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序章『始まりの領地』
037 錬金術師、堕ちる
しおりを挟むあれから話し合いをし、正式に王都で『グリーンクローバー』、『グリーンポーション』、『ピンクブロッサム』、『ピンクポーション』を取り扱うことになった。
それから数日後のことだ。商人ギルドの下っ端を名乗る男がトワ村にやってきた。
内容は、錬金術師が作成者と話をしたいと言っているから、だそうだ。
そのうち来るだろう、とは思っていたが思っていたよりも早かった。まあ、早いのはいいことだ。いい加減暇していたところだ。
「王都なんて久しぶりね……でもまさかこんな目的で来ることになるなんて思わなかったわ」
「今日はいい日だね。きっとトワ村の名がロンテギアに轟くよ」
「どんどんやることがでかくなるって考えると複雑だけどな」
王都に到着した俺、カリウス、エリィは商人ギルドに向かいながらそんな会話を続ける。
そう、今日からいよいよ成り上がりが始まるのだ。トワ村も、俺も、エリィもだ。
カリウスは元々トワ村を守れればそれでいいという騎士なので、護衛として連れてきた。
形式上は俺に仕える騎士なので俺と一緒に成り上がると考えていい。
そんなこんなで、商人ギルドに到着する。ギルドの前には、シウニンさんが不安そうな顔で立っていた。
ふむ、緊張を解いた方がいいかな。
「おひさ!」
「っ! お待ちしていました! さあさあ、どうぞ中へ!」
場を和ませようとした俺の軽い挨拶はスルーされ、シウニンさんに促されてギルドの中に入る。
相変わらず商人ギルドは個室が多い部屋という感じだ。話し合いに特化した施設であるためか、開けた部屋は少ない。
今回は人数も多いので、大きめの部屋を話し合いの場として使うことになった。
「シウニン! 錬金術師様を待たせるんじゃない!」
「ご、ごめんなさい!」
これから昇格するというのに、シウニンさんは上司と思われる男にたじたじになっていた。
俺はそんなシウニンさんの背中を軽く叩き、気合を入れさせる。
ここから先は怯んだら負けだ。エリィも、カリウスも真剣な表情になった。
「うし、締まっていこう」
左手の手のひらに右の拳をバチンとぶつけながらそう言った。戦闘開始だ。
* * *
扉の向こうにいたのは、いかにも胡散臭そうな顔をした細目で眼鏡を掛けた男だった。
錬金術師の代表だろう。詐欺師の間違いではないだろうか。そのくらい胡散臭い。
細目は強キャラ、油断してはいけない。
「錬金術師様、作成者を連れてまいりました」
「こんにちはぁ~」
相手の警戒心を解くために、俺は精一杯可愛い顔をした。毎日鏡を見ながら男を騙す表情を探した結果がこれ。元がいいのでちょっと笑顔を作ればチョーカワイイ。
どうも、皆のアイドルレクトです。ヴぉえっ。
「うっわ……」
エリィの声が聞こえたが気分が悪いのだろうか。風邪なら安静にした方がいい。この話し合いが終わったら宿屋で休ませよう。
「これはこれは。貴方が例のポーションを作ったのかい?」
「いえいえ、お……わたしではなく、彼女がうちの錬金術師です」
「どうも」
先程まで優しく声を掛けてきた錬金術師だったが、エリィの姿を見た瞬間に目が変わった。
横目でエリィを見ると、小さく頷いていた。こいつが例の錬金術師で間違いなさそうだ。
「っ、こ、こんな子供がねぇ」
「それで、今日はどのようなご用件でしょうかぁ?」
なるべく甘い声を出しながら聞く。
「あれだけのポーションを作れる人間に会ってみたかったんだ。いやぁ、光栄だよ」
「……それはどうも」
嘘だ。そんなことは思っていない。生意気なガキが、みたいなことを考えているに違いない。
しかし上手く隠しているのだろう、エリィから聞いた情報を知らなければ気が付かなかっただろう。
エリィは睨まないように気を付けながら握手をする。よく耐えた。
「あのポーションはどうやって作ったんだい?」
「秘密です」
錬金術師の眉がピクリと動く。
