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7-2 分水嶺(1)
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「西郷様が下野ち……! そいは本当ごわんか!?」
明治六年(一八七三年)十月。
西欧視察団の研修を終え、利良は無事帰国する。
フランスやイギリスから持ち帰った膨大な知識と資料を整理し、利良は日本の近代警察の制定に取り掛かっていた。
その時、身を粉にして邁進する利良の耳に、信じ難き情報が飛び込んでくる。
〝西郷隆盛。参議などを含む全ての官職に対し、辞表を提出〟
噂話と一言で片付けられない内容に、利良は手にしていた筆を床に落としてしまった。
同時に、電光石火の如く、色んな話が洪水のように利良に襲いかかる。
〝参議と近衛都督については西郷の辞表は受理された〟
〝陸軍大将の職については、提出した辞表が却下され未だ保留中〟
〝西郷を追うように参議の半数と、軍人や官僚の約六百人が辞職した〟
どうにもこうにも、納得し得ない話の数々に、利良は拳を強く握りしめた。
ようやく軌道に乗り出した新政府の基盤を、根底から覆す話が次々と浮上する。
利良は執務室から飛び出すと、脇目も振らず走り出した。
(何かの……! 何かの間違いでごわんそッ!!)
まさに寝耳に水。
利良も計り知れぬところで、政変が勃発した。
これを『明治六年の変(※征韓論政変)』という。
この政変は、安政五年(一八五八年)、アメリカやオランダ、ロシア・イギリス・フランスと締結した不平等条約『安政の五カ国条約』がその発端となっていた。
条約に盛り込まれた、領事裁判権の撤廃と関税自主権の回復。それは、富国強兵を目指す日本にとって大きな足枷となっていた。国家の独立と経済発展は明治政府にとって、不平等条約の改正・撤廃は最も重要な課題だったのである。
西欧視察団は、欧米諸国の見学・研修が主たる目的であった。
しかしその下には、明治五年(一八七二年)に改定時期の迫る安政の五カ国条約の予備交渉が準備されていて、視察団の隠れた本来の目的だったといえよう。
この予備交渉は、結果的に失敗に終わるのだが。西欧視察団が目の当たりにした西欧諸国の様子は、近代化を謳った明治政府が保持していた今までの考えを、大きく覆されるほど衝撃的であった。
内治優先--。
一刻も早い議会制度や様々な法律を整備する必要性を痛感する。
一方、西欧視察団が外遊中に日本にとどまっていた西郷をはじめとする留守政府は、学制や徴兵制、地租改正からなる『三大改革』を行い大きな成果を上げていた。
しかし、留守政府には、大きな改正をする権限は持ち得てはいなかったのだ。各省庁の強い要望に、留守政府もかなり無理な断行して改正といえる。
明治政府は発足当初から明治ニ十三年(一八九〇年)あたりまで富国強兵を推し進めているが、それは内需の拡大より主権線(※ 国境)の防御より、利益線(※ 国境の外側にある勢力圏)を確保することが必要であると考えられてきたからである。
これを『征韓論』という。
当然、西欧視察に行く前の岩倉具視や大久保利通も、この考えを推進してきた。
帰国後。今までとは一八〇度違う視察団の考えに、元より外部へ向けた富国強兵を主張していた留守政府が真っ向から対立する。
留守を預かっていた間に、国交拒否を示した朝鮮の書状を受け取っていた西郷はこれに対し特に反発。朝鮮への進軍を、さらに強く主張し軍事増強等を実行していった。
これに〝待った〟をかけたのが、岩倉具視である。
明治天皇から太政大臣摂行の命を受けた岩倉は、西郷等が主張する征韓論を極端に偏ったものとして明治天皇へ意見を上申。さらには岩倉等の宮中工作により、結果、西郷は直接天海明治天皇へ意見を上申することすら叶わなかった。
その直後、失意の西郷隆盛は全ての官職について、辞表を提出したのだ。
「西郷様……! 西郷様は、おいやはんどかいッ!!(※ いらっしゃらないだろうか)」
西郷が居を構える青山の屋敷前で、利良は声を張り上げた。整わない呼吸を物ともせず発せられた利良の声は、静かな路地に響き渡る。
(目を見っせぇ、ちゃんと話ばせんな……!)
