8 / 8
#2 それからとこれからの……
しおりを挟む
✳︎✳︎✳︎
つぐむもみつるも、遅い………。
約束の時間まで、あと10分。
五分前行動、三歩以上駆け足だろ!!
〝今日は絶対遅れるな?絶対だぞ?絶っ対だからな?〟って、威圧感満載で言い放ったんだよ、俺は。
そう言えば、最近。
つぐむもみつるも、昔みたいな素直さがない。
ほんの3年前ほどのアイツらなら「うん、わかった。はじめ兄。若しくは、はじめちゃん」と、にっこり笑って言ってくれていたハズなのに。
最近は、やれ「忙しくてさ、忘れてた。ごめん、はじめ兄。若しくは、はじめちゃん」だの「わかってるって!はじめ兄。若しくは、はじめちゃん」だの。
やたらと俺の言うことを聞かなくなってしまったような気がする。
………2人とも、大人になったんだなぁ。
………?
………今、俺。
すげぇ、父親みたいな感じになってなかったか??
………寂しい、けど。
大人になってる証拠だ。
その内「はじめ兄。若しくは、はじめちゃん」なんて言われなくなるんだろうなぁ。
「パぁパ」
「おっ!きよら!!かわいいなぁ!!順パパにしてもらったのか?」
だいぶ歩きも真っ直ぐ、しっかりしてきた子どもが、俺の膝にしがみついてかわいい声で小さく俺を「パパ」と呼ぶ。
白いレースのドレスを着て、髪は………まぁ、産毛が細くて薄いけど………頭にヘアバンドみたいな花の飾りをつけて、にっこり笑うその様は。
天使だろ、天使!!
小さい頃のみつるに似てんだよなぁ。
愛嬌がいいとことか、髪の毛が少ないとことか。
みつるもしょっちゅう、女の子に間違われてたし。
俺の足にまとわりつく天使のような我が子を、俺は抱き上げて、その柔らかすぎる頬にキスをした。
「そんなことできるの、今だけだよ?はじめ」
「だよなぁ。小学生くらいになったら、『やめて~、はじめパパ~』とか言われるんだろうなぁ」
いつの間にか。
スッキリとスーツを着こなした順一郎が俺の後ろに立っていて、予想した少し悲しい未来を口にした。
思わず俺も想像に難くない、そのリアルな近い未来を口にしてしまった。
きよらは、俺と順一郎の子どもだ。
もうすぐ、1歳半になる。
ヤローばっかに囲まれてたきよらは、菊浦家、七村家双方にとって、母親以外の唯一の女の子で。
その愛敬とその可愛らしさで、ほぼほぼお姫様化してしまって。
両家のヤローどもは、きよらにメロメロになっているんだ。
「調子はどう?順一郎」
「うん、今日はだいぶ平気。ごめんね、はじめ。色々してもらって。きよらの時は悪阻なんてなかったのに、2人目も一緒だなんて限らないんだな。初めて知ったよ」
そう気まずそうに言った順一郎は、まだ薄っぺらいお腹にそっと手を添えた。
「気にすんな、順一郎。………やっと、この日が迎えられたんだ。この3年間に対するケジメがようやく着く。それがあっての、俺たちの〝それからとこれから〟が始まるんだ」
約2年半前ー。
健二郎が病院を抜け出して、みつると感動と運命の再会を果たしたあの日。
平和だったペントハウスが、一変、今世紀最大級の修羅場に陥った。
病院からの逃走を強行した上に、順一郎の愛車であるランボルギーニ・カウンタックを窃盗して、みつるに会いに行った健二郎のことを。
初めて見るんじゃないかってくらい鬼の形相をした順一郎が、これまた身を縮ませて小さくなっている健二郎に対して、これ以上はヤバいってくらい責め立てる。
挙げ句の果てには、怒りに任せてみつるとの番の関係にまで言及したため、日頃ニコニコしてガキっぽいみつるが、マジギレをしたんだ。
あんなに鋭い、放たれた矢のように感情をストレートにぶつけるみつるを見たのは、産まれてこの方初めて見て。
「健二郎さんと離れるくらいなら!僕、健二郎さんと駆け落ちする!!」
………駆け落ちってよぉ、みつる。
おまえ、いくつだよ。
………火サスの見過ぎだっつーの。
昨今の高校生で、一体どのくらいのヤツが〝駆け落ち〟なんて言葉使うんだよ。
あれだな。
小さい頃、母親と一緒に見ていた火サスの英才教育の成果が今、開花したんだな。
「でもね、みつる君。健二郎の浅はかな考えで君を危険な目に合わせて、君の身も心も傷付けたのには変わりないんだ。だから、みつる君と健二郎は、離れた方がいい」
「〝運命〟だと、したら?」
「…………」
「僕には分かる!僕は、健二郎さんと運命の番なんだ!!離れられないんだよ!!」
淀みなくまくし立てるみつるに、順一郎は首を左右に振ってため息をついた。
「絆されてるんだよ、みつる君。
こんなこと言うのはなんだけど。
健二郎は、君の初めの人だったんじゃないのかい?
