6 / 15
6)イベントコード
「あのさ。ミコトって、おジイさんに育てられていた時期ってある?」
「無いよ」
「そう………」
そっちの線は消えたか…………。
「あの子さ。腹話術できる?」
「はぁ? できないよー」
またまた、しばし沈黙。
マコトはディスプレイを覗き込みパソコンのキーを叩き、オレは天井の染みへ視線を移す。
幾何学模様みたいな渦を見つめながら、
「なぁ………。最近どうよ?」
「なにが?」
画面から目を離さないで答えるマコトへ、焦燥めいた視線を滑らせる。
「ミコトだよ」
「さっきからどうしたのさ?」
優しげな顔をこちらに捻り、首をかしげたあと、
「あ?」
マコトは大きなガラス玉ほどに目玉を丸めて、オレを注視した。
「な、なんだよ。おかしなこと言ったか?」
「まだ、小学校にも行ってない……」
「そうだぜ。五才だもんな。来年……だろ?」
「だから剣豪くんと付き合うには、早すぎると思うんだ」
「だぁぁーーーーっ! ば……バカかオマエ! 何を考えてんだ」
「だって。ミコト、ミコトって、なんかうるさいんだもん」
「あのなぁ…………」
もういいや。面倒臭くなってきた。
そんなオレに、マコトは諭すみたいにして言う。
「ミコトが中学生ぐらいになったら、もう一度、考えてみてよ」
そんときゃ。オレは二十五だぜ。
重い溜め息を吐き落としつつ話題を変える。
「それで? 何か進展があったんだろ? だからここに呼んだんじゃないのか」
「あったよ。イベントコードの意味が解った」
「イベントコード?」
「そ。放送中に何度も繰り返される長い数字のことさ。イーシーって言ってたでしょ。あれは。Event Codeの略なんだ」
いつもながら発音がいいね。
頭も切れるし………。
ちっとも動かない自分の脳とどこが違うんだろう。同じ人間なのになんでこうも違うんだ?
「やっぱオレもキツネうどん食べようかな」
「なに言ってんの?」
苦笑いを浮かべて、マコトへ首を振る。そこへ、
「しちゅれいします」
静かに扉を開けたミコトが、お盆に空の湯飲みを二つ載せて部屋に入って来た。
「ケンゴちゃん。ようこそゴサンパイくらしゃいました」
畳の上で膝を折って丁寧に頭を下げたミコトは、ピンクと薄青い水玉模様のワンピースに、神社の外気はまだヒンヤリするから、と黄色いカーディガンを羽織らされていた。
厳つい剣道着ばかりに囲まれて育ってきたオレの目には馴染みが無い可愛らしい姿だが、
「むぉぅ…………………………………」
いつもなら目を細めるところなのに、恐ろしいモノを見るような雰囲気満載で観察する。
ついこのあいだ、この子はジイさん言葉を遣っていたのをちゃんと確認しているので、極度に緊張するのは仕方が無い。
あの表情は、たかだか生まれて四年や五年の幼女が醸し出せるものではない。長い人生を経験してきた深みのある面差しだった。
「なに、固まってんのよ、けんご?」
小さく開いていた扉の隙間から、にゅっと巫女衣装の袴が突き出されたかと思うと、白い足袋(たび)が器用に引っかけられて、そのまま大きく開け放された。
「おい。カリン、足で開けるな! 行儀の悪いやつだ。ちったぁミコトを見習えよ」
「だって両手塞がってんだもん」
片手にポット。片手に茶菓子を持って大股開きで部屋に侵入するカリン。
「巫女がこんな調子でいいのか、マコト?」
「参拝客の前でやらなきゃ、いいんじゃない」
おおらかな男だな、ほんと。
「──でこっちは、雑なオンナだな」
「へへへ。いいじゃん。誰も見てないんだし」
「ミコトがいるだろ」
「この子なら大丈夫よ」
「なんでそう言い切れるんだよ?」
(そうじゃ。今さら何を言っても、カリンは聞きゃあせんわ)
「なーーーーーーっ!」
出たーー!
ジイさん口調だ!
「さ……さぁ。ミコトちゃん。お兄ちゃんたちは勉強みたいだからあっち行こうね」
(どうせ、悪巧みの相談でもしとるんじゃろ)
(ちょっとお大師様ぁ……しーっ)
ミコトはカリンに引き摺られるようにして連れ去られた。
「マコト──! 聞いたろ? 今のミコトの声。ジイさん口調だったろ?」
「何も言ってないじゃない。湯のみを持って来てくれただけだよ」
「違うって、悪巧みがどうとか、言ってたろ?」
マコトはオレを不憫そうに見て言いのける。
「最近。剣豪くん、なんかおかしいよ」
「………………………………………」
綾羽の時と同じだ。オレにだけ聞こえ、他(ほか)の連中には聞こえない。これってオレの精神状態がおかしいのか?
