アカネ・パラドックス

雲黒斎草菜

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【第三章】追 跡

  奇妙な町  

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 俺たちが転送されたのは埃っぽい町外れの道路脇だった。
 埃っぽいという以外に何も無い。時おり砂塵を巻き上げて乾いた風が通り抜けていく足元に、名も知らぬ植物がまばらに生えている程度。あとは荒涼とした山を背景にした小さな町があるだけだ。

 ハゲ山だ……。
 意外とハゲには反応してしまうのである。

「なんだぁ?」
 転送信号の真緑の光がまだ薄っすらと残る空間を通して、はるか彼方から激しい砂埃が長い尾を引き摺って、こちらに向かって疾走して来る。

 それは見る見る近づき、突風にも似た勢いで迫ると、車輪の音をガラガラとうるさげに鳴らして目の前を通過して行った。
 砂煙と耳障りな音を撒き散らして通り過ぎたのは馬車だ。まだ内燃機関を持つ乗り物が発明されていないと優衣が言っていたとおりで、動物が車輪の付いた客室を引っ張る乗り合いのモノなのだが、茜の瞳が異様に膨らむのは、その手綱で操られる動物が摩訶不思議な生き物だったからだ。

 鼻の長い馬、あるいはスマートな象というか、それでいて首が長いし、白馬のクセに目と足の周りだけが黒い毛に覆われた生き物。何だか動物園でよく見る動物をぐちゃっとひと握りして丸めたようなとぼけた進化を経た動物が二頭繋がっていた。

 そいつがもうもうたる砂煙を上げて、速度を落とすことも無く目の前を通過する様子を俺たちは列車に乗り遅れた間抜けな旅人みたいな顔をして見送っていた。


 しばらくバカみたに大口を開けて見遣っていると、
「げほ、げほ。何よこの砂ぼこり」
 風に乗って猛烈な砂煙が俺たちを襲ってきた。

 玲子は口と鼻を手で覆って舞い上がる先を迷惑げに睨みつけ、茜は不安に揺らぐ小さな声で俺に訴える。
「コマンらぁー。何だかとっても嫌なことが起きそうれす」

「何を弱気になってんだ。まだ一歩も入ってねえよ」
 肩に舞い落ちる土埃(つちぼこり)を手で払いながら、町の入り口まで歩み。そして石造りのアーチを見上げる。

「………………」

 何かの文字がそこに書かれていた。
 町の入り口を左右に横断するアーチの中央。そこにでかでかと彫られた文字。往々にしてそれは町の名前だと思うが、俺たちの知らない文字だった。

 そんなことは当たり前で、ここはアルトオーネから遠く離れたとある惑星の、とある町なのだから。

「シロタマでも連れてくればよかったな」
「なによ。あたしたちでは心細いとでも言うの?」
「違うよ。こういう未知の文字だとかコミュニケーションはあいつが得意だろ」

「大丈夫よ。コミュニケーターもあるし。ユイやアカネがいるじゃない」

 コミュニケーターというのは管理者が作った万能翻訳機で、およそこの銀河で通訳ができない種族はいない、と豪語できる優れた装置だ。それをシロタマが開発元の許可無く勝手に複製した物だ。

「あのね。気の弱いこと言わないで。あたしたちはこの銀河を守るための特殊危険課なのよ。そのためには何をしたって許されるの」
 そのムチャクチャな倫理観はどこから湧いてくるのだろう。敬服するぜ。

「あなたたちなら読めるでしょ。この町は何て言うの?」
 茜は潤んだ黒い瞳で見上げるものの、首をかしげていたが、優衣は見上げるなりさっと目を逸らして唇の端を緩く噛んだ。

「町の名前ではありません……うふふ」

 辛くてそうしたのではなく、笑いを堪えようとした仕草だった。
 それは見事に玲子の仕草を学習しており、ここ何日かでますます色っぽさに研きがかかってきた。
 ちなみに茜は全然、まったくである。

 目を細めて目映(まばゆ)い姿を見つめ、もう一度訊く。
「笑ってないで教えてくれ。何て書いてあるんだ?」
「あの……」
 優衣は転がっていた小石に視線を落として、
「おしっこはトイレでしましよう、って書かれています」
 そして恥ずかしげに何度か瞬いた。