同じオメガだから言う。
運命なんてそう易々と見つかるはずがない。
君が、勘違いしているだけなんだよ、みつる君」
こ、こういうのって、やっぱそういう……さ。
オメガ性ならオメガ性が、アルファ性ならアルファ性がとか、同じ性の人生の先輩が言った言葉の方が何十倍、何百倍と説得力がある。
例にももれず。
俺は、バチバチ火花が飛び散るこの龍虎の戦いの如き光景を、傍観するしかなくて。
日頃、みつるの保護者よろしく粋がっていた俺は、オメガ同士の〝オメガの運命とはなんたるものか〟という言い争いに、首を突っ込むことすら出来ず、身の置き所を懸命に探していた。
アルファのつぐむのことも。
オメガのみつるのことも。
俺は七村家の長男だし、分け隔てなく同じ腹から産まれて、同じ釜の飯を食って、2人のことなんて全部分かってるつもりでいた。
でも、俺なんて。
………なんにも。
なんにも、分かっちゃいなかった。
なら、分かるためには?
みんなが、いい方向に向かうためには?
幸せになるためには………俺は、どうしたらいい?
どう………したら………?
…………素直に、思ってることをぶつけるしか………ない!!
「みつる、俺、おまえに言わなきゃならないことがある」
「………こんな時に、何?!くだらないことなら聞かな」
「俺、順一郎さんと結婚を前提に付き合ってる。というか、すでにそういう関係になってる」
「はぁ?!」
「今まで黙っててごめん。俺はオメガじゃないし、アルファでもないし。みつるの言う運命とかよく分からない。それにその運命が正しいのかも分からない。だから、その………俺から………提案したいんだけど」
「提案?」
順一郎とみつるが、呆気にとられたかのように同じ言葉を同時に呟いた。
「うん。みつるが高校を卒業するまで、みつるが信じた運命をじっくり見極めるってのは、どう?」
「………じゃあ、順一郎さんは?順一郎さんのいい分とはじめちゃんたちの身の振り方は?」
間髪入れず、かわいい顔には似つかわしくない鋭い目つきで、俺を睨みながらみつるが言う。
「みつるの運命とは真逆にいる俺たちも、みつるが卒業するまで、順一郎さんに運命の番が現れるか見極める。それでいいか?」
「……………」
「俺だって、真剣だ。
俺はベータだから、もちろん順一郎さんの運命じゃない。
いつ順一郎さんの運命が目の前に現れるかもしれないのは、重々承知だ。
だけど………俺だって、順一郎さんが好きなんだ。
みつるが健二郎さんを思うくらい、俺だって順一郎さんを心の底から愛してる」
「はじめちゃん………」
「だから、賭けをしないか?」
「賭け?」
「みつるが高校を卒業した日。
みつるは自分の信じた運命を貫けているか。
俺は順一郎さんの定められた運命に打ち勝っているか。
その日にハッキリ、ケジメをつけようぜ」
どのみち、半年なんて短すぎると思ったんだ。
半年で、どうこうできる問題でもない。
俺は順一郎さんが好きだけど、運命なんて関係ないと思ったけど………半年で英断できるだけの魅力も自信も備わってないことくらい分かってる。
みつるだって、そうに違いない。
だから………ちゃんと、見極めなきゃ。
俺たちの人生なんだ。
自分たちで、きっちり決めなきゃ意味がない。
「………つぐむちゃん、たちは?そんなこと、つぐむちゃんたちにとったら………。とんだとばっちりじゃん」
「つぐむも一緒だよ」
「は?」
「俺たちと一緒。愛しの昇三郎くんとのこと、ちゃんと見極めればいいんだ。………まぁ、あいつは人一倍達観してて、冷静だから………いち早く見極めるんだろうな、こういうの」
