それはまるでジョークのように

らるふ

文字の大きさ
1 / 1

それはまるでジョークのように

しおりを挟む
 この世は神の発したジョークでできたようなものだと言ったのは誰だったか。誰でもないか。俺なのか。しかし笑えないジョークだ。いや、笑えるな。俺はどうも混乱している。俺の目の前に恋人の死体があることとそれを殺したのがどうも俺らしいということしか今はわからない。それ、というのは恋人なのか?それとも恋人の死体なのか?さあ後者だとしたら俺は死体撃ちをしたんだな。まったくむごい話だ。惨たらしくて笑えてしまう。すると俺は犯罪者か。いや違う。俺は死体を撃ったのか?撃ってない。撃った。なぜそんなこともわからないんだ。拳銃を持っているじゃないか。だからって撃ったといえるとでも?そらこの部屋は一つ窓が開いている。濃い緑のレンガがそこから俺を覗いている。なんて近い距離にホテルを建てるんだ。あれはホテルか?たぶんそうだ。ちょうど窓の向こうで男と女がワインを飲んでいる。どっちもそれが良いものか区別がつかないくせに、まるで視神経から脳幹にかけてじっくり味わってるかのようにグラスの色を見つめるのさ。あれはホテルだ。じゃあ俺はどこにいるんだ?さあ周りを見てみたら良い。薄い緑の壁に赤いカーペット。そしてベージュのベッドを赤茶色に汚していく死体。どうも俺の家という気はしないが、そうなんだと言われたらそう思い込むだろうな。いやまったく。俺の記憶はどこをほっつき歩いているんだか知らない。しかしそろそろ銃を隠した方が良いんじゃないか。いずれにしても俺は疑われる。仮に俺が何もやってなくとも、この状況以上のものが見つからなければ俺はそうだ疑われるまでもなく犯人になる。そりゃいけない。なんでか?それも知らない、でも普通に考えて犯罪者ってのは悪いものだろう?悪いものになっちゃあいけない。残念なことに知恵の実は阿呆が作り出せるものじゃないのさ。だったら証拠隠滅するのがそのルールに則ったちょうど良い抜け道だ。そら指紋を拭き取れ。いや拭き取らないのがいい。俺のハンカチはどうしてか今日汚れてやがる。俺は綺麗好きだからちょっと縒れたらそれが使った証になる。一体何に使いやがった。知るものか。じゃあどうするってんだ。そもそも汚れたハンカチを使うことの何が悪い。そりゃ俺なりの美学さ。美学だって?俺は華麗な犯罪者のつもりか。ああたぶんそうさ。犯罪者は恋人を犯さずに殺すのがきっといい。じゃあ俺はやっぱりそうしたんだな?いやわからない。だったら隣人に聞いてみたらいい。あんなに近けりゃ銃声だって聞こえてる。なのにあの男女と来たら。どれだけ強い酒を飲んだんだか。窓二枚と数十センチの空間、ただそれだけに頼って殺害を無かったことにしようとしていやがる。なんてことだ。俺の大事な恋人が殺されたってのにあいつらは呑気に口開けて、あれじゃまるで雛鳥の口にエサを流し込むツバメだ。いやだいやだ。映画でもないってのに他人のあんなものを見せられたらたまったものじゃない。窓を閉めよう。いや閉めた途端にあいつらは血相変えて警察を呼ぶんだ。今はただ殺人鬼の俺に目をつけられないよう必死で取り繕ってるんだ。たいして強くもないワインなんか流し込んでな。俺たちは無関係だ、事件すら起こってない。そう俺に教えてるのさ。なら俺はどうしたら良いんだ。さあ知らない。俺は俺に知りうるものしか知らない。知る?いや知る必要はない。今どうすりゃいいか考えればいい。これは神よりアダムのせいか。考えちまう。アホのくせにな。そして至った結論てのが、あいつらも殺すことだった。まったくもって合理的だ。それ以外の余計な要素を排除すればの話だが。さてこんなことを考えているうちにも男女の密着性が増していく。早々に殺さなきゃならない。銃の中の弾はあと二発だ。外す可能性を考えてもう一つ入れておこう。弾はベッドのサイドテーブルの上になぜか置いてある。さあ用意はできたか。いやまだだ。殺すのは至って簡単だが俺は酒を飲んでおきたい。これも美学か。美学なんかじゃないさ、そこに酒があるから飲むんだ。クロード・ヴァル。安くて美味い。グラスが二つあるのは必然か。なら割ってやろう。テーブルに叩きつけると俺の腕と足から血が出てきた。痛くはないが熱い。焼けるようだ。このジョークの世界が終わるときにはみんなこの熱さに見舞われるに違いない。さあそろそろ良いだろう。窓辺に立つと後ろから冷風が吹いて傷が震えた。おや振り返れば死体の眠るベッドの横の窓が開いている。あれは元からだったろうか。わからない。結局俺がわかったのはやはり恋人が死んでいることだけだ。いや本当にそれだけか?俺のそばの窓と隣のホテルの窓の大きさはまったく同一だろう。まったく同じ形をしてまったく同じベッドの上に死体によく似た女が寝ている。ああしかしなんという俺の愚かさ。俺の頭は何かを悟るようにはできていない。なんだかよくわからないものが目の前に置かれていて、それを本能のままに食らうのが俺にできる唯一のことなのだ。神よアダムよ知恵というのはここまでひどいものか。阿呆はただ引き金に指をかけてお前を殺すことしかできない。そして殺す相手すら間違えるのだ。きっと先に止めねばならないのは、今、こちらを凝視してベッドのサイドテーブルから何かを取り出そうとする、そう、この俺にそっくりなあいつ。なのに俺は無抵抗の方をなぜか選ぶ。撃つ。その二秒後に俺も俺に撃たれる。
そして一応は終わるのだ、このジョークのような世界が。



  この世は神の発したジョークでできたようなものだと言ったのは誰だったか。誰でもないか。俺なのか。しかし笑えないジョークだ。いや、笑えるな。俺はどうも混乱している。俺の目の前に恋人の死体があることとそれを殺したのがどうも俺らしいということしか今はわからない。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

意味がわかると怖い話

邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き 基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。 ※完結としますが、追加次第随時更新※ YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*) お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕 https://youtube.com/@yuachanRio

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

処理中です...