利良の声に、屋敷からは応答はない。鼓動する心臓の音が耳を遮り、気だけが余計に急いてくる。
「西郷様!!」
さらに強く叫んだ。普段穏やかな利良の声に、焦燥や怒気が入り乱れる。
同時に、キィと軋む音を響かせ潜戸が開いた。
「川路様、こちらよりどうぞ」
不安げな様子をした女中が顔を出し、利良に屋敷に入るよう促す。利良は息を止め、体を小さくして足早に潜戸を通り抜けた。
一刻も早く会いたいと。
走り出したい気持ちを極限にまで押さえつけ、遅々として進まぬ女中の後をついていく。西郷の居室まで続く廊下でさえも、利良には異様に長く感じた。
「こちらでございます」
廊下に膝をつき「川路様がいらっしゃいました」と言いながら、細い女中の手が滑らかな手つきで障子を開ける。
「川路殿、よう来っくいやったな」
「……失礼し申す」
利良は一瞬、言葉を失った。目の前にいる西郷に愕然とする。
布団の上に座した西郷は、直近の記憶に残る姿とだいぶかけ離れていたからだ。
張りのあった声は小さく窄み、恰幅の良い体つきは覇気がない。肌は茶色く、ふっくらとしてた頬でさえも、見る影もなく不健康にこけていた。
たった一日程でこれほどまでになるものか?
おさまっていたはずの、胸に湧きあがった利良の不安。先程よりも強く利良にのしかかる。
「シノ。川路殿に、茶を持っきっせぇくいやはんどかい」
「かしこまりました」
頭を軽く下げた女中がスッと障子が閉じたと同時に、西郷は居心地悪そうに笑った。
「暫く前から体調が悪っせぇな。こげな格好ですいもはん」
「いや……事情を知らんじ。急に押しかけたのは俺じゃっで……」
「まぁ、立ったままもなんじゃって。川路殿、座ったもんせ」
「あいがとさげもす」
利良は座る段になって、初めて気付いた。脇差を忘れている。西郷に纏わる余程、焦っていたのだろう。その纏わる話も、弱り覇気のない西郷を面前としてみれば、強《あなが》ち嘘ではないのではないか。利良はそう思い始めていた。
「あん話をば……聞き申したんじゃろ」
西郷が静かに口を開く。
短く「はい」と返事をすることができず、利良は小さく首を縦に振った。
「こんとおり、体調も芳しくなかでな。朝鮮勅使ば、俺の官僚としてん最後ん仕事っじゃっち、前から決めておいもしたと」
「そんな……!! まだ、早かでごわんど!!」
「自分の引き際は、自分で決めっ事じゃ。人に指図されて、引くのは引き際じゃねどなぁ」
「しかし……っ!!」
「川路殿」
強めに発した言葉は、反論する利良を止める。グッと拳を握りしめ、言葉を押し殺す利良に、西郷は穏やかに笑って言った。
「俺は、薩摩に帰りもんそ」
「ッ……!」
利良はより強く、拳を握りしめた。
西郷の放った言葉が、深く突き刺さる。
本来ならば、利良は西郷と共に行動しなければならない。
下級武士・与力である利良に目を掛け、役職に登用し、西欧まで行かせてくれたのは西郷だ。御恩を返すのであれば、共に下野するのが筋である。利良は、西郷を真っ直ぐに見られなくなった。
「大久保殿も、皆も。全部、変わっしもた」
「……」
「川路殿は、どうな?」
「……どうな、ち」
「薩摩には帰らん事なかか?」
西郷の言葉は非常に穏やかであるのに、その一言一言が、利良の胸を抉り出す。
帰りたい……帰りたいに、決まっている。
月を見上げながら、晋祐と穏やかに酒を酌み交わしたい。
未だ渡せぬ沢山の土産を、キヨに渡したい。
しかし--!!
