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1章 暗殺者から冒険者へジョブチェンジ!
17-1、ケイは冒険者登録をする
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地層のように、世界は幾つも積み重なっているという。
上へ行けば行くほど高度に発展した文明があり、高位の知的生命体が棲んでいる。この層の一番上の世界には我々が『神』と呼ぶ者たちが棲んでいると言われている。
そしてその下にさまざまな種族が住む無数の世界がある。
その中でも我々が住んでいるこの世界は最下層に近い位置にあり、魔法以外の文明はほぼ未発展だ。
『神』はそんな未開の地とも言える世界を少しでもより良いものにするために、上層から知識を持つ者や道具などを送り込むことにした。
そのために『神』は二つの方法を取った。
一つは『召喚』により、その世界に必要な人物を上層から呼び寄せ、必要なスキルを与えて下層へ送り込む。これは勇者召喚の時に使用された方法だ。
そしてもう一つはもっと簡単だ。上層に穴を開け、人や物を下層へと落とす方法だ。
上層から落とされたものが道具の場合は『神具』、人間の場合は『落ち人』と呼ばれ、その性能や知識を下層で広めることで、そこに住む人たちの文明を発展、生活を向上させる。
上から下へ落ちるのは簡単だが、その反面、下から上へ戻るのはとても難しく、一度下層に落ちてしまったものが元の世界に戻ることは不可能に近い。今まで召喚された人物や落ち人が、元の世界に戻ったという例はない。
余談だが、我々が住むこの世界の一つ上の層には『チキュウ』があるという。そのため、この世界に落ちてくる『落ち人』は『チキュウ人』である場合が多い。
その中でも異世界への憧れが強く、『マンガ』や『アニメ』などの影響で、容易に他世界を受け入れる土壌がある『ニホン人』が『落ち人』の中で一番多い。この世界に何人もの『ニホン人』が落ちてきたことによって、この世界と『ニホン』には強固な繋がりができた。それ故に勇者召喚で選ばれた勇者は『ニホン人』であった。
さて、話は戻るが、上層から落とされた『神具』は、冒険者ギルドでも使用されている。
ーー『神の眼』。
それがギルドカードを作成、更新などをする際に使用される神具の通称であった。
*
「今日はな、こいつの身分証を作りに来たんだ」
僕だけを受付カウンター前の椅子に座らせたレオンハルトは真後ろに立ち、僕の頭にぽんと手を置いた。
「では冒険者登録を?」
「ああ、頼む」
どこに行っても必要になるのが身分証だ。大体の人がギルドに登録できる十五才の誕生日を迎えると直ぐに作るので、ギルドの身分証カードを持っていない者は少数派だ。
「では担当者を呼びますので少々お待ち下さい。ほら、フィラは仕事、仕事!」
シルフィさんが急かすと、めそめそと泣いていたフィランゼアさんがいきなり光に包まれて、その巨体がふわりと浮き上がった。
魔法? にしては詠唱もなく、魔力の気配もなかった。
「あれはエルフお得意の精霊魔法で、精霊に好かれることが少ない人間じゃあ滅多に使えねえ魔法だ。俺が知ってる中で精霊魔法が使えた人間は聖女エレオノーラだけだったな」
不思議そうにシルフィさんを見ていると、レオンハルトが教えてくれた。
「俺たちが使う魔法は体内の魔力を使うが、精霊魔法は精霊達の力を借りる。それにはまず精霊と仲良くなんなきゃいけねぇが、自然と共に生きるエルフは元々精霊と仲が良い。『童貞喰い』のクセしてシルフィはなぜか精霊たちからモテるんだよなぁ」
丸い光がシルフィさんのまわりを浮遊しながら点滅している。この光が精霊なのか。初めて見た。美形エルフの背景が光っていると、ますます神秘的な度合いが深まる。
浮いたままふよふよと運ばれていくフィランゼアさんは、スイングドアから受付の中へと運ばれ、従業員専用の扉の中へぽいっと投げ込まれた。精霊さん、あの巨体を軽々と運んで放り投げたけれど、結構力があるんだ……。
「それではあとは受付担当者から説明をお受け下さい。レオンさん、結婚式には呼んで下さいね」
「はっ!?」
僕が抗議する前にシルフィさんはさっさと受付の中に入り、奥の部屋に声を掛けて担当者を呼んでくれた。暫くすると綺麗な紫の布で包まれた箱を両手で恭しく持った、三十代くらいの真面目そうな男性が奥の部屋から出て来て僕たちの前に立ち、壊れものを扱うように箱をカウンターの上に置いた。
「新規冒険者登録担当のワイアットと申します。どうぞお見知りおき下さい」
短い黒髪を後ろにぴったりと撫で付けた銀縁眼鏡のワイアットさんは、きっかり四十五度で頭を下げてから受付の椅子に座った。
「それでは今から冒険者登録を行わせていただきます。まず、登録をするには五千ガルが必要となります。これは冒険者ギルドでも商業ギルドでも、どこのギルドでも最初の登録の際には同じ金額を支払ってもらっています」
僕の後ろに立ったままのレオンハルトが胸ポケットから布袋を取り出すと、中から千ガル硬貨を五枚出してカウンターの上に置いた。僕はお金を持っておらず、今まで僕にかかったお金は全てレオンハルトが出している。後が怖いから貸し借りはなるべく無しにしておきたい。レオンハルトのことだから後で身体で返せと言われかねない。どうせ冒険者ギルドに登録するなら、このまま冒険者になって、金を稼いで返すのもいいかもしれない。