バス停の変人たちと出会ってから、なんだか不可思議なことが多い。
ミコトにも狐の崇りか……………。
そうじゃない、と膝を打つ。
声が聞こえるヤツがもう一人いた。そうカリンだ。
アイツも聞こえるんだ。今だってちゃんと反応していたし──。
「……ぅくん。聞いてる?」
「えっ?」
マコトはずっとオレに語りかけていたようだ。まったく気がつかなかった。
「やっぱり何かおかしいね。どーしたの?」
「あ、いや。ミコトがな………ま、いいや。で、話って何んだよ?」
マコトは再び机に向かい、パソコンのディスプレイの中で小刻みに動くマウスポインターを目で追っていた。
少しして、まるでジャレつく寸前のネコみたいにキラキラさせた瞳を一点に固定させた。
「このあいだ。発電所の停止とかって、コマメちゃんが言ってたでしょ」
「コマメちゃんって………、オマエ、ファンなの?」
ついと振り返り言い放す。
「うん。可愛い声してんだもん」
「可愛けりゃ何でもいいのか? 顔見たら夜寝れなくなる時だってあるんだぜ」
「無いよー。あの子はぜったいに無い」
「あっそ。オマエがいいならそれでいいよ。で? 何が言いたいの」
「あれは2011年3月11日のことを言っているんだよ。それでね、コマメちゃんがイベントコードって言ってから長い数字を並べるだろ。あれを聞いてピンと来たんだ」
「はいはい。それで………」
「ユリウス通日を使うと最も近いことが解ったんだ」
「なんだそりゃ?」
そろそろ説明を聞き続けるのが苦痛になってきた。
「ユリウス通日を使ってミリセックに変換するとだいたい2011年3月11日に起きたあの震災の時刻になるんだ。閏秒も加減してね」
「あのな、マコト……………」
文句を言う気は無いのだが、
「そういうのは偶然て言うんだ」
「それがさ、河合楽器健康保険組合での出来事って放送されたイベントコードから逆に調べると、浅間山荘の事件に当てはまるんだ。場所もデータ通りぴったりだった。でもラジオではひと言も浅間山荘事件とは言ってない。河合楽器健康保険組合での出来事としか言ってないんだ」
「じゃあ、それでいいじゃないか。あのラジオ放送は過去の事件を調べる番組だったんだろ?」
と言っておいてから、
「その割に内容が『ないよう(無いよう)』だけどな………」
───我ながら、さぶいな。
「それからね…………」
マコトは無視だ。気付いてもくれなかった。
よけい寒いぜ。
「例えばこれ。ほら、隣町の家具屋さんで女の子が生まれるっていうの。ECから調べると、1954年1月19日になるんだ」
「それならオマエに言われなくても分かる。音楽界に新たなページを築いたっていうぐらい超有名なミュージシャンの実家だもんな。子供の頃、母さんから聞いて自転車で見に行ったぜ」
なーんもなかったけど。
「放送の内容からぴったり一致するんだ」
「うーん。なんともなー。オマエには気の毒だけど、そういうのは状況証拠って言うんじゃねーの? あるいは偶然………しかも過去のコトだから、どうとでもなるじゃんか」
「実はさ。このラジオ局はフェーズシフトの深さによって別の時間帯にも放送が流れる仕組みになっているのを発見したんだ。でさ、剣豪くんにも手伝ってほしいんだ」
「え?」
いきなり何ですと?
「近い未来を差したECを告げるニュースをダウンロードしてほしいんだ。もしそれが現実と一致すれば、このラジオは未来の出来事も知らせていたことになる。これってすごいでしょ。でも膨大な情報量があるので僕一人では手が足りなくて。二人でやれば早く見つかるよ」
マコトはそれだけの言葉を語りながら、マウスとキーボードを同時に操作するという、オレにとっては神業的な作業を披露させて、
「パソコン持ってるでしょ。それにこれをインストールして……」
「ちょーっと待った。ダレもがパソコンを持っていると思うなよ。関西にタコ焼きの鉄板を持っていない家だってあるんだ。オレん家(ち)にはパソコンなんか無いよ」
「えーーーっ、ウソ!」
絶句するほどのもんか?
