僕は、父の子。

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僕は、父の子。

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聖母マリア様は、一度も男性と交わることがなかったのに身籠って、イエス様をお産みになった。

「私は、男の人を知りませんのに」

大天使ガブリエルに受胎を聖告され、処女のマリア様は、そう、言ったんだ。

奇跡の始まりはいつもドラマチックで、すごく、羨ましい。


僕は父から生まれた。

マリア様みたいに純潔のうちにそうなったわけじゃない。

ちゃんと知ってる。
男の人をちゃんと知ってる。

知ってるのに、忘れてる。

だから、自分は純潔のままだと思ってる。
だから、父は僕のことを血を分けた子供だって思っていない。

自分に無条件で懐いてくれる子供って認識で。

怒らないし、深いらないし、愛してもくれない。

小さい頃の僕は父のそういうところが悲しくて寂しかったけど、今は、そういうもんだと思っているから、特に父に対してそういう感情すら抱かなくなった。

だって、父は、オメガだから。
記憶をなくした、オメガだから。

そして、もれなく、僕もオメガなんだ。

同じオメガなら。
父みたいに記憶をなくした方が、オメガの宿命も薄らいで、返っていいのかもしれない。
いつまでも純潔だって思ってるから、ヒートがどんなものなのか、抑制剤を飲んで待ちわびている父の姿を見ると、すごく幸せそうに見えてしょうがないんだ。

僕はまだヒートを迎えてはいないけど........。

.......いつか、僕も父みたいになるんだろうか。

.......自我を失って、記憶を無くすくらい、オメガの本能のままに、快楽に溺れてしまうんだろうか。

父を見ていると幸せみえる反面、自分の将来を見ているようで、心が穏やかじゃなくなるんだ。

「じゃあ、行ってきます。早苗、ちゃんとお留守番しててね」
「うん、大丈夫だよ。奈苗、いってらっしゃい。気をつけてね」

僕に向けるこの父の笑顔。

本当に覚えてないんだろうか。

番ったアルファの、顔も、名前も。

産んだ子どもの、声も、抱き上げた感覚も。

父は、本当に覚えてないんだろうか....?







「奈苗、香水かえた?」

こう言われた時に、とっさにどういう反応をしたらいいのかわからなくなる。
身近にオメガの先輩がいたら、対処法とか教えてもらえるのに、うちにいる先輩はだいたい僕と同レベルだから、全く役に立たないから。
オメガを隠してるのに、最近、オメガを隠しきれるか、不安でしょうがない。

「うん.....。たまには、気分転換で」
「いい香り」

苦しい言い訳じみた回答をしていた時、ふと、視線を感じた。

遠くから、僕をみる目ー。

大きな一重の、鋭い、熱い目ー。

誰だ?
あいつはー。

「僕、バイト行かないと」
「奈苗、今度、栄養学のノート見せて?」
「いいよ」

僕は大学で管理栄養士になるべく、勉強している。
父はあんなだし、祖父母も高齢だったから、必然的に料理を作る機会が増えて、料理を作ることが好きになってしまって。
管理栄養士の資格を取ればとりあえず、病院とか企業の特定保健指導かできたりするし。
多少なりともお金がかかるから、祖父母が残した遺産を少しずつ使って。
早苗もいるから遺産にばかり頼れないし、だから、僕はバイトも目一杯しなきゃいけないんだ。

........早苗が普通だったら、僕の生活は少し変わっていたのかな......?


「おつかれさまです」
「おう。おつかれ、奈苗」

僕は居酒屋の厨房でバイトをしている。
趣味と実益を兼ねだこのバイト、僕は結構、好きなんだ。
ひたすら料理を作って、あまり人とも接触しないから、オメガとしての僕にも都合がいい。

「今日は団体さんが入ってるから、仕込みお願いな」
「はい」

多かろうが少なかろうが、全然、苦じゃない。
店長の言葉を背に、黒いエプロンを腰にまいたんだ。


今日は忙しかったな......。

団体さんに加えて、飛び込みも多かったから。
でも、楽しかったなぁ。

家に......早苗と2人っきりで家にいるより、ずっといい。

オメガってことしか考えられず、オメガって現実を突きつけられる家より、ずっと、いいんだ。
仕事もひと段落して、ゴミ出しのため裏口から外に出た。
あ.......。
裏口のすぐ脇には灰皿が置いてあって、従業員はもちろん、たまにお客さんもタバコを吸いにそこにくる。
今日ももれなく、お客さんがタバコを吸っていて、僕は軽く会釈をして外に出た。

ーバン。

手に握っていたゴミ袋が、手から離れる。
バランスを崩した体は、建物の壁にぶつかる。
頭をぶつけて、僕は両手を掴まれて.......気がついたら、壁に押し付けられていた。

すぐそこでタバコの香りがして、目を開けると、目の前にさっきタバコを吸っていたお客さんが、僕を壁押し付けていたんだ。

目が、血走ってる.....?

なんで......?

そして、その人はゆっくり口を開いて言ったんだ。

「おまえ、オメガだろ?すげぇ、匂いが誘ってる」

.......まさか、こんなところで、オメガという事実を突きつけられられるとは思わなかった。

そして、何故か。

早苗のことを思い出したんだ。

........早苗も、こんな風に襲われたんじゃないだろうか?