「「うそ!」」
 俺と玲子が同時に声をそろえた。アーチのてっぺんに書かれた絵文字みたいな幾何学模様をもう一度注視する。
「アーチ状にした立派な門柱だぞ。普通は町の名前だろう。そんな言葉をわざわざ彫るか?」

「うそでしょ……」
「でも確かにそう書かれてますよ」

 再び茜が怯えた目を俺に向け、
「何だか嫌な予感がしますよ、コマンダー」
「俺もそんな気がして来た」
 強く否定できなくなった。

「絶対おかしいぜ。何なんだこの星」
「おしっこをして歩き回るんだから、きっと犬の惑星だわ。ポチちゃんの故郷じゃない。よかったわね、帰れて」

「俺の故郷はアルトオーネだ! だいたい犬の惑星など無い!」

「宇宙は広いのよ。そんな種族がいてもおかしくないわよ」
「ばかな……」
 いつまでもアーチを見上げて固まる俺の横顔に胡乱な視線が当てられていることに気付き、背筋を伸ばす。
「変な想像するな、アカネ。イヌの星など無いからな」
 取り繕うように彼女の背を押して先へ進むことにした。



 町への道すがら、前を行く玲子と優衣を見て思う。
 二人はそろってビリジアン色のスーツとタイトなミニスカート、つまり秘書課の制服姿。優衣は玲子にリスペクトを表して真似た黒髪ストレートロング。玲子はキレイに丸めあげて高級そうな髪飾りでまとめたダンゴ風スタイル。
 に比べて、茜は銀髪ショートヘア。衣服は体操着のジャージみたいな物を着込んでいる。サイズも大きめでダブダブとした感じが気の毒と言えば気の毒だ。

「わたしも銀龍のお茶係として就職したのにぃ。制服が欲しいです」

 羨ましそうに優衣の袖を引っ張って、平たくした口を見せる茜をなぐさめる。
「給湯係程度だとその作業着ぐらいしかないぜ。うちの会社は世界一ケチったれてるからな」

 茜も優衣の異時間同一体なので身体つきはコピーされたように一致する。小柄ながらもみごとなプロポーションなのだから、それなりのものを着せてやれば見栄えもするのだが、
「あのケチらハゲがくれるはずねえよな」
 これが現実なのさ。

「この町に洋品店があったら買ってあげるわよ」
 世話好きな玲子の言いそうなことだが、
「アルトオーネの金なんか、ここでは使えねえぜ」
 ここは未知の星。俺たちの通貨が通じるわけがない。

「そうよね」
 そのあたりは理解しているらしい。
「でも、カードが使えるかもしれないわよ」
 と言って、ポケットから取り出して見せた。

「げぇーっ!」
 カラフルな色で塗り別けられたキラキラした薄いカード。

「レインボーカードだ……」
 込み上げる声を押し殺して、じっと見据える。
 社長だけでなくこいつも持っていたとは──。

 ゴールドカードよりも、ブラックよりもさらに上を行くレインボーカード。使える金額の上限が無い。社会的な地位もしっかりした名家、あるいは大企業の頂点に立つような者でないと認められない超お金持ちだけが持つことを許される幻のカード。これを使えば、大型タンカーだって買うことができる。
 まぁ。大型タンカーをポンと買うヤツはそういないと思うが。

 社長が持つのは知っていたが、こいつまでも……。
 生涯死ぬまで見ることは無いと思っていた超VIPカードを身近な二人が持っていたことに、強烈な無力感が湧いてきた。

 溜め息を漏らしながらつい声が出た。
「はぁぁーあ。俺の人生って何だろう」
 やけに虚しさが溢れてきた。

 そんな俺を無視して玲子は茜に言う。
「もし使えたら、これでなんか買ってあげるから辛抱してね」
 薄い笑いを含んだ表情で、茜は片目をつむって見せ、
「ありがとうございます。レイコさん。うれしいな」
 ちらりちらりと俺に視線を振りつつ頭を下げる。

 金銭に関する問題を俺に向けるんじゃねえよ。




 町に入った。
 茜の言ったとおり、「とても嫌な雰囲気」がする。
 管理者製のアンドロイドは予知能力もあるのかと思ったほどだ。
 一つだけ外れていたことがある。ここは犬の惑星ではなく、姿カタチは俺たちと遜色ないヒューマノイド型だったことで、俺は大いに安堵した。

「どの星系へ行ってもヒューマノイドはだいたいこのような形態になりますね。管理者もドゥウォーフ人ですが、ユウスケさんより背が低く小太りと言う部分を除けば何も変わりませんし」
 と優衣が説明するが──。
「やばいなぁ……」
 怖気つきそうな光景が広がっていた。

