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【第三章】追 跡
起動された自爆シーケンス
しおりを挟む「未来の技術だとっ!」
言葉を呑み込み、真っ赤に燃える双眸を見開いた楓は、動揺を抑え切れず声を荒げた。
「くだらないウソを吐くな! お前の体をスキャンしたが、毛髪システム以外に目新しいデバイスは皆無だったぞ」
「ウソじゃ無いわ。ワタシは茜の未来の姿なの。クオリアポッドだってちゃんと装着されいます。ただ……」
「ただ、なんだ?」
「この筐体には新しいデバイスがたくさん追加されています。中でも時間跳躍のDTSDは最重要機密部品です。外からスキャンできないように個々にプロテクトも掛けられるし、もちろん外すこともね」
「ちょ、ちょっと待て! 時間跳躍とは何だ? 150年未来の頭髪技術だと? お……オマエはいったい誰なんだ?」
楓は指先をブルブルと震わせて、優衣は楽しげに口元をほころばす。
いよいよこちらの反撃の時が来たようだ。種明かしをすると言った十数分前の優衣の言葉がリフレインする。
「出てきていいわよ」
人の気配を感じて、楓と釣られて俺もコンソールパネルの奥へと視線を滑らせる。
「カエデさん。ワタシは450年未来から来たのよ」
「ゆ……ユイ!」
楓は痺れたような声になり、現れた人物は銀髪の優衣と同じ声色を放つ黒髪の優衣だった。
「こ……こいつもユイだ!」
楓は同じ言葉を発するが、視線は今登場した黒髪の優衣と銀髪の優衣との間を行き来している。
「ど、どういうことだ。ユイが二人……」
「ビックリしないでね。こういう現象はあまり馴染みがないでしょうから教えてあげるわ。異時間同一体が同じ時間域に存在したわけよ」
一歩後ずさりをしながら、銀髪の優衣と向き合い、
「じゅ……重複存在か!」
「そう。さすが優秀だわ。Gシリーズさん」と今度は黒髪の優衣。
「本気で未来から来たと言うのか? いやしかし、時間跳躍などあり得ない」
「それからね。もっとビックリさせてあげるわ」
「な、なんだ……」
楓はさらに一歩退きつつ、驚愕に震える喉を鳴らした。
「アカネも異時間同一体なのよ。ただし過去体だけどね」
銀髪の優衣が歩み寄り、黒髪の優衣の肩に手を添えた。
「「みんな全部がワタシなのよ」」
二人同時にユニゾンで応えると、右側に立った優衣の銀髪が黒髪に入れ替った。まるで鏡に映した優衣だ。完璧な同一体が並んだ。
だがそれに噛みつく楓。
「アカネが過去体だと? ウソを吐けっ! 異時間同一体が重複存在状態で平然と接し合えるか、相手の記憶と自分の記憶が同じものなのだぞ。何かするたびにその反動が過去から未来に伝わり自分の記憶が侵されるのだ。そんな状態で正しい行動が取れるものか。この大ウソ吐きめ。ワタシを騙して混乱させようとしても無駄だ! Gシリーズの処理能力を舐めるなよ!」
焦燥めいた楓の言葉から、彼女の表情が手に取るように見えた。確実にいま恐怖に慄(おのの)いている。
「アンドロイドが吐けないのは悪意のあるウソだけです。そうでしょカエデさん?」
「オマエは……何を探りに来たんだ!」
一気に上位に立った優衣は悠然と応え、楓は冷静さを失いつつある自分を必死に隠そうとしていた。
二人の優衣が前に歩み出る。
「すごいわ。ほんとうに生命体と同じね。Gシリーズは完璧だと称賛してあげる」
「どういう意味よ!」