アルファと番うことなく、僕が産まれた原因もこんな状況でおこっていたとしたら......。

........早苗が記憶をなくした理由が、わかった気がした。

そう考えると、今、僕が陥っている状況ー。

どうしても、打破しなきゃいけないっ!!

「誰かっ!!助けてっ!!やめて」

この上ないくらい大声で僕は叫んでいたんだ。

「うるせぇ!静かにしろっ!!オメガなんだから、サレたら嬉しいんだろうが!」

そんなこと、あるわけないだろっ!!
オメガだって、人間なんだ。
人間なんだよっ!!

「やだっ!!誰かっ!!助けてー!!」
「うるせぇ!」

目の前の人が僕の左手を離して拳を振り上げる。

........殴られるっ!!

そう思って、歯を食いしばって目を閉じた瞬間ー僕を圧迫していたいろんな力が、消えた。

........え?

恐る恐る目を開けると......。
僕を羽交い締めにしていた人はゴミ袋の上に倒れていて、かわりに別な人がこっちを見ていて.......。
僕は腰が抜けてしまって、その場に座り込んでしまった。

一難去って、また一難.......。

僕は、詰んでる。

もう、この人から逃げ切れる自信がない。

「おい、大丈夫か?立てるか?」

その声に僕は視線をあげた。

.....この人。
大学で僕を見ていた、人だ。

あまりにも衝撃すぎて返事もできずに座り込んでいると、その人は僕を軽々と抱き上げたんだ。

「あ.....あの」
「ここにいると、いらんトラブルに巻き込まれるから、逃げるぞ」
「え?......ちょ、ちょっと!!」

王子様のように颯爽と現れて僕を助けたかと思うと、山賊のように素早く僕を連れ去っていくその人の行動と言動に僕は混乱して........。

つい、身を預けてしまったんだ。







「奈苗、バイト辞めたの!?」

そりゃ、驚くよな。
あんだけ熱心に行っていたバイトを突然辞めたなんて言ったらさ。

「えー、あの居酒屋、奈苗がいたから通ってたんだけどなぁ。じゃあ、もうバイトしてないの?」
「してるはしてるんだけど.....飲食店じゃなくて」

詳しくは言えない、新しいバイト。

言えるはずない、家政夫してるって、言えるはずないじゃないか。

しかも、親子で家政夫だなんて、口が裂けても言えるはずがない。

こうなった原因は、数日前に遡る。

あの日、僕が。
居酒屋の裏口で襲われそうになったあの日。

まさか、こんな事態になるなんて、夢にも思わなかった。


「あの!おろしてください!!僕、戻んないとバイト、クビになってしまいますから!!」

僕を抱えてる人は、視線を僕におとす。

.......わ、冷た.....鋭い、冷たい目。

澄みきったキレイな目なのに、その眼差しがすごく冷たく感じて、僕は、背中が少し寒くなった。

「辞めなよ、あんなバイト」
「は?!」
「あんたオメガだろ?あんなとこでチョロチョロ匂い振りまいてたら、酔っ払いに襲ってくださいって言ってるようなもんだ」
「なっ!?や、辞めたら、生活できないんです!!無職の父親もいるのに!!じゃあ、あなたが私を雇ってくれますか?!親子ともども路頭に迷わないようにしてくれますか?!」
「いいよ」
「........え?」
「いいよ。雇ってやるよ。あんたの父親も一緒に。俺が雇ってやるよ」
「.........」

あまりの事に言葉が出なくて、抵抗することも忘れてしまって。
僕は抱き上げられたまま、その人ん家に連れていかれてしまったんだ。


その冷たい目をしたイケメンは、城戸義久と言った。

武士みたいな名前のその人は、疑いようもないくらいなアルファで、加えて金持ちでさ。
広大な土地に立派なお屋敷がたってて、さらに離れまであって.......。
なんていうか、僕とは何もかもレベルが違いすぎて呆気にとられてしまったんだ。

「城戸.....さん、僕を雇うって言ってたけど......僕は何をすれば.......」
「家政夫」
「家政夫?」
「そう、家政夫。辞めちゃってさ、前の家政婦が。だから、あんたとあんたの父親に家政夫してもらいたいんだけど」
「...........」
「離れ、あっただろ。あそこに2人で住み込んでもらっていいから」
「........でも、父は...」
「バイト代ならはずむから」

そう言って城戸さんがメモに書いて提示した金額に、僕は目玉が飛び出るんじゃないか、って言うくらいビックリしたんだ。 

居酒屋のバイトの.......3倍はある。

それくらいもらえれば、抑制剤のためにあくせく働かなくていいし、早苗にとっても........。
僕はグラグラして頭を抱えてしまった。

おいしい、おいしすぎる、このバイト。
でも、住み込みとなると、早苗が.......。

「する?しない?」
「.........一つ問題が......」
「何?」
「父が......普段は普通に生活してるんですけど......その......記憶喪失で........それでも、大丈夫ですか?」

その瞬間、城戸さんの右眉がキュッとあがったんだ。








「ただいま」
「おかえり、奈苗」

早苗がにこやかに僕を玄関まで出迎える。

「今日もちゃんとお掃除できたよ」
「そう、偉かったね、早苗。僕、ご飯作りに行ってくるから」
「サナエも行きたい。ヨシノブさんと話をしたい」
「早苗、ダメだって。それにあの人は義信さんじゃないよ、義久さんだよ?」