「ではこちらに必要事項の記入をお願いします。文字は書けますか? 必要でしたら代読、代筆しますが」
「大丈夫です」
どこの家へ潜入してもいいように、暗殺訓練の他にもありとあらゆる教養を詰め込まれた。その中には当然読み書きも含まれており、識字は問題ない。
必要事項はケイという名前以外書くことがなかった。孤児の僕には誕生日も出身地も分からない。
「レオンハルト様はこちらにご記入をお願いします」
差し出されたのは保証人が記入する用紙だ。依頼の失敗で多額の違約金が必要になり、本人が返済不可能になった時などに代理で支払ったり、事故や本人死亡の際に身元の引き受けなどを行う。
ペンを持ったレオンハルトは逆の手で髪を掻き上げ、僕の肩ごしに立ったままサラサラとペンを走らせた。少し右上がりだが、性格に見合わない流れるような美しい字だ。
「はい、確かに」
ワイアットさんは慎重に書類の記入漏れがないか確認してから用紙をラックに入れ、大事そうに持ってきた箱を手元に引き寄せ布の結び目を解いた。
「アーティファクト、『神の眼』です」
中に入っていたものは、その人が持つ能力値をギルドカードに登録、印刷する神具『神の眼』だった。
「これが……」
涙のような形をした手のひら大の鑑定石でステータスを、鑑定石をぴったりと嵌め込むことができる宝石箱のような箱でギルドカードの登録と印刷を行う。神具『神の眼』はその二つがワンセットになっていた。
各ギルド支部にある『神の眼』は子機で、本体は王都エクスファイランの冒険者ギルドにある。ここで登録した情報は王都の本体にも送られるため、どの冒険者ギルドでもカードを使うことが出来る。
鑑定石はガラスのように透明だが、光の加減で薄い赤や青に色を変え、円形の魔法陣が内部に幾つも重なるように書き込まれている。
鑑定石を収納する箱は金色で、見たことがないような複雑な紋様が全面に彫ってあり、側面の一部分には細いスリットが入っている。そこにワイアットさんがギルドカードを挟んだ。
「ここにギルドカードを挟みますと、鑑定石で鑑定した情報がカードに送られます。表示されるのは名前、年齢、ランク、魔法の属性です。A級以上になると、二つ名も表示されますよ」
とすると、シルフィさんのカードには『童貞喰い』と書いてあるのか。それは恥ずかしすぎる。変な『二つ名』をつけられないようにしないと。
「『神の眼』って名前だけあって、これで鑑定するとお前の情報が全て分かる。実際の年齢はもちろんのこと、もし神殿で洗礼を受けていれば、名前もな」
子供が産まれるとすぐ、神殿で洗礼を受けて『神』に名前を届け出る。それにより僕たちは『神の子』となり、『神』の祝福を受ける。
名前。
親が付けたかもしれない、僕の本当の名前。
僕にはずっと名前なんてなかった。ナンバー『K』、それが僕の呼び名だった。
それからレオンハルトに捕えられ、暗殺者『K』から『ケイ』と名付けられ、一人の人間として認められた気がした。
僕はもうケイだ。
もし僕を捨てた親が僕に名前を付けていたとしても、それはもう僕の名前ではない。
それに。
「……子供を捨てるような親が、捨てるつもりの子供に名付けとか、神殿で洗礼なんてしないと思うけど」
小さな呟きは誰に聞かれることもなく、空気に解けて消えた。
………………………………………………………
【補遺】
ーー 主要登場人物 ーー
◯ケイ
主人公。男の子。身長171セーチ(十五歳時)、細身。肩までの銀髪を髪留めや簪で留めている。ブリーシアの花ような黄色(金色)の瞳。A級冒険者&ギルド受付手伝い。二つ名は『氷華』。ネガティブ思考。小動物など可愛いもの好き。
大元の属性は水と風。二つを組み合わせて氷属性魔法を使う。元暗殺者、『深海』所属で成人するまでレオンハルトによる保護観察中。
◯レオンハルト・ドレイク
3話参照。紅い鱗を持つ火属性の紅竜の竜人。二つ名は『紅竜』。竜形態だと40メトルくらいある(初代ゴ◯゛ラより少し小さい)。魔王討伐は28歳の頃。86歳でケイと出会う。
肉しか食わない肉食系おじさん。ずぼらで部屋が汚い。
◯ヴィクター・レイ・フランネル
勇者レイジ・ミナカタと聖女エレオノーラの孫。二つ名は『英雄の孫』。
S級冒険者で、クラン『永遠の英雄』のクランマスター。
冒険者パーティー『神話の誓い』のリーダー。パーティーはA級。
黒髪、紫眼の王子様みたいな美形。女好きだしむちゃくちゃモテる。身長187セーチ、体重86キーロ。
聖剣カーテナを勇者から受け継いでいる。
◯ヒナタ・サエキ
腕の良い薬師。『チキュウ』の『ニホン』からの落ち人。黒髪の短髪、黒目。
身長173セーチ。体重は軽くて恥ずかしいので秘密。25歳だが童顔で十代後半にしか見られない。
最近ケイに身長が抜かされそうでヒヤヒヤしている。
この世界に落ちて来たとき傭兵さんに助けられて、現在同居中。
ケイに薬草採取を指名依頼している。たまに一緒に迷宮に潜る。
名前しか出てきてないのに主要登場人物である。
…………………………………………………………
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