血が滲まんばかりに力が入った利良の拳が、膝の上で小刻みに震えだす。
「今は……ここを、離るっわけにはいかん」
利良は、喉の奥から声を絞り出した。一つ大きく息を吸うと、迷いのあった心を振り切るように。伏せた目を上げ、西郷へと真っ直ぐに向ける。
「帰りたいのは山々じゃっどん! そいは俺の私情じゃいもんそ!」
「……」
「大義の前には……私情はいらんこっじゃ。大義を成さねばならん事っは、西郷様もようご存じな筈じゃ!」
「……して、川路殿の答えは?」
西郷は低く声を響かせた。
次の言葉を--。
答えを言ったら--。
西郷とはもう、会うことはないだろう。
恐らく、死ぬまで語り合うこともないだろう。
利良は腹を括った。
頭も下げず、真っ直ぐに西郷を見据えたまま。利良は、はっきりと声を響かせ言い放った。
「すいもはん……! 俺は……帰れもはん!」
それから暫く。
体調が幾分改善した西郷隆盛は、薩摩へと帰っていった。
野に下った西郷は、山で狩猟に興じたり次世代の若者に教鞭を取るなど、自由気ままな生活をする。
そんな西郷に明治政府が台湾、朝鮮と相次いで出兵したという話がもたらされたのは、下野から僅か一年後。西郷並びに西郷を慕う者に対し、図らずも辛酸を嘗めさせる結果となってしまったのだ。
その頃、国内行政の大半を担う内務省を創設した大久保利通は、初代内務卿として政権のトップに君臨。国力増強を図った。
しかし、翌年には台湾出兵を強行。さらに翌年には朝鮮半島に軍艦を派遣して武力衝突を起こしている。この武力衝突がきっかけで、結果的には日朝修好条規の締結に至ることができた。
西郷の朝鮮派遣の際には「対外戦争は避けるべき」と主張していたにも拘らず。台湾や朝鮮に派兵した大久保の政策に矛盾と憤りを感じた木戸孝允は、抗議の意思を示し政府から一時下野するまでに事態を混乱させた。
利良にとってもこの『明治六年の政変』は、己の人生の岐路であった筈だ。
後にも先にも後悔しないことはない出来事の一つとして、利良の記憶に刻まれたと思慮される。下野し遠い薩摩で辛酸を舐める西郷隆盛と、明治政府で手腕を振るう大久保利通に、決して埋められない亀裂を生じさせる原因となってしまったのだ。
明治六年(一八七三年)十月。
西欧視察団の研修を終え、利良は無事帰国する。
フランスやイギリスから持ち帰った膨大な知識と資料を整理し、利良は日本の近代警察の制定に取り掛かっていた。
その時、身を粉にして邁進する利良の耳に、信じ難き情報が飛び込んでくる。
〝西郷隆盛。参議などを含む全ての官職に対し、辞表を提出〟
噂話と一言で片付けられない内容に、利良は手にしていた筆を床に落としてしまった。
同時に、電光石火の如く、色んな話が洪水のように利良に襲いかかる。
〝参議と近衛都督については西郷の辞表は受理された〟
〝陸軍大将の職については、提出した辞表が却下され未だ保留中〟
〝西郷を追うように参議の半数と、軍人や官僚の約六百人が辞職した〟
どうにもこうにも、納得し得ない話の数々に、利良は拳を強く握りしめた。
ようやく軌道に乗り出した新政府の基盤を、根底から覆す話が次々と浮上する。
利良は執務室から飛び出すと、脇目も振らず走り出した。
(何かの……! 何かの間違いでごわんそッ!!)