早苗を城戸家の離れに連れてきて、城戸さんを見た早苗が、瞬間的に断片的な記憶を取り戻した。
城戸さんを見てうっとりした表情で早苗は「ヨシノブさん」って呟いたんだ。
それからは、もう、城戸さんに腕をからませたり、ハグしたり.......片時も離れなくて、こっちが赤面するくらい。

早苗のオメガの本質を見た気がした。

そして、本当に早苗を城戸さん家に連れてっていいのか、めちゃめちゃ不安にかられたんだ。

まぁ、でも、それは少し杞憂で。
城戸さんにべったりする以外は、ちゃんと家政婦としての仕事をこなしてくれるから、僕はちょっとホッとした。
ただ、事あるごとに城戸さんにひっつこうとするから気が気じゃないんだ。
なかなかひかない早苗をなだめすかして、僕は急いで母屋に向かう。

「すみません、今日は時間がなくて.......里芋とイカの煮っ転がしに鮭の西京焼き、ほうれん草の白和えとカボチャの味噌汁です。どうぞ、お召し上がりください」

........この瞬間が、いつも緊張する。

城戸さんは、「いただきます」って小さく言うと、静かに、味を確かめるように食べ始める。
何も言われなかったらいいほう。
口に合わない時は、一言「うん」って言う。

結局は全部食べちゃうけど.......さ。

今日は言わなかったから、いいほうなのかも。

「奈苗」

突然話しかけられて、僕は体をビクつかせるほどビックリした。

「はい?」
「お父さん......早苗さん、調子どう?」
「城戸さんを.......城戸さんのお父様と間違えてベタベタしようとする以外は、普通ですよ」
「そう」

早苗が城戸さんに「ヨシノブさん」って言うのも無理はない。
城戸さんのお父様、城戸義信さんの若い頃は今の城戸さんにそっくりだから。
城戸さんに写真を見せてもらったんだ、僕。
そして、なんとなく、早苗と義信さんは関係があったんじゃないかって、ピンときたんだ。

でも.......でも。

義信さんのことは思い出しても、僕のことは思い出してくれなかった。

相変わらず、無条件に懐いてくる子どもって感覚で........。

少し、ほんの少し.......寂しくなったんだ。

「奈苗は?」
「え?」
「ヒート。抑制剤、そろそろ飲まなきゃいけないんじゃないのか?」

あぁ、それか、そのことか。

「抑制剤は早苗がほとんど一人で飲んじゃうから......追加を買うにも高いし.......」

城戸さんは、表情を変えずに薬瓶をテーブルの上に置いた。

これ......抑制剤......?

なんで?

「早苗さんの目に届かないところに置いておけ。そろそろ、あんたも飲まなきゃヤバイぞ」
「.......いいんですか?高いのに.......あの、お給料から引いてもらってかまいませんから.......」
「いいから。早苗さんに見つかるなよ」
「........すみません。こんなことまでしてもらって」

僕を見る目は冷たくて鋭い目をしているのに、こんな風にたまに見せる気配りや優しさが.......。
早苗にも、生活にも疲れた僕の心にじんわり染み渡るみたいな.......。
そんな気分になって。
城戸さんがのことがよくわからないのに、僕は城戸さんに惹かれてしまうんだ。



母屋での仕事を終えて、離れに帰り着いた時はもう、0時をまわっていて、僕の帰りを待ち疲れたのか、早苗はリビングのソファーで幸せそうに眠っていた。
早苗に毛布をかけると、僕は台所に立ってポケットから小さな薬瓶を取り出して、その中から一粒、白い錠剤を手のひらにのせる。

初めて、飲んだ......抑制剤。

ゆっくり、体の中に落ちて、じわじわとけていくのがわかる。

........城戸さんに気を使わせてしまった。

ひょっとして匂いがキツくなってたんだろうか。
そろそろヤバいのかな、僕。

城戸さんは......冷たい目をしているのに、何を考えてるのかわからなくて、でも、城戸さんはいつも、僕を守ってくれている。

.......そんな、こと。

僕を、守ってくれてる、なんてないよな......。

多分、偶然だ。

僕は食器棚の上の奥に、抑制剤を隠した。
大事に飲まなきゃ、せっかく城戸さんにもらったんだから、早苗に見つからないようにしなきゃ。
僕はリビングで寝ている早苗の髪をそっと撫でた。

いいなぁ、早苗は。

今、一瞬一瞬を楽しく生きていて。
過去なんか切り捨てて、未来すら切望しない。

........愛した人を思い出しても、産んだ我が子は思い出さない。

早苗が........羨ましい。

そんな早苗が奇跡みたいに思えて、僕は、すごく羨ましくなったんだ。








「......奈苗?」

城戸さんの声にハッとした。

手元のポットは、ティーカップに紅茶をなみなみと注いでいて、危うく溢れさせるところだった。

.......変だな、なんか、ボーっとする。

「すみません......。あ、えと。ホットサンドの中身は.......」
「いいよ。調子悪いなら、もういい」
「いや、具合は悪くなくて.......」
「いいから」
「.........すみません。失礼します」

城戸さんにそう言ってもらって、実のところ助かった。
なんだか熱っぽいし、ボーっとする。

.......ヒート、なのかな....?

