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弟
胸を締め付ける違和感
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あの日から、遥華を殺してから、兄さんは変わった。
僕を積極的に求めるようになった。
好きだ、愛してると、たびたび口に出すようになった。
それは、いわば、僕が望んでいたもののはずだった。
それなのに何故、この胸のしこりが取れないのだろうか。
いや、本当は分かっている。
分かっているけれど、気づかないように、無意識のうちに、考えるのをやめているんだ。
その違和感を認めてしまったら、僕の今までの行動を全て否定してしまうことになってしまうのだから……。
「……おい、海斗。………海斗!」
「……っ⁉︎」
教室の席で思い耽ていたため、純の大きな声に、ビクッと顔を上げて驚いた。
「あ……どうしたの?」
「それはこっちのセリフだ。ここ数日、どこか心あらずのように見えるが、何に悩んでいるんだ?陸斗さんの事か、それとも七瀬さんの事か?」
僕は少し黙り込み、どう伝えようか悩んだ。
本当の事を話すわけにはいかないが、だからといって、また嘘をつくのには躊躇いがあった。
以前の、純に会う前の僕なら、こんなふうに思わなかった。
「………実は、最近、兄さんの様子が変なんだ。いつもの優しい兄さん、なんだけど、何ていうか…その、とにかく様子がおかしいんだ。」
僕は真実をぼかしつつ、兄さんの異変について打ち明けた。
「そうだったのか。でも無理もない。あんな目に遭っていたんだからな。それで、病院には通わせているのか?」
「ううん。兄さん、家から出ようとしないし、誰とも会いたがらないんだ。」
純はそれを聞いて、深くため息をついた。
「なるほど…な。でもどうして陸斗さんは、そこまで追い詰められるまで、誰にも助けを求めなかったんだろうな。」
………確かに純の言う通りだ。
いくら僕を守るためとはいえ、痴漢に耐え続ける必要はない。
快楽に溺れ、自ら痴漢される事を望むようになってしまったのだろうか。
いや、そうなるよりずっと前に、兄さんなら、現行犯で捕まえて駅員に突き出すなりしたはずだ。
「な……なんでだろう。聞いた事なかった。」
そういえば僕は、言いたいことだけ言って、兄さんの話をろくに聞いていなかったなと、今更気づいた。
「これは、俺の予想だが、多分、脅されていたんだと思う。抵抗すれば、動画や写真などを拡散するとか、そんな感じでな。」
そんな事、あるわけ………いや、そうかもしれない。
兄さんに相談する前は、僕が痴漢に遭っていた。
あの時は、兄さんに痴漢を撃退してもらう事で、僕の身を案じて、さらに僕の元に留まるよう仕向けようと企んでいた。
だから何度か痴漢に遭った時、あえて自分では対処せず、我慢した。
まさかその時に、動画か写真を撮られたとでもいうのか。
だとしたら、兄さんが犯されたのは、僕のせい?
いや、それ以前に、僕が個人的に解決していれば、そもそも兄さんは痴漢なんて遭うことはなかったんだ。
いや、それよりも……もっと………。
ああ、ダメだ。
これ以上考えたら、あの違和感の正体が分かってしまう。
「で…でもさ。脅されたとしても、あんなになるまで、我慢できるものかな?僕には、そんな事できないよ。」
「仮に、陸斗さんが脅されていたとしよう。お前たちは、双子だ。だから、他人からは、どっちがどっちだか、見分けがつかない。つまり、動画や写真を拡散されたら、海斗にも被害が及ぶんだ。それを、陸斗さんは恐れたんだろう。そして、それを防ぐために、自分だけが犠牲になろうしたんだろう。それにしても、陸斗さんは……」
そこで純は、一呼吸おいた。
「………本当に、海斗を大切に想っているんだな。……異常なほどに。今までの海斗の話を聞く限り、陸斗さんは常に、自分の事は二の次に、海斗のために尽くしている。いくら二人っきりの家族とはいえ、深い愛が無ければ、そこまでできない。」
兄さんは、僕を、愛していた……?
そんなはずは、無い。
でなければ、あんな事言わないはずだ。
「……違う。だって兄さん、僕を置いて、県外の高校に行こうとした。僕と距離を置こうとしたんだ。」
僕は俯き、ぼそっと呟いた。
すると純は、少しの間、考え込むように黙り込んだ。
「………海斗。それとこれとは、話が違うんじゃないのか?いくら仲のいい兄弟だって、いつかは別々の生活を送るものだろ。まさか海斗は、陸斗さんと生涯ともに過ごすつもりなのか?」
その時、純に反論された事で、心の奥に押さえ込んでいた感情が、一気に溢れた。
「ああ、そうだよ!だって僕は、兄さんの事を、心の底から愛しているんだから!!」
思わず大声で口にしてしまい、すぐに後悔したが、もうどうにもできなかった。
教室のクラスメイトたちが、一斉に視線を向け、僕はまた、注目の的になった。
けれどもそんな事はどうでも良かった。
「…………海斗、まさか、お前──。」
問題なのは、兄さんへの想いを、純に知られてしまった事だった。
「………ッ⁉︎…………。」
僕はその事実が耐えられず、逃げるように教室を後にした。
僕を積極的に求めるようになった。
好きだ、愛してると、たびたび口に出すようになった。
それは、いわば、僕が望んでいたもののはずだった。
それなのに何故、この胸のしこりが取れないのだろうか。
いや、本当は分かっている。
分かっているけれど、気づかないように、無意識のうちに、考えるのをやめているんだ。
その違和感を認めてしまったら、僕の今までの行動を全て否定してしまうことになってしまうのだから……。
「……おい、海斗。………海斗!」
「……っ⁉︎」
教室の席で思い耽ていたため、純の大きな声に、ビクッと顔を上げて驚いた。
「あ……どうしたの?」
「それはこっちのセリフだ。ここ数日、どこか心あらずのように見えるが、何に悩んでいるんだ?陸斗さんの事か、それとも七瀬さんの事か?」
僕は少し黙り込み、どう伝えようか悩んだ。
本当の事を話すわけにはいかないが、だからといって、また嘘をつくのには躊躇いがあった。
以前の、純に会う前の僕なら、こんなふうに思わなかった。
「………実は、最近、兄さんの様子が変なんだ。いつもの優しい兄さん、なんだけど、何ていうか…その、とにかく様子がおかしいんだ。」
僕は真実をぼかしつつ、兄さんの異変について打ち明けた。
「そうだったのか。でも無理もない。あんな目に遭っていたんだからな。それで、病院には通わせているのか?」
「ううん。兄さん、家から出ようとしないし、誰とも会いたがらないんだ。」
純はそれを聞いて、深くため息をついた。
「なるほど…な。でもどうして陸斗さんは、そこまで追い詰められるまで、誰にも助けを求めなかったんだろうな。」
………確かに純の言う通りだ。
いくら僕を守るためとはいえ、痴漢に耐え続ける必要はない。
快楽に溺れ、自ら痴漢される事を望むようになってしまったのだろうか。
いや、そうなるよりずっと前に、兄さんなら、現行犯で捕まえて駅員に突き出すなりしたはずだ。
「な……なんでだろう。聞いた事なかった。」
そういえば僕は、言いたいことだけ言って、兄さんの話をろくに聞いていなかったなと、今更気づいた。
「これは、俺の予想だが、多分、脅されていたんだと思う。抵抗すれば、動画や写真などを拡散するとか、そんな感じでな。」
そんな事、あるわけ………いや、そうかもしれない。
兄さんに相談する前は、僕が痴漢に遭っていた。
あの時は、兄さんに痴漢を撃退してもらう事で、僕の身を案じて、さらに僕の元に留まるよう仕向けようと企んでいた。
だから何度か痴漢に遭った時、あえて自分では対処せず、我慢した。
まさかその時に、動画か写真を撮られたとでもいうのか。
だとしたら、兄さんが犯されたのは、僕のせい?
いや、それ以前に、僕が個人的に解決していれば、そもそも兄さんは痴漢なんて遭うことはなかったんだ。
いや、それよりも……もっと………。
ああ、ダメだ。
これ以上考えたら、あの違和感の正体が分かってしまう。
「で…でもさ。脅されたとしても、あんなになるまで、我慢できるものかな?僕には、そんな事できないよ。」
「仮に、陸斗さんが脅されていたとしよう。お前たちは、双子だ。だから、他人からは、どっちがどっちだか、見分けがつかない。つまり、動画や写真を拡散されたら、海斗にも被害が及ぶんだ。それを、陸斗さんは恐れたんだろう。そして、それを防ぐために、自分だけが犠牲になろうしたんだろう。それにしても、陸斗さんは……」
そこで純は、一呼吸おいた。
「………本当に、海斗を大切に想っているんだな。……異常なほどに。今までの海斗の話を聞く限り、陸斗さんは常に、自分の事は二の次に、海斗のために尽くしている。いくら二人っきりの家族とはいえ、深い愛が無ければ、そこまでできない。」
兄さんは、僕を、愛していた……?
そんなはずは、無い。
でなければ、あんな事言わないはずだ。
「……違う。だって兄さん、僕を置いて、県外の高校に行こうとした。僕と距離を置こうとしたんだ。」
僕は俯き、ぼそっと呟いた。
すると純は、少しの間、考え込むように黙り込んだ。
「………海斗。それとこれとは、話が違うんじゃないのか?いくら仲のいい兄弟だって、いつかは別々の生活を送るものだろ。まさか海斗は、陸斗さんと生涯ともに過ごすつもりなのか?」
その時、純に反論された事で、心の奥に押さえ込んでいた感情が、一気に溢れた。
「ああ、そうだよ!だって僕は、兄さんの事を、心の底から愛しているんだから!!」
思わず大声で口にしてしまい、すぐに後悔したが、もうどうにもできなかった。
教室のクラスメイトたちが、一斉に視線を向け、僕はまた、注目の的になった。
けれどもそんな事はどうでも良かった。
「…………海斗、まさか、お前──。」
問題なのは、兄さんへの想いを、純に知られてしまった事だった。
「………ッ⁉︎…………。」
僕はその事実が耐えられず、逃げるように教室を後にした。
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