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牛丼屋にて出会ふ(まずは3話)
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しおりを挟む隣に座った女の子が俺に向かってにこやかに拳を握ると、指を二本突き出して「ぴーす」と唱えた。
「え……? なに?」
戸惑った。
俺は込み上げてきた二種類の戸惑いに唖然となり、食いかけの牛丼を箸からポトリと落した。
戸惑い、まず一つ目。
「な、なに? ピースって」
そう。これは当然だ。でも少女は丸い目を見開いて、ことなげにこう言った。
「え? 御飯食べる前にやるジェスチャーだよ」
なんだそりゃ? 俺は目んタマでも突いて来るのかと思ったぜ。
ついでだけど、ジェスチャーという言葉に、ちょっとたじろいだがな。
もう一つの戸惑いがこれだ。
「すっげぇな……」
つい心のつぶやきが声となって喉から漏れたのは致し方が無い。
驚いたぜ。えれー美人だし、ダイナマイトボディだし。黄色いTシャツがパンパンではち切れそうだし……。
昆布ダシと鰹(かつお)ダシで取ったダシより『だし』が出ちまった。
なんにせよ。超短く切り落としたデニム生地の短パンから、すらりと伸びた綺麗な脚が滑々して、とてつもなくそそられる。あそこに生クリーム塗って舐めてぇ、てな具合にだ。
「いらっしゃいませぇー」
店のおねえさんが水の入ったグラスをお盆に入れて運んでくると、健康的な肌を顕にした少女を眩しげに見ながら、ことりとテーブルに置いた。
そして俺の顔と彼女とを交互に見て、
「ごゆっくりどうぞ」
と言って奥へ消えた。
その間、少女はまだピースとやっていた。だからおねえさんは注文も聞かずに奥へ下がったのだ。
何だ、こいつ?
いつまで経ってもニコニコ顔で、俺に向かって二本の細い指を突っ立てるおかしな女に、つい突っ込みそうになったのは、それが宇宙の真理にも匹敵するほど当たり前のことだ。
「あんた何してんの?」
しまった。もう少し優しく問いかけてもよかったのに――。
これだけの美人が俺に向かってピースサインをぶっ放してくれてんだ。ちょっとは考えて言葉を選べよな俺。
しかし少女は、
「御飯食べる前のジェスチャーだよぅ」
同じ言葉を繰り返して、またピースとやりやがった。
こいつバカなんだ。天然って言うヤツだ。ここは優しく語ってやる必要はねえな。
「飯を喰う前にピースはやらねえし、それはジェスチャーでもないぜ」
「おかしいなぁ。そうやるって村長さんが言ってたんだけどな」
「どこの村だよ。相当僻地だろうな。それって日本か?」
「日本だよ。こことは違うけど」
「あんたを見てりゃわかる。こことはだいぶかけ離れていそうだな」
「うん」
無邪気に返事してんじゃねえよ。誰なんだこいつは?
ここは昼食時間をとうに過ぎた牛丼屋だ。店内の大半をぐるりと占領するU字型のカウンター席には、他に客は誰もいない。それなのに何で俺の隣にくっ付いて座ってんだ?
これだとまるで俺の関係者みたいに見えるじゃねえか。俺は一人で牛丼を食いに来たんだぜ。
ほらみろ、店のおねえさんがまだ奥で俺とこいつを交互に見比べて、にこにこ笑ってんぞ。あれば絶対にカップルを見る目だ。
――でも。
誤解とはいえ、妙な優越感に浸たる俺って――本バカだな。
こうなったら恥も外聞も無い。こんな美少女、次に拝めることはもう無いはずだ。
ベースケ波全開だ。ゆけぇー! ベースケスキャン装置起動!
俺のスキャン装置は優秀だ。次々とデータを出力し続けた。
年はたぶん一つか二つ下だろう。幼げに見えるが綺麗に整った顔立ちは超美人で、軽くウェーブが掛かった艶のある栗色のセミロングが、クーラーの涼風に乗って、毛先がユラユラしている。テレビのアイドル並みで艶々でピチピチの肌がとんでもなく美味そうだ。あーそうさ。舐めたくなるほどそそられるのさ。俺のことをヘンタイと呼んでくれてもいいぜ。
身長は俺より拳二つほど低そうなので160センチってとこだな。ちょっと小柄だけど……。脚長ぇぇぇ。思わず凝視。
視線を外すことが出来ずに、そのままつい上半身へ滑らしてしまうのは、俺が男である確固たる証拠だ。
ほんで、またまた豊満なボディを拝んで、思いっきり生唾ゴックンだ。うるせえ、知るか。習性だこれは。
それにしたって、ちっこい体なのに、この子は申し分の無いベストバランスで構成されたプロポーションだった。
だけど、どこの子だ?
