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【第四章】悲しみの旋律
エピローグ
しおりを挟む「――さて終わりましたね。それでは僕は仕事に戻らせてもらいますよ」
長そでシャツの腕をまくり始めるニール。
その様子を全員が白い目で見ていたが、ニールはお構いなしで事を進めた。
「みなさん。色々と記憶の入れ替えが起きてますので、あまり深く考えないようにね。あー、シロタマさん。ちょっと」
頭上を通り過ぎようとしたシロタマをニールは呼び止めた。
「学習データをアカネさんに移植しますので、共鳴チェンバーのプリセットをお願いしたいんです。お手伝いできますか?」
こいつデリカシーの欠けた野郎だ。
「ニール! お前、こっちの気持ちを察したらどうだ!」
「あ。お取り込み中スミマセンね。でもね、こちらはもっと壮大な計画が待っているんですよ」
「このヤロウ!!」
ニールの胸ぐらを掴みかかろうとした俺の手を茜が押さえた。
「ジャマしないでくらさい。コマンダー」
真剣な目を見開いて、初めて俺を睨みつける茜の姿がそこにあった。
「あ……ぅ……」
言葉に詰まる。いつもニコニコしている茜はどこへ行った。
真摯な瞳が真っ直ぐ俺を捉えており、
「おユイさんはいなくなったのではありません。ここにいるワタシがユイです。ちっとも寂しくなんかありません」
「そ、そりゃそうなんだけどな。お前はユイと同じことをしなくていいんだ。俺たちと一緒に故郷へ帰ろう。な? アカネ?」
「ニールさんの言うことは間違っていません。今度はワタシの出番です。だから協力してくらさい」
初めてみる茜の毅然とした態度に圧倒され、むしろ怖気ついた。
「レイコさんも準備してくらさいね」
「な、何の?」
「行くのれす」
「アカネさん。まずはその変な言語マトリックスから直そうか」
悪かったね。
栗色の髪の毛をした優衣は、アカネの様子を慈愛のこもる面持ちで窺っていたが、ほどなくして腰をのばした。
「さて、それではワタシも行きます」
一歩踏み出そうとするので、引き留める。
「待てユイ。どへ行く気だよ!」
「え?」
意外なことを言われた、みたいにキョトンとした。
「自分の宇宙へ帰るんですよ」
「なぜ?」と玲子。
「ここで一緒にいればいいじゃない。もうどこにも行かないで」
「それはできません。ワタシもアーキビストです。時間規則は守ります」
「だめだユイ。まだ俺との約束が果たされていない!」
「なんでしたっけ?」
「このミッションが終わったら、事故前の俺の家族と会わせてくれる約束じゃないか」
優衣が静かにうなずく。
「ああぁ。しましたね。時間規則に影響の出ない範囲なら、というお約束でした」
「ほらみろ。お前はここに残れ。コマンダーの命令だ」
「ユウスケさん」
「何だよ……」
「安心して。ワタシはどこへも行きません。いつもあなたのそばにいます。ほらそこに……」
柔らかそうな睫毛を瞬かせている愛らしい顔がこちらに向いていた。
「アカネ……」
「それとワタシに残された1秒弱の時間は有意義に使わせてもらいますね」
「あきゅりゅりぅ?」
大好きな茜の声が聞こえたのだろう。ミカンが顔を出した。
「ミカンちゃん……おいで」
そこにいた優衣へ、悩むような目で見つめている丸っこい頭を抱き寄せて、
「これからもアカネをよろしく頼むわね……」
火花が飛ばないということは、やはりミカンも異なる時間流から来た特異な存在だったことがこれで証明された。
「きゅりゅきゃりゃゃぐ。るじゅきゅりゅらや?」
優衣はミカンにうなずき、すくっと胸を張る。
「そうね。でもワタシにはまだ役目があるの。なにしろほら、過去の皆さんにプロトタイプの居場所を伝えて行かなければいけないでしょ」
それだけ言い残すと、優衣は虹色の光に埋もれて消えた。
「ちょ、ちょっとユイくん!」
薄れゆく光を追い掛けてパーサーが飛びついたが、虚しくその腕は宙を掻いた。
