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第二章 お見合い編
甘いもの
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「今後の説明が笹音からある。戻りたくねぇけどかえるか」
「あ、うん」
そう言って月宗さまは私の胡桃をスーツの胸ポケットに入れる。
彼の大きな羽根の暗闇の中で、2人だけの秘密基地にいるみたいな気分になる。
歩き出した月宗様とポツポツとおしゃべりをする。
「あれから、ぶたれたりはしてないか」
「うん。そもそも桜子は母屋に住んでて、私は離れだし、学校でしか会わないもの」
学校では学年が同じだったからいじめられたけど、それはいじめというか、孤立させられた、が正しい。
桜子は、異分子として花柳院家に入った私を排除したかったのだろう。
実の母親を早くに亡くし、そのすぐ後に私達母子が花柳院に入ったのも良くなかったと今なら思う。今更だけれど。
姉妹といっても、私はただの貰われっ子だ。
桜子は母屋に、私は離れに部屋がある。
桜子の癇癪は、物理的に距離を取ればなんとでもなる。
「兄が出来たと聞いた」
「そう、だね。桜子が実子だけれど、花嫁に選ばれたし、花柳院の跡取りがいなくなっちゃうから……」
分家の中から優秀な方が選ばれて花柳院を継ぐことが決まった。
兄と妹と私、全員血が繋がっていないという不思議な家だ。
「母御の事は、残念だったな。そばにいてやりたかった」
「…………うん」
五歳の時も、今も、彼はいつも私の絶対の味方をしてくれる。
一つ一つの言葉があったかくて、陽だまりのよう。こういう経験が皆無だった幼い私が懐くわけだな、と妙に冷静に思考してしまう。
初恋の人だという自覚はある。
今日だって、また抜け出したら彼に会えるかもしれないという思いだけでここに来た。
当主交代がなされているなんて知らなかったから。
神様も上手い事やるなと思う。
五歳で憧れや淡い恋を植え付けて、二十歳でお見合い。
私の場合はちょっとイレギュラーだったけど。
ガゼボが見えてくると向こうから狛犬の次期当主さんがやってきて、私にエスコートの手を差し出す。
チラと月宗様を見るけれど、彼は気にした素振りも見せずに何か執事さんに指示を与えている。
「お迎えに上がる所だった。寒くはないだろうか」
「あ、ありがとうございます。大丈夫です、恭さん」
恭さんで合っているのかわからない。
執事さんに釣られて月宗様は様付けになっているし、同じ当主さんなら様であるべきなのだろうか。
桜子みたいに全員呼び捨ても絶対無理だし……。
「では戻ろう。結衣殿は甘いものが好きではなかったはず、甘くないものも沢山用意させている。茶も温かいものに入れ替えさせよう」
甘いもの、好きなんだけどなぁ。
けれど何と言っていいのか分からないし、軍服を着た恭さんのスマートな優しいエスコートに自然と体が動いて歩き出す。
またチラッと月宗様を見たけれど、まだ執事さんと話していて、私の方を見てもなかった。
◇◆◇
「今後あなた方には隠世の我らの国に来ていただく事になります。この館には好きなだけいてもらって構いませんが、どの当主の国に滞在するかが決まりましたらお知らせください」
「そのまま花嫁になるの?そんな大切な事、すぐには決められないわ?」
そもそもこんな現実離れした話についていけてない私と比べて桜子は的確な質問を返していく。
「いえ、お試しという形ですね。望めばまた他族の国に移動可能です。当主の男と閨を共にしない限りは」
生々しい話にぞっとして顔を上げると、恭さんがサンドイッチやらカナッペやらが乗ったお皿を私に渡しながら言う。
「無駄に怖がらせるな。大丈夫だ、花嫁殿に無体は働かない。神託で選ばれた寵児達に無理矢理という事はないと誓う」
「ふぅん……」
恭さんのセリフに、丁寧に編み込まれわざと出した後れ毛を指に巻き付ける桜子は、同性の私から見ても可愛い女の子だと思う。流行りのネイルに睫毛パーマ、可愛らしい容姿。敬語と奔放な言葉遣いを使い分け、甘えるのが上手い。
「こっちも食え」
ぼんやりした私に月宗様が渡すお皿には、小さなショートケーキにピンクのマカロン、チョコレートソースのかかった一口サイズのシュークリームがのっている。
「わぁ……」
小さく感嘆の声を上げたのを月宗様に聞かれ、隣に座る彼が私の背を撫でたのが分かった。
秘密のやり取りをしているようで、顔が熱くなる。
怪訝な顔をした恭さんには申し訳ないけれど、甘い生クリームを口に入れニマニマとしてしまう。
いろんな事を覚えていてくれたことが嬉しい。
「天衛の配置がございます。館内に待機させております故、そちらに。案内はその者が」
笹音さんに言われた執事さんが私達に一礼をする。
「天衛?」
「私からのちのち説明を。応接室に待機させております。お嬢様方、恐れ入りますがご足労願います」
月宗様が私を、笹音さんが桜子の椅子を引いて立ち上がらせてくれた。
ガゼボから出たところでエスコートの手が離れ、彼らはここに残るようで、私と桜子だけが執事さんに続く。
庭に面した応接室に、玄関からではなく外に続く大きなステンドグラスがついた折れ戸を通って入る。ここは日本なのに、執事さんは靴のまま。洋館だし、外国風なのかもしれない。
