36 / 41
9-3 鉄血山を覆うて(2)
しおりを挟む
火薬庫、襲撃--!!
その知らせを、利良は根占沖(現・鹿児島県南大隅町沖)に停泊中だった軍船・赤龍丸の船内で聞いた。
利良が拘束・拷問されてから、さほど日も経過していない内に起こった襲撃事件。
利良は堪らず、荒縄の痕が未だ残る腕を壁に叩きつけた。
(何故、俺は説得できんかったとか! 何故、私学校生が抱えっちょい燻りを探ることができんかったとか!)
湧き上がるのは、己の不甲斐なさと後悔ばかり。利良は拳を握りしめたまま、舷窓(※ 船の窓)から見える鹿児島を強く見据えた。
「……っ」
遮る物もない陽光が、舷窓の特徴的な輪郭そのままに、船内に差し込む。
あまりの眩しさに、利良は顔を顰めた。
無意識に体に力を入れたせいか。ほぼ全身が、強烈な痛みを放ち悲鳴を上げる。利良は歯を食いしばり、叫びそうになる声を抑えた。
見慣れない部屋。
見渡しても誰もおらず、利良は、壁に寄りかかるように体を起こした。そして、舷窓の縁を掴み、必死に体を伸ばして外を見る。
深い紺碧の海。その向こうに見える陸は--。
「城山……? まさか!?」
夢ではない。
確実にその場所にいたはずだ。
晋祐の屋敷にいたこと。それが辛さと痛みを伴って、断片的な記憶が残像として脳裏に蘇った。
それが、何故か今。利良は鹿児島の街を臨む洋上にいる。自身に何が起こったのか、全く見当がつかない。利良は、壁伝いに歩き出した。
(甲板に……甲板に出らんな!)
妙な予感と焦る気持ちが、利良の生魂を突き動かす。どうしようも無く言うことを聞かない体を引き摺り、利良は壁を支えに、一歩足を踏み出した。
「どけ行っとな」
低く響く聞き覚えのある声が、耳を掠める。辿々しく不安定な足元から目を離し、利良は顔を上げた。
「……大久保様」
「そげん体で、どけ行っとな」
「いや、そん前に説明ば、しっくいやんどかい(※ してくれないだろうか)?」
「説明? 何の説明な」
「俺はいつ船に乗ったたろかい!? 晋祐殿は!? 晋祐殿は、大丈夫っじゃろかい!?」
「……」
「晋祐殿な俺を助けっじくいやったせいで、どげんか目に合うちょらんどかい!!」
全身の痛みを跳ね飛ばすほどの焦る気持ちの勢いが、無意識に利良を突き動かす。
怒鳴りながら、倒れ込むように大久保の胸倉を掴んだ。
「大久保様っ! 答えっくいやい!」
「無事と、報告ば受けちょいど」
「……報告? 報告、っち……まさか」
まさか、また密偵を?
西郷の下野により、中央政府への不満を爆発寸前まで宿している私学校生。政府や密偵に尋常じゃなく過敏になっている彼等に見つかることがあったら……。
利良の脳裏に考えうる様々な危惧がよぎる。サッと血の気が引いた利良は、その場に崩れ落ちた。
「まだ……そげん事を」
「私学校生の動向は、予断を許さん所まで来ぃちょっ。多少の危険と犠牲は想定内じゃ」
「……多少の危険と犠牲!?」
淡々とした抑揚のない大久保の言葉が、余計に利良に渦巻く不安を掻き立てる。
跪く利良は、大久保に縋りついた。相変わらず冷たく光を放つ目をして、大久保は利良を見下ろす。
「草牟田ん陸軍省砲兵属廠(※ 当時、鹿児島にあった政府の武器庫)ん武器を、大阪に移す」
「……え?」
「お前も分かっちょっ筈じゃ」
目を見開き驚く利良を他所に、大久保は舷窓の向こう側に臨む鹿児島に視線を移した。
「鹿児島は大ないすぎた。俺殿等政府に反旗を翻っ機会を、今か今かと窺っちょい」
「しかっ(※ しかし)!」
「陸軍省砲兵属廠が、いつ掠奪さるっかもしれん」
「!?」
当時、陸軍はスナイドル銃を主力装備としていた。
その弾薬等は旧薩摩藩が設立した兵器・弾薬工場、鹿児島属廠で製造され、ほぼ独占的に供給されていた。長年にわたる薩摩の強兵政策によるものだと言える。
スナイドル銃の弾薬(実包)は、薬莢の主材料である真鍮を特殊な技術で成形していた。
