが、こやつの正義感は誰よりも熱い』
「おほっ? いいこと言うねぇ。そうさ。俺は困っている人を見たら絶対に助けたくなる性質(たち)なんだ」
《そうそう子供の頃、アリの巣の上に砂糖を盛ってやったこともあるもんな》
と言い出した悪魔に代わって俺は胸を張る。
〔カナブンをイジメていたアリの集団をけちらしたこともあるぜ〕
「結局、アリをオモチャにしてただけやんか」
「そ……それは子供の頃の話だ。俺の人格たちよ、もっと最近の話をしろ」
『頼りないのがよく解った。ではキャサリンの要望どおり助っ人の参入を許可する』
「ほーでっか。助かりましたデ。これで肩の荷が下りたちゅうもんや」
「助っ人?」
「せや。オマはんの脳に代わるお人や」
「コンニャクの代わりか?」
「あほーー! だれがオデンの話をしてんねん。酒屋のボンや。キョウヘイはんやがな。あの人にも手伝ってもらいまっからな」
「迷惑がるだろうな……」
『何か言ったか?』
「あーー。なにも言ってません。で、具体的になにをどうしたらいいんすか、サンタナさん?」
『まず、元凶となっている舘林氏の行動を探ってくれ』
「それだ! 店長が何をどうするんだよ。あの人は悪人ではないっすよ」
『キャサリン……』
「へ?」
『屁ではない』
「そんなこと言うてまへんがな」
『何も説明してないのか?』
「あ。それでんがな……。コイツの理解力があまりに乏しくて、一つ一つ説明したら時間がモノごっついかかりましてな。キョウヘイはんの助けを借りて、どうにかその入り口まではたどり着いたとこで息絶えたんですワ」
「おいおい。失敬だぞ、キャサリン。俺のことを難攻不落の険峻(けんしゅん)な山頂を前にした登山家みたいに言うな」
「そんなカッコエエもんかいな」
『そうか。それは失礼した。ではもう一度言おう。舘林氏がゲノム編集を行って作り出した染色体異常の植物が我々のネットワークを破壊するという話だ』
「ゲノム編集って?」
「ほらな。またこれですワ。夕方説明したやろ、もう忘れたんかい?」
「あーなんか言ってたよな……」
『DNAって言えば理解できるか?』
「英語はいまいち苦手っす」
『細胞の中には染色体というものがあってだな……』
「生物(せいぶつ)は英語の次に苦手っす」
『遺伝子というモノが関与するのだ……』
「なんすかそれ?」
『はぁー』
サンタナさんは重々しい吐息をした。
『カズト……。お前は何しに学校へ行っておるのだ?』
「弁当食いに……」
『ダメだこりゃ。キャサリン……』
「へ、へい?」
『後はまかす』
「え~、せっしょうな。ちょっと待っておくれやす、サンタナさん!」
忽然と、俺の目前で色彩が戻った。
「待つって? 肉じゃが出すのまだ早いの? ジャスティーノちゃんが楽しみにしてた肉じゃがよ」
ポーズを解かれたビデオ映像みたいにして、お袋が動きだした。
「えっ?」
おかしな空気を察してまたもやキョトン顔のお袋と、その横で手のひらを合わせて歓喜にまみれるキャサリン。
「わぁぁ、あたしの食べたかった肉じゃがー。美味しそう。ね? カズト?」
「知らねえーよ」
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