………みつるは、知らなかったんだな………つぐむと昇三郎くんのこと。
呆気にとられてるんだか、賭けに負けたくないんだか、複雑な顔をしたみつるの顔と。
呆然とした順一郎と健二郎の顔と。
俺はなんだか嬉しくなった。
これから、なんだよ。
まだ、終わっちゃいない。
経験した糧を〝それから〟に活かすのは、〝これから〟なんだよ。
「あ、わんわん」
抱き上げた我が子が指をさして「わんわん」と言った先には、馬子にも衣装ばりにスーツを着こなしたつぐむと昇三郎が立っていて。
その自然な2人の笑顔から、俺はすぐ勘づいてしまった。
「きよら~。オレ、つぐむだよ?わんわんじゃないよ?」
「わりぃ。最近、なんでも〝わんわん〟なんだよ、きよらは」
「いいよ。きよらはかわいいから、なんでも許せる」
「2人で来たってことは、もう腹を括ったんだな」
「うん、もちろん。………オレには、昇しかいない」
「お、俺も!俺もです!!つぐむ……さんしかいません!!」
「そう言うと思ったよ」
物事を達観していて、しっかりしているつぐむだけど、意外とマイペースで。
それをその純粋さでカバーする昇三郎は、とてもお似合いで。
俺も、2人につられて笑ってしまった。
あの日、俺が出した提案。
〝みつるの高校卒業の日、ちょうどこの生活を始めて3年になるその日に。
お互いの愛する人、一生を添い遂げようと決めた人をここに連れてくる。
運命でも、そうじゃなくてもいい。
見つからなかった場合は、来なくても構わない。
みんながそれぞれのパートナーを連れてきたら、俺の勝ち。
1人でもこなかったらみつるの勝ち。
………みんなが揃ったら、ここでみんなして結婚式をしよう。
揃わなかったら………それぞれ、干渉し合わない別の人生を歩むんだ。いいだろ?みつる〟
本当に、ある意味賭けだったんだ。
特に俺は………順一郎の〝運命〟がいつ現れるか気が気じゃなくて………この中で一番アブナイ橋を渡っていたのは、実は俺だったりする。
でも、順一郎との間にきよらを授かって、順一郎との絆が深くなって………さらに幸せなことに、2人目まで授かることができるなんて。
俺にとっちゃ、それは奇跡で、運命で。
これから先、順一郎に〝運命〟が現れたとしても、その運命を跳ね返す絶対に揺るがない自信が、俺には備わったんだ。
………あれだな。
ファイナルファンタジーの無敵スーツが無期限になって、それを着た俺、みたいな?
………あとは、みつるを………待つばかり。
提案をしたあの日以降、俺もつぐむもみつるも、以前のようにいたって普通に過ごしていた。
相変わらず、無垢な笑顔で「はじめちゃん」って頼ってくるみつるがいて。
それを優しく見守る健二郎がいて。
きよらが産まれた時だって、2人して感涙しながら喜んでたし。
でも………アイツの本心まで、探りたくなかった。
だから、今日も。
いつもどおりの、感じで。
いつもどおりの、口調で。
………どうするか、みつるが………ちゃんと、決めなきゃ………意味がないんだ。
「あ、わんわん」
きよらが、出入り口を指さしてかわいい声で言った。
………密かな、期待と。
………予測する、絶望が。
交差する、交錯する。
「きよら~。みつるだよ、みつる!わんわんじゃないってば!」
「………みつる」
その声……みつる。
明るい声の方に目を向けると、みつると健二郎が………幸せそうな笑みを浮かべて、姿を現してくれて………一気に、顔が熱くなって…………気分が高揚する感覚に陥った。