ぶわっ、と瞬時に魔獣と化した楓は尊大に構えるが、右の優衣が冷ややかな笑みと共に追い打ちをかける。
「ね。いま怯えているでしょ。それってまるで生命体そのものだもの」
「なんだと?」
「アナタはワタシを犯罪の捜査官か何かと思ってない?」
「だとしたら、何だというのだ」
「それはどこか後ろめたく思う後悔が恐怖に変わったもの。たぶん犯罪に対する罪の意識がどこかにあるからでしょうね。よかったわ。全てが悪魔に成りかわったんじゃなくて」
「う……うるさい! 私は神になりうる者だ。それが怯えたりするものか!」
楓は一歩踏み出して、ぶんっ、と腕で宙を薙ぎ払い二人の優衣を威嚇するが、優衣たちは一歩も引かず胸を張った。
「ワタシはアーキビスト。犯罪捜査官などというレベルのものじゃないの」
と右の優衣が言い。続いて左が継ぐ。
「ワタシとアカネは450年という時の流れで繋がった同一体です。これを時間のパスで繋がると言うの。アナタはその意味に気付いていない。つまりカエデさん……ワタシは450年も前からアナタの存在を察知していたのよ。どんな行動を取るか、何を言い出すか、すべて……ね」
瞬間。楓の肌の色が足元から頭の先に向かって、七色の電飾みたいに変化して流れ過ぎた。
「そうか。記憶を媒体にしてアカネの見て来たことはオマエに伝わる……さっきあたしが自分で言った言葉だわ」
悔しげに唇を噛んだ楓は、左右の優衣を睨みながらしばらくの黙考のあと、ついと顎を上げた。
「また私を騙そうとしたな!」
でかい声で深閑とした空間を掻き乱し、鼻を鳴らした。
「ふんっ! 時間のパスで繋がっていようがいまいが、オマエがアカネと離れている時はその予知能力は使えまい。いや、予知ではない。経験なのだ。アカネが経験していないことはオマエの頭に残るはずが無いのだ。つまりだ。今のオマエには何も見えていない」
「そうよ。誰だって未来は解らないものよ。そのため色々と用心するでしょ。エンジンと光子魚雷の無効化もその一つです」
「それが何だ。何の影響にもならんワ」
憤怒に歪む形相で楓は優衣を睨み、右の優衣が煌いた瞳でミカンを見つめた。
「ミカンちゃん。ユウスケさんを解放してくれる?」
陶器のように艶のある顔をうなずかせると、ミカンは俺の脇からディスプレイを出現させて電磁シールドを消し去った。
「ミカン! 誰の命令を聞いているんだ!」
ボディを殴りつけようとした楓の腕を左の優衣が払う。激しい音がして火花が散った。
「くぅ。じゃまだてする気か!」
「します。ミカンちゃんの隠された能力を守るためにね」
驚愕の目で左の優衣を睨みつける楓。
「ミカンの隠された能力だと? そんなオートマタにも劣る木偶の坊に隠された能力などない!」
「そ。あなたはそれを知らずに乱暴に扱ってきた。だからシロタマさんの手も借りて、ミカンちゃんをワタシの制御下に移したの」
「……………………」
優衣を睥睨したまま、ついに楓が黙り込んだ。
「さて……種明かしも済んだし。ワタシは未来に帰るわね」
言うが早いか、閃光と共に俺たちの前から左側にいた優衣が消えた。
「元の時間域に戻ってもらったわ。あまり長い期間、同一体がうろつくとあなた混乱するでしょ」
そのとおりだ。こうなっては俺でさえもどっちが未来体なのか判別がつかん。その気持ちは楓も同様で、
「さっきのユイは未来体と言ったな。どれぐらい未来から来たのだ?」
探るような楓の質問に優衣は冷徹に答える。
「それは言えない。時間規則に反するもの」
え?
