“魔剣" リルムリート

さよなら本塁打

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第三章 怪奇、幽霊学習塾! 退魔剣客ふたたび

第49話 御神刀“雷光"

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「テストを間近に控えた、この緊張感。いいですねぇ」 


 ヘラヘラと笑いながら元木は言う。その態度は、いつもと変わらない。 


「東郷くん、勉強の調子はどうだい?」 


 彼は隼人に、そう訊ねた。 


「まあまあ、です」 


 と、答える美少年。こちらも笑顔である。少女のような美貌が眩しい。 


「明後日のテスト、期待していいかな?」 

「え、いやぁ……とにかく頑張ります」 


 隼人は頭をかきかき言った。緊張した様子はない。 


「天宮先生、テストの準備は社員で行いますので、当日は試験監督をお願いします」 


 と、元木。それに頷きながらも、久美子は目をそらすことなく正対している。バロンの武器は大小二本のナイフであり、服の中に隠すことも可能だ。人目のある中、襲ってはこないだろうが、万が一の可能性は考える。今、この距離で彼が先制してくれば、大幅に不利となるため、少しでも不穏な挙動を見せたら、こちらから攻撃しなければならない。一歩踏み込めば手刀が届く範囲内である。 


「元木先生……」 


 元木の背後から声がした。見ると、事務員の裏山松子が立っていた。 


「塾長が呼んでます。一階に来てください」 


 この松子が元木を“先生"と呼んだ理由は、塾生である隼人がいるからであろう。普段は“元木君"と言う。 


「わかりました。天宮先生、東郷くん、僕は、これで……」 


 と、言い残し、元木は立ち去ろうとした。 


「ところで、明後日のテスト、無事に終わるといいですねぇ……」 


 最後にそう言い放ち、彼は歩きだした。松子は久美子を一瞥し、後を追う。意味深な台詞だが、挑戦状をつきつけられたのかもしれない。 


「久美子さん、わかってると思うけど、こないだの“仮面野郎"の正体は元木先生だよ」 


 ふたりの姿が消えたあと、隼人は言った。 


「なぜ、そう思う?」 


 久美子は訊いた。なぜ気づいたのか、という興味が言わせた台詞である。 


「今は治ってるみたいだけど、右肩、痛そうにしてたでしょ?背格好も声も似てるし、戦ったのは、この近くだし」 


 と、隼人。久美子が気づいた理由と同じだった。やはり鋭い少年である。 


「君は明後日、休みたまえ」 


 危険を感じている久美子は、そうとだけ言った。隼人は返事をしなかった。 










 久美子はなぜ、隼人にそんなことを言ったのか。それは前回のように巻き込みたくなかったからだ。テストの日に何かあるとしたら、当然、戦闘になる可能性がある。彼女は、隼人が関わることを回避したかった。 


 今日、久美子は塾長の中久保初美に対し、今回のテストの中止を要求していた。バロンとの決着はつける気だが、塾内に漂う負の気の増大は、只事ではない。従業員や塾生たちの安全を守るため、事情を話した。 


 “テストの中止は出来ません" 


 それが初美の回答だった。実は保護者たちがテストに賛成だったのである。このバーニング・ゼミナールには父兄の送り迎えが多いが、皆、玄関に貼り出されたテストの案内を見て支持をした。我が子の実力と順位を確認できるからである。今更、中止するわけにはいかない。 


 ならば久美子は、応援の退魔士たちが当日、塾内に立ち入ることの許可を求めた。だが、こちらも却下された。物々しくなると、子供たちが集中できないから、ということだったが、元木が何らかの入れ知恵をした可能性も考えられる。一応、久美子が退魔士だということを知っているのは依頼人の初美だけのはずだが、わかったものではない。 










 午後十時半。久美子は退魔連合会鹿児島支部S市出張所の所長室にいた。 


「当日、応援の退魔士たちは外に待機させよう」 


 狩衣を着た所長、村島の提案である。黒い修道服を着た久美子は頷いた。幽霊調査の依頼人本人が希望する以上、塾内に久美子以外の退魔士を配置することは出来ない。勿論、初美は退魔連合会の出資者たる“会員"であるため、機嫌を損ねるわけにはいかない、という事情もある。 