………よかった。
「………賭け、負けちゃった」
「もう、関係ねぇよ。………来てくれて、ありがとう。みつる」
「僕の方こそありがとう、はじめちゃん。………あの時、あのまま順一郎さんと言い合いをしてたら、きっとこんな風にはなってなかったハズだ。はじめちゃん、僕を信じてくれて………ありがとう」
「じゃあ、始めようか。俺たちだけの、結婚式だ。もう四の五を言ってもダメだからな?」
本当に、ささやかな。
本当に、幸せな。
いい結婚式だった。
こじんまりと指輪の交換をして、お互いの3年間の積もる思い出話をして。
………このペントハウスに一歩踏み入れた時の、あの、居心地の悪い感情とは全く正反対の立場と環境に、俺は思わず苦笑した。
みんなが笑顔で、みんなが幸せで。
みんなの〝それからとこれから〟が、容易に想像できるんだ。
「きよらが全く起きないよ?興奮してたからかな、イケメンのおじ様に囲まれて」
シャワーを浴びて、ベビーベッドにおとなしく眠るきよらの頭を愛おしそうに軽く撫でた順一郎が優しく呟いた。
「順一郎も疲れただろ?ゆっくりおやすみ」
「………はじめ」
順一郎がベッドに横たわると同時に、先にベッドに入っていた俺に体を預けるように唇を重ねて、耐えきれない感じで、激しく熱く、舌を絡めだす。
………初めて、順一郎と体を重ねた時の感覚が、ブワッと鳥肌が立つくらい鮮明に蘇った。
「挿入れないけど………今日は、抱いてほしい。はじめに…………抱いてほしい」
強気なキスと強引な押しをする順一郎なのに、その瞳は不安げに揺れて、その表情は生娘のように恥ずかしげで。
………ヤバい、なぁ。
そんなことされると、断れないじゃないか。
「………そうだね。これからの俺たちの記念すべき日だから………。2人で、気持ちよくなろうか?」
「うん………。うん……はじめ。………好き」
「俺もだ、順一郎」
身勝手な約束から始まって、半年で結果は出ていたようで出てなくて。
愛しい人となら、いくらでも時間をかけていい。
だって、そうだろ?
それから、愛が深くなって。
これから、愛が育っていくんだから。
つぐむもみつるも、遅い………。
約束の時間まで、あと10分。
五分前行動、三歩以上駆け足だろ!!
〝今日は絶対遅れるな?絶対だぞ?絶っ対だからな?〟って、威圧感満載で言い放ったんだよ、俺は。
そう言えば、最近。
つぐむもみつるも、昔みたいな素直さがない。
ほんの3年前ほどのアイツらなら「うん、わかった。はじめ兄。若しくは、はじめちゃん」と、にっこり笑って言ってくれていたハズなのに。
最近は、やれ「忙しくてさ、忘れてた。ごめん、はじめ兄。若しくは、はじめちゃん」だの「わかってるって!はじめ兄。若しくは、はじめちゃん」だの。
やたらと俺の言うことを聞かなくなってしまったような気がする。
………2人とも、大人になったんだなぁ。
………?
………今、俺。
すげぇ、父親みたいな感じになってなかったか??
………寂しい、けど。
大人になってる証拠だ。
その内「はじめ兄。若しくは、はじめちゃん」なんて言われなくなるんだろうなぁ。
「パぁパ」
「おっ!きよら!!かわいいなぁ!!順パパにしてもらったのか?」
だいぶ歩きも真っ直ぐ、しっかりしてきた子どもが、俺の膝にしがみついてかわいい声で小さく俺を「パパ」と呼ぶ。
白いレースのドレスを着て、髪は………まぁ、産毛が細くて薄いけど………頭にヘアバンドみたいな花の飾りをつけて、にっこり笑うその様は。
天使だろ、天使!!
