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10)呪われた男
「とにかく神社へ帰ろう」
「え?」
「え、じゃない。カリンに報告しなきゃ」
「買い物はしないの?」
「それは田日向さんから逃れる口実だろ」
どっとオレの肩が重たくなった。マジでコイツの頭の中を覗いてみたい。
もしかしてとんでもないブロードキャストを見つけたかも知れないというのに。呑気なヤツだぜ、まったく。
「急いで戻るぞ、マコト」
「………よかったよ」
「は?」
「カリンちゃんと仲良くなってくれて嬉しい。うんうんあの子はいい子だよ」
「オマエ、どこに着地してんだよ」
「だって早くカリンちゃんの顔が見たいんだろ?」
「のんびりしてんな、オマエ」
「なにが?」
「それ。そのゆったりした口調さ。今日オレたちは二度も死にそうになったんだぜ」
「でも死んでないよ」
「……………………あのね」
昨今騒がれている、ユトリではない。もうオレたちの時代では終わっていて脱ユトリと呼ぶ。ようするにマコトはのんびりした家系なのさ。まったく呆れて言葉を失くすぜ。
横並びで歩くマコトが、せり上がってきた神社の(もり)杜を眺めながら言う。
「あそうだ。今日は結婚式が一組あるから、カリンちゃんは式場に入ってて会えないよ」
「ならミコトでもいい。あいつに相談すればなんとかなる。とにかくオマエん家へ戻ろう」
「えっ?」
「なに固まってんだよ?」
「あの子、まだ五才になったばかりだよ。何を相談するの……」
しまった……………。
「ば……バカだな。相談て言ったって……あれだよ。えっと………あの。あ、そうだ。あれあれ。マジカルるるちゃんの主題歌の二番だ。ちょっとど忘れしてな………で………ミコトだよ」
「剣道部主将が、るるちゃん?」
「あ──そうだよ。とにかく急ごう」
開き直ってやったら、マコトのヤツ目が点になってやんの。
ミスったかな?
かぶりを振る。
んなこと気にしていられない。昼間にミコトとジイさんが入れ代わるのは難しいと言っていたが、とにかく訊いてみよう。
オレが偶然見つけたブロードキャストの周波数は、個人に関するECだけを流すのではないかという疑念が浮かんで来たからだ。
昨夜、コマメは『男性』が怪我をする、とブロードキャストしていた。しかも間違いなくPN番号に敬称をつけていたところをみると、あの番号は情報提供者………いや、たぶんターゲットを示しているのだろう。
だから暴走ダンプの件だってそうだけれど、オレはてっきり商店街の会長のことだと思い込んでいた。でも冷静に考えると、その横には常にマコトがいた。ターゲットはヤツだったかもしれない。あるいはオレ?
しかしこれは間違っても本人には伝えられない。探究心の固まりみたいなマコトのことだ、ショックを受けるどころか、実証しようと自ら飛び込むはずだ。ここはやはり、カリンか義空と呼ばれる坊主に訊くしかあるまい。
神社に戻ると、マコトの言うように神前の婚姻式が執り行われており、神社独特の音楽が鎮守の杜に鳴り渡っていた。
雰囲気を盛り上げるためマコトの作った音響装置が境内の色々なところに隠されていて、しめやかに奏でているのだ。
「これって音楽なのか?」
「雅楽(ががく)だよ。伝統的な宮廷音楽で、これは管弦を録音したものをデータ化して音声チップにしたものを流してんの」
「宮廷音楽のデータ化ね……。罰(ばち)当たらない?」
マコトは笑いながら頭を振り、
「昔はね。録音テープを使ってたんだ。でも年末年始は24時間流しっぱなしだろ。そうするとすぐに壊れちゃってね。でもこれだと何十年でも壊れないよ」
むぉ。未来の神社を想像しちまったぜ。
式場の中を横切るわけにいかないので、裏山から回り込んで控え室の裏口から入ろうと引き戸を開けると、可愛らしい巫女さん衣装に変身したミコトが、そこに立っていた。
幼女は丁寧に腰を折り、
「おしゅじゅかに……」
「義空か?」
思わず駆け寄るオレに、
「なに言ってんの、ミコトだよ」と呆け気味なマコト。
「あ、いや。分かってんだけどな……えっとだな」
そこへ、本物の巫女が飛び込んで来た。
長い髪を丈長で結い、朱色の緋袴(ひばかま)に、今日は白無地の千早(ちはや)を羽織り、頭には煌(きら)びやかな頭飾りをして、
「ミコトちゃん。祝詞奏上が終わるわ。杯の準備できた? 御神酒(おみき)はどこ?」
華やかな容姿の割に、慌ただしくバタバタしていた。
「カリン、大変だ。クローラーが…………」
急いで詰め寄るオレに、さっと手の平を寄せて、朱唇を近づけてきた。
「大丈夫。ここにいる限り安全よ。とにかく今はごめん。式の真っ最中なのよ」
