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第十話

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✳︎心強い?! イケメン用心棒たちとカレンのお見舞い大作戦✳︎

「クローマ三兄弟のお通りだ! 道を開けろ!」
「アリカムさん、そんな大丈夫ですよ」
「いいんだってカレン。アリ兄の言う通り、ここいらはちょいと治安が悪いからな」
「はぁ?! カレンの護衛はオレで十分だよ!!」
「いやいや、ウィルの旦那、あんたじゃ役不足だ」
「プルプラ、俺に喧嘩売ってんの!?」
「買ってくれるんならいつでも売るぜ!」
「あぁ!?」
「おぉ!?」
「プルプラさんも、ウィルさんも落ち着いてください」
「まぁまぁ、あいつらはほっといて大丈夫。俺が花束持ってやるよカレン」
「ヴィリディさん。ありがとうございます」
「じゃぁ、俺が籠を持ってやるよ」
「アリカムさんもすみません」
「いいってことよ」

と、さっきまで睨み合っていたウィルとプルプラが急にこちらを向いた。

「兄貴ども、キタねぇぞ」
「そうだ! カレンのお付きは俺なんだからな」
「なんだプルプラ、ウィルの旦那と仲良くなったじゃねぇか!」

そう言ってアリカムが笑うと、つられて全員が笑顔になった。

旧都とはいえ、いまだ交通の要所としてたくさんの人が行き交うドラコブルトの道のど真ん中。
すれ違う人の視線を痛いくらい感じながら、あたしは街外れに向かって歩いていた。
アポロン亭の大事なお客様、錬金術師のキャスがシクラム平原で大怪我を負っちゃって。
街外れにある修道院・セクレタム修道院に療養することになった。

人の立ち入りを、厳重に規制するこの修道院。
生まれてからずっと、ドラコブルトに住んでいるあたしでさえも、漂う雰囲気の重たさから行ったことはおろか、近寄ったことすらない。
キャスのお見舞いに、行きたくて、行きたくて、行きたくてたまらなかったんだけど。

一人じゃなんとなく、心許なかった……と、いうか。
なんか、行きづらいというか……。
だから一人じゃ、なかなか一歩が出ないあたしに。
修道院に行ってみたいというウィルが一緒についてきてくれた。

不安と緊張が、ウィルのおかげで和らいで。
足取りも軽く道を進んでいたその矢先。
バッタリと人一倍、賑やかなクローマ三兄弟にであってしまった。

「よぉーっ! カレンじゃねーか!!」

往来のど真ん中で、クローマ三兄弟の一番下の弟・プルプラが青空に映える紫色の髪をなびかせて叫ぶ。
名前をよばれて、真っ直ぐあたしたちに手を振るから……知らない人のフリなんかできずに。
つられてあたしも、プルプラに手を振ってしまった。

「どこいくんだ、カレン? 頼りない護衛なんかつけてよ」
「んだとォ、ヴィリディ!! もっぺん言ってみろ!!」

若草色の髪をかき上げて、ウィルを挑発するように言った次男・ヴィリディ。
それにまんまと乗っかるかたちで、ウィルが睨みをきかせてヴィリディとの距離をつめた。

「道の真ん中で、面倒起こすんじゃねぇ」
「アリ兄」

ゆっくりと向こう側から。
炎のような髪をした長男・アリカムが、弟さんたちを嗜めながらあたしたちに近づいてくる。

目立つ、わ……ものすごく。
別に何もしてないのに、ただ話をしているだけなのに。
人の視線が集まるとこんなにもチクチクと痛いんだって、あたしは初めて知った。

「どこかに行くのか? カレン」
「えぇ。この先のセクレタム修道院に行くのよ、アリカムさん」
「めずらしいな、何かあったのか?」
「うん、そうなんだけど……」
「分かった!! ウィル、お前坊さんになるんだろ?!」
「ちげぇよ!! プルプラ!!」
「キャスさんがね、大怪我しちゃって。ロブナーさんのはからいで、修道院で療養させてもらってるのよ。ウィルさんとお見舞いに行く途中なの」
「それなら、俺たちも一緒についてってやるよ!!」
「え!?」

な、なにを……言い出すの? プルプラ?!