この薬莢こそが。これが無ければスナイドル銃は、銃としての機能を果たさないのである。
構造的には個人で作成できるほど、単純な作りであった弾丸。
しかし、個々の小さな生産では、海外との有事に突入した場合を想定すると、弾丸の供給は目に見えて困難を極める。大量生産が可能な専用の設備を有しているのは、当時の日本国内には存在していなかったのだ。
工業基盤の有無等一つをとっても。遥か南で独自の発展を遂げた鹿児島と、海外の知識をと中央政府の力関係を拮抗させていた主要因の一つであったのだ。
「話を……話ば、せんなッ!! 武器庫は薩摩ん誇りじゃ!! 政府が持っじたっち分かれば!!」
大久保の言っていることは正しい。
正しいのはわかっているのだが。
同郷同志の歪み合いをこれ以上見たくない、そう思った利良は、大久保に強く反論した。
「少なくとも、 大か内乱は回避でくっじゃろ」
「ふっとか内乱は回避でくっかも知れんどん! 燻いは、消ゆっどこうか大なっしも!!」
利良が自分の思いの丈を叫んだ、その時--。
ドォォォン! と、凄まじい爆発音が響いた。生じた空振が、赤龍丸の船体を揺らす程の強烈な爆発音。
利良は体の均衡を失った利良は、堪らず床に手をついた。
「城山っ方角に、黒か煙があがっちょ!!」
頭上で飛び交う怒号と足音に、一気に船内が騒がしくなる。
「川路殿、お前は暫くここで休んどっきゃい」
「大久保様ぁ!!」
そう言い残し、大久保は利良に返事をすることなく踵を返した。
圧迫されそうなほど強い鼓動が治らない利良は、壁にしがみついて舷窓の枠に手をかける。軋む体を精一杯伸ばして、利良は舷窓の向こうに広がる鹿児島を見た。
「……まさか! 本当な!?」
錦江湾から見える小高い山・城山の向こう側から、黒い煙が黙々と上がる。
その煙は鹿児島を覆いつくさんばかりに、大きく広がっていった。
「ッ!!」
その様子に、利良は堪らず唸り声を上げる。後悔と悔しさが余計に胸を締め上げ、利良は荒縄の痕が未だ残る腕を壁に叩きつけた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
一方、晋祐の身の回りは、急速に反政府の風が強くなっていった。
俗にいう「弾薬掠奪事件」からしばらく。私学校に足を運んだ晋祐は、手にしていた教科書を落としてしまうほど驚愕した。
あの小屋に人集りができている。
厭な予感しかしない--!!
晋祐は人集りを掻き分け、小屋の中を覗いた。
「……どうして、こんな!!」
目の前に半宙吊りにされた若二才。
その体には夥しい数の深い傷跡。
晋祐の心臓が、痛いほど締め付けられる。
掠奪事件に勢い付いた私学校生等は、鹿児島に残る警視庁帰県者の中原尚雄等を再び拘束。利良より酷い拷問を開始したのだ。
若二才の姿が、利良の姿と重なる。晋祐の体が咄嗟に動いた。
「こんな事! すぐに辞めるんだ!!」
晋祐は、鞭を持つ私学校生の腕にしがみつく。
「こんな事しても、何もならない!! 政府に何か言いたいのなら、正々堂々と言うべきだ!! こんな事は、百害あって一利なし! 直ちに辞めろ!!」
「先生ッ!! 止っくいやんな!! こん卑怯者は、南洲翁の暗殺ば企てちょっごわんさぁ!」
「まだそんなことを!! いい加減にしろ!!」
私学校生は乱暴に腕を振り回し、晋祐を払い除けた。苦々しく晋祐を睨みつけると、私学校生は極力冷静に気を遣いながら、言葉を放つ。
「自白は、取れちょい申す」
「自白……? こんな酷い責めをしたら、真実とでなくとも自白するだろう!!」
「俺達ゃ、既に四十人もの卑怯者の自白を書に起こし申した」
「よ、四十人……!?」
「いずれん卑怯者も『大警視に南洲翁の暗殺ば指示された』ち、自白しぃちょっごわんど!!」
「大警視……!?」
晋祐は、耳を疑った。
まさか……利良殿が?