「過去の私たちにプロトタイプの居場所を伝えるって、どういう意味でしょう?」
パーサーと機長が互いに視線を交差。
「まさかあのユイちゃんが……ダスか?」
田吾は見開いた目をして、首だけを俺たちに捻った。
「うそっ。あの子が……怪人エックスだと言うの?」
「そうやがな。別次元でありながら共通の記憶を持つ同じユイや。せやからあれだけ遠方のことまでタイミングよく知らせることができたんや」
「ウソだ……ユイは怪人エックスが誰か知らなかったぞ」
「それは、アカネちゃんがここにいなかったからダすよ……ほら」
アカネはやって来たミカンと一緒になって、すでに野菜栽培室へ消えていた。
「ばかやろ。あいつどこまで能天気なんだ」
呆れ返る気力も無いほど脱力して、俺は虹色の光の跡をいつまで見ていた。
つまるところ……。
最後の最後まで優衣は俺たちを助けてくれていたのだ。
最初にプロトタイプを取り逃がし、途方に暮れていた俺たちに情報を流してくれたあの怪人エックス。それが今旅たった優衣だったとは。
「信じられない……」
長い長い時間、俺たちは沈黙に落ちていた。無力な自分たちに慨嘆してクルーは全員黙り込んだ。
ニールはその間、空間に広げたエアロディスプレイを操作していたが、おもむろにすべてを消して視線をさまよわせた。
「あれ? アカネさんは?」
呑気な野郎だぜ。
『アカネは野菜栽培室です』
「そうですか。あの悪いんですがシロタマさん。アカネさんを呼んで来てくれませんか?」
「まさか。ここで改造を始めるんとちゃうやろな」
「やめてよ。そんなことしたら、肩のところを真っ平らにしてやるからね!」
「いいぞ、玲子。やってやれ!」
「わ、解ってますって。そんなデリカシーの無いことをしません。でもこの理論は絶対に成功するんです。第二の技術的特異点、感情を制する精神力を備えたハイブリッドアンドロイドは完成します」
「なんでそないなことが言い切れるんや!」
社長がニールに突っかかった。
「おまはんの説明は全部推論とか推測や。成功するかもしれん、ではあかんのや。なんぼ17年未来から来たってゆうても、意味の解からんとこへアカネをやりまへんで。あの子はな、ワシらの家族なんや。誰がおまはんなんかに!」
ムスメを嫁にやるのを駄々こねているオヤジみたいなこと言ってんぞ。
「い、いや。あのですね社長さん。怒らないで聞いてくださいね。なぜ17年未来から、僕がこんなことをわざわざ言いに来たか」
シロタマに呼び戻され、ミカンと茜が手を繋いで部屋に入って来た。
茜は相変わらずすっとぼけたことを言いいながら。
「こんにちは……」
「きゅりゅー」
言葉を失くすぜ、ほんと。
今度時間がある時に、部屋に入る時の挨拶をきちんと教えなければならないな、と決意する俺の前で再び閃光がほとばしった。
入れ代わり立ち代わり、さっきから忙しい。
「やぁ。来た、来た。助かった。これで説明が楽になる」
何が言いたいのかニールの野郎。また誰かが時間を飛んで来たようだが、こいつは誰だ
《お約束どおり来ましたけど……。ニールさん、この時間域で……いいんですか? どこですか、ここ?》
眩しくてまだ確認できない。虹色の閃光の奥からわずかに見える人影。そこからエコーが掛かった声だけが響いた。
「はーい。ここでいいんです。遠慮なく実体化しちゃってください」
ニールは手を挙げて応えているが。
「なんっ!」
瞬時に閃光が消えて、腰近くまである長い黒髪を左右に分けたツインテールの少女が現れた。
息が止まった。もちろん銀龍のクルー全員が凍りついていた。
「ゆ、ユイなの?」
戸惑い、躊躇(ためら)いながらも玲子が尋ねた。
「あ、はい。あぁぁ。やっぱりここでしたか。皆さんお久しぶりでーす」
「アカネか? ゆ、ユイなのか?」
どちらとも言えない、いや、どちらとも言える不思議な感じだ。
息を潜めて茫然とする一同の中から銀髪ショートカットの茜を見つけると、少女はたたたと駆け寄った。
「うあぁぁ。可愛いぃ。ワタシって、昔はこんなでしたっけ?」