まさに寝耳に水。
利良も計り知れぬところで、政変が勃発した。
これを『明治六年の変(※征韓論政変)』という。
この政変は、安政五年(一八五八年)、アメリカやオランダ、ロシア・イギリス・フランスと締結した不平等条約『安政の五カ国条約』がその発端となっていた。
条約に盛り込まれた、領事裁判権の撤廃と関税自主権の回復。それは、富国強兵を目指す日本にとって大きな足枷となっていた。国家の独立と経済発展は明治政府にとって、不平等条約の改正・撤廃は最も重要な課題だったのである。
西欧視察団は、欧米諸国の見学・研修が主たる目的であった。
しかしその下には、明治五年(一八七二年)に改定時期の迫る安政の五カ国条約の予備交渉が準備されていて、視察団の隠れた本来の目的だったといえよう。
この予備交渉は、結果的に失敗に終わるのだが。西欧視察団が目の当たりにした西欧諸国の様子は、近代化を謳った明治政府が保持していた今までの考えを、大きく覆されるほど衝撃的であった。
内治優先--。
一刻も早い議会制度や様々な法律を整備する必要性を痛感する。
一方、西欧視察団が外遊中に日本にとどまっていた西郷をはじめとする留守政府は、学制や徴兵制、地租改正からなる『三大改革』を行い大きな成果を上げていた。
しかし、留守政府には、大きな改正をする権限は持ち得てはいなかったのだ。各省庁の強い要望に、留守政府もかなり無理な断行して改正といえる。
明治政府は発足当初から明治ニ十三年(一八九〇年)あたりまで富国強兵を推し進めているが、それは内需の拡大より主権線(※ 国境)の防御より、利益線(※ 国境の外側にある勢力圏)を確保することが必要であると考えられてきたからである。
これを『征韓論』という。
当然、西欧視察に行く前の岩倉具視や大久保利通も、この考えを推進してきた。
帰国後。今までとは一八〇度違う視察団の考えに、元より外部へ向けた富国強兵を主張していた留守政府が真っ向から対立する。
留守を預かっていた間に、国交拒否を示した朝鮮の書状を受け取っていた西郷はこれに対し特に反発。朝鮮への進軍を、さらに強く主張し軍事増強等を実行していった。
これに〝待った〟をかけたのが、岩倉具視である。
明治天皇から太政大臣摂行の命を受けた岩倉は、西郷等が主張する征韓論を極端に偏ったものとして明治天皇へ意見を上申。さらには岩倉等の宮中工作により、結果、西郷は直接天海明治天皇へ意見を上申することすら叶わなかった。
その直後、失意の西郷隆盛は全ての官職について、辞表を提出したのだ。
「西郷様……! 西郷様は、おいやはんどかいッ!!(※ いらっしゃらないだろうか)」
西郷が居を構える青山の屋敷前で、利良は声を張り上げた。整わない呼吸を物ともせず発せられた利良の声は、静かな路地に響き渡る。
(目を見っせぇ、ちゃんと話ばせんな……!)
利良の声に、屋敷からは応答はない。鼓動する心臓の音が耳を遮り、気だけが余計に急いてくる。
「西郷様!!」
さらに強く叫んだ。普段穏やかな利良の声に、焦燥や怒気が入り乱れる。
同時に、キィと軋む音を響かせ潜戸が開いた。
「川路様、こちらよりどうぞ」
不安げな様子をした女中が顔を出し、利良に屋敷に入るよう促す。利良は息を止め、体を小さくして足早に潜戸を通り抜けた。
一刻も早く会いたいと。
走り出したい気持ちを極限にまで押さえつけ、遅々として進まぬ女中の後をついていく。西郷の居室まで続く廊下でさえも、利良には異様に長く感じた。
「こちらでございます」
廊下に膝をつき「川路様がいらっしゃいました」と言いながら、細い女中の手が滑らかな手つきで障子を開ける。
「川路殿、よう来っくいやったな」
「……失礼し申す」
利良は一瞬、言葉を失った。目の前にいる西郷に愕然とする。
布団の上に座した西郷は、直近の記憶に残る姿とだいぶかけ離れていたからだ。
張りのあった声は小さく窄み、恰幅の良い体つきは覇気がない。肌は茶色く、ふっくらとしてた頬でさえも、見る影もなく不健康にこけていた。
たった一日程でこれほどまでになるものか?