そんなこと、決して指示するはずはない!
拷問を受けた際も、利良自身決して言わなかったではないか!
利良に罪がないことは、晋祐自身よくわかっている。
しかし、その事実を晋祐が主張すればするほど。目の前の若二才や、他の者等への責めが酷くなることは、容易に想像がついた。
(やはり、俺は何もできないのか……?)
晋祐は拳を握りしめ、小屋を後にする。
もう、ここには用はない。
もう〝何もしなかった人〟でいい。
黎明など、もう。
俺には、関係ないのだ--。
これからの人生を、畑を耕し、語学を活かせば。キヨとゆっくり生きていくだけの蓄えもある。
晋祐は、落とし散らばったフランス語の教科書もそのままに。振り返ることなく私学校の門扉をくぐった。
小根占(現・鹿児島県錦江町)で衝撃の報告をうけた西郷隆盛は、激しく狼狽したという。中原等の自白書が取られた翌日には、私学校本校に入った。さらにその翌日、私学校幹部および分校長等が集合し、今後の方針を決定する大評議が行われる。
大評議は武装蜂起べしという主張や、政府を詰問すべしと主張。さらには天皇に直接上奏する策等、諸策百作し氷結した堀の水が溶けるほど紛糾したと言われる。
篠原国幹が「義を言うな(※ 文句を言うな)」と、紛糾する一同を黙らせると、桐野利秋が「断の一字あるのみ。旗鼓堂々総出兵の外に採るべき途なし」と断案した。
この桐野の発言が全軍出兵論であり、多数の賛成を得ることになる。
その後は、驚くほどの対応力で、西郷が率いる軍の役職が決まり、従軍志士による大隊も十箇小隊計約二千からなる大隊編成もなされた。
いよいよ、西郷軍・薩軍が動き出したのだ--!!
その知らせを、利良は根占沖(現・鹿児島県南大隅町沖)に停泊中だった軍船・赤龍丸の船内で聞いた。
利良が拘束・拷問されてから、さほど日も経過していない内に起こった襲撃事件。
利良は堪らず、荒縄の痕が未だ残る腕を壁に叩きつけた。
(何故、俺は説得できんかったとか! 何故、私学校生が抱えっちょい燻りを探ることができんかったとか!)
湧き上がるのは、己の不甲斐なさと後悔ばかり。利良は拳を握りしめたまま、舷窓(※ 船の窓)から見える鹿児島を強く見据えた。
「……っ」
遮る物もない陽光が、舷窓の特徴的な輪郭そのままに、船内に差し込む。
あまりの眩しさに、利良は顔を顰めた。
無意識に体に力を入れたせいか。ほぼ全身が、強烈な痛みを放ち悲鳴を上げる。利良は歯を食いしばり、叫びそうになる声を抑えた。
見慣れない部屋。
見渡しても誰もおらず、利良は、壁に寄りかかるように体を起こした。そして、舷窓の縁を掴み、必死に体を伸ばして外を見る。
深い紺碧の海。その向こうに見える陸は--。
「城山……? まさか!?」
夢ではない。
確実にその場所にいたはずだ。
晋祐の屋敷にいたこと。それが辛さと痛みを伴って、断片的な記憶が残像として脳裏に蘇った。
それが、何故か今。利良は鹿児島の街を臨む洋上にいる。自身に何が起こったのか、全く見当がつかない。利良は、壁伝いに歩き出した。
(甲板に……甲板に出らんな!)
妙な予感と焦る気持ちが、利良の生魂を突き動かす。どうしようも無く言うことを聞かない体を引き摺り、利良は壁を支えに、一歩足を踏み出した。
「どけ行っとな」
低く響く聞き覚えのある声が、耳を掠める。辿々しく不安定な足元から目を離し、利良は顔を上げた。
「……大久保様」
「そげん体で、どけ行っとな」
「いや、そん前に説明ば、しっくいやんどかい(※ してくれないだろうか)?」
「説明? 何の説明な」
「俺はいつ船に乗ったたろかい!? 晋祐殿は!? 晋祐殿は、大丈夫っじゃろかい!?」
「……」
「晋祐殿な俺を助けっじくいやったせいで、どげんか目に合うちょらんどかい!!」
全身の痛みを跳ね飛ばすほどの焦る気持ちの勢いが、無意識に利良を突き動かす。
怒鳴りながら、倒れ込むように大久保の胸倉を掴んだ。
「大久保様っ! 答えっくいやい!」
「無事と、報告ば受けちょいど」
「……報告? 報告、っち……まさか」
まさか、また密偵を?