「とにかく入るわよ!」


 町は埃り臭く薄汚れ、とても紳士とは言えない男たちが大勢たむろする有様はどう見たって治安が良いとは言い難く、一種独特の暗い雰囲気が満ちていた。

 路上はゴミだらけ、建物はそこらじゅうに弾丸が打ち込まれた穴が開いており、その壁に寄りかかるように昼間から酒を飲むヤカラや、やることもなく道端に座り込む若者もいた。
 そしてどの男たちも腰に拳銃をぶら下げており、どう見ても無法者の溜まり場だ。

「そのカード……。使えそうにないな」
 玲子も俺の声にうなずきながら振り返り、茜に片目をつむる。
「ごめんね」
 愛想笑いを返す茜の瞳は少し落胆色。微笑んではいるが口を小さく尖らせていた。
 その表情、誰から学習したんだろ。
 意外と愛らしい面持ちに目を細めた。



「保安官事務所はどこだろ?」
 何かあった時には逃げ込まなきゃいけないから、用心に越したことはない。
 だが俺の不安が再燃する。
 それらしい建物があるのだが──ぶっ潰されていた。
 派手に拳銃を撃ち込まれ。窓ガラスは全損。ドアは半分吹き飛び風に揺らいでいる。

「あ。コマンダー。見てくださぁい面白いですよ。あそこのマーケット、空っぽですー。何を販売するのでしょうね?」
「ば……ばかやろ。あれは強奪されたんだ。売りもんを力づくで持って行かれたんだよ」
「お金をお支払いせずに持ち帰るのですか? じゃカードが使えるんですよ、レイコさん」
 強奪ってのは……カード払いじゃねえし。

「あ、あの人面白い格好です」
 茜には珍しいものばかりなのだろう。視線の動きがあわただしい。
「見て見て。面白いファッションです」

 あぁ。めげそうだ。
「あれはファッションじゃねえよ」

 茜が指で示すのは、誰かに衣服をはぎ取られ、麻袋に穴を開けてそれに体を通した男が道端に転がされていた。
「あれは博打に負けて、身ぐるみ取られたクチね」
 セレブのお嬢様が口に出すセリフじゃないな。

「あー。あれはなんですかあ?」
「アカネ。離れるな」
 こいつには恐怖心と言うものがまだ確実に学習されていないのかもしれない。平気ではしゃぐのが、余計に俺がビクつく原因でもある。


 そうこうしているうちに、俺たちは通りの中ほどまでやって来た。気づくと、いつの間にか玲子を中心に女三人が俺の前で壁を作り、その後ろを俺が歩くという、何だかみっともない隊列になっていた。それがこの町の野郎どもには好奇に映ったらしく、
「こいつ女を盾にして歩いてやがるぜ! 根性のねえクソ野郎だ」
 蔑(さげす)む声が聞こえてきたら、そりゃ、むっとなるもんで、

「誰だ今言った野郎は!」
 俺だって好きでこうなったのではない。先頭を行くオンナが常に出しゃばるから、自然とこういう態勢になるだけの話だ。

「あなたね。文句を言いたいのなら前に出なさいよ」
 口をひん曲げて振り返る玲子を睨み付ける。
「ばかやろ。あんな怖そうな連中を相手するほど俺は間抜けではない」
 と告げたにもかかわらず、それを聞いた茜が大声を出した。

「わたしのコマンダーをバカにする人は誰ですかぁ? 文句を垂れるのなら前に出て言いなさい!」
「だぁぁぁ! 火に油を注ぐようなこと言うんじゃない!」


「オマエらどこから来たんだ? 綺麗なオネエチャンはべらかせてよ。一人でいいから分けてくれねえか?」
 ほら来たよー。こういうヤカラ……ヤダなぁ。
 だってこのヒゲ面らのオッサン、冗談で言っている顔じゃねえもん。

「役に立たない男なら譲るわよ」
 玲子もいちいち、反応するんじゃない。

「へっ。この男はお前の家来なのか。どうりでしけた野郎だと思ったぜ」
 すげえ低音の声で俺を一瞥し、オッサンはゆっくりと玲子のミニから伸びる綺麗なおみ足を散々拝み倒してから、
「いーオンナだねぇ。どうだい、オレを用心棒として雇わねえか。この町じゃぁ女の一人歩きは危険だぜ」
 再び視線を俺に戻して、顎でしゃくって笑いやがった。
「役に立ちそうもねえだろ、コイツ」


「あいにくさま。わたしたち三人歩きですわ」
「なら、オレを雇いな。断然役に立つぜ」
「奴隷なら間に合っています」
 きっぱり言い切る玲子だが、そんな冷ややかな言い方だと余計にまずいだろ。というより俺は奴隷なのか?