おさまっていたはずの、胸に湧きあがった利良の不安。先程よりも強く利良にのしかかる。
「シノ。川路殿に、茶を持っきっせぇくいやはんどかい」
「かしこまりました」
頭を軽く下げた女中がスッと障子が閉じたと同時に、西郷は居心地悪そうに笑った。
「暫く前から体調が悪っせぇな。こげな格好ですいもはん」
「いや……事情を知らんじ。急に押しかけたのは俺じゃっで……」
「まぁ、立ったままもなんじゃって。川路殿、座ったもんせ」
「あいがとさげもす」
利良は座る段になって、初めて気付いた。脇差を忘れている。西郷に纏わる余程、焦っていたのだろう。その纏わる話も、弱り覇気のない西郷を面前としてみれば、強《あなが》ち嘘ではないのではないか。利良はそう思い始めていた。
「あん話をば……聞き申したんじゃろ」
西郷が静かに口を開く。
短く「はい」と返事をすることができず、利良は小さく首を縦に振った。
「こんとおり、体調も芳しくなかでな。朝鮮勅使ば、俺の官僚としてん最後ん仕事っじゃっち、前から決めておいもしたと」
「そんな……!! まだ、早かでごわんど!!」
「自分の引き際は、自分で決めっ事じゃ。人に指図されて、引くのは引き際じゃねどなぁ」
「しかし……っ!!」
「川路殿」
強めに発した言葉は、反論する利良を止める。グッと拳を握りしめ、言葉を押し殺す利良に、西郷は穏やかに笑って言った。
「俺は、薩摩に帰りもんそ」
「ッ……!」
利良はより強く、拳を握りしめた。
西郷の放った言葉が、深く突き刺さる。
本来ならば、利良は西郷と共に行動しなければならない。
下級武士・与力である利良に目を掛け、役職に登用し、西欧まで行かせてくれたのは西郷だ。御恩を返すのであれば、共に下野するのが筋である。利良は、西郷を真っ直ぐに見られなくなった。
「大久保殿も、皆も。全部、変わっしもた」
「……」
「川路殿は、どうな?」
「……どうな、ち」
「薩摩には帰らん事なかか?」
西郷の言葉は非常に穏やかであるのに、その一言一言が、利良の胸を抉り出す。
帰りたい……帰りたいに、決まっている。
月を見上げながら、晋祐と穏やかに酒を酌み交わしたい。
未だ渡せぬ沢山の土産を、キヨに渡したい。
しかし--!!
血が滲まんばかりに力が入った利良の拳が、膝の上で小刻みに震えだす。
「今は……ここを、離るっわけにはいかん」
利良は、喉の奥から声を絞り出した。一つ大きく息を吸うと、迷いのあった心を振り切るように。伏せた目を上げ、西郷へと真っ直ぐに向ける。
「帰りたいのは山々じゃっどん! そいは俺の私情じゃいもんそ!」
「……」
「大義の前には……私情はいらんこっじゃ。大義を成さねばならん事っは、西郷様もようご存じな筈じゃ!」
「……して、川路殿の答えは?」
西郷は低く声を響かせた。
次の言葉を--。
答えを言ったら--。
西郷とはもう、会うことはないだろう。
恐らく、死ぬまで語り合うこともないだろう。
利良は腹を括った。
頭も下げず、真っ直ぐに西郷を見据えたまま。利良は、はっきりと声を響かせ言い放った。
「すいもはん……! 俺は……帰れもはん!」
それから暫く。
体調が幾分改善した西郷隆盛は、薩摩へと帰っていった。
野に下った西郷は、山で狩猟に興じたり次世代の若者に教鞭を取るなど、自由気ままな生活をする。
そんな西郷に明治政府が台湾、朝鮮と相次いで出兵したという話がもたらされたのは、下野から僅か一年後。西郷並びに西郷を慕う者に対し、図らずも辛酸を嘗めさせる結果となってしまったのだ。
その頃、国内行政の大半を担う内務省を創設した大久保利通は、初代内務卿として政権のトップに君臨。国力増強を図った。
しかし、翌年には台湾出兵を強行。さらに翌年には朝鮮半島に軍艦を派遣して武力衝突を起こしている。この武力衝突がきっかけで、結果的には日朝修好条規の締結に至ることができた。
西郷の朝鮮派遣の際には「対外戦争は避けるべき」と主張していたにも拘らず。台湾や朝鮮に派兵した大久保の政策に矛盾と憤りを感じた木戸孝允は、抗議の意思を示し政府から一時下野するまでに事態を混乱させた。
利良にとってもこの『明治六年の政変』は、己の人生の岐路であった筈だ。
後にも先にも後悔しないことはない出来事の一つとして、利良の記憶に刻まれたと思慮される。下野し遠い薩摩で辛酸を舐める西郷隆盛と、明治政府で手腕を振るう大久保利通に、決して埋められない亀裂を生じさせる原因となってしまったのだ。
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清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。
俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。
清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。
ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。
清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、
無視したのであった。
そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。
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織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
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