High Hope

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どんなに高望みしたって。

手に入らないものは、手に入らないワケで。


「あぁ。あの時、こうしておけばよかったな」とか「あんなことしなきゃよかった」とか。


頑張れば、頑張るほど。

欲を出せば、出すほど。


願望はこの手をスルッとかわして、逃げてしまうんだ。


お祭りで売られている、金魚みたいな。

その先は繋がっていない、千本くじのような。


だから、いつからか。


………夢は、叶わないものなんだ……と、認識せざるを得なくなるんだよ。














「………ポリ公を犯せるなんて、思いもよらなかったぜ」


………だから、最初に言ったじゃないか。


所詮俺は平凡な人間だから、こんなの無理だって。


普段は一介の巡査で、交番勤務で。


「どうせ暇だろ、特捜手伝えよ」って鬼先輩の一言で、非番日にも関わらずマル暴の特捜に組まされてさ。
世間一般の皆様は、働き方改革で24時間以上の勤務なんてしてないんだよ。

公僕だからって、元々は一般ピープルだし。

昨夜は酔っ払いの保護事案があったから、基本的に寝不足で頭もロクに回らないってのに。


マル暴の組事務所を張り込み中、対立する暴力団同士の抗争が始まった。


近くにいた俺と先輩は、当然の如く巻き込まれてしまって……。


あれだけ丸腰はダメなんじゃないかって、言ったじゃないか……先輩。


目の前にいた先輩が、マル暴のバカが発した流れ弾に被弾した。


体が波打つように宙に浮いて、地面に倒れるまで、スローモーションのように見えて。


その体を、支える余裕すらあって………。
俺の体にのしかかった先輩の体は、力が思いっきり抜けて死体のように重たかった。


「……せ、先輩っ!!」


その瞬間、右のこめかみに。


金属が燃えるような熱い感触が伝わって、鼻腔を火薬の匂いが掠める。


「よう、ポリ公。こんなとこで何してんだよ」


いつの間にか、俺と先輩はマル暴の一人に背後に回られていて………先輩どころか、俺の命まで危うい事実を突きつけられたんだ。


そのまま、俺と先輩は無理矢理、黒いワンボックスに乗せられて、今、なぜか俺ん家にいる。


玄関先には、腹部から血を流してピクリとも動かない先輩が横たわっていて………。


そしてなぜか、俺はソイツに………オカマを掘られている。


抗争で使われた火薬の残り香が燻る拳銃を突きつけられて、先輩の命も握られていて。


………腐っても警察官なんだよ、俺は。


警察官なのに、マル暴に縛られて、後の孔から突っ込まれて………。


何、サレてんだ……俺。


「いい目してんな、お前。ヤりがいがあるってもんよ」
「………やめ……!……ろ」
「………オレを匿ってくれたら……。おまえのいうこと聞いてやるよ」
「………クソッ……!!」
「早く匿うって言えよ。早くしないとそっちの犬も、そろそろヤバいぜ?」


いつ暴発するかも分からない銃口を胸に突きつけられて。
筋肉のついた、いい体のそのマル暴の肩口から背中にかけて鮮やかな刺青が、チラチラ見えて………俺の中の奥深くまで貫く。


二択に一択。


この憎たらしい、マル暴の言うことを聞くか。 

一か八か、抵抗するか。


………でも、考えている時間がない。


時間が、ないんだ………。


「………っあ…!」
「ほら、早く決めねぇと…!!……やべぇんじゃねぇか?」
「………か…た。……わかった」
「分かった?」
「………匿う…。匿う……から……。だから……先輩を、先輩を病院に………」
「じゃあ、交渉成立だな……!!」
「……っあ“!!」