でも、今日の講義は外せないし......僕は、食器棚の上に隠していた抑制剤を取り出して、口の中に放り込んだんだ。
乗り切らなきゃ......今日は。


なんとか........一日、乗り切って。

調理実習もあって、家に帰り着いた時はもう、真っ暗で......早く帰らないと行けないのに、身体が重くて、なかなか前に進む感じがしない。
早く、早く帰って、城戸さんのご飯作らなきゃいけないのに。
家に着く頃には、息も上がって、体中が熱くなって......後ろも前も初めてグズグズする感じがして。

恥ずかしい.....苦しい.....手が震えだす。

きっと、ヒート......だ.......。

とうとう、ヒートがきてしまったんだ。

抑制剤.......飲まなきゃ........早く。

靴も脱ぎっぱなしにしてしまうくらい切羽詰まった僕は、一目散に食器棚の上の奥に手を伸ばした。

.......あれ?。

......ない?。

........なんで?!

なんで!?

「おかえり。遅かったね、奈苗」

背後で聞こえた早苗の声に、僕は思わず振り返る。
早苗の手の中には、僕が今、一番欲しているあの薬瓶が握られていて.......。

.なんで?

なんで、それ持ってるの?!早苗っ?!

「早苗....それ......」
「これ?棚の中に抑制剤あったから、飲んじゃった」

いつも、いつもそう。

早苗は、いつもそう。

僕のことを何も考えていてくれない。

自分のことだけ。

自分が良ければ、幸せならそれでいいんだ。

その裏で、僕がどんなに悲しくても、どんなに寂しくて苦しくても。
僕のことを何も考えてくれないんだ。

涙が......出てくる.......。

さらに、ヒートで不安定なことも相まって、僕は、感情を抑えることができなかった。

「なんで!?なんで、早苗はそんなことばっかりするの?!なんで、僕に意地悪はがりするわけ?!僕はこんなに早苗が大事に考えてるのに、早苗は僕のことを全然考えてくないじゃないか!!」
「奈苗.....あのね」
「もういい!もう何も聞きたくない!!なんで早苗ばっかり幸せなんだよ!!.......早苗なんか、キライ.......早苗なんか......」

ここまで感情を爆発させて、僕は我に返った。

目の前にいる、いつもニコニコして幸せそうな早苗が、泣きそうになっていて.......。

ズキッと胸が痛くなって.......。

僕だけが不幸なのに、なんで胸が痛くなるのかわからなくて.........僕は、離れを飛び出した。

走って、裸足で走って.......。
泣きながら、脇目も振らず走って........。
何かにつまずいて、勢いよく地面にダイブする。

足も、体も、何故か心も痛くて。

それでもヒートで体が熱くて、グズグズするから........僕は地面に体を預けて、泣いた。

「っっ!!」

近くで人の声が聞こえて。
次の瞬間、僕は誰かに覆い被さられたんだ。

「やっ!!誰?!やめてっ!!離してっ!!」

僕はありったけの声と力で、抵抗した。
涙で目が塞がれてるし、周りも暗くてその人の顔も見えない。

僕は怖くて......怖くて......仕方がなかったんだ。

「助けてっ!!やだっ!!」

その人は僕をうつ伏せにすると、手首を掴んで地面に押し付ける。
激しい息遣いが耳にこだましみて、荒々しい力が僕の体を地面に押さえつけて、そしてー。

「いっ!!あぁ!.....あ....」
僕の首の後ろに鋭い痛みが走って、皮膚に固い何かが食い込んだ.....。

痛い.....痛いよ......。

同時に、体の力が抜けてしまって、僕の体はこれ以上熱くなることがないんじゃないかってくらい、熱く、濡れてきたんだ。

「や....やだ......や.....め......助けて......」

暗くて顔も見えないその人は、僕のズボンを脱がして、中に熱いものをねじこんで、僕を上下に揺さぶりだす。

服も、何もかも、あっという間に、僕の肌から離れていく。

離れていくかわりに、僕の体を熱い何かが這ったり、僕の中を激しくかき乱す感覚は、近く、強くなって。

「あ.....んぁ......やぁ....」

嫌なのに、淫らに声をあげて、腰を浮かせてしまったんだ。

そして、溢れんばかりに、中を濡らす。

一番、こういう目にあいたくなかったのに。

オメガの性を突きつけられたくなかったのに。

......早苗が羨ましい、なんて思うんじゃなかった。

きっと、僕はバチがあたったんだ。 

だから、神さまが今、僕をお仕置きしている。

僕は悪い子だから、心のすみっこでいつも思ってた。

早苗みたいにはなりたくない、って。

早苗のことで見下して、早苗のことを笑ってた。

だから、かな.....。
僕が、悪い子だから。 

でも、神さま......僕は、そんなに悪い子なの?