こっちのほうが一大事な気もするが………さらに小声で訊く。
「次元フィールドってそんなに役立つものなのか?」
「そうよ。連中が最も恐れるのが精神波を乱されること。急激に母体と分離させられたらヘタすると死んじゃうから、必死なのよ」
「そうか………」
カリンの言葉でひとまず弛緩する。
「ほら出番だからね。しっかり持つんだよ」
「あぃ」
うなずくミコトに、マコトは盆を持たせ、その上に赤い杯を下から大きい順に積み上げ、まるで舞台へ出る子役の世話をする家族のようなことを告げ、ミコトは大役に少し緊張気味で、きりっと唇を真一文字に閉じていた。
「ミコトも立派な巫女さんだな?」マコトに尋ねたのに、
「あい。ミコトもカリンちゃんとちゅぎょしてます」
「稚魚?」
頭を振るマコト。
「修行って言いたいんだよ」
「なーんだ。修行って言いたいのか。オレはまたカリンと魚のお遊戯でもしてんのかと思った。でも五才児に神事ってできんのか?」
「真似事だけね。でも結婚式の時は好評なんだよ」
ミコトは赤い杯が積み上げられた盆を両手でしっかり持ち、頼り無げではあるが、確かな足取りで式場へと歩み、後ろを付いて行こうとしたカリンが、
「いっけなーい。長柄忘れた」
ひしゃくのでっかいヤツを握り締め、ミコトの後ろにとんぼ返り。
オレの前を通過間際、小声を落とした。
「明後日(あさって)の晩、お大師様と例の祠で待ってる」
「明後日の晩?」
「そ。その日がちょうどいいの。会えるのを楽しみにしてるわ」
「…………………」
これが愛の囁きなら、どれほど嬉しいことか。
でもなぜ二日後の晩でなければいけないのだろう。都合いいとは……?
意味不明だ。
重苦しい空気を漂わせるオレに、マコトは言う。
「三献の儀が始まったみたいだから、ジャマしたらまずいよ。僕の部屋に来とけば?」
マコトにしては見飽きた光景なのだろうが、もう少しミコトの振る舞いを見ていたい。新郎新婦に向かって一礼し、小さな手で粛々と杯を渡していく愛らしい姿は、ダレであってしても微笑んでしまう。
そして神々しいまでに光り輝いているのはカリンだった。昨夜、香坂ひとみ相手に竹槍を振り回していたヤツとはとても思えない神聖な面持ちに驚いた。
「さ、もういいだろ………」
マコトがオレの袖を引き、オレもその後をついて歩いた。
おごそかでいて荘厳な儀式が進みつつある式場から、今度は複雑な装置と絡み合うケーブルのジャングルと化したマコトの部屋に入る。
「すげえ差だな」
「なにが?」
「神秘的な結婚式場とこことの差だよ」
「あはは。だろうね。全く相反したモノだからね。でもね。大昔から神社は別次元の世界とを結ぶ場所だったんだから、わけ解からないのはいつも同じだよ」
言いたいことは理解できる。室町時代の庶民と神官では全く違うものだったろ。
と、まぁ。古代の生活様式を回顧して溜め息を吐いている場合ではないのだ。
とにかく落ち着かない。マコトには悟られず、オレもある程度は知識を深めておかないと手の出しようが無い。カリンや義空との会話には現代では使われない語彙が多くて困るのだ。なにしろ古典的な、ではなく超未来的なことを平気で口にするからさ。
まず最も信じがたい事柄から訊いてみる。
「タイムトラベルって不可能だって、前に言ってたよな?」
「そうだね。物質が時間を移動することはあり得ないね」
「でもよ、光より速くなったら可能だって聞いたことあるぜ」
マコトは輝いた目を横倒しにした三日月みたいにして笑い、
「光より速く移動することは実質不可能だよ。質量が無限大になるから、どんな物質だってペチャンコになるのさ」
「でも時間が止まるんだろ?」
「剣豪くんの言うように、光の速度に迫れば時間の進み具合が遅くなるけど、人間が耐えられる速度だと大したことないね。まぁ、ちょっとぐらいは未来へいけるかも」
「未来から過去には?」
マコトはさらに笑って頭を振った。
「残念ながら絶対にできない」
ちょっと肩を落とすオレの顔を、マコトは探るように覗き込んだ。
「物質じゃなければいいんだよ」
「ぬ……は?」
「そうさ。精神波とか思考波だけなら可能かもしれない」
目の前が開(ひら)けた感じを受けた。
「そうだろ。できるんだよな」
「あまり科学的じゃないけど、ある人と精神融合をしてその人の記憶を頼りに過去へ過去へとさかのぼっていくのさ。赤ちゃんの時代まで戻ったら、その親に乗り換えるんだ。それを繰り返せばどんどん過去に戻れるよ。もしそんな人が未来にいれば、その精神波と融合した途端、未来のことを知ることができる。上手く協力し合えば互いに未来へ行ったり過去へ行ったりできるね」
突拍子もない説明で首を捻りたくなったが、それを現実にやり遂げた人間が存在することを伝えたらマズイかな?