「そんな顔すんなよ、カレン。俺たち、セクレタム修道院に行ったことあんだぜ?」
「……えぇ?!」

ヴィリディの軽く発した、思いの外嘘みたいな重たい内容の言葉に。
あたしは、次の言葉が出てこないくらい驚いた。

……うそぉ。
修道院とか……クローマ三兄弟から、一番縁遠いんじゃないの?

「まぁ、行ったは行ったけどな。中には入っちゃいねぇ」
「……」
「アリカム、それ、行ったことになんのか?」

あたしが口に出したくても出せなかった言葉を、ウィルがあっさりと言ってのける。

「まぁ、近寄りもしなかったヤツらよりは、全然マシだ!」
「……」
「そうかぁ?」
「だから、俺たちに任せろ!! クローマ三兄弟に任せろ!!」
……とかなんとか。
ちゃんと返事をする前に、クローマ三兄弟はあたしたちにくっついて道のど真ん中を歩き出した。

無事、入れてもらえるかしら、セクレタム修道院に。
ちゃんと、キャスの顔が見られるかしら?
お見舞いが、きちんとできるかしら?
キャスのことは心配でたまらないんだけど。
目の前のクローマ三兄弟がいる限り、ちゃんとお見舞いができるのか……そっちの方が心配で。
あたしは、緊張が大きくなった胸に手を当てて。
セクレタム修道院に続く道を、踏みしめるように歩いた。

ドラコブルトの最も西の外れにあるセクレタム修道院。
太陽神を信仰する修道女が熱心に祈りを捧げるこの修道院の外壁は、見るからに訪れる人を威圧するように天に向かってそびえ立つ。
歴史を感じさせるくらい苔むした外壁は、黒く変色していて。
それだけでも十分恐怖心が沸き立つんだけど……ほら、見てよ。
あの小さな窓一つ一つ、その奥から私たちを伺っているんじゃないか……って感じるくらい不気味で。
あたしはなんとなく、口数が少なくなっていくのを感じた。


「だから、見舞いにきたんだよっ!」
「だから、なんです?」
「さっさとその門を開けて、入れやがれっつってんだ!」
「仰っている意味がわかりませんね」
「んだとォ! この尼ァ!!」
「黙らっしゃい!!」
「……」
「あんまり騒ぐと服をひっぺがえして、そのひょろっこいケツを引っ叩きますよ!!」
「?!?!」
「それとも悪鬼悪霊が封印された甕に、押し込みましょうか?!」
「ヒッ……」
「いずれにせよ。神に仕える、眷属でなければ。このセクレタム修道院に立ち入ることはできません。おかえりなさい!」

けんもほろろに。
修道院の大きくて重たそうな門の前に立ちはがった修道女に断られて。

まぁるいベティーナ伯母様みたいな手で、あたしは肩をトンと押された。
なんというか、その……威圧感というか。
さすが、神に仕える身というか。
圧倒的に感じる〝強さ〟に、あたしの体は押された以上の力を感じ取って。
ビックリしちゃうくらい、よろけてしまった。

さっきまで意気揚々と無駄口と無駄な動きのオンパレードだった、クローマ三兄弟だって。
いっつも調子のいいことばっかり言ってる、ウィルだって。
一発目に、修道女の丸太のような腕でお尻を引っ叩かれるとか、悪霊の甕に押し込むとか。
修道女らしからぬ脅しに、屈してしまったのか分からないけど。
その修道女を目の前にして、まるで叱られてしょんぼりしている子どもみたいに、急に大人しくなっている。

……俺たちに任せろ!! クローマ三兄弟に任せろ!! なんて、言ってなかったかしら???
でも、こんなところで負けるわけにはいかないわっ!!

「で、でも!! ビショップのロブナーさんには、許可を……」
「なりません」
「じゃあ! キャスさんに門越しに会うってのは……」
「なりません」
「せめて、キャスさんの声だけでも!!」
「なりません! いい加減になさいっ!!」

あたしの圧に一歩も引かない、それどころかあたしの圧を押し返さんばかりの修道女。

……でも、でも!