神さまが本当にいるのなら、僕を今すぐ救ってほしい。 

もう、悪いことはしないから。

助けて......。

「城戸......さ、.....たす....け.....て」









気がついたら、僕はベッドの上にいた。
外じゃなくて。
地面の上でもなくて。
白いまっさらなシーツの上で、ちゃんと毛布をかけてもらって。
何も着てなかったけど、体はキレイで.......。

あの、あれは.......。

夢だったのか、と戸惑うくらい。

いや、違う。

現実だったんだ。

だって、体中が痛くて.......特に、首.......。

うなじが痛い........から。

僕........レイプされた。

そして.......番にされてしまった。

誰にそんなことされたのかすらわからないから、重い現実が、僕にずっしりのしかかってきて。

苦しい......悲しい.......悔しい.......。

涙が、また、止めどなくあふれてきて、僕は両手で顔を覆った。

「気がついたか?」

この声.......城戸さん.....?

僕の手首を掴んで、城戸さんは無理矢理両手を顔から引き剥がす。

この手の感触........もしかして........。

さっき......の.......。

この体に深く刻み込まれたおぞましくて、快楽の渦に突き落とすかのような、この感触。

.......城戸さん...!?
なんで?.......なんで......?

涙が止まらない、呼吸が早くなる。

「........城戸....さ、な......んで?.....なん......で、あん..なこと」

城戸さんは手首をベッドに押し付けたまま僕の上にのしかかって、相変わらず冷たい目で僕を見つめた。

「ああでもしなきゃ、ダメだったんだ」
「..........」
「甘い香りを強烈に放ちながら、苦しそうに悶えるあんたを、止められなかったんだ」
「..........」
「あんたを止めるには番になるしかなかった。噛んだら噛んだで、オメガを全開になって.........あんたが途端にとろけだすから........今度は、俺が、止まらなかった」

そう言って城戸さんは、僕に深く唇を重ねてくる。

城戸さんの.....キスは.......。

優しくて、僕の中をまた濡らすように感じさせて.......。

でも、僕の体は小さく震えていて........僕は、どうしたらいいのかわからなくなってしまう。

.........番には、逆らえない......。

番になったオメガは、アルファには逆らえない。

だから、僕は。
番になった城戸さんに、僕は逆らえないんだ。

「........ん...」

また、体が中から熱くなって、城戸さんを求めるように中が濡れて、僕の様子に気付いた城戸さんは僕の中に指を入れる。
そして僕の中は城戸さんを待っているかのように、グチュグチュ、嫌な音をたてるんだ。

「や........やぁ......ら」
「受け入れろ、奈苗。俺たちは、番だ」

受け入れろ、ったって。

体はもう、城戸さんを欲してやまない。

やまないから、僕の心は乱されて、落ち着かなくて........。

苦しいんだ。

城戸さんに惹かれてたのは、本当で。
でも、いくら僕を止めるためとはいえ、無理矢理番になって、レイプみたいに僕を抱いて。

何もかも、急すぎて。

城戸さんのことも、自分のことすら、分からなくなってくる。
城戸さんを好きになれるんだろうか.......体だけが城戸さんを好きで、僕は心の底から、番の城戸さんを好きになれるんだろうか。

「ん......はぁ.......」

僕の中をかき乱す城戸さんが、前後に激しく揺れる僕の耳元で囁く。

「........奈苗、好きだ。だから......俺から、離れるな。早苗みたいには.....絶対に、させないから」
「.......き.....ど、さ」
「信じろ....奈苗」

信じろ.......だって。
城戸さんのその言葉は僕の耳に届いていた。

届いていたんだけど、城戸さんがまた僕に深く沈むような快楽を与えるから。
夢の中にいるような感じで、現実味がなかったんた。








「奈苗、ごめんね」
「.......早苗」
「でも、サナエは........奈苗がキライ」

母屋から離れに戻って、開口一番、初めて早苗に謝られて、そして、初めて早苗が僕に悪意を向けた言葉を言った。

...........見られてたんだ。

城戸さんに、襲われてるところ。

だから早苗は〝早苗の中の義信さん〟を僕が誘って、義信さんをとったと思っている。

..........見てたんなら、助けてくれてもよかったのに。

あんだけ僕が〝助けて〟って叫んでたんだから、助けて欲しかったのに。
早苗はそんな認識はないけど、仮にも、僕は早苗の子どもなのに、僕に対して愛情がないから、早苗は助けてもくれない。

助けてもくれないくせに、勘違いして僕を恋敵と思っている。

城戸さんにあんなことをされた後にも関わらず、本当の父である早苗にも突き放されて。
僕は、身も心も、限界寸前のとこまで追い込まれてしまった。

「ヨシノブさんをとるなんて、奈苗はひどい」
「早苗。あの人はヨシノブさんじゃないよ.......」
「嘘つき。奈苗なんて、キライ」
「.........早苗」

もう、やだ.......。

なんで、僕だけこんな目に合うんだろう。

愛して欲しい人には、愛されない。

愛してくれる人の愛が、わからない。

ここから、この場所から逃げ出したくて、僕は泣きながら離れを後にしたんだ。
僕はもう、ここにはいられない、いたくない。
早苗だけなら、ここに住まわせてもらえるかもしれない。

僕はもう.......色々、詰んでる。

俯いて泣きながら出口に向かって歩いていたら、突然現れた誰かにぶつかってしまった。

「.........すみません」
「早苗?!」

そう驚いた男の人の声に、僕は思わず顔をあげた。
城戸さんみたいに背が高い、大きな一重の切れ長な目.......の年上の男の人が、僕を信じられないような目で見ている。

.........この人!