それにしたって、マコトがそのことに気付いていたとは、やっぱり未来を変えちまうぐらいの発明をするヤツは、オレより遥かに聡明だな。
「次元フィールドって何か解る?」
「どうしたの、剣豪くん? いつもはすぐにアクビするくせに、今日はずいぶん積極的じゃない?」
「い、いや。近所のガキと話をあわせなきゃいけなくてさ。アイツらゲームの世界と現実を一緒くたにして話してくるから大変でさ」
マコトはへ~とか、笑みを混ぜた返事をして、
「フィールドって言うのは『場』と言う意味でいいんじゃない。剣道でも全身から気のフィールドが出るんでしょ。カリンちゃんが言ってたよ。剣豪くんのはすごいって」
「なんだか背中がこそば痒いな。自分ではよく解らないぜ。まぁ、でもその説明でよく理解したよ」
精神波を乱すほどの気か……あ、そうか、霊気場ってカリンが言っていた。
「あー。オレってほんと脳の回転遅いな」
急に頭を抱え込むオレに、マコトは毒の無い微笑を浮かべているだけだった。
コイツは頭が切れるから、これ以上突っ込んだ質問をすると怪しまれる。
どーしよ……………。
詰まるところ。オレの頭脳をフル動員したところで、誰か特定の人を示したECを流す放送ではないか、という疑念を晴らすことはできなかった。
その晩。
蒲団の上で今日の出来事を反芻していた。
考えれば考えるほどに、よく解らなくなってきたからだ。
ECの示すとおりに事件は起きた。いや、実際に起きたのはアーケードの屋根が落ちてきただけで、ダンプの信号無視は事故にはなっていない。マコトの言うとおり偶然なのかもしれない。
PNにしたってそうだ。共通してそこにいたのは、オレだろ。マコト、会長、そして浅間の四人だ。それ以外にも周りには人がいたが、まったく特定できなかった。
あいつのすごいところは、自分で出した推測を確実な事実を見つけるまで、客観的に見ていて、それに対して平気で反論できるところだ。
オレも真似てみることにした。
ECは誰かをターゲットにした情報ではなく、ただ単に事故を予測していただけのこと──つまり占いと同じレベル。
「まてよ……」
蒲団の上で仰向けになり、目をつむっていたら、別の考えが浮かんできた。
アーケードもダンプも回避させたのはオレだ。もしオレがいなかったらマコトや会長はどうなっていた?
オレとマコトはECを知ってあそこへ出向いた。知らなければ事故に遭うのは会長一人。ダンプの場合は……浅間か?