「なんだとこのオンナ!」
 ほーら怒ったよー。知ーらね。

 玲子たちは無視して進むもんだから、
「待ちやがれ!」
 頑強そうな体格。ごつごつした骨格のでかい顔をしたひげ面の男がおもむろに腰の銃を抜くと三人の行く手を遮った。

「あ、あぶねえぇ!」
 思わず叫んだ。ただ、この場合は条件反射と言う。

「あなたねぇ。どっちの味方なの?」
 クマみたいなオッサンの腕をひねり上げて、玲子が振り返る。
「あはは。いちおうお前」

「痛てててててて」
 苦痛に顔を歪めて地面に崩れる、オッサン。
 突き付けてきた銃は目にも止まらぬ早さで蹴り落され、茜のブーツの下敷きとなっていた。

「あたしに押さえ付けられるなんて用心棒の資格がないわ。却下よ! おととい来なさい」
 玲子は冷たく吐き捨て、男を突き飛ばした。

 俺にも経験があるのだが、男は瞬間何が起きたのか解っていない様子で地面に片膝を突いてしばらく唖然としていた。
 しかし侮蔑に憤怒するのは誰しも同じで、
「こ、この野郎っ!」
 鬼の形相で力強く立ち上がると、風を切るように腕を伸ばした。
 玲子は怯みもせずにそいつの勢いをしゅらりとかわすと、膝の間に片足を突っ込んで、すくうような仕草をした。

「ぐはぁっ!」
 男は地響きを上げて仰向けにひっくり返されていた。

 にしても成人男性を片足一本で芋虫みたいに裏返すその技の見事なこと。合気道かな?
 武道に疎い俺には何だかよく解らないが、懲りずに再度ひげ面の男が立ち上がるその前に、粒子加速銃の先っちょが突き付けられた。

「ワタシたちに用心棒は必要ありません。危険なことがあれば、ユウスケさんが身を挺して守ってくれます」
 ないない、無い。ありましぇーん。
 首が千切れるほど振って否定する俺の前で、男は銃口を睨んだまま凝然として突っ立っていた。

「はれ?」
 一変する空気に戸惑った。
「どうしたんだ?」
 男はまたまた地面にへたり込み、ゆっくりと両腕を掲げて降参のポーズ。力いっぱい上体を退け反らして逃れようとするのに、優衣は容赦なく奴の鼻先に銃口をぐいと突き付けた。

 真顔になった男は半身を逸らし、苦悩の表情で祈るように言う。
「じょ……冗談だろ。その銃。な? まさかだよな?」
「あなた、この銃が何か知ってるの?」と訊く玲子に、
「りゅ……粒子加速銃だ!」
 両手を上げ、目をむいて震えあがるオッサン。

「へー知ってんだ」
 こっちは気軽なもんさ。その怖さがまだ身に滲みていないからな。

 オッサンは尻を地面に落としたまま、真剣な眼差しで俺に救済を求めた。
「ニセモノだろう? なぁ、にいさん」
 しけた野郎から、さん付けに変わった。
 男が強く懇願するのにもかかわらず、優衣は黙って起動ボタンを押した。鼻先を指していた銃口を額に移動してトリガーに指をかける。

「うっひゃぁぁぁ───っ!」
 絶叫を残して四つん這いのままオッサンは建物の影へと逃げ込んだ。


 俺は一抹の疑問を浮かべた。無許可で拵えたと優衣は言っていたが──何であんなに慌てるんだろう?
 岩盤を砕いたり、凍結した湖面を一瞬で融解させたりしたのを目の当たりにはしたが、いまいちよく理解していないのが本音さ。
「その銃、そんなに有名なのか?」
「え? ええ。そうですね。知る人は割といますね」
 優衣は起動を中断させられた銃口をゆっくりと下げつつ、言いにくそうに口ごもったのである。

 よく解らないけど……暗澹たる気分は当分消えないのさ。
  
  
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