城戸さんにのお父さん.......義信さんだ。

「僕は、早苗じゃありません」
「.....あ、失礼しました」
「早苗は......早苗は、僕の父です」
「........じゃ....じゃあ、君は」
「僕は、父の子の奈苗です」

義信さんは弾かれたように動いて僕を抱きしめた。
あまりにも急で、あまりにもその体温が城戸さんに似ていて......。
僕はまた、涙が止まらなくなって、義信さんに言ったんだ。

「父は記憶がありません。僕のことも、自分の子どもだって思っていません。......だけど、あなたのことは思い出したんです。義信さんって.......あなたのことだけは、思い出したんです」
「............」
「父......早苗は、離れにいます。会いに行ってあげてください」

早苗が、今の義信さんを受け入れるからわからない。
わからないけど、僕は確信した。
義信さんに抱きしめられて、大丈夫、って確信したんだ。
きっと、早苗は受け入れる。
でも、そこにはやっぱり、僕の存在はないんだ。
義信さんは、僕を離すと一目散に離れに向かって走り出した。

これで......これで、よかったんだ。

あとは、僕がここから消えるだけ。

義信さんの背中を見送ると、僕はまた、出口に足を向けたんだ。








「いやぁ、奈苗くんが即戦力で助かったよ」
「ありがとうございます」

店長が言った言葉は、僕を少し幸せにする。
だって、こんなどうしようもない僕をほめて、そして、僕を必要な存在として認めてくれるから。

カラオケボックスの厨房で働いて一週間がたつ。

何よりスピード重視だから、なかなか慣れなくて大変だけど、ここでは少なからず僕は必要とされている。

僕は、僕のしがらみから逃げ出した。

城戸さんのとこに早苗を置いて、大学も休学届をだして。
誰も僕を知らないとこに、行きたかったんだ。
カラオケボックスでフルで働いたら、カフェで少し働いて、ネットカフェで深く眠る。
働いて体を動かしていたら、早苗のことも、城戸さんのことも、オメガだってことも、考えられないくらい、毎日疲れて......ぐっすり眠る。

お金がたまったら、また、大学行けるかな......。

そんな淡い夢を抱いて、僕は毎日、がむしゃらに働いて深く眠るんだ。

「奈苗!!」

退室後の部屋の後片付けをしていたら、いきなり僕は腕を掴まれて壁に叩きつけられた。
僕の手の上のお盆に乗せられたコップがバランスを崩して、派手な音を撒き散らしながら床に散らばる。

この、忘れたくても、忘れられないこの声。

「.......城戸さん」

僕を壁に押し付けた城戸さんの手は相変わらずあったかいのに、その目はその手とは裏腹に冷たいから、そのギャップを久しぶりに目の当たりにしたせいで、僕はドキッとしたんだ。

「こんなとこで何やってんだ!!」
「何って.....」
「俺から離れるなって、離れるなって言っただろうがっ!!」
「..........」
「......帰るぞ」

城戸さんは掴んだ手首を強引に引っ張った。

「帰れない......」
「はぁ?!」
「帰るって、いうのかな.......?元々僕の居場所じゃない.......。早苗は僕のコトがキライだし、僕も早苗を前みたいに大事にできる自信がない。城戸さんにも.........応えられる自信がない」
「.......そんな、そんな意地を張ってる場合じゃない!!早苗さんの、早苗さんの記憶がもどったんだ」
「........え?」
「あんたに、奈苗に会いたがってる。だから.....」

.........何?なんて、言った?

記憶が、戻った......?

だから.......今さら、何?

僕は城戸さんの手を振り払った。
振り払ったと同時に、心にしまっていたあらゆる感情が一気に溢れ出したんだ。

「僕がどれだけ早苗に思い出して欲しかったか......優しく抱きしめて欲しかったか......切実に欲しがってた時には、僕に見向きもしなかったくせに!!僕が傷ついて、何もかも限界になって、何もかも手放した時に僕を求めるって、なんなんだよ?!」

早苗なんか.......。

早苗なんか.......。

本当にキライだ。

自分のことだけじゃないか、相変わらず。僕のことは全く考えてないじゃないか。
そう思った瞬間、僕は、城戸さんに抱きしめられていた。
強く、キツく、でも何故が城戸さんは震えて.......。
そして、涙声で僕に言ったんだ。

「それは俺も同じだ!!同じなんだよ!!奈苗と一緒なんだ........だから、俺から.......俺から、離れないで.......お願いだから.......俺をキライにならないで、奈苗.........」

.........ビックリした。

ビックリしたけど、目の前にいる城戸さんを。

今までこんな弱い城戸さんを見たことがなくて、同時にこんな状態の城戸さんを突き放すことが僕にはできなくて、城戸さんの背中に手を回した。

退室後の部屋の中には流行の歌が止まることなく流れていて、小さなミラーボールもゆっくり回っていて。

僕が城戸さんの体から手を離したら、城戸さんはそのまま消えてしまいそうな気がして。
僕は腕を城戸さんを抱く手に力を込めたんだ。






✳︎

親父の心の中に俺の家族以外がいることは、俺が物心つく頃から分かっていた。
アルファの父とアルファの母から産まれた当然アルファな俺は、産まれた瞬間は、そりゃ奇跡に近いくらい祝福されたけど、その奇跡に近い幸せも長くは続かなかった。
親父の中には別に愛する人がいて、母はそれに気付いていたけど、いつかは振り向いてくれるとずっと親父に期待して、親父のかわりに俺を溺愛した。 