その言葉使いは完璧な生命体で、どこからどう見ても純然たる少女だった。
「どうです、皆さん。ハイブリッドアンドロイドですよ。アカネさんと異次元のユイくん、そしてレイコさんの精神情報処理能力を持ったガイノイドです。ねっ。ちゃんと成功するんですよー。ほらね」
きょとんとしている茜の前で、ツインテールの少女が澄んだ黒い瞳を真っ直ぐハゲオヤジへと向ける。
「社長さん。お久しぶりです」
「あぅっ……あ」
言葉は出ない。口を無意味に動かして辺りの酸素を消費するのが関の山だ。
「アカネなの? ユイなの?」
玲子の問いに、
「どちらでも結構ですよ、玲子さん。それと裕輔さん?」
「はいっ?」
俺を名前で呼ぶところをみると茜ではない……気がする。
どっちにしても、突然現れた少女にタマシイを抜き盗られ、俺の身体は硬直したままだ。
少女は何かを俺に伝えようとしたが、部屋の隅で遠慮がちに小さくなっているミカンを発見。
「あはっ。ミカンちゃん。今日も元気そうね」
「きゅりゅ?」
どう対処していいか迷っているミカンの頭を優しく撫でながら、少女は柔軟に体を捻った。
「あそうだ、裕輔さん。コマンダーとの契約解除がされてないの。これからもよろしくね」
「こ、これからって?」
「あらぁ? ニールさんから聞いていないの? 行くんですよ。そこのアカネと一緒に」
「行くって、どこへ?」
「大いなる矛盾を引き起こしにです」
「引き起こす? さっきは見学って言ってたぞ」
「違いますよ。何しろお二人がいないと言うこと聞かなくて」
「だれが?」
「玲子さんと裕輔さんのお子さんです」
「────っ!」
「変なこと言わないでよ。ユイ!」
「変なことではありません。遥かなる矛盾の引き金を引いたのはお二方の娘さんなんです」
「え゛!!」
少女は平然と続ける。
「管理者は青い目をしているのに、なぜあたしやアカネが黒い瞳をしているのか。考えたことは無かったのですか?『大いなる矛盾』にはお二人が絡んでいるからですよ」
それを疑問にしたことは何度かあるが……だめだ。気が遠くなりそうだ。
「ちょっと待ってくれ。気持ちの整理が……」
社長も慌てて割り込んだ。
「ちょ、ちょう待ちなはれ。何を勝手なこと言うてまんねん。あきまへんで! あかん、あかん!」
「しゃ、社長さん……」
ツインテールの少女はリアルに眉根を寄せて困惑の表情を見せた。
それを楽しげに見届けると、ハゲオヤジはにやりと笑う。
「まずは、おまはんの名前を決めてからや…」
「あ、はい?」
ツインテの少女はキョトンとした。
また何を言い出すんだ、このハゲ茶瓶は。
「ちょっと待った。それなら今度こそ命名権を俺にくれよ。いっつも社長がうばっちまって」
「アホ、こいうもんは社長が決めるもんや。誰も文句言わさへんで。なあ?」
社長は玲子へ、それから田吾、パーサー、そして機長へと視線を順に巡らせてから俺に戻し、
「これが社長の醍醐味や。悔しかったら社長になってみい」
ぶつくた言って茜の肩を抱き寄せると、
「そいうことでワシが決めまっせ」
茜は見開いていた眼を瞬かせて、高らかに言い放った。
「あっ。はーいっ! 今回も好きに決めちゃってくらさーい」
終
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退会済ユーザのコメントです
感想ありがとうございます。
1ヶ月も貴重なお時間を費やしていただき、こんなややこしい話を最後までお読みくださり大感激です。
時間系の物語はどうしても難解になってしまうものでして、『もうひとりの茜』の回を書くに当たって作成したプロットは時系列の線や矢印の入ったコンピュータープログラミングのフローチャートみたいな物になってしまったのは本当のことです。物語り全体では、自分で書いていて意味不明、書き行く先を見失うのは日常茶飯事でした。
もしこのような時間系の物語がお好きでしたら、懲りずに『ツインズさまにはあらがえない』もぜひどうぞ。こちらもそんなややこしい話です。