アカネ・パラドックス

雲黒斎草菜

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【第三章】追 跡

  裏切りと欺き  

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「少々予定外ではありますが女王陛下。この者たちが先日お知らせしました献身者の3名でございます」

 それを聞いて、すかさず玲子が息巻いた。
「ちょっと待って! 献身って何さ!」

「我がクロネロア帝国、ついては女王陛下にご奉仕することである」

 てなことを言われたら、俺だって黙っていられない。
「何が奉仕だ! お前らのやってることは人身御供だ! 生贄(いけにえ)を集めてるだけじゃないか」

 女王は玲子と一緒に喚く俺を指差して一喝。
「司令官! そのうるさいのは何だ!」
「はっ、献身を希望したオス、いや男性でございます」
「だから生贄になんか誰がなるかっ!」

「うるさいっ!」
「うっ!」
 すんげー怖くて、睨まれた俺は一瞬で射竦(いすく)められたね。

 女王はすくっと直立し、突き刺すような目で俺を睥睨した。そりゃあおっかなかった。おとなしくしていたらえらく美人なのに、その化粧のせいか、鬼のような顔になっちまうもんだから、思わず息を飲んで石みたいにその場で固着した。

「うるさくすると……」
 女王は凄みを込めた目で俺を睨み、
「たたっ切るぞ!」
 副主任と同じ仕草、手刀で自分の首を切る真似をして見せた。

 ところがだ。
 言うだけ言うと、女王様は張りつめていた全身の筋肉をいっぺんに緩め、すとんと腰を椅子に落とし、つんとあらぬ方向へ目をやった。その弛緩した表情がすんげぇ可愛かった。化粧に似合わない幼げな顔立ちが、すべてを物語たった気がする。高慢な態度の裏側で見せた愛らしがたまらんかった。

「……いいじゃん」
 かわゆさに感動だ。ツンデレのギャップがとても心地よくキュンと胸を刺してきた。俺ってMだったんか、と今さらなのだが……再認識する。
 明日から俺がこの人の相手をするのか……。
 ふむ……悪くは……。

「どあぁ――――っぁ!」
 横を見て吃驚仰天(びっくりぎょうてん)さ。

「お……お前、テレパスだったのかよ!」
 つい訊いてしまったのは、玲子の目が三角形に吊り上がっていたからである。

 こっちの痴話げんかみたいな状況は城内の者には無関係で。
「それで司令官。この者たちの生体チェックは済んでおるのだろうな。以前のように半生命体ではシャレにならんぞ。私は生身の体でないと契(ちぎ)る気はない。この前の男はサイボーグ化されておったではないか」

 おいおい、今、『契る』って言ったぜ。言ったよな。生身で契るってな。
「うおほほほほ」

「こら、ハエ男!」
 横から玲子の突き刺すような声がした。

「何だよ?」
 うっかりハエ男で返事をしてしまったが、それはさておき、玲子は怖いことを言う。

「契るじゃない。『千切る』に決まってんでしょ。あなたは生贄なのよ。ほんとバカね」

「え?」とマジ顔に変え、
「ちょん切るの?」と訊く。
 玲子は恐ろし気な顔のままうなずきやがった。

「やっべぇぇ~」
 下腹部が猛烈に痛くなってきた。トイレ以外にたいして使い道の無いこの子が不憫だ。

 うぉぉぉぉ。玲子、やっぱ。テレパスかっ!。




「女王陛下。それに関してましては医療センターの副主任が担当でありまして」
 トパーズ色の目を俺の隣の隣、の隣へ移す。俺の隣は玲子で、その隣が優衣、で、その横というと……こらこら勝ってにうちの子に近づくんじゃねえぞ、副主任。

 女王陛下の横で直立しているのか片膝落としているのか、背が低い上に外套に包まれた状態ではよく分らないボロキレ野郎が、赤い目玉をぎろりとさせた。それは弐番か参番か。えっと誰だ?