 それならば、明後日のテスト当日、“異変"が起きた場合、すぐに対処できるように、久美子以外の退魔士を外に配置することとなった。元木に感づかれないよう、初美には知らせていない。こっそりやる、というわけである。 


「ところで、その元木という男がバロンならば、屋内での戦闘になるかもしれないね」 


 村島が言った。久美子は再度、頷いた。おそらく、バーニング・ゼミナールが戦場となる。 


「当日は、これを持っていきたまえ」 


 狩衣の懐から、鞘に入った一本の刀を取り出し、村島は久美子に手渡した。 


「これは、うちの神社の“御神刀"なのだよ」 


 久美子は抜いてみた。それは脇差しに似るが、それよりも、もっと短い。研ぎ澄まされた刃渡りは40センチほどであろうか。彼女の愛刀、花切丸と違い鍔がある。 


「銘は?」 


 と、訊く久美子。 


雷光らいこうという」 


 とは、村島。 


「大事な物をお借りしてよろしいのですか?」 


 久美子は言った。無口なこの女でも語ることはある。たまに開く唇は妖しく、そして美しい。 


「“力"を込めてある。御神刀というが、物理的な戦闘でも使えるよ」 


 その村島の台詞が答えである。力とは返り魔、つまり宗教的能力のことである。 


「君ならば、使いこなせるだろう?」 


 それは久美子の異能力と剣技、双方を評価しての言葉であろうか? 


「相手がナイフ使いであっても、踏み込む度胸は必要だよ」 


 と言う村島に対し、久美子は頭を下げた。肯定の意味ではなく、感謝の意である。 










 退魔連合会鹿児島支部S市出張所のそばに広い公園がある。時刻は午後十一時すぎ。風はないが、この時期にしては気温が低い。今冬最後の寒さになるのかもしれない。 


 黒いシスター服姿の久美子は、そこの丁度、中央あたりに立っていた。こんな時間に人はいないが、当然に好都合である。彼女は村島から借りた御神刀、雷光を抜いた。月など出ていないが、代わりに街灯の光を刀身が反射する。 


 もし、テストの日が戦闘となるならば、さきほど村島が言ったとおり、屋内での斬り合いとなる可能性が高い。バーニング・ゼミナールの廊下は狭く、教室には机が並んでいる。障害物が多いため、愛刀、花切丸の長さでは不利となる。バロンは短いナイフの使い手であるため、得物を振り回されると厄介だ。その対応策として、村島が短刀を貸してくれたのだ。 


 久美子は片手で雷光を振ってみた。花切丸に比べると、随分と軽い。五、六度縦横に払い、そのまま中断に構えた。 


 彼女は、目の前にバロンの姿をイメージした。神話に登場する獣の顔を模した仮面をつけている背の高い男だ。次に、前後にすり足で動いてみた。狭い空間内では左右の移動に限界があるわけだが、単純な動作なので簡単に実行できる。直線的に前進と後退を続けると、バロンはそれに合わせ距離をとろうとする。 


 だが、突如、久美子がイメージするバロンが斬りかかってきた。ヤツの武器は大小二本のナイフであり間合いが近い。右手の大ナイフが唸るが久美子は雷光を左肩前あたりに置いて合わせる。続けて左手の小ナイフが襲いかかるが、これを自身の右手前に立て防ぐ。しかし、さらにバロンの大ナイフが飛んできた時点で彼女の思考は停止した。 


「難しいものだな……」 


 久美子は目を閉じ、言った。バロンが左右の連撃を立て続けに繰り出した場合、一本の短刀で対応することは難しくなる。二、三度ならば返せるが、それ以上続くと、不利である。すべてを受けきれるものではない。 


 いっそ、距離をとってみようかとも考えた。だが、それだと久美子の攻撃手段がなくなる。飛び道具としての剣圧もあるが、建物内を破壊してしまうと、退魔連合会に対する訴訟沙汰になってしまうため使いたくない。それはあくまでも、打つ手がない場合の最終手段となる。 


 かと言って、もう一本、短刀を用意して、こちらも二刀流で戦うことは出来ない。久美子は一刀流の使い手であり、付け焼き刃の戦術などバロンには通用しないだろう。 


 “相手がナイフ使いであっても、踏み込む度胸は必要だよ" 


 さきほどの村島の台詞を思い出した。それはヒントなのだろうか。久美子は再び、目の前にバロンの姿をイメージし、剣を構えた。
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