西郷の下野により、中央政府への不満を爆発寸前まで宿している私学校生。政府や密偵に尋常じゃなく過敏になっている彼等に見つかることがあったら……。
利良の脳裏に考えうる様々な危惧がよぎる。サッと血の気が引いた利良は、その場に崩れ落ちた。
「まだ……そげん事を」
「私学校生の動向は、予断を許さん所まで来ぃちょっ。多少の危険と犠牲は想定内じゃ」
「……多少の危険と犠牲!?」
淡々とした抑揚のない大久保の言葉が、余計に利良に渦巻く不安を掻き立てる。
跪く利良は、大久保に縋りついた。相変わらず冷たく光を放つ目をして、大久保は利良を見下ろす。
「草牟田ん陸軍省砲兵属廠(※ 当時、鹿児島にあった政府の武器庫)ん武器を、大阪に移す」
「……え?」
「お前も分かっちょっ筈じゃ」
目を見開き驚く利良を他所に、大久保は舷窓の向こう側に臨む鹿児島に視線を移した。
「鹿児島は大ないすぎた。俺殿等政府に反旗を翻っ機会を、今か今かと窺っちょい」
「しかっ(※ しかし)!」
「陸軍省砲兵属廠が、いつ掠奪さるっかもしれん」
「!?」
当時、陸軍はスナイドル銃を主力装備としていた。
その弾薬等は旧薩摩藩が設立した兵器・弾薬工場、鹿児島属廠で製造され、ほぼ独占的に供給されていた。長年にわたる薩摩の強兵政策によるものだと言える。
スナイドル銃の弾薬(実包)は、薬莢の主材料である真鍮を特殊な技術で成形していた。
この薬莢こそが。これが無ければスナイドル銃は、銃としての機能を果たさないのである。
構造的には個人で作成できるほど、単純な作りであった弾丸。
しかし、個々の小さな生産では、海外との有事に突入した場合を想定すると、弾丸の供給は目に見えて困難を極める。大量生産が可能な専用の設備を有しているのは、当時の日本国内には存在していなかったのだ。
工業基盤の有無等一つをとっても。遥か南で独自の発展を遂げた鹿児島と、海外の知識をと中央政府の力関係を拮抗させていた主要因の一つであったのだ。
「話を……話ば、せんなッ!! 武器庫は薩摩ん誇りじゃ!! 政府が持っじたっち分かれば!!」
大久保の言っていることは正しい。
正しいのはわかっているのだが。
同郷同志の歪み合いをこれ以上見たくない、そう思った利良は、大久保に強く反論した。
「少なくとも、 大か内乱は回避でくっじゃろ」
「ふっとか内乱は回避でくっかも知れんどん! 燻いは、消ゆっどこうか大なっしも!!」
利良が自分の思いの丈を叫んだ、その時--。
ドォォォン! と、凄まじい爆発音が響いた。生じた空振が、赤龍丸の船体を揺らす程の強烈な爆発音。
利良は体の均衡を失った利良は、堪らず床に手をついた。
「城山っ方角に、黒か煙があがっちょ!!」
頭上で飛び交う怒号と足音に、一気に船内が騒がしくなる。
「川路殿、お前は暫くここで休んどっきゃい」
「大久保様ぁ!!」
そう言い残し、大久保は利良に返事をすることなく踵を返した。
圧迫されそうなほど強い鼓動が治らない利良は、壁にしがみついて舷窓の枠に手をかける。軋む体を精一杯伸ばして、利良は舷窓の向こうに広がる鹿児島を見た。
「……まさか! 本当な!?」
錦江湾から見える小高い山・城山の向こう側から、黒い煙が黙々と上がる。
その煙は鹿児島を覆いつくさんばかりに、大きく広がっていった。
「ッ!!」
その様子に、利良は堪らず唸り声を上げる。後悔と悔しさが余計に胸を締め上げ、利良は荒縄の痕が未だ残る腕を壁に叩きつけた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
一方、晋祐の身の回りは、急速に反政府の風が強くなっていった。
俗にいう「弾薬掠奪事件」からしばらく。私学校に足を運んだ晋祐は、手にしていた教科書を落としてしまうほど驚愕した。
あの小屋に人集りができている。
厭な予感しかしない--!!