………一瞬、何が起きたか分からなかった。


銃口を突きつけられて、恐怖と絶望の中。


ソイツが突っ込んだモノから、俺の中に一気に熱いのが溢れ出して満たしていく。


奥まで飲み込んで、体がグッと膨らんで。


そのショックか、衝撃か………。


不可抗力で……俺は………イッてしまった、んだ。




病院に先輩を連れて行って、それから職場に連絡をして。

報告書を書いて、副署長の事情聴取に始まり、監察課の事情聴取に終わり。


家に帰り着いたのは、午前2時を回っていた。


玄関のドアノブに手をかけて、俺はそのドアに鍵を差し込むのを躊躇ってしまう。


今日は当務明けの非番日で、あんまり寝てないんだ。
心も体もなんの感情も保たないくらい、疲れていて、これが……現実なのか、夢なのか。

その境界が曖昧になるくらい、クラクラしていて。


………夢、であれば………いいのに。


このドアを開けたら、いつもの俺の部屋で。


………先輩が撃たれたこととか、マル暴にヤられたこととか。

さらにそのマル暴に弱味を握られて、匿っていることとか。


………全部消えて、無くなれっ!!


勢いよく鍵を差し込んで、素早くドアノブを回した。


「よう、おかえりポリ公。………時島中央署地蔵寺交番勤務の、前田千陽巡査」


静かに深く響く声が、俺の部屋の六畳間の和室から届く。


………ほら、みろ。


願望は、そうやっていつも僕の手をすり抜けていくんだよ。


決してHigh Hopeじゃないのに。

こんな些細な願望でさえ、叶わない。


目の前の鮮やかな刺青を施したマル暴が不敵な笑顔を見せて、俺は全身の血が逆流したんじゃないかってくらい体が熱くなった。


「おう、いい目すんじゃねぇか」
「用は済んだだろ、出てけよ」
「何言ってんだ。今俺は、マッポにも黒葛野組にも追われてんだよ。熱りが冷めるまで匿えよ、千陽」
「気安く名前を呼ぶな!!俺はお前の情夫になった覚えはないぞ!!」



ガタンッー。



言い訳をするつもりはない。

寝不足だし、体力も気力も限界だし。

油断をしたと言えば、油断をしたのかもしれない。

俺の部屋に居座るマル暴が、俺を玄関のドアに叩きつけて腕を押さえつけると、強引に唇を重ねてきた。



「……っ!!」


強くて、痛くて………熱を帯びて。

………ロクに抵抗できない。


「……ヤられた時点で。俺の情夫のなんだよ、お前は」
「………好き、勝手言うな!!」
「お前がオレにヤられてる、すげぇかわいい動画、管轄の住民にばら撒いたら、どうなるかな………?」
「お前っ!!」

思わず拳に力を込めて、憎たらしいマル暴にくり出した。

「おっと、歯向かうなよ。動画や画像は、サーバーに隠してあんだ。………下手な真似してみろ。お前、社会的にも生きていけねぇよ?」
「…………」
「母子家庭で育って、随分と苦労したんだろ?せっかくいい職場に入ったのに、あんな恥かしい姿誰にも見せらんないじゃねぇのか?」
「………クソッ!!」


〝奥の手を見せるのなら、さらに奥の手を持て〟


コイツは、俺がいない間に俺のことをコソコソ調べて、俺を歯向かわせないようにして………。


用意周到に、俺をがんじがらめに束縛する。


………悔しいけど。

今は何も、抵抗できない。


そう考えたら、勝手に体の力が抜けていた。


「やっぱりお前は賢い奴だと思っていたよ。もう2度とオレに歯向かわないように。もう一度ここに、たっぷり注いでやるよ」

そう言ってソイツは俺の後ろの孔に、間髪入れず指を押し込んだんだ。

「……っく、はぁっ!!」
「………いい声、出るじゃねぇか。千陽」
「……る、せぇっ!……今に、見てろ………お前なんか、ブタバコにぶち込んでやるっ!!」
「やっぱいいな、その目。犯しがいがあるってもんだ」


玄関ドアに貼り付けになっていた俺は、そのまま床に叩きつけられると、馬乗りになったソイツに後ろから貫かれた。


………いつか、近い未来。


俺はコイツが握っている俺の弱味を全てクリアにして!

捕まえて、2度とシャバを歩けないようにして!


………それは、絶対に叶えなきゃいけない。


俺のHigh Hopeー。
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