「どうなんじゃ?」
 副主任は下げていた頭を持ち上げ、
「申し訳ありません。四番さま」

 四番かよ……。

「今回、ワタシは別件の仕事がありまして、それに関してましては弐番様に一任しております」
「そうか。でどうなんだ弐番?」

 祭壇の端っこでモゾモゾしていた別のボロキレ野郎が瞬間移動で女王の前に現れると、
「気の強い……もとい。威勢のいい女性とマイスター様に関しましては確実に生命反応が出ております」
 当たり前だ。今さらオマエはロボットだった、って言われても、俺が困るぜ。

「もう一人のオンナはどうしたんだ?」
「それが、例の空に浮かんでいるペットが……」
 祭壇の遥か上のドーム型の屋根の隅に張り付いたシロタマへ視線をやり、
「あやつが生体センサーの前をうろちょろしていまして、どうしてもしっかりとした反応が出ませんもので……たぶん生命体……いえいえ。こんな瑞々しく生き生きとしたアンドロイドはあり得ませぬ。いえ、これはセンサーの感度が悪い証拠。生命体に間違いありません。はい。ワタクシが保証いたします」

「ふんっ。オマエの保証など要らぬわ。で、どうなんだ医者の目から見て」
 女王陛下は副主任を睨める。
「は、はい。脈もありますゆえ生命体で間違いありません」

 お前らいつの間に手を握ったの?
 優衣は誰にも解らないように視線をわずかに振って否定した。

 七番のホラか。
 どいつもこいつも、いい加減で助かったぜ。

「まぁよい。私のマイスターが生命体なら後はどうでもよい。適当でよい」
 女王様もかなりいい加減だった。

「ちょっとぉ、何か腹立つわね」
 まーた。こっちの女王様がプリプリしだしたぜ。

「まだマイスターの意味を聞いて無いわ。裕輔をいったいどうする気よ」
「何だ、オマエは?」
「なんだじゃないわ。さんざん無視してくれて。裕輔には指一本触れさせないわよ」
 およ?

「オマエは何だと聞いている」

「あたしは特殊危険課のリーダーです。その手下(てした)なの、裕輔は」
「せめて部下と言えよ」

「特殊危険課とは何か? オマエらは契りあっておるのか?」
「ちぎ……。あーそうよ、千切りあってるわ」
 確かに。俺の髪の毛をだいぶ引き千切ったのはこの女だ。

 ここ笑うとこじゃねえぜ、優衣。マジだかんな。

「もう一人のオンナ。そうなのか?」
 今度は優衣を指差した。
「あ、はい。だいぶ意味合いは異なりますが、お二人がお付き合いをしていることに間違いはありません」

「ちょっとユイ。なにを言い出すの」
「そうだそうだ。俺たちのは『お突き合い』だ。それも一方的にな。何度、肋骨(ろっこつ)を折られそうになったことか」

「オマエらは漫才師なのか? 特殊危険課というのは演芸場を回って歩く仕事なのか?」
 クロネロア帝国の女王はえらくフランクだな。ちょっと庶民的過ぎないか。

 女王はすくっと立ち上がり、ゴージャスな椅子の脇に立てかけてあった、太い古木かなんかで作られたロッドを握ると、どんっと床を突いた。
「司令官。良いことを思いついたぞ」
「は? ははっ……如何ように?」
「マイスターの就任式を今からやらんか?」

 がくっ!

 今のは俺がコケた音だ。
 何だこの軽いノリの女王様は。フランク過ぎんだろ。

「いや。それは……。何しろ何の打ち合わせもしておりませんで、まだ本人の承諾も取っておりませんし……」
 俺は構わんよ。なんか面白そうだし。


 ――そこへ、にわかにホール内が騒がしくなり、
「何だ騒々しい。何事じゃ?」
 最も入り口近くにいたボロギレ野郎がむくりと起き出し、ずっと女王の前でひれ伏していた検非違使が小走りで様子を見に出て行った。

 すぐに飛び戻り、絨毯の上で両膝を滑らせて急制動。そしてかしこまった。
「例の捜査グループか戻ってきた様子でございます。司令官どの」

 続いて後ろに数十人の雑兵を率いた検非違使たちが、どやどやとホール中央へと踏み込んで来た。

「おらっ、前へ出ろ!」
 中から手枷で束縛された一人のアンドロイドが引き摺り出された。

「司令官っ! 情報のとおりワームホールのポケットに13名が隠れておりました」
 一人の検非違使が報告し、
「でかしたぞ。弐拾九番。就任式までに一掃できたか」
「はっ、全員拘束して牢獄にて監禁しております」