「……っ、そんなことは言わずにさ。これからの錬金技術に関わる問題なんだ。ぜひ協力してほしい」
「私を利用しようとした人間に教えたくはありません」
「なっ!?」
来た。
エリィの言葉に、シウニンさんの口元が緩む。ついでに俺の口元も緩む。
「利用!? それは本当ですか!?」
「そ、そんなことはっ!!!」
大袈裟に、部屋の外にも聞こえるような声で叫んだシウニンさんの言葉に錬金術師の顔が一気に強張る。
そして同時に、テーブルの向かいにいるエリィに手を上げようとするがカリウスの視線を受けて抑えた。
ここで手を上げればもっと楽だったが、理性はあるようだ。
少なくとも扉の向こうではシウニンさんの上司が声を聞こうと耳を近づけているだろう。
「エリィ、詳しく聞かせてよ」
「この男は錬金術ができる私を村から引き抜こうとしたんです。村に残りたかった私は定期的に作成したポーションを運ぶ形式ならいいと言いました。しかし、それはダメだと言われました。では王都に行くので稼いだお金をトワ村に流したいと言いました。それも断られました。何故ダメなのかを聞きましたが、教えてくれませんでした。私は貴方の下では働かない、錬金術師にはならないと言うと、お前の代わりはいくらでもいるんだと怒って帰ってしまいました」
エリィはスカウトされ、搾取されそうになった話を簡潔に話した。
利用しようとした、そこまでは分からないが、ほぼ確実に搾取しようとしていたはずだ。
「おやぁ? 錬金術師様。これはどういうことでしょうか」
「そ、それは……そんなつもりはなかったんだ! 不完全なポーションをお客様に売るわけにはいかないだろう!? だから、最初はお金を渡すことはできないと……」
「そんなこと一言も言ってなかった!」
そう、そんなことは言っていない。元々そんなつもりでもなかっただろうに。
「と言っていますが?」
「ぐっ……商人、この私を疑うのか? 錬金術師であるこの私を!」
「ええ。嘘をつかれていては困りますから。事実確認はしっかり取らなければなりません」
あくまで冷静に言うシウニンさん。クールフェイスを保っているが、首筋の汗がすごい。
商人として、嘘をつく人間と取引をする気にはならないだろう。
商売は信頼関係が無ければ成り立たないのだ。だから、俺は敬語を使い信頼されようとした。
「私は利用するつもりなどなかった。それが真実だ。これ以上疑うと言うのなら、金輪際ポーションは仕入れない!」
「ならば錬金術師様のポーション販売を禁止します。それで困るのは錬金術師様ですよ」
「っ!」
商人ギルドから許可を出されなければ商品を売ることはできない。
商人ギルドがポーションの販売を禁止すれば、錬金術師は稼ぐ方法が無くなることになる。
そうしたら、今まで築いてきた地位は消えてしまう。商人ギルドからしたらポーションの売り上げが無くなるので痛いが、それだけだ。錬金術師は生活も難しくなるかもしれない。
「わ、私は利用するつもりはなかった!」
「……錬金術師様。私は知っているのです。貴方は過去、私とは別の商人に笑いながらこう言いました。とある村に錬金術ができる小娘がいた。使い倒してやろうと思ったが、ムカついたから帰ってきた。と」
「う、嘘だ……そんな、そんなはずは…………」
俺も知らなかった爆弾を放ったシウニンさんは、すまし顔で微笑んだ。
その情報は本当なのだろう。錬金術師は膝から崩れ落ち、声を発することなく荒い呼吸を繰り返した。
おそらく、ここからどう言い返すか頭をフル回転させているのだ。しかしこれ以上嘘をついても意味がないため、答えには辿り着かない。
「では元国一番の錬金術師様。貴方との契約は切らせていただきますね。他の錬金術師ならばいざ知らず、貴方はもう信頼に値しませんから」
「あ、あああああああああああぁぁぁぁぁ…………っ!!!」
この日、一人の錬金術師が失業した。
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