晋祐は人集りを掻き分け、小屋の中を覗いた。
「……どうして、こんな!!」
目の前に半宙吊りにされた若二才。
その体には夥しい数の深い傷跡。
晋祐の心臓が、痛いほど締め付けられる。
掠奪事件に勢い付いた私学校生等は、鹿児島に残る警視庁帰県者の中原尚雄等を再び拘束。利良より酷い拷問を開始したのだ。
若二才の姿が、利良の姿と重なる。晋祐の体が咄嗟に動いた。
「こんな事! すぐに辞めるんだ!!」
晋祐は、鞭を持つ私学校生の腕にしがみつく。
「こんな事しても、何もならない!! 政府に何か言いたいのなら、正々堂々と言うべきだ!! こんな事は、百害あって一利なし! 直ちに辞めろ!!」
「先生ッ!! 止っくいやんな!! こん卑怯者は、南洲翁の暗殺ば企てちょっごわんさぁ!」
「まだそんなことを!! いい加減にしろ!!」
私学校生は乱暴に腕を振り回し、晋祐を払い除けた。苦々しく晋祐を睨みつけると、私学校生は極力冷静に気を遣いながら、言葉を放つ。
「自白は、取れちょい申す」
「自白……? こんな酷い責めをしたら、真実とでなくとも自白するだろう!!」
「俺達ゃ、既に四十人もの卑怯者の自白を書に起こし申した」
「よ、四十人……!?」
「いずれん卑怯者も『大警視に南洲翁の暗殺ば指示された』ち、自白しぃちょっごわんど!!」
「大警視……!?」
晋祐は、耳を疑った。
まさか……利良殿が?
そんなこと、決して指示するはずはない!
拷問を受けた際も、利良自身決して言わなかったではないか!
利良に罪がないことは、晋祐自身よくわかっている。
しかし、その事実を晋祐が主張すればするほど。目の前の若二才や、他の者等への責めが酷くなることは、容易に想像がついた。
(やはり、俺は何もできないのか……?)
晋祐は拳を握りしめ、小屋を後にする。
もう、ここには用はない。
もう〝何もしなかった人〟でいい。
黎明など、もう。
俺には、関係ないのだ--。
これからの人生を、畑を耕し、語学を活かせば。キヨとゆっくり生きていくだけの蓄えもある。
晋祐は、落とし散らばったフランス語の教科書もそのままに。振り返ることなく私学校の門扉をくぐった。
小根占(現・鹿児島県錦江町)で衝撃の報告をうけた西郷隆盛は、激しく狼狽したという。中原等の自白書が取られた翌日には、私学校本校に入った。さらにその翌日、私学校幹部および分校長等が集合し、今後の方針を決定する大評議が行われる。
大評議は武装蜂起べしという主張や、政府を詰問すべしと主張。さらには天皇に直接上奏する策等、諸策百作し氷結した堀の水が溶けるほど紛糾したと言われる。
篠原国幹が「義を言うな(※ 文句を言うな)」と、紛糾する一同を黙らせると、桐野利秋が「断の一字あるのみ。旗鼓堂々総出兵の外に採るべき途なし」と断案した。
この桐野の発言が全軍出兵論であり、多数の賛成を得ることになる。
その後は、驚くほどの対応力で、西郷が率いる軍の役職が決まり、従軍志士による大隊も十箇小隊計約二千からなる大隊編成もなされた。
いよいよ、西郷軍・薩軍が動き出したのだ--!!
0
あなたにおすすめの小説
江戸の夕映え
大麦 ふみ
歴史・時代
江戸時代にはたくさんの随筆が書かれました。
「のどやかな気分が漲っていて、読んでいると、己れもその時代に生きているような気持ちになる」(森 銑三)
そういったものを選んで、小説としてお届けしたく思います。
同じ江戸時代を生きていても、その暮らしぶり、境遇、ライフコース、そして考え方には、たいへんな幅、違いがあったことでしょう。
しかし、夕焼けがみなにひとしく差し込んでくるような、そんな目線であの時代の人々を描ければと存じます。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
無用庵隠居清左衛門
蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。
第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。
松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。
幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。
この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。
そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。
清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。
俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。
清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。
ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。
清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、
無視したのであった。
そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。
「おぬし、本当にそれで良いのだな」
「拙者、一向に構いません」
「分かった。好きにするがよい」
こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる