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1章 暗殺者から冒険者へジョブチェンジ!

5、レオンハルトは誰かの辛い過去について話す

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 ーー魔力とは。

 それは強大で神にも匹敵する現象を起こすことができるほどの力。
 魔法を行使するための力。

 魔法を使うにはまず体内の魔力を知覚する必要がある。その昔、人間は体内に魔力を持っているものの知覚することができず、魔法を使うことが出来なかった。

 人間が土地に定住するようになると、いろいろな種族と交流をはじめた。その交流の中でいつしか魔力を知覚する方法を学び、鍛え、研鑽して魔力を研ぎ澄まし、魔法を操作することができるようになった。

 魔力の源は心臓にあり、血液を送り出すと同時に魔力も身体中に循環させている。そのため体液には多分に魔力が多く含まれている。

「で、その魔力が多く含まれる精液を毎日人間の身体の奥にたぁくさん注ぎ込めば、相手が誰でも魔力で作られた仮の子宮が結腸の辺りに出来て子を孕めるようになるってワケさ」

 僕に言い聞かせるようにこっちをじっと見て話すのはやめてほしい。僕は絶対にレオンハルトのつがいにはならないからな!

「竜の子は卵の状態で生まれてくる。卵って言っても正体は親の魔力のかたまりで、それに赤ん坊が包まれて生まれてくるから一見すると卵に入っているように見えるんだ。赤ん坊は生まれ落ちてすぐそれを割って外に出てきて卵を全部食う。つまりは親の魔力を取り込むんだな」

 赤ん坊は人間と竜、両方の特徴を持って生まれてきて、魔法をちゃんと使えるようになるまではその姿で育つ。長じて魔法が使えるようになると、竜と人どちらの姿も取れるようになる。子は単胎で、多胎の場合はない。

「驚きました。全然知らないことばかりです」

 エリオットさんは食事をすることも忘れてレオンハルトの話に夢中だ。
 今まで竜人がこんなにも人間に近づいたことはない。レオンハルトがこうして市井に暮らしているからこそ聞ける話だ。竜や竜人に話を聞くことができなかったはずのアルシュ・コルディがあそこまで詳しい本を書くことができたのは、フィールドワークとたゆまない努力の賜物だったのだろう。

 レオンハルトは合間合間にバクバクと肉を食べ、エールをガバガバ飲んでいる。そして僕を甘やかすことも忘れない。嬉しそうな顔をしながら肉を一口大に切り、小皿に取り分け僕の目の前に置いたり、ナプキンを取って口を拭いてくれたり、新しい注文をしてくれたり、汚れた机を拭いたりと色々と世話を焼く。つがいというより子供の世話をする親みたいだ。

 僕たちの様子に触発されたのか、エリオットさんは竜のつがいについての話を聞きたいと言ってきた。

「知っての通り竜は成人を迎えるとフェロモンで相手を探す。相手は同じ竜族が多いが、別種族ということもあり得る。現に俺と同時期に生まれた竜の中にはエルフとつがったやつもいるぞ。俺の場合は生まれた時からなんとなく自分のつがいは人間だと分かっていた。いや、本能でっていたと言うべきか」
「それは不思議ですね……」

 エリオットさんが大きく息を吐いた。
 フェロモンというのは相手に変化を起こすことができ、相手に対し交尾行動を誘引する物質のことだ。無臭なので人間にはほとんど感知できないものだが、匂いに敏感な獣人や竜はフェロモンを感知する能力に優れていて、相手を探すのに有用な物質だ。

 感知できないものなので、自分からフェロモンが出ているのか分からない。だからレオンハルトが僕から良い匂いがする、お前は俺のつがいだなどと言われても困る。でも、甘やかされるのは悪い気分じゃない。これってもしかしてレオンハルトに絆されかけているのか!? まずい、気をつけないと!

 つがいについての話はまだ続く。

「つがいは魂の片割れ。翼の片翼。つがいが死ぬと残された竜も死ぬ。残された竜がその気が狂うほどの悲しみに耐えきれないからだ。つがいとはそれくらい強い絆で結ばれている。そうならないために、つがう時にお互いの寿命を分け合う。だからケイも俺とつがうと二百歳くらいまで生きられるんじゃねぇかな」
「は?」

 つい声が出た。僕は昨日、レオンハルトの暗殺失敗で死ぬはずだった。それなのにおめおめと生き残り、生き恥を晒している僕なんかが長生きするなんて、今まで手にかけてきた人たちが許すわけない。