小さい頃のみつるに似てんだよなぁ。
愛嬌がいいとことか、髪の毛が少ないとことか。
みつるもしょっちゅう、女の子に間違われてたし。
俺の足にまとわりつく天使のような我が子を、俺は抱き上げて、その柔らかすぎる頬にキスをした。
「そんなことできるの、今だけだよ?はじめ」
「だよなぁ。小学生くらいになったら、『やめて~、はじめパパ~』とか言われるんだろうなぁ」
いつの間にか。
スッキリとスーツを着こなした順一郎が俺の後ろに立っていて、予想した少し悲しい未来を口にした。
思わず俺も想像に難くない、そのリアルな近い未来を口にしてしまった。
きよらは、俺と順一郎の子どもだ。
もうすぐ、1歳半になる。
ヤローばっかに囲まれてたきよらは、菊浦家、七村家双方にとって、母親以外の唯一の女の子で。
その愛敬とその可愛らしさで、ほぼほぼお姫様化してしまって。
両家のヤローどもは、きよらにメロメロになっているんだ。
「調子はどう?順一郎」
「うん、今日はだいぶ平気。ごめんね、はじめ。色々してもらって。きよらの時は悪阻なんてなかったのに、2人目も一緒だなんて限らないんだな。初めて知ったよ」
そう気まずそうに言った順一郎は、まだ薄っぺらいお腹にそっと手を添えた。
「気にすんな、順一郎。………やっと、この日が迎えられたんだ。この3年間に対するケジメがようやく着く。それがあっての、俺たちの〝それからとこれから〟が始まるんだ」
約2年半前ー。
健二郎が病院を抜け出して、みつると感動と運命の再会を果たしたあの日。
平和だったペントハウスが、一変、今世紀最大級の修羅場に陥った。
病院からの逃走を強行した上に、順一郎の愛車であるランボルギーニ・カウンタックを窃盗して、みつるに会いに行った健二郎のことを。
初めて見るんじゃないかってくらい鬼の形相をした順一郎が、これまた身を縮ませて小さくなっている健二郎に対して、これ以上はヤバいってくらい責め立てる。
挙げ句の果てには、怒りに任せてみつるとの番の関係にまで言及したため、日頃ニコニコしてガキっぽいみつるが、マジギレをしたんだ。
あんなに鋭い、放たれた矢のように感情をストレートにぶつけるみつるを見たのは、産まれてこの方初めて見て。
「健二郎さんと離れるくらいなら!僕、健二郎さんと駆け落ちする!!」
………駆け落ちってよぉ、みつる。
おまえ、いくつだよ。
………火サスの見過ぎだっつーの。
昨今の高校生で、一体どのくらいのヤツが〝駆け落ち〟なんて言葉使うんだよ。
あれだな。
小さい頃、母親と一緒に見ていた火サスの英才教育の成果が今、開花したんだな。
「でもね、みつる君。健二郎の浅はかな考えで君を危険な目に合わせて、君の身も心も傷付けたのには変わりないんだ。だから、みつる君と健二郎は、離れた方がいい」
「〝運命〟だと、したら?」
「…………」
「僕には分かる!僕は、健二郎さんと運命の番なんだ!!離れられないんだよ!!」
淀みなくまくし立てるみつるに、順一郎は首を左右に振ってため息をついた。
「絆されてるんだよ、みつる君。
こんなこと言うのはなんだけど。
健二郎は、君の初めの人だったんじゃないのかい?
同じオメガだから言う。
運命なんてそう易々と見つかるはずがない。
君が、勘違いしているだけなんだよ、みつる君」
こ、こういうのって、やっぱそういう……さ。
オメガ性ならオメガ性が、アルファ性ならアルファ性がとか、同じ性の人生の先輩が言った言葉の方が何十倍、何百倍と説得力がある。
例にももれず。
俺は、バチバチ火花が飛び散るこの龍虎の戦いの如き光景を、傍観するしかなくて。
日頃、みつるの保護者よろしく粋がっていた俺は、オメガ同士の〝オメガの運命とはなんたるものか〟という言い争いに、首を突っ込むことすら出来ず、身の置き所を懸命に探していた。
アルファのつぐむのことも。
オメガのみつるのことも。
俺は七村家の長男だし、分け隔てなく同じ腹から産まれて、同じ釜の飯を食って、2人のことなんて全部分かってるつもりでいた。
でも、俺なんて。
………なんにも。
なんにも、分かっちゃいなかった。
なら、分かるためには?
みんなが、いい方向に向かうためには?
幸せになるためには………俺は、どうしたらいい?
どう………したら………?
…………素直に、思ってることをぶつけるしか………ない!!