あたしはアリカムからプレッツェルの入った籠と、ヴィリディから花を奪い取ると。
修道女のふくよかな胸に、ググッと押しつけた。

「じゃあ!! 伝言なら?! お見舞いを渡して頂くのは?! それくらいならできますでしょう?!」
「なりま……」
「イリョスの神様って、随分とケチなんですのね!?」
「なっ?! なんですって!?」

予想だにしなかったのか。
あたしの言葉に腕組みをして微動だにしなかった修道女の体が、ピクッと揺れた。
確かにケチとか言いすぎちゃったかな? って思ったけど……。
キャスに会えなくても、あたしたちはキャスを待ってるって、その思いだけでも伝えて欲しかったんだ。

「こんなにお願いしているのよ? 家族同然のキャスさんにお見舞いしたいって気持ち、きっと慈悲深い神様なら分かってくださると思っていたのに……」
「……」
「ドラコニスでの太陽寺院信仰が広がらない理由がわかりましたわ」
「なっ……!!」
「それとも預かってもらえますか?」

花と籠を修道女の胸にギュッと押しつけたまま、あたしは修道女を睨んだ。

「……ま、まぁそうね。お見舞いだけならお預かりしましょう」
「伝言も! 伝言もお願いします! 〝みんな、キャスさんが元気になって帰ってくるの、待ってます!〟って、伝えてください!」
「わ…わかりました! わかりましたからっ!」
「ありがとうございます! お願いします!」
「わかったから、さっさとお帰りください! いいですね?」
「本当に、よろしくお願いします!!」

胸に押しつけられた花と籠を受け取った修道女は、不機嫌そうな顔をして音を立てる門を開くと。
何も言わずに、修道院の中に消えていった。
気がついたら日も西に傾き、修道院の黒い外壁が余計黒く見えて来る。

……キャスに、ちゃんと渡してくれるかしら。
ちゃんと、伝えてくれるかしら……ちゃんと、ちゃんと。

だからあたしは、閉じた門から目を離すことができなかったんだ。

「……か、帰ろうか。カレン」

ウィルが、あたしの肩にそっと手を置いて言った。

「……大丈夫、聞こえてるわ」
「はぁ?」
「何度も呼ばなくても、聞こえているわよ? ウィル」
「……一回しか呼んでねぇよ?」
「え? だって……カレン、カレンって」

そう、あたしが言った瞬間。

ガタン! ガタン、ガタンーー!!

修道院からものすごく大きな音が響いて。
あたしもウィルも、クローマ三兄弟も。
体が大きく揺れて、驚きと怖さを表現してしまった。

「な、なんだぁ? ゴーストか?! アリ兄」
「バカ言ってんじゃねぇ、プルプラ」
「いや、悪霊だろ? 絶対そうだよ! なぁ、ウィル」
「何言ってんだよ、ヴィリディ! でもさぁ、さっき言ってたカレンの声……も?」
「やだ、やめてよぉ! そんなこといわないでよ」
「帰ぇるぞ!!」
「ま、待てよ、アリ兄!!」

クローマ三兄弟に続いて、あたしはドラコブルトの街へと歩き出す。

……その瞬間。
髪が、何かに引っ張られる。

そんな感じがして、あたしは振り返ってセクレタム修道院を見上げた。

〝キャス、早く良くなってね。本当に……みんな待ってるのよ〟

心の中でそう呟くと、あたしはクローマ三兄弟とウィルにおいていかれないように、足を速めた。





✳︎キャス イン ザ プリズン?!✳︎

「所詮、錬金術師。偽りの作り物しか持たない。ここではあなたの狡猾さも賢いさも、何の役にも立たないんですよ。ここにいる間、よくご自分を振り返って考えることです。いい機会ですよ? キャス」

鉄格子の向こう側で、冷たく言い放った修道女は。
無残に羽根が折れて、異音しか発しなくなったマキナビーを自らの足元に投げた。
ふっと息を吐いた修道女はマキナビーを踏み潰すと、踵を返して私の前から去っていく。

マキナビーの羽根が粉々に床に散らばり、小さな足も折れ、パタリと動かなくなった。

まさか、こんなことになるなんて……思いもよりませんでした、本当。

仮にも重傷人なんですが。
叩きつけるように、地下牢に閉じ込めるなんて。
ここの修道院の神職者は、幾分乱暴なように思います。
それこそ信心が不足しているのではないでしょうか?