どうしてもPN番号が引っ掛かる。
なぜ個人を特定する必要があるのだろう。歴史的に重要性のある人だけに付けられた番号だとしたら───。
ターゲットは絞れないが、マコトではない、と否定できなくなってきた。
今日の四人で重要性のある人物と言えば───。
クローラーが神社周辺に集結している事実と、マコトが未来を変えるという話を照らし合わせて、ざわっと両腕が粟立った。
急がないと、何かとんでもないことが起きそうだ。
やはりPN253480はマコトの可能性が高い。とにかくこれを集中して調べていれば、いつか特定できる。
いても経ってもいられなくなり、パソコンを起動させた。
そう。ブロードキャストをもっと拾ってみようと思い立ったのだ。
偶然見つけたPN253480を連呼していた周波数やセッティングデータはパソコンが記憶していて、自動的に繋いでくれるが、放送時間が異なるからだろう、いくら待っても耳障りなノイズだけだった。
「うーん。どうしよ……」
ごちゃごちゃ触っていてこの波長からズレたら元も子もない。ここは触らず、徹夜覚悟で聞いていれば受信するだろう。
しばらくそのままにして蒲団に仰向けに寝転がる。早寝早起きを繰り返す生活なので、深夜は辛い。といってもまだ午後十時を回ったとこなのに───。
気付くと女の人の声で目覚めた。
ガバッと跳ね起きる。そう、コマメと呼ばれるパーソナリティの声だったからだ。
時間は午後十一時十三分。相も変わらず中途半端な時刻だ。
『………と言うことで……PN253480さんはバスに乗っていて………運転手さんと共に死………の予定です。皆さんは静観してくださいね。ECは………』
しまった。眠っていた。おかげで会話を何ヵ所か聞き逃した。それでも机に飛びつき、ECをメモる。
告げられたキーワードは部分的にしか聞き取れなかったが、繋ぎ合わせると、バスに乗っていたPNなる人物が運転手と共に死……。
急いでスマホを取り出し、ECを計算させると。二日後の午前十時二十五分。場所は北山町駅から少し離れた路上と出た。
とんでもない時間予報を聞いてしまった。目の前に闇が広がり恐怖が襲う。
「マコト………」
喉がカラカラに渇いていた。オレはこのPNがマコトだと推理したんだ。
ウソだろ………。
外れてくれ。でないと、この時間予報ははマコトの死を暗示することになる。
運良く俺の推理が外れて、PNなる人物がマコトではないとしても、知ってしまった以上黙って見過ごすことはできない。何とかしなければ………
あの辺りはバスが網の目みたいに走っているが、駅まで行って路線図を見ればECの示す場所を通るバスは簡単に限定できる。
二日後にバス事故が起きる……。
思い起こすだけで背筋が寒くなった。
未来を知るということの重圧さに呼吸ですら苦しくさえ感じ、すんなり眠りに入ることはできない。目はつむっていたが、モンモンと思考を巡らせていた。
クローラーたちはよく平気でいられるな。
『賞金稼ぎでしのぐ輩ね』『正しい未来なんて無いのが現状』
次々とカリンの言ったセリフが甦ってくる。
リーパーって、どんな世界なんだ………。今度連中と会ったらゆっくりと話を聞いてみよう……。
と想起した時だった。
「あっ! もしや!」
今日、カリンは、なぜ二日後にと宣言めいたことを言ったのか。
結婚式が終わった後でもいいはずなのに、夕方、帰宅するオレを階段の上から箒を振って見送っていた。あの態度は絶対におかしい。
やはり──。
アイツらはこのことを知っている。
だからその後(あと)に話を聞くと言ったんだ。
では──。
カリンたちも放送を聴いて?
いやそれはない。あいつらはオレがこの放送を聞くよりも以前に言っていた。
二人はそれなりに詳しい説明をするのに、なぜオレにはこのことを教えてくれないのだろう。敵か味方か……。
再び疑心暗鬼に陥り、結局、いくら経っても眠ることはできなかった。
次の日。
ECの示す路線を探りに夕方の稽古をサボって駅まで行って来たが、首を捻る結果になった。
そこを通るバスが無かったのだ。
「どういうことだよ………」
ECもPNも何もかもデタラメだったと結論付けたい気分と重なり、充実した睡眠を取ることができないまま、ついにバス事故の起きる朝がやって来た。
寝ていたのか起きていたのか、頭の中は混乱したままなのに、朝の空気を吸い竹刀を握るとしゃきっとするのは、根っからの剣道バカなんだと自覚しつつ七海神社の境内を目指す。
オレより必ず先に神社へ到着して黙々と素振りをする中村くんの背中越しに、女子部員を集めて箒の柄で打ち込みの模範を見せるカリンを見つけた。
あの綺麗なフォームは付け焼き刃(つけやきば)ではない。長い鍛錬を重ねたものだ。カリンの中に溶け込んだどちらかの意識が習得したのか?