この格好は遠くからやって来たスタイルではないし、遠方からわざわざ来るほどの有名店でもない。それに俺は、ここの商店街で電器店を営むオヤジの息子という関係上、周辺に住む子供とはほとんど顔馴染みだ。さらにこれだけの美貌だ。目だつこと計り知れない。はっきり言ってやる。この商店街界隈にこんな美人はいねえ。
つまりこの人とは初対面だ。さっき牛丼をひと口頬張って、見上げたら横に座っていたんだ。それでビックリして、ぽかんとしていたらいきなりピースだもんな。出会って二秒でピースされたのは生まれて初めてだぜ。
どうしよ――まだピースやってるし……。
やっべーな。この子が俺の彼女だと間違われて、喜んでいる場合ではない。さっさと食って帰ろう。
「ねぇ。なに食べてんの?」
馴れ馴れしいヤツだな……。ここは牛丼屋だ。あるモノといえばひとつだろ。
「牛丼の大盛りだ」
おっと、あまり冷たくあしらうのはよそう。すっげー可愛いし、ぼよぉんだし、腰はきゅっだし……。
「大盛りだよ」
美人にはめっぽう弱い俺は、ちょっと優しいお兄さんを装って言い直した。
「ねぇ。あたしも食べたい。いい?」
「は?」
「ちょうだい」
ってぇぇぇぇぇぇぇぇ! なんでいきなり手ぇ突っ込んで来るんだよ。
「お、おい。箸ぐらい使えよ」
見ず知らずの人が食っているドンブリを見て、くれって言うヤツも少ないと思うが、手掴みで食べようとするヤツはもっといねえ。きっとあれだ。どっかのジャングルの奥地から都会に出てきたんだ。間違いない。
でも俺はドンブリから摘み取られた牛丼の行く先を目で追い、生唾をごくりと飲んで静観した。
指の先に張り付いた御飯粒を赤い舌でねぶる姿の艶かしさときたら、甚(はなは)だ尋常ではない。そんな心臓破りの振る舞いをしながら、少女は小首をかしげる。
「ね? 名前なに?」
「――――――?」
「名前よ、名前……」
あんまり唇が美味そう……、いや柔らかそうなんで、うっとりと見入ってしまっていたが、これは早急に返事をせねばならん。
「カズトだ。カミダノミカズト。一途に神に祈ると書いて、『神祈一途(かみだのみかずと)』って言うんだ」
少女の視線は下を向いていたが、返答としてはこれが正しいだろう。
ところで、なぜ『神に祈る』と書いて、『かみだのみ』って読むかは、ご先祖さんに言ってくれ。俺のせいじゃない。
「へぇ。カズトか……面白い名前の食べ物ね」
「はへ?」
「おじさーん。あたしにも、カズトちょうだい!」
「はいよー。カズト並一丁………………」
オヤジは奥に向かって声を張り上げてから、ずっこける格好を披露した。
「――って、何言ってんのお嬢ちゃん。おじさん乗せられちゃったじゃないか」
「……………………」
恥ずいよ、おやっさん。
ノリがいいおっさんは放置プレイだ。もう一度端正な面立ちを覗き込み、
「俺の名じゃなくて、食い物のほうかよ」
「そうよ。カズトじゃないの?」
「あんた……牛丼知らないの?」
「なぁんだ。ぎゅううどん、って言うのか。恥かいたね」
「う、が一個多いぜ。牛ドンな。それじゃぁ、肉ウドンになっちまうからな」
可愛らしく片目をつむる仕草は堪らなく俺のタイプだった。くそぉぉ。ちょっと変なヤツだけど、いいじゃないか。
少女は桜色の頬をほころばして、またもや手を上げた。
「おじさん。牛ドンじゅっちょう」
はひょ?
何ほざいてんの?
「あんた、そんなに食べれんの?」
「知らない。初めてだもん」
何が? 牛丼がか? それともしばらく何も食べていなかったのか?
テレビの大食い選手権に出場していた女の子に、こんなグラマラスなボディの子はいなかったはずだが……。
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