「みつる、俺、おまえに言わなきゃならないことがある」
「………こんな時に、何?!くだらないことなら聞かな」
「俺、順一郎さんと結婚を前提に付き合ってる。というか、すでにそういう関係になってる」
「はぁ?!」
「今まで黙っててごめん。俺はオメガじゃないし、アルファでもないし。みつるの言う運命とかよく分からない。それにその運命が正しいのかも分からない。だから、その………俺から………提案したいんだけど」
「提案?」
順一郎とみつるが、呆気にとられたかのように同じ言葉を同時に呟いた。
「うん。みつるが高校を卒業するまで、みつるが信じた運命をじっくり見極めるってのは、どう?」
「………じゃあ、順一郎さんは?順一郎さんのいい分とはじめちゃんたちの身の振り方は?」
間髪入れず、かわいい顔には似つかわしくない鋭い目つきで、俺を睨みながらみつるが言う。
「みつるの運命とは真逆にいる俺たちも、みつるが卒業するまで、順一郎さんに運命の番が現れるか見極める。それでいいか?」
「……………」
「俺だって、真剣だ。
俺はベータだから、もちろん順一郎さんの運命じゃない。
いつ順一郎さんの運命が目の前に現れるかもしれないのは、重々承知だ。
だけど………俺だって、順一郎さんが好きなんだ。
みつるが健二郎さんを思うくらい、俺だって順一郎さんを心の底から愛してる」
「はじめちゃん………」
「だから、賭けをしないか?」
「賭け?」
「みつるが高校を卒業した日。
みつるは自分の信じた運命を貫けているか。
俺は順一郎さんの定められた運命に打ち勝っているか。
その日にハッキリ、ケジメをつけようぜ」
どのみち、半年なんて短すぎると思ったんだ。
半年で、どうこうできる問題でもない。
俺は順一郎さんが好きだけど、運命なんて関係ないと思ったけど………半年で英断できるだけの魅力も自信も備わってないことくらい分かってる。
みつるだって、そうに違いない。
だから………ちゃんと、見極めなきゃ。
俺たちの人生なんだ。
自分たちで、きっちり決めなきゃ意味がない。
「………つぐむちゃん、たちは?そんなこと、つぐむちゃんたちにとったら………。とんだとばっちりじゃん」
「つぐむも一緒だよ」
「は?」
「俺たちと一緒。愛しの昇三郎くんとのこと、ちゃんと見極めればいいんだ。………まぁ、あいつは人一倍達観してて、冷静だから………いち早く見極めるんだろうな、こういうの」
………みつるは、知らなかったんだな………つぐむと昇三郎くんのこと。
呆気にとられてるんだか、賭けに負けたくないんだか、複雑な顔をしたみつるの顔と。
呆然とした順一郎と健二郎の顔と。
俺はなんだか嬉しくなった。
これから、なんだよ。
まだ、終わっちゃいない。
経験した糧を〝それから〟に活かすのは、〝これから〟なんだよ。
「あ、わんわん」
抱き上げた我が子が指をさして「わんわん」と言った先には、馬子にも衣装ばりにスーツを着こなしたつぐむと昇三郎が立っていて。
その自然な2人の笑顔から、俺はすぐ勘づいてしまった。
「きよら~。オレ、つぐむだよ?わんわんじゃないよ?」
「わりぃ。最近、なんでも〝わんわん〟なんだよ、きよらは」
「いいよ。きよらはかわいいから、なんでも許せる」
「2人で来たってことは、もう腹を括ったんだな」
「うん、もちろん。………オレには、昇しかいない」
「お、俺も!俺もです!!つぐむ……さんしかいません!!」
「そう言うと思ったよ」
物事を達観していて、しっかりしているつぐむだけど、意外とマイペースで。
それをその純粋さでカバーする昇三郎は、とてもお似合いで。
俺も、2人につられて笑ってしまった。
あの日、俺が出した提案。
〝みつるの高校卒業の日、ちょうどこの生活を始めて3年になるその日に。
お互いの愛する人、一生を添い遂げようと決めた人をここに連れてくる。
運命でも、そうじゃなくてもいい。
見つからなかった場合は、来なくても構わない。
みんながそれぞれのパートナーを連れてきたら、俺の勝ち。
1人でもこなかったらみつるの勝ち。
………みんなが揃ったら、ここでみんなして結婚式をしよう。
揃わなかったら………それぞれ、干渉し合わない別の人生を歩むんだ。いいだろ?みつる〟
本当に、ある意味賭けだったんだ。
特に俺は………順一郎の〝運命〟がいつ現れるか気が気じゃなくて………この中で一番アブナイ橋を渡っていたのは、実は俺だったりする。
でも、順一郎との間にきよらを授かって、順一郎との絆が深くなって………さらに幸せなことに、2人目まで授かることができるなんて。
俺にとっちゃ、それは奇跡で、運命で。
これから先、順一郎に〝運命〟が現れたとしても、その運命を跳ね返す絶対に揺るがない自信が、俺には備わったんだ。
………あれだな。
ファイナルファンタジーの無敵スーツが無期限になって、それを着た俺、みたいな?