それはもちろん室町のほうだろな。平成のカリンだとは到底思えない。
この場合、精神は肉体を制する、という言葉は使えるのか?
意識が二つ……のほうが意味わからん。
重くなる頭を振って今の思いを払拭する。ここ数日、思考が乱れてどうしようもない。こんなことでは無心の中村くんに打たれてしまうな。躊躇は禁物。とにかく今は稽古だ。
連休中の部活は自由参加にしたのだが、家族と旅行へ行くと言っていた数人を除いて、さぼるヤツがいないのは、カリンの巫女装束とクールで寡黙的な中村くんのおかげだと思われる。でもそろそろ一年坊主は疲れた顔を見せ始めていた。
「あー。今日も稽古、あしたも稽古。しんどいよな、山本……」
「だなぁ。岩井んとこはネズミの遊園地へ行ったらしいぜ、いいよな~」
と溜息を吐(は)く広川。
「こんな辛いことを続けてて、なんかいいことあるんすか、主将?」
振っていた竹刀の先を下げた広川は、半身だけを振り返らせてオレに尋ねてきた。
誰もが浮かべる疑問だな。
「簡単に言うとな、敵に勝つ前に『己に勝つ』だな」と言ってやると、横から珍しく中村くんが、
「死と対峙し続けるのが剣道」
自分に言い聞かせるかのような重い言葉を綴った。
「副将ぉ。今は戦国時代じゃないっすよー」
渋そうな眼差しを中村くんに向ける山本へ言ってやる。
「まだまだオマエはガキだな」
「かーウケるー。オレと主将だって二年しか離れてないっすよ」
コイツは言葉遣いから叩き直さなければいけないな。
「いいか。人間はだらけた生活でも、規則正しい生活でも毎日繰り返すと、どっちでも馴染むモンだ。オマエらならどっちがいい?」
「そりゃ。規則正しいほうですよ」と広川が言い。
「オレは………よく解らない」と答えたのは山本。
「よく解らないでいい。オレだってよく解ってない。でもな山本……、楽を選ばないほうが精神的に強くなれる」
「それっすよ、主将。精神って何すか? 見えないし触(さわ)れないし……」
「それこそが『己に勝つ』ために必要なモンじゃないか。精神力が強いヤツほど楽するほうを選んでいない」
オレの話を聞いていた連中が、黙々とすり足と共に素振りを繰り返している中村くんの後ろ姿へ視線をゆっくりと移動させ、咳払いと共に稽古に戻った。
「よく解らないけど、『己に勝つ』だよな、広川」
「だなぁ。よし、オレもっかいオカズ回って来るぜ」
はは………。最初はそれでいい。いつかは気付く。
☆ ☆ ☆
「午後からも自由参加だからな」
と部員に告げ、
「それじゃ解散!」
全員が弛緩した吐息と共に散っていったのが午前九時ちょっと過ぎ。オレの足はバス停へ向かっていた。
ECが示す場所へいち早く行くには、一旦駅までバスで行って徒歩で行くしかないため、少しでも時間が欲しかった。
それとマコトには絶対にこの日だけはバスに乗るな、と念を押してやったので、外出はしていないはずだ。もっとも昼からミコトを連れてイチゴ狩りへ行くようだが、駅方向へバスに乗ることは無いと、笑って宣言していたので、今回の件はどうやらオレの杞憂(きゆう)となりそうだ。でもだからと言って、スルーするわけにはいかない。PNが誰なのか確認する必要はある。
神社から県道に出て、しばらく行った先を右に折れる。遠くにバス停が見えてきた辺りで、後ろから排気音も高らかにこれから乗るべきバスがやって来た。
これに乗り遅れると、二十分待ちで、ECの指定時間に間に合わなくなる。
「そりゃぁ!」
気合と共に全力疾走で駆け抜けるオレの脇をバスが追い越して行った。
バックミラーで確認してくれたらしく、いつもより速度を落として停留所へ近づき停車。とうに発車してもいい時刻なのだが、いつまでもドアを開けて待っていた。
「すみません。助かります!」
乗降口のステップを足で打ち鳴らして飛び込み、前に向かって礼を述べる。
それに対する返事のように、クラクションを二回鳴らしてバスが走り出した。
人の良い運転手でよかった。安穏とした気分で何度も深呼吸をする。部活で走り込んでいるので、今の全力疾走は何の障害にもならなかったのだが──オレは大きく息を飲んだ。
