Captive of MARIA

松子

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Case01 ディア・マイ・ドーター

Case01-6

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 酷い有様だった。

 医者はいないかという声に思わずついてきてしまったが、後ろの車両に足を踏み入れた瞬間から、既に私は後悔していた。

 崩れたトンネルに押しつぶされた車内は、見覚えのある車両の半分程にしか見えない。奥にいくほど天井は傾き、窓は割れ、ひしゃげた座席と投げ出された手足がそこここに見られた。
 呻き声と、助けを求める声、家族を呼ぶ声が聞こえる。

 私はどこか現実味のなさを覚えながらも、他の乗客と共に、生存者の手当てを始めた。しかし、常にきちんとした医療器具を持ち歩いているわけではない。私に出来ることは限られていた。

 鞄には、友人の棺に納めるか否か、迷ったまま持ち出した彼の研究の成果物もあったが、それが生かせるような状況には思えなかった。

 やがて、私と同じように額を切った老婦人の血を止めてやったところで、私は一息ついた。暑さなどすっかり忘れていたが、いつの間にか、ぐっしょりと汗をかいていた。
 額の汗を袖で拭い、意識的に目をそらしていた、車両の後部に目をやる。

 事故は、どの程度だったのだろう。
 ここより後ろの車両は、どの程度残っているのだろうか。もしかすると崩落はほんの一部で、後部車両には何も起きていないのかもしれない。思っているほどの大惨事ではないのかもしれない。

 そんな希望的観測が頭を過ぎるが、私は虚しくなって考えることをやめた。可能性はゼロではないが、少なくとも、この車両に起こったことは今目に映る通りなのだ。

 そろそろ元の車両に戻ろうか。
 そんなことを思った時、ふと目に止まるものがあった。見覚えのある、白いウサギのぬいぐるみだった。


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