………あとは、みつるを………待つばかり。
提案をしたあの日以降、俺もつぐむもみつるも、以前のようにいたって普通に過ごしていた。
相変わらず、無垢な笑顔で「はじめちゃん」って頼ってくるみつるがいて。
それを優しく見守る健二郎がいて。
きよらが産まれた時だって、2人して感涙しながら喜んでたし。
でも………アイツの本心まで、探りたくなかった。
だから、今日も。
いつもどおりの、感じで。
いつもどおりの、口調で。
………どうするか、みつるが………ちゃんと、決めなきゃ………意味がないんだ。
「あ、わんわん」
きよらが、出入り口を指さしてかわいい声で言った。
………密かな、期待と。
………予測する、絶望が。
交差する、交錯する。
「きよら~。みつるだよ、みつる!わんわんじゃないってば!」
「………みつる」
その声……みつる。
明るい声の方に目を向けると、みつると健二郎が………幸せそうな笑みを浮かべて、姿を現してくれて………一気に、顔が熱くなって…………気分が高揚する感覚に陥った。
………よかった。
「………賭け、負けちゃった」
「もう、関係ねぇよ。………来てくれて、ありがとう。みつる」
「僕の方こそありがとう、はじめちゃん。………あの時、あのまま順一郎さんと言い合いをしてたら、きっとこんな風にはなってなかったハズだ。はじめちゃん、僕を信じてくれて………ありがとう」
「じゃあ、始めようか。俺たちだけの、結婚式だ。もう四の五を言ってもダメだからな?」
本当に、ささやかな。
本当に、幸せな。
いい結婚式だった。
こじんまりと指輪の交換をして、お互いの3年間の積もる思い出話をして。
………このペントハウスに一歩踏み入れた時の、あの、居心地の悪い感情とは全く正反対の立場と環境に、俺は思わず苦笑した。
みんなが笑顔で、みんなが幸せで。
みんなの〝それからとこれから〟が、容易に想像できるんだ。
「きよらが全く起きないよ?興奮してたからかな、イケメンのおじ様に囲まれて」
シャワーを浴びて、ベビーベッドにおとなしく眠るきよらの頭を愛おしそうに軽く撫でた順一郎が優しく呟いた。
「順一郎も疲れただろ?ゆっくりおやすみ」
「………はじめ」
順一郎がベッドに横たわると同時に、先にベッドに入っていた俺に体を預けるように唇を重ねて、耐えきれない感じで、激しく熱く、舌を絡めだす。
………初めて、順一郎と体を重ねた時の感覚が、ブワッと鳥肌が立つくらい鮮明に蘇った。
「挿入れないけど………今日は、抱いてほしい。はじめに…………抱いてほしい」
強気なキスと強引な押しをする順一郎なのに、その瞳は不安げに揺れて、その表情は生娘のように恥ずかしげで。
………ヤバい、なぁ。
そんなことされると、断れないじゃないか。
「………そうだね。これからの俺たちの記念すべき日だから………。2人で、気持ちよくなろうか?」
「うん………。うん……はじめ。………好き」
「俺もだ、順一郎」
身勝手な約束から始まって、半年で結果は出ていたようで出てなくて。
愛しい人となら、いくらでも時間をかけていい。
だって、そうだろ?
それから、愛が深くなって。
これから、愛が育っていくんだから。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
52
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(4件)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
この作品好きです!全員ハッピーエンド!( ^ω^ )
好きになっていただいて、ありがとうございます😊
ハッピーエンド、大好きです!
これからもよろしくお願いします❣️
7ページ
熱くて柔らかい上にてグズグズ になってましたが
上にグズグズ では?
ご指摘、ありがとうございました。修正いたしました!
エロ表現部分の誤字……恥ずかしい💦
7ページ
クロエロい昇三郎 になってましたが
クソエロい昇三郎 では?
ご指摘ありがとうございます。修正いたしました。
クロエロって……ニアミスでこんなに違うとは。