俺には三日先って告っていたが。
「ふははははは。やせ我慢はそれぐらいにしろ!」
楓は睨んだ視線を優衣から外さずに体を震わせた。再び赤黒く変身した姿は魔獣が突進する前のように、やけに自信に溢れていた。
「ユイ。オマエは喋り過ぎたな。ぐわははは!」
楓は反り返って哄笑し、ミカンは隙を狙って俺の脇へにじり寄り、キュッとひと鳴きした。
「ミカン……」
小さく丸めた目で救命を哀願する愛らしい姿に胸が軋み、猛烈な庇護欲に突き動かされた。
「よし、俺の後ろで隠れていたらいい!」
背中でミカンを隠し、俺は勝ち誇って囃し立てる。
「へっへー。ユイのほうが一手も二手も先が読めてんだ。お前こそ痩せ我慢をするな」
久しぶりに爽快だった。それは麻痺から解放され、自分の手足を実感したこともあり、優衣の有利さをも身に染みたからだ。
「あー。二本足で立つのってすばらしいぜ」
「愚か者めがっ!」
船内の壁をビリビリ響かせるほどの大音声で楓が吠えた。
「我は神なのだ。この関係を今はっきりとさせてやろう」
「なんだと! 潔く負けを認めろ!」
「未来体だと言ったが、オマエたちの未来などこの先で途絶えておる。たかだか数分先から我を動揺させるために来ただけに過ぎん!」
「あのなぁ。さっきのユイは三日先から来てんだ。あ……」
思わず洩らしてしまい、慌てて優衣へ視線を振るが、咎めることも無く静観していた。
「今ここで、オマエの言葉を我が覆えしてやろう」
「な、なんだよ。何でもやってみやがれ!」
「人間ふぜいが……」
楓は頂点に達した怒りを押し殺すように声を震わせると、宇宙船の天井に向かって言い放った。
「緊急自爆シーケンス起動! 認証コードG671、R45」
『自爆シーケンスは、最上級統括者の起動コードが必要です』
淡々とした女性の声がパネルから流れ、楓は男性の声に切り替える。
「プライオリティ、255。管理者承認コード5578」
低くてよく通る声だった。おそらくこの船に従事していた乗組員の声色を真似たのだろう。
『最上級プライオリティが承認されました。緊急自爆シーケンスが起動します』
システムがすんなりと承認してしまった。
『これは演習ではありません。緊急自爆シーケンスです。実行しますか?』
「自爆を実行しろ」
『船内に生命反応があります。自爆シーケンスは実行できません』
「かまわん実行せよ。管理者承認コード5578」
『実行シーケンス、オーバーライド。解除限界プロセスまで残り5分に設定されました。限界プロセスを超えますと自爆シーケンスを止めることはできません』
「ば、バカ。やっぱ狂ってるぜ。自分の船を破壊してどうすんだ」
「わはははははははははは。愚かなのはオマエらのほうだ!」
目を見開き、狂笑だけを残して赤黒く変身した楓は部屋の中央に銀龍が映る映像を出した。
「見ろ。ここで自爆すれば銀龍もその巻き添えになる」
「バーカ。それでお前ひとりここから脱出する気でいるんだろうが、そうは問屋が卸さなねえ。脱出ポッドはすでに優衣が捨てたんだ。これも先を読んでの事だぜ。さすが未来のアンドロイドはお前とはだいぶ高性能だな」
「それが何だ!」
楓はおぞましいほどに赤く燃える目で優衣を睥睨した。
「アカネを破壊すれば、このアンドロイドも消滅する。そうなるとオマエらとここで出会うこともなくなる。ぐぁははは。何が未来体だ。オマエらには未来など無い。解るか人間!」
厳(いか)めしい目つきのまま俺を射すくめる楓。びしっと優衣を指差して言い続ける。
「こいつがいくら小賢しい細工をしても、元を絶たてばすべて消滅して歴史が変わる。連鎖的にここでの事象も抹消され我は元に戻る! それが異時間同一体の悲しい定めなのだ。こんな簡単なことがオマエには理解できないのか!」
『解除限界プロセスまで残り4分です。限界プロセスを超えますと自爆シーケンスを止めることはできません』
楓は牙を剥き出しにした凄まじいまでの形相で、船に向かって叫んだ
「解除などする気は無い。即座に爆破シーケンスを進めるんだ」
『プロセスは解除限界シーケンスまでスキップされました。これ以降、自爆シーケンスを止めることはできません。自爆は5分後に実行されます』
「それでいい。さらばだ、ユイ! ぐわははははははは」
「あ、ほら見ろ。銀龍が離れて行く。シロタマが気づいたんだ」
「今ごろ動いても遅い!」
「何でだよぉ。危険を察知したから離れて行くんだろ?」
「ふははは。ユイとて万能ではない。さっきも言っただろ。アカネと離れたらこいつはただのアンドロイドだ。記憶の共有ができないため、まさかここで自爆シーケンスを発令されるとは思ってもいなかったはずだ」
楓は口の端を歪めて優衣の表情を窺った後、俺に視線を移動してこう言う。
「もう一つ、面白いことを教えてやろう人間。この船は反物質リアクターを暴走させて自爆するのだ。影響が出ない位置まで逃げ切るには、2光年以上は離れなければいけない。どうだ? 銀龍のイオンエンジンでちんたら遁走していたら数百年掛かるが、どうする?」
「まじかよ……」
「残念だったな。我のほうが読みが深かったな。ぐぁはははははははは」
楓の魔笑だけが船内を響き渡った。
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