 銀白のマントをはためかせて、司令官は色濃くしたトパーズ色の瞳で歩み進むと、精悍な顔を検非違使に寄せた。
「して、そいつは誰だ?」
「レジスタンスグループの生き残りのリーダーで、拾六番でございます司令官」
 背後から検非違使に蹴り飛ばされて、全身の骨格メカ部分を剥き出しにしたアンドロイドが祭壇の前に転がり込んできた。

「あっちゃー。タイミングの悪い……」
 自分の仮面を被り直して立ち上がる副主任へ、拾六番が声を荒げた。

「七番! キサマ裏切ったな。あのポケットの場所を知ってるのはオマエだけなんだ」

 数歩進んで、副主任が踵を返す。
「悪く思うなよ」
 細めた目で拘束されたアンドロイドを見遣り、
「オレは荒っぽいのが嫌いでさ」

「うるさい。キサマ、絶対その裏切り許さんからな」
 反体制グループのリーダーは燃えるような目で副主任を睨んだ。

「許さんと言ったって、あんたらのグループは全員捕まったんだ。もう一人もいないんだぜ」
「必ず同士は再び立ち上がる。その時を覚えておけっ!」

「どうだかな。物覚えが悪いからね」
 両手を軽く広げて肩をすくめて見せる副主任。

 俺の憤怒もむくむくと顔をもたげてきた。何だか無性にムカムカする。副主任を信用し始めてきたのに、コイツはこんなに腹黒い奴だったのだ。

 俺の喉から堪え切れずに出たセリフがこれだ。
「俺たちも騙していやがったな」

 本心を曝け出した奴の態度に怒りが込み上げた。
「この野郎ぉぉ!」
 副主任は喚こうとする俺の口の前で手の平を突き出して、ぬけぬけと言う。
「成り行きだよユースケくん。解かるかい? 成り行きさ」

 向こうには芝居めいた口調で言い放ち、くるりと俺に向き合うと、
「先日少し話したと思うが、60年前にマスターの生き残り13名、その従者だったアンドロイド17名、計30名で謀反(むほん)が起きたんだ」
「ああ。聞いた……」
 何が言いたいんだ、こいつ。

「今は空き地だが、キミらが住居にしているマンションのほんの近くさ。そうそうミュージアムを見下ろせる丘の近くだ」
「病院だろ?」
「ほぉ、よく調べたじゃないか。そのとおり、そこで数人のアンドロイドとともにマスターは皆殺しにされたんだ」

「伝染病と訊いたぜ」

「んな訳は無いだろ。帝国軍にたった30人で勝てるはずないんだ。従順にしていいればいいものを……捕まったレジスタンスはその時に逃(のが)れた残党さ」

「その時もオマエが情報を漏らしたという噂だ。この帝国の犬め!」
 と吠える反体制グループのリーダーを副主任は冷徹な目で睨み。

「おい、このうるさい大腸菌を早く黙らせてくれ」
 副主任は灰色の外套を羽織った小柄なアンドロイドに訴え、そいつは細っこい腕を出して検非違使に命じる。

「よし、センターへ連れて行け」

「待てっ!」
 制したのは女王様だった。

 伏せ気味に腰を曲げた姿勢を引き伸ばし、歩幅に合わせてロッドで床を一突きした。
「生ぬるい。リーダーはこの場で処刑しろ。謀反の見せしめだ」
 さっきまでの緩ませた表情を反転させた悪魔のような顔つきで、女王は決然と命じたのだ。

「女王陛下……?」
 その場にいたすべての者が今の言葉を疑った。司令官でさえも。

 女王は片膝立ちで上目に見る司令官を凄然たる冷たい視線で刺し、ひと言だけ命じた。
「早くせぬか!」

「マジかよ……」
 玲子も俺も、そして優衣も言葉を失って石化した。
 これが恐怖政治のおっかないところさ。全員が独裁者の言いなりなのさ。
 あー。いっぺん独裁者になりてえ。
 玲子をチラ見する。