だけど。
母の我慢は、とっくに限界を超えていたんだ。

俺に弟が生まれて、弟がベータだってわかって、さらに父の想い人がオメガだって知って。

何もかもが......親父に対する愛情も、俺に与えた愛情も、全てに対してキャパを超えてしまっていた母は弟を連れて、家を出て行った。
そして、俺の人生は一気に愛情から遠ざかった人生になってしまったんだ。
なんで、母は俺を一緒に連れていってくれなかったんだろう。
母がいなくなってから、寂しくて、ずっとそんなこと考えてた。

.......それは、多分。

俺があまりも親父に似すぎているから。

俺を見ると、不幸の源である親父を思い出してしまうから。

母を不幸にした親父が嫌いで、俺の不幸の源は、親父の中の愛する人なんだと......。
全ての不幸の源はその人なんだと、そう俺は思ってたんだ。
そんな矢先、一度だけ偶然に、親父の財布の中の写真を見てしまったことがある。

綺麗な。

線の細い。

穏やかな笑顔を浮かべた男の人のくたびれた写真がでてきて、この人が親父の愛する人なんだとピンときた。

母とは真逆にいる感じの人だったから、なんか、もう、力が抜けちゃって.......。
そして、その人の笑顔が俺の柔い部分を鷲掴みにする感じがして........。
多分、その写真の人に一目惚れをしてしまったんだ、俺は。
親父と俺って趣味まで一緒なんだなぁ、って少し笑ってしまった。

だから、その一目惚れをした人にソックリな人を大学で見かけた時、本当、心臓が止まるかと思った。

綺麗で、華奢で、笑顔が素敵で、おまけにオメガで。

写真の人以上のその人から目が離せなくなって、俺は色々調べたんだ。

やっぱり、というか。
その人は親父の愛する人の子どもだった。

ただ、親父の愛する人は記憶喪失になってしまっていて、その人は親から愛されることなく育っていたから........。
何もかも俺と近すぎて........。

もう、ほっとけなくて。

さらに言うなら、愛情を知らないその人は、俺と、おそらく、腹違いの兄弟で。

兄弟なら、好きになることなんて間違ってるって思ったんだけど、もう、気持ちが止まらなかったんだ。

兄弟とか、関係ない。

その瞬間、その人に俺が愛情を注いであげようと心に決めた。


「奈苗」って俺が呼ぶと、その人はにっこり笑って綺麗な声で「城戸さん」って言う。

奈苗が作る料理はどれも全部美味しくて、たまに、母の味に似た料理が出てくる時があって。

懐かしくもあり、そして、苦しくもあり.......。

そういう時に「うん」って、思わず一言発してしまう。

全てにおいて、奈苗は俺の好みをついてくるから、奈苗になんでもしてあげたくなるんだ。


だから、あの時。

ヒートで苦しんでいる奈苗をみて、一刻も早くヒートから解放してあげたくて、庭で泣きながら悶える奈苗に噛みついた。
番になれば、奈苗は強くて辛いヒートから解放してあげられる、そう思ったんだ。

でも、それは、大きな誤算で。

番になった途端にとろけだして、淫らに助けを求める奈苗に.......俺は理性がふっとんだんだ。
外にもかかわらず、奈苗を激しく犯してしまう。

まるで......レイプみたいで.......。

こんな風にしたくなかったのに、アルファの俺が止まらなくて。

奈苗が気を失うまで、ずっと奈苗を犯し続けてしまった。
俺は奈苗が好きでたまらないのに。
奈苗の体は俺を求めているのに。
奈苗は困惑した顔で俺に抱かれていて.......。

そんな顔を見たくないがために、また、激しく奈苗を奥まで突き上げて、自分自身の不安を悟られないように、奈苗に迷う隙を与えないようにしたんだ。

「.......ぼくは、奈苗に酷いことを言ってしまった......。奈苗はもう、帰ってこないかもしれない。どうしよう、ぼくのせいだ.......」

まともな目をして、まともに話している早苗を見たのは、この時が初めてだった。
いつも夢の中にいるような、まどろんだ目をして、親父と間違えて俺に絡みついていた早苗が、海外から帰った親父を見るなり、全ての記憶を取り戻した。