オレは黙って首を縦に振る。
「マジ無いの? 剣豪くん………」
マコトは一拍ほど間を空けて、
「しょうがない。この受信機と僕のノート貸すから。これで今晩よりこのブロードキャストリスナーを起動してくれたらいいんだ」
「ブロードキャストって?」
「同時に複数の場所に向かってデータを送ることさ。僕は結論つけたんだ。このラジオ局は娯楽番組を配信していない。データを配信してんだとね。そこでそれを自動的に探し出して暗号化された電波を解析した上に、音声にまで変換するソフトを僕が作ったの。これをノートパソコンにインストールしておくから、時間が来たらランさせてよ。そしたらあとはオートでダウンロードするので、剣豪くんはイベントコードだけメモってくれたらいいよ」
「カタカナの多いヤツだな…………」
まだ協力するとは言っていないのだが、
「情報Cの成績を上げるためにもいい機会だよ」
半ば強制的に機材を差し出されたら従うしかないし、情報Cの成績曲線は限りなく低い位置を這っていることも事実さ。
「そう言われると立つ瀬がないな。じゃ、協力させてもらうよ」
「オッケー。これで効率が上がる」
喜び勇んで小躍りするマコトに、
「期待するなよ。オレには朝練とクラブがあるから、夜九時には寝る。ちゃんとできるのは金曜と土曜日の夜ぐらいだからな」
「いいよ。それじゃもう一つ。スマホ貸して」
オレだってスマホぐらいは持っている。電話しか使ったこと無いけど………。
ダレだ。宝の持ち腐れって言ったヤツ。
そのとおりだぜ。
「ほれ」
受け取ったスマホの尻に、マコトはUSBケーブルを突っ込む。
「これはね。ECを入力すると時間と場所をマップに表示するアプリさ。便利だろ。すぐにどこか分かるから調査しやすい」
「オマエ、パソコンの解読ソフトだけでなく、こんなのも作れるの?」
「JAVAは常識だよ」
ジャバって何だろう?
訊いてみたいが、訊くときっと頭が痛くなるので、やめとくのが策だ。
いつもなら剣道具が入ったバッグと竹刀を担ぐのだが、今日はまったく異質なモノを持っている。
「受信機とパソコンって、こんな組み合わせって有りなのか? 意味が解んねえな」
面倒なことを頼まれ、だんだん気乗りのしない気分に陥ってきた。
剣道部の主将としての責任感とはちょっと違うのだが──マコトお手製の簡易型受信機を突っ込んだリュックを背負い、ノートパソコンを小脇にして境内をトボトボ歩いていたら、広がりだした暗闇の奥に消えて行くカリンとミコトの姿を見つけた。
昼間の神社を幼児と手を繋いで歩くのなら、なんの問題は無いのだが、この時間帯の二人はとても怪しい。何度も誤魔化されて、真相は未だに謎のままだ。今日こそ正体を暴いてやる。
二人は鎮守の杜(もり)の奥へと歩むと、夜間訪れる参拝者のために灯されたほんのりとした明かりの列に沿って、石の階段と踏み固められた土の道を進んで行く。
その先にはいくつかの小さな祠(ほこら)が点在している。これは境内社(けいだいしゃ)とか飛地境内神社(とびちけいだいじんじゃ)とか呼ぶんだとマコトのお父さんが教えてくれた。それらを巡る通路を二人は歩いている。
後をこっそり付いて行くと、祠の中でも最も奥にある境内社へと続く石段の頂上で、二人はそろって腰を下ろした。
ガキの頃からマコトとこの杜で遊び回っていたオレだ。森の中が暗闇に沈みだしたからといって迷うことは無い。遠回りになるが、明かりが灯っていない別の参拝路を回り込めば、裏から忍び寄るルートもある。しかも神社内の杜は下草を刈り取り、とてもキレイに整備されているので、枯れ葉の音にさえ注意すれば、近寄ることは簡単だ。
(どうじゃ、カリン。三神姉妹の動きや他の連中の様子は?)
いつものジイさんに間違いない。年寄りの割に意外と滑舌が良いのが驚きだ。
(連中もまだレシーバーに慣れるのに必死の様子で、今のところ目立った動きはありません。夜間たまに祥子の姿を見ますが、次元フィールドに阻まれ近寄る気配はありません)
(啓子ではないじゃろうな?)
出たな。ジジイめ………。今夜こそ取っ捕まえてやる。
決意に燃えるオレだった。
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?