「な、何よ……」



 そこへ――。
 小山みたいな奴が現れた。

「ビゴロスだ……」
 以前副主任が言っていた。力だけのアンドロイドを意図的に作っていると。見るだけで、そいつだと決定づけられる体格をしており、自然と名前が出た。

 検非違使の胴体よりはるかに大きい体躯をしたボディ。その中で最も太い大腿部が、がっしりと地面を踏みつけた姿。その安定感は半端無い。それが赤い絨毯を無残に圧縮していた。

「よし、いいぞ。そのへんに置け」
 検非違使に命じられて、別のビゴロスが二体、コンテナにも似た大型の装置を運び入れ、地響きを立てて床に置いた。

「見せしめにはこれがよいかと……」灰色の誰かが言い。
「我が帝国で最もパワーのあるプレス機でございます」真ん中の灰色が続け、
「入口から放り込み、粉砕されて出てくると言う、いたってシンプル。いたって簡単ではございますが、そこから発する音は絶望的な戦慄を与えてくれまする」

 司令官は面白そうに笑い、
「ふははははは。それはよいな。見せしめは、心の深部から恐怖を与えるのが最も効果的。うはははは」

 ギンと検非違使を睨む司令官。
「何をしておる、弐拾参番。女王様がお待ちだ。早くやらぬか」

「は……はっ」

 束縛された拾六番は声も出ない。検非違使でさえも震えるほどだ。

「やめてくださいっ!」
「えー?」
 俺は耳を疑う。ここに来て聞き慣れた声が。だが悲痛に歪んだ叫び声だった。

「ユイっ!」

 思わず首を捻る俺の真ん前で、もう一人、目を三角にして立ち上がる奴がいた。
「あたしも、もう見てらんないわ!」
 こっちの女王様だ。となると部下である俺もお供をしなけりゃならないのだろうか。

「こんな馬鹿げた儀式は、あたしがぶっ潰してやるわ!」
 例のごとく特殊危険課の女王陛下は怒り心頭中だ。

「やっべぇーし」
 こうやって俺の髪の毛は神経性の脱毛症になっていくのさ。

 しばし思案すること数秒。もたもたしていると怒り出す。
 タイミングが悪いが、しょうがない。髪の毛の問題ではない。こうなったら付き合うしかない。
「そうだな。これはやり過ぎだぜ」

「じゃまだてするな!」
 すぐそばに灰色の何番かが瞬間移動して、玲子を捕らえようと現れた――と、その時にはもういないさ。玲子がそんな鈍い動きをするわけねえだろ。優衣もとっくに飛び離れていた。ボケッと突っ立ったままなのは俺だけだった。

 どれだけ俊敏なんだ、お前ら!

 驚愕したのは何も俺だけではない。居合わせたアンドロイドが驚きの目を向けた。
 バネみたいに弾けた玲子は、数歩離れたところへ前方回転して着地。優衣は後方宙返りで背後にいた女王の従者の列を飛び越えていた。すげえなお前ら、特殊危険課ってアクロバティックなグループだったんだな。

「なんとっ! 素早い」
 驚きの声を発して、玲子が飛びのけた宙を空掴みした灰色のボロキレと視線が合った。

「なはは。すまんね、おチビさん。お前よりあのオンナのほうが早いみたいなだ」

「裕輔! 武器!」
 と言う声に我に返る――こう言う場面で必ず玲子が吐く常套句だが、今回だけはなーんにも無い。赤絨毯では雑巾掛けにもならない。

 俺は「お手上げー」てな感じで両手を広げて肩をすくめてやる。

「レイコさん、これっ!」
 と投げて寄こしたのは祭壇に飾ってあった蒼剣だ。風のように壇上へ駆け寄って、優衣がガメってきたのだ。

「おぉぉ。そりゃ使えるぜ」
 ここからでもわかる、研ぎ澄まされた剣先のなんと見事な輝き。相当な切れ味を誇る物に違い無い。
 剣を見るのは初めてだが、素人目でも感じるぜ。

 ぱしっと片手で受け取った玲子。ゆっくりと中段の構えに持ち直した。
 高い天井からシロタマが肩に舞い降り、優衣が脇に着いた。あとその横に茜がいたら、戦隊モノの構えになるんだけど……ってぇぇ。俺かい。俺がそこに着けとおっしゃられるのかい?

 仕方が無いのでゆるゆると指定位置に収まった。
 ったくよ――。
  
  
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