「長生きなんてしなくてもいいし。どうせレオンハルトとはつがわないから僕には関係ない」
「まあまだ俺たちは出会ったばかりだからな。成人するまでゆっくり考えればいいさ。でもさ」

 レオンハルトは真剣な顔で僕の瞳を見つめ、ぎゅっと手を握った。

「お前は俺のことが好きになるよ。それは確実だ」
「……はっ! バッカじゃねえの!?」

 僕の顔は今きっと真っ赤だろう。
 恥ずかしさを隠すために僕はレオンハルトの手を振り払い、その手をパチリと叩いた。

 エリオットさん、ほほえましい眼で見るのは止めて下さい。

「いやぁ、やはりつがい同士は仲が良いんですね。寿命を分け合うとは。たった一頭のつがいを一生愛し、人間みたいに浮気したり別の相手とつがったりしないんですね……」
「ああ、基本的にはな」
「基本的?」

 どういうことかとエリオットさんが目で訴える。

「ある一頭の竜の話をしよう」

 レオンハルトはそう前置きしてから一旦居住まいを正し、一頭の竜の話をはじめた。


 *


 その竜は産まれた時から自分のつがいになる者は人間だと分かっていたので、成人してすぐに人里に下りてつがいを探した。

 しかしその頃の人間界は魔王の軍勢に攻め込まれ、あちこちで戦争が起きていた頃で、戦禍を避けるために育った土地を離れ、戦争の爪痕が少ない場所へ避難したり逃げ出したりして人が移動し、なかなかつがいが見つからない状態だった。

 そいつは本能とフェロモンの匂いを頼りにあちこちを探した。人間界は広い。戦乱の最中、巻き込まれないようにつがいを探すことはそいつにとっても骨が折れることだった。それでもそいつは毎日のようにつがいを探し回った。

 何年も人里を彷徨った。同じ頃に成人した竜はすでに同種の竜とつがい、子が生まれていた。気づいた時にはそいつが人里に下りてから三年ほど経っていた。もう会うことができないのかと半分諦めかけた時、ある村落の近くでつがいのかすかな匂いを感じた。

 そいつは嫌な予感がして、慌ててフェロモンの匂いがする方へ飛んだ。ブリーシアの花のような甘いつがいの芳香と、鼻をつくような血が混じり合った匂いがだんだんと近づいてくる。向かう先の村落からは剣戟や人の悲鳴、魔獣の咆哮が聞こえ、煙が立ち上っていた。

 その村落は魔人たちが率いる魔物と魔獣の群れに襲われていた。村の入り口には壊された結界の魔道具と、鋭いもので切り裂かれたローブの、杖を持った老人が血に塗れて倒れていた。今までこの村落が無事だったのは、この魔術師と魔道具で村全体に結界を張り守っていたからだった。結界の中につがいとなる者がいたため、フェロモンの匂いも結界に阻まれて今まで感じられなかったのだった。

(レオンハルトの話を聞いていたら、いきなりドクンと僕の心臓が動悸を打った)

 村はすでに壊滅状態だった。崩れ落ちた建物、逃げ惑う人々を襲う魔物、折り重なって倒れ伏す人々、遺体を貪る魔獣、そして燃え盛る炎……。紅竜だったそいつを炎は阻めない。炎の中、つがいの匂いがする方へ向かった。

(めまぐるしく変わる景色と激しい息遣い。身体中が痛みと苦しみに悲鳴をあげている。どうやら自分は必死に走っているようだ。すぐ後ろで多くの魔物の息遣いがする。ここまで逃げている間にも何度か魔獣に噛まれ、魔物に襲われて毒を受けた)

 いきなりの竜の到来に魔物たちは怯え、魔人たちを置いて村から逃げ出した。そいつは襲ってくる魔人たちを魔法で焼き尽くしながら、自分のつがいである者の元へと向かった。

(毒が回ってきたのか、だんだんと身体が動かなくなる。寒い。痛い。苦しい。動けない。その場で膝をつく。魔狼がを取り囲んで、一斉に飛びかかってきた)

(人の姿を模した魔人が哄笑している。人間を殺せ、殺せ、殺せと。)





(痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたい…………!!!!)



(死にたくない。誰か、だれかたすけて)



(ーーその時、どこからか自分を呼ぶ声が聞こえたような気がした)

(誰?)