中には五人の狩衣姿の人達が、後ろ手に手を組んで立っていた。
「あ、うん」
そう言って月宗さまは私の胡桃をスーツの胸ポケットに入れる。
彼の大きな羽根の暗闇の中で、2人だけの秘密基地にいるみたいな気分になる。
歩き出した月宗様とポツポツとおしゃべりをする。
「あれから、ぶたれたりはしてないか」
「うん。そもそも桜子は母屋に住んでて、私は離れだし、学校でしか会わないもの」
学校では学年が同じだったからいじめられたけど、それはいじめというか、孤立させられた、が正しい。
桜子は、異分子として花柳院家に入った私を排除したかったのだろう。
実の母親を早くに亡くし、そのすぐ後に私達母子が花柳院に入ったのも良くなかったと今なら思う。今更だけれど。
姉妹といっても、私はただの貰われっ子だ。
桜子は母屋に、私は離れに部屋がある。
桜子の癇癪は、物理的に距離を取ればなんとでもなる。
「兄が出来たと聞いた」
「そう、だね。桜子が実子だけれど、花嫁に選ばれたし、花柳院の跡取りがいなくなっちゃうから……」
分家の中から優秀な方が選ばれて花柳院を継ぐことが決まった。
兄と妹と私、全員血が繋がっていないという不思議な家だ。
「母御の事は、残念だったな。そばにいてやりたかった」
「…………うん」
五歳の時も、今も、彼はいつも私の絶対の味方をしてくれる。
一つ一つの言葉があったかくて、陽だまりのよう。こういう経験が皆無だった幼い私が懐くわけだな、と妙に冷静に思考してしまう。
初恋の人だという自覚はある。
今日だって、また抜け出したら彼に会えるかもしれないという思いだけでここに来た。
当主交代がなされているなんて知らなかったから。
神様も上手い事やるなと思う。
五歳で憧れや淡い恋を植え付けて、二十歳でお見合い。
私の場合はちょっとイレギュラーだったけど。
ガゼボが見えてくると向こうから狛犬の次期当主さんがやってきて、私にエスコートの手を差し出す。
チラと月宗様を見るけれど、彼は気にした素振りも見せずに何か執事さんに指示を与えている。
「お迎えに上がる所だった。寒くはないだろうか」
「あ、ありがとうございます。大丈夫です、恭さん」
恭さんで合っているのかわからない。
執事さんに釣られて月宗様は様付けになっているし、同じ当主さんなら様であるべきなのだろうか。
桜子みたいに全員呼び捨ても絶対無理だし……。
「では戻ろう。結衣殿は甘いものが好きではなかったはず、甘くないものも沢山用意させている。茶も温かいものに入れ替えさせよう」
甘いもの、好きなんだけどなぁ。
けれど何と言っていいのか分からないし、軍服を着た恭さんのスマートな優しいエスコートに自然と体が動いて歩き出す。
またチラッと月宗様を見たけれど、まだ執事さんと話していて、私の方を見てもなかった。
◇◆◇
「今後あなた方には隠世の我らの国に来ていただく事になります。この館には好きなだけいてもらって構いませんが、どの当主の国に滞在するかが決まりましたらお知らせください」
「そのまま花嫁になるの?そんな大切な事、すぐには決められないわ?」
そもそもこんな現実離れした話についていけてない私と比べて桜子は的確な質問を返していく。
「いえ、お試しという形ですね。望めばまた他族の国に移動可能です。当主の男と閨を共にしない限りは」
生々しい話にぞっとして顔を上げると、恭さんがサンドイッチやらカナッペやらが乗ったお皿を私に渡しながら言う。
「無駄に怖がらせるな。大丈夫だ、花嫁殿に無体は働かない。神託で選ばれた寵児達に無理矢理という事はないと誓う」
「ふぅん……」
恭さんのセリフに、丁寧に編み込まれわざと出した後れ毛を指に巻き付ける桜子は、同性の私から見ても可愛い女の子だと思う。流行りのネイルに睫毛パーマ、可愛らしい容姿。敬語と奔放な言葉遣いを使い分け、甘えるのが上手い。
「こっちも食え」
ぼんやりした私に月宗様が渡すお皿には、小さなショートケーキにピンクのマカロン、チョコレートソースのかかった一口サイズのシュークリームがのっている。
「わぁ……」
小さく感嘆の声を上げたのを月宗様に聞かれ、隣に座る彼が私の背を撫でたのが分かった。
秘密のやり取りをしているようで、顔が熱くなる。
怪訝な顔をした恭さんには申し訳ないけれど、甘い生クリームを口に入れニマニマとしてしまう。
いろんな事を覚えていてくれたことが嬉しい。
「天衛の配置がございます。館内に待機させております故、そちらに。案内はその者が」
笹音さんに言われた執事さんが私達に一礼をする。
「天衛?」
「私からのちのち説明を。応接室に待機させております。お嬢様方、恐れ入りますがご足労願います」
月宗様が私を、笹音さんが桜子の椅子を引いて立ち上がらせてくれた。
ガゼボから出たところでエスコートの手が離れ、彼らはここに残るようで、私と桜子だけが執事さんに続く。
庭に面した応接室に、玄関からではなく外に続く大きなステンドグラスがついた折れ戸を通って入る。ここは日本なのに、執事さんは靴のまま。洋館だし、外国風なのかもしれない。
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