今までのことも、全て。

もちろん、奈苗のことも。

奈苗が自分の子どもだということも、自分の言葉で傷付けてしまったということも。

そう、早苗が俺に告白した時にはもう、あとの祭りで、奈苗は俺の前から、すべての痕跡を消していたんだ。

大学も休学届を出していて。
友達にも黙って、いなくなってしまったんだ。

俺は、奈苗を探して......。
探しまくって。

奈苗に似た人がいる、って聞いたら昼夜問わず探しに行く。
そんな生活をしているから、奈苗のことが気になって食事も喉を通らない。

奈苗の笑顔が見たかった。

奈苗の手料理が食べたかった。

奈苗を優しく抱きしめてたかった。

早く......早く.......そうしたくて、たまらなかったんだ。

だから、やっと。

やっと、奈苗を見つけて、すごく嬉しかったのに。

嬉しくて、嬉しくて......優しく抱きしめたかったのに。

感情が昂りすぎて.......奈苗を強く抱きしめた。

強く抱きしめていないと、俺の前から奈苗がまたいなくなってしまいそうで.......。

子どもみたい奈苗にすがりついて、泣いてしまったんだ。









✳︎

奇跡がおこると、全ての不幸せが跡形もなく消えて、みんなが幸せになる。

そんなのは妄想で、現実は全くちがう。

僕におこった奇跡は、早苗の記憶が戻るっていう、すごくドラマチックなものだったけど。
早苗の記憶が戻って、早苗が今までのことを僕に謝って、僕を優しく抱きしめても。
今まで僕の心の中に巣作っていたわだかまりや不満が、全てなくなるわけじゃない。

ゼロになっただけ。

新しいスタートラインにたっただけで、僕は相変わらず早苗に対して素直になれないし、親である早苗に甘えることすらできない。
早苗と僕の関係は、前の関係のまま、そのままでこれから先も推移していくんだ。

ただ、一つだけ。

一つだけ変わったことがある。

城戸さんに対する、僕の気持ちだけは奇跡とは全く関係ないのに、すごくドラマチックに変わった。

城戸さんはいつもそう。

居酒屋でもそう、無理矢理僕を連れ出した。
カラオケボックスでも、やっぱり僕を無理矢理連れ出して、早苗の待つ家に連れ帰ったんだ。

僕を震えながら弱々しく泣く城戸さんと僕をそこから助けるように連れ出す強引な城戸さんと。
僕を大事にしてくれてるんだ、って、ありありと分かって。
今まで早苗に愛されることしか考えていなかった分、城戸さんに愛されてるのを肌で感じて。

だから、城戸さんを.........義久さんがすごく愛おしくなってしまったんだ。

大学にも復学して。
僕が離れに住んで、義久さんの家政夫をする生活は変わらないけど、気持ちが変わるだけでこんなに見る世界が、より明るくて、ちょっとしたことでも楽しく変わるんだなって、実感したんだ。

早苗は.....早苗は今、義信さんと海外にいる。

義信さんと離れていた長い時間を埋めるように、片時も離れたくなかったみたいで、2人仲良く旅立っていった。

そして、わかった。

番は、離れちゃいけないんだ。

一緒にいなきゃ、お互いが壊れてしまうんだ、って。

.........僕は、早苗が幸せなら、それでいいし。

1人、広い離れで生活してると、たまに「奈苗」って早苗の声が聞こえくる気がして、少し、寂しくなるけど。

僕はもう、大丈夫だから。


「奈苗、何考えてる?」

僕の胸に顔を埋めて、胸を舐めていた義久さんが、おもむろに顔を上げて僕に質問した。

肌を重ねて、足を絡めて。

心も体も義久さんを求めていて、すごく気持ちいいのに.......。

「......はぁ....あ......どうし....て?」
「上の空」

義久さんには、隠し事ができない。
いつも、そう。
僕のことが、すぐわかる。

「早苗のこと.......考えてた........あと」
「あと?」
「僕たちは........兄弟じゃ......ないかって、こと....」

義久さんの右眉がキュッとあがる。
義久さんの、確信に......ふれたんだ、僕は。

「もし、そうだったら。奈苗はどうする?」

義久さんは、僕の中に指を入れて質問をした。
指で僕の中を刺激するから.......息が、あがる。

「.......許さ.....れない......こと、だけど......仕方がない.........好きな.....気持ちは、止められない」

僕の中に入ってくる義久さんの指が増えて、さらに僕が弱いところをせめるから、僕は思わず、身をよじる。

「ロトとその娘みたいに?」

義久さんの言葉に僕は頷いて、そして、その首に手を回す。
聖書に出てくる近親相姦の、聖母マリア様とは対極にいる親子の名前をだすなんて........。

義久さんの言葉は、僕の心を深く揺さぶってくる。

「今さら、兄弟なんて........。義久さんが、大好きだから.......関係ない.........全ての........不安の........可能性を、忘れるくらい.........僕を愛して.........義久さん」

義久さんは僕の中いっぱいに熱いのをジワっと入れた。
そして、ゆっくり前後に揺さぶりだす。

「あぁ.....あ.....」
「奈苗、好きだ.......ずっとそばにいて」
「義久.....さんも....」

こうして、好きな人と肌を重ねているだけで、僕は今、すごく幸せで。

ずっとこうしていたくて、離れたくなくて。

この一瞬一瞬が楽しくて。

僕たちの過去や真実なんて邪魔くさいだけで。

未来なんて、鬱陶しいだけで。

まるで、記憶をなくしていた頃の早苗みたいで。

やっぱり.......。

僕は、父の子なんだ、って実感してしまうんだ。
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感想 1

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みんなの感想(1件)

shokatukoumei2019
ネタバレ含む
2020.03.07

丁寧な感想をありがとうございます😊
「心に残る作品」と言っていただけて、本当に天にも登る思いです😍
オメガは重たい宿命を背負っているだけに、多種多様な表現がアリなので。
私もオメガを書いていてとても気分が上がります❣️
本当にありがとうございました😊

解除

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