(誰なの? 私を呼ぶのは)

(あれほど痛かったのに、声を聞くたび痛みが消えていくような気がした)

(優しい声。安らぐ声。私はこの声を知っている気がする)





(会いたい)





 ーーーー違う。

 これは僕じゃない。
 レオンハルトの話が上手だから、感情移入しているだけ。

 こんな記憶、僕は知らない。



 でも、運命は残酷だった。
 つがいの元に駆けつけたとき、はすでに虫の息だった。
 彼女の身体は全身が魔物の毒に侵され、その上ポーションも回復魔法も効かないほどの傷を受けていた。そいつは彼女を優しく掻き抱いた。

 聞こえるのは風の音と轟々と燃え盛る炎の音。すでに人の悲鳴は聞こえない。
 今にも止まりそうな弱々しい心臓の鼓動と、苦しそうな息遣い。

 竜は遅すぎたのだ。

 ピクリと小さく身動ぎして彼女はうっすらと目を開けた。凪の湖面のような静謐な瞳にそいつの姿が映った。彼女は震える手を力無く上げてそいつの頬に優しく触れた。



 ああ、あなた。

 あなたね、私を呼んでいたのは。
 待てなくてごめんなさい。私は先に逝くわ。

 でもだいじょうぶ。わたしたちは魂で繋がっているから。きっとまた逢えるわ。
 私はあなたに逢うために生まれてくる。
 だから、また私をさがしてね。
 きっとよ。

 それだけ言って彼女はゆっくりと目を閉じ、二度と開くことはなかった。
 名前も知らない、つがいになるはずだった者の死。

 残されたそいつーーいや、は彼女を弔うと、仇を取るために魔王討伐へと参加した。

「だから基本的にはつがいは一頭だけだが、この竜人のようにつがいが二人いるって例外もあるってことよ」

 話を聞いていたエリオットさんは目元を拭った。
 ぼかしてはいたものの、これはレオンハルトの魔王討伐前の白紙だった過去、その時の話なんだ。

 ーーーー僕は。

 激しく打つ自分の心臓の音を消すように、音を立てて椅子から立ち上がる。

「僕は彼女じゃない」

 踵を返し、宿屋から出て行こうとした僕をレオンハルトが手首を掴んで止める。
 
 その顔には悄然とした表情が浮かんでいた。
…………………………………………………………………
【おまけの補遺】
(side.ケイ 時系列)

 暗い!
 本文暗いよ!

 あ、どうも。おまけに出てくるのははじめての主人公ケイです。
 今回は、暗殺から宿屋までの時系列がよく分からないという意見を頂いたので、説明させて頂きたいと思います。
(それもこれも作者の力量不足じゃねえか。なんで僕がこんなこと。後で覚えとけよ)

 0時半ごろ レオンハルト酒場を出る。
 1時過ぎ ケイ、部屋に引きずり込まれる。戦闘開始。
 2時過ぎ レオンハルト散歩と称して異空間を出る。

 (ケイ、待っているうちに睡眠をとる)

 2時半ごろ レオンハルト、飲み屋を襲撃。自分に薬を盛った従業員を脅して暗殺者ギルドの場所を聞き出す。
 4時ごろ 朝日が出る前に暗殺者ギルド『深海』を襲撃。

 べキッ、グシャ、ガキィ、グシャア、メキメキ……

 5時半ごろ 朝日と共に憲兵を呼ぶ。事情説明など。
 8時ごろ ケイ爽やかな目覚め(んなわけあるか! 腹減ったしトイレ行きたい)
 12時 レオンハルト、王城へ突撃昼ごはん。王様びっくり。
 15時半ごろ ようやく処理から解放されたーー! 王宮事務官と憲兵と騎士団の奴ら、処理おせえーー!
 16時ごろ レオンハルト、ケイの元へ。二人で宿屋へGO!

 簡単だけどこんな感じ。
 あーー、そうだよ。あの空間トイレがないんだよ。暗殺者は何日もトイレに行かず、ごはんも食べずに暗い屋根裏で潜むことがあるから僕は訓練してあって大丈夫だったけど、一般の人がここに閉じ込められたら空間の隅で垂れ流しか。最悪だな、おい。

 何日も潜む時は小さなマジックバッグの中に丸薬が入れてあるよ。レオンハルト、暗器は服に仕込んだやつもバッグに入ってたやつも全部持っていきやがったけど、丸薬だけは置いていってくれた。

 この丸薬は砂糖、コメ、野菜などで出来ている食べ物で、一粒で2~3日は食事を摂らなくても済むんだ。すごいだろ! これがなかったらお腹が空きすぎて中で暴れてたかも。

 こんな感じだよ! また分からないことがあったら聞いてね。
 いつでも感想待ってるよ。

(さぁて、こんな面倒なことをやらせた作者を氷漬けにしてくるか)
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