冷たい、石畳の床。
床から伸びた鉄格子は、天井まで伸び。
入り口の小さな鉄の扉は、頑丈な閂をかけられてビクッともしない。
立つと、頭の高さに小さな空気孔があって。
そこから辛うじて、外の様子を伺うことができる。

特に何をした、というわけでもない。
太陽神を信仰する修道女が熱心に祈りを捧げるこの修道院で精製される、貴重な薬草のおかげで。
大怪我を負った私の体は、自分で予想した以上の速度で治癒していく。
あっという間に、歩けるまでに回復した私は。
修道院の中を、度々散策をしていたのです。
まぁ、それだけではない……と、申しますか。

ドラコニス大陸に名を轟かす、セクレタム修道院がどんな薬草を育ててるのか、とても興味があったんです。
修道院の外壁に囲まれた、豊かな薬草畑の中には。
地下から水を組み上げるこのできる画期的な装置があって、その水力を活かして水車まで備わっている。
水の音と、リズミカルに装置の部品がぶつかる音までも、耳障りが良くて心地いい。
まさに理想郷のような。
そんなを薬草畑を散策しているうちに、何人かの修道女とも仲良くなり。
ここでの療養も悪くないなと、思い始めた矢先の今日。

私は、ヘマをしてしまいました。

背の高い薬草の壁に隔たれて見えなかった、その先の庭。
甘い、頭を麻痺させるような匂いがして。
私は惹きつけられるように、薬草をかき分けてその奥に進んだ。

デビルズ・ブラッシュ……?

赤紫が印象的な、肉厚な花と葉をいっぱいに伸ばした薬草が、猫の額ほどの一角にぎっしりと咲き誇る。

……デビルズ・ブラッシュなんて、どこにでもある薬草ですよね?
どうしてこんなところに……こんなにたくさん?

その肉厚な葉の中に豊かな水を蓄えたような、デビルズ・ブラッシュに手を触れたくて。
そっと、手を伸ばした。

「あなたっ! 何してるの!!」

背後で声がして、いきなり私は手首を掴まれた。
私より華奢な修道女が怒りに満ちた形相で、私の手首を掴んでいる。
いつもならそんな拘束など、簡単に振り払える私なのに。
怪我の影響が、そのがっしり握られた細い手を振り解くことができなかった。
さらにその手首を、一瞬で後ろ手に捻られ、抵抗することもままならない。

「……離して、いただけませんか?」
「黙りなさい!」
「たかだかデビルズ・ブラッシュですよね? これ」
「黙りなさいと、言っています!」
「何故こんなことを? ……自ら、このデビルズ・ブラッシュに秘密があると言っているようなものではないのでしょうか?」

そう言った瞬間、修道女の手に力が込められて。
ギリギリに締め上げられた腕の痛さと、本調子じゃない体が、ミシミシと悲鳴をあげる。

「ッ!!」

そして、私は。
半ば引きずられるように連れてこられた、この地下牢に投げ入れられて。
修道女の皆さんと仲良くなって、めずらしい薬草を分けてもらう手筈だったのに。

……あぁ、どうしましょうか。

あの修道女の様子から、私はこの修道院の秘密を偶然にして知り得たことになって。
生きて……ここから出られる、そんな補償が微塵もないことを感じた。
ふと。
空気孔から外を眺めると、懐かしい面々の姿が目に飛び込んできた。

……カレンッ!! ウィルに、あのゴロツキ三兄弟!!

地面から生えた鉄柵に手をかけると、私は思いっきり息を吸った。

「カレン!! ここです!! 私です、キャスです!! カレン!! カレンッ!!」

精一杯、声を張り上げたにもかかわらず。

ガタン! ガタン、ガタンーー!!

私の声は、水車や地下水を組み上げる装置の音に無惨にも、かき消されてた。
カレンたちに向かって、何回も何回も叫んで叫んで。
それでも声は届かなくて……。

その時、未だに異音を立て小さく振動するマキナビーが目に止まった。
これ以上壊れないように、そっとそれを手に取ると。
折れた足が微かに動いた。
微かな音はその勢いを強くして、小さなマキナビーの体が私の手の上を這う。


「……まだ動くのか」

私の声に反応するように、マキナビーの体が私の手の上で転げ回る。
この満身創痍のマキナビーが、今の私の唯一の……希望なのだ。

私はマキナビーに僅かに残った羽を指で整えて、折れた足を真っ直ぐした。

「カレンに……アポロン亭の誰かに……伝えてくれないかな?」

空気孔にマキナビーをそっと置くと。小さな体が音を立てて。
ゆっくりと地面スレスレを、飛んでは落ちを繰り返しながら。
マキナビーは、カレンたちに向かって進んでいく。

……お願いだ、マキナビー。

ちゃんと伝えて……私はここだと。
助けてほしいと……。
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