「剣豪くん……」
「マコト!」
震えそうになる声を押し殺す。
「オマエ……ミコトとイチゴ狩りに行くんじゃなかったのか?」
なぜコイツがバスに乗ってんだ。
「ああ。お父さんの都合で午後出発が午前に早まったんだ。それで僕も一緒に車に乗せてもらってイチゴ園へ行ったら、ミコトの友達がたくさん来てて、手持無沙汰になったんで、そこのバス停から乗って帰って来ちゃった」
「だったらそのまま家でじっとしてりゃいいだろ」
「こんなに天気がいいのに、電材屋さんへ行かないなんて考えられないよ」
晴天だからと言う理由で電気屋へ行くヤツのほうが数少ないぞ。
とにかく今日はバスと駅周辺にはマコトを近づけたくはないのだ。
運転席とは反対側の前から三列目に座るマコトに歩み寄る。
「すぐ帰ろう!」
ヤツは血相を変えるオレに驚き、
「どうしたの剣豪くん?」
「どうもこうも無い。とにかくすぐに下りるんだ」
動き出したバスの揺れに足を踏ん張り、座席の肩を握り締める。
「降りるって、僕は次の停留所で降りるつもりだよ。剣豪くんはどこへ行くの?」
おかしい。ECの示す場所はこのバスの路線ではなかったし、時間も予定よりだいぶ早い。
「電材屋以外へはどこも行くなよ」
それとなく念を押すと、
「頼んでおいたエレメントが入荷したんだ。すぐにとんぼ返りしたいね」
「そうか………」
ヤツのことだ。部品を手に入れたらすぐに帰って組み立てるはずだ。ECとかけ離れた場所と時間を往復するだけだ。となるとやはりPNはマコトではない。
………オレの杞憂なのか?
しかしまだ解らない。帰り際に何かが起きて真っ直ぐ帰宅しないかもしれない。最後まで監視しなければならないが、そうするとECで事故は起き、運転手とPN番号の人間が死ぬ。オレの説を実証するにはその時に近くにいて、なおかつ事故を防ぐことだ。
仕方が無い、とても危険な事だが打ち明けよう。
「マコト、聞いてくれ」
「なに?」
「部品を買うのは帰りにして、オレと付き合ってくれないか」
「どうしたのさ。もしかして何かのブロードキャストを聞いたの?」
察しのいいマコトに静かにうなずき、すべてを打ち明けた。
「そういうことか。解ったよ。まずECの示す場所へ急ごう」
やっぱりそうなったか。
好奇心旺盛なヤツだから、こう言い出すのをもっとも懸念していたんだ。
「お前は家にいてほしい。PNがもしお前だったら自らの身を危険に晒すことになる」
しかし続くセリフを聞いて幾分肩の力を抜いた。
「PNが剣豪くんだったらどーすんの。だから互いに約束しようよ」
「約束……?」
「そのバスには乗らないこと。外から静観すること。それから………」
マコトはじっとオレの目の奥を覗き込んでこう言った。
「事故を防ごうなんて思わないこと」
「えっ!」
言葉が無い。
「ECは時間規則なんだ。事故を防ぐとその人の未来だけでなく、連鎖して広範囲の未来まで変わっちゃうからね」
「………………………」
言葉だけなく息まで呑み込んだ。
さっきまでのオレと真逆のことをマコトは言う。
オレはPNがマコトだと思っていたから、こいつを助けることばかり考えていた。こいつは助けてはいけないと言う。
オレは力強く否定する。
「見過ごせない。もしPNがお前だったらどうすんだ」
「それが運命ならそれでいい」
「なっ!」
冷然と言い放つマコトの目は真剣だった。
「そんなことできるか!」
つい大声で喚いてしまった。
「死人が出ると分かっていて見過ごせだと!」
「そうさ。それが時間規則なら守らなきゃ」
「バカ野郎。賛同できんぞ!」
その時だった──、
「そこの人、うるさいわよ!」
強い口調でマコトに迫るオレの肩越しから、聞いたことのある硬質な声が渡った。
「バスは公共のものです。静かになさい!」
斜め後ろの座席で、流れ去る車窓の外を眺めていた女子高生が首をこちらに捻り、白い顔を向けていた。
「浅間───!」
それはまぎれもなくクラス委員長の浅間絵里だった。
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