イニシアチブ

まさよし

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第1話

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私、関口美菜(24)は絶賛片思い中だ。


「好きです付き合ってくださ「うーん、ごめんね。」


私のテンプレートになりつつある26回目の告白に、これまたテンプレートとなりつつある、いや、もうなっている返事をよこしたのは美郷恭祐(28)。
独身、彼女なし、地毛のこげ茶色のさらりとした頭髪にアーモンド型の二重の瞳、すっと通った鼻筋に薄く形のいい唇。脱いだら凄いらしい胸板、腹筋に長い手足。外見だけでも素晴らしく道行く女性が振り返るのだが、彼は内面も素晴らしい。誰にでも分け隔てなく優しく、そのハニーフェイスの為か上司にも営業先にも受けが良い。かと言ってそれを鼻にかけることもなく後輩の面倒見も良い。

ミスターパーフェクト。

それが彼のあだ名でもあり通り名だ。

一部上場企業に位置する子供服メーカーに新卒として採用されたのが3年前。そこで配属先の上司兼教育係だった美郷さんと出会った。優しく何でも教えてくれる美しい先輩に惚れない後輩がいるはずもなく。最初こそ淡い思いを寄せるだけだったのだが、思ったことは口にしないと気が済まない性格が災いして、想いが溢れてしまう月1回のペースで告白し続けて2年とちょっと。今回も安定の惨敗。…安定してほしくなんかないんだけれど。


「今日も清々しく負け戦だわね。」


隣のデスクでもう午後の仕事に取り掛かっている一つ先輩の関口小夜が、定番のランチタイム告白in非常口を終えた私に話しかけてきた。


「なんでわかるんですかー…。全然清々しくなんてないですよー…。はぁ…。」
「アンタのその顔みれば猿でもわかるわよ。それにしてもアンタの学習能力のなさは猿以下ね。」


小夜さん―――同じ苗字のため下の名前でお互い呼ばれている―――が容赦ない追撃をしてくる。
小夜さんは美人という言葉がしっくりとくる着物が似合いそうな美人さんだ。綺麗に切り揃えられたツヤツヤの黒髪に大きな瞳。言いたいことははっきりと言い過ぎるのが玉にキズな一つ上の先輩。
それこそ小夜先輩と美郷先輩が並べば絵になるくらいのお似合いの2人なのだが、小夜先輩曰く、


「よくあんな……なんでもないわ。」


と、何故か心底毛嫌いしているようで。
私としてはこんな美しいライバルがいたら気が気ではないので万々歳といったところなのだが。


「もう、なんで美郷先輩のことそんな嫌うんですか?」
「分からないあんたの頭が羨ましいわよ。あぁ、あいつの話してたら寒気がしてきちゃった。さぁ仕事仕事。」


こんな調子で、いつもはぐらかされてしまう。
あんなに素敵な美郷先輩のことなんで嫌うんだろう。
まぁいっか!
ライバルは一人でも少ないほうがいいしね!
ライバルといえば、社内で先輩にアプローチしている人は何故か一人もいない。
アプローチしてくる人は私を除いて決まって社外の人たちばかりだ。
先輩はマイカー通勤なので、会社の前で出勤前後に声をかけるしかない。
なのでそういうことがあればすぐ噂になるのだが、何度も訪れてくる人はおらず、決まって近くの喫茶店で先輩とお茶をした後相手の女性は青い顔をして去っていくのだ。
そして2度と現れることはないという…なんとも怪談のような話だ。
そのことを小夜さんや他の先輩に尋ねると、皆決まって口をつぐんで


「あー、うん。なんでだろうね?あぁっ!予定あるからまたね!」


と教えてくれない。
皆がみんなそんな反応をするのだから何か訳があるんだろうと、私なりに美郷先輩のことを探って…みたいところなんだが隙がない。
退社後はすぐに車で帰ってしまうし、飲み会も1次会だけ参加してそれが終わるとさっと帰ってしまう。
先輩のことが大好きだ。
だからみんなより先輩のことを見ているし話してもいると思う。
にも拘らず皆私の知らない先輩を知っているように思うのはどうしてだろう。


(先輩には何か特別な過去があるのかな……。)


悩む私を余所に、小夜さんは隣で黙々と仕事に取り掛かっている。
考えても仕方ない!
私もお仕事頑張らなくっちゃ!
早く終わらせて一言でも先輩と多く話すんだ!










と息巻いたものの別名残業女王の私が定時で帰れる筈もなく。


(えー!今日も残業だよ……。皆と同じだけの仕事量なのにな…、自分の鈍くささにほとほと愛想がつきるよー!!!)


普通に仕事をしていれば余裕をもって定時に上がれるだけの仕事量のはずなのに、ドジな私は細々とミスを繰り返してしまい、それで余計な仕事が増えそれを処理し業務の続きをし……。
要領のいい小夜さんは、もう帰り支度を済ませ終業のチャイムを待つばかりだ。


「美菜はちゃんとやれば出来るけど、ちゃんとやりすぎるのよね。」


小夜さんが私を下の名前で呼ぶときは、心配だったり励ましだったり、私のことを思って言ってくれている時だ。
仕事を手伝ってくれはしないけど、それは私の努力を無駄にしないためだってことも知ってる。
一人で最後までやり遂げた時の、一人でやったんだ!という達成感。
私はそれが大好きだ。
それを知ってて小夜さんは隣で見守ってくれる。
一人で抱えきれないときは流石に助けてくれるけれど。

終業のチャイムが鳴り響く。


「小夜さん、お疲れ様でした!いつか金曜日に定時であがれたら奢らせてくださいね!」
「えぇ、楽しみにしてるわ。その分だとそんなに掛からないだろうけど、遅くなる前に帰るのよ。それ、急ぎじゃないんだから。」
「はい!ありがとうございます。」
「それじゃ、お先に。お疲れ様。」
「お疲れ様でした!」


小夜さんが帰り、他の同僚も続々と退社していく。
ミスしないように慎重に仕事を進める。
そしてようやく仕事が終わり、気が付けばフロアには私と2,3人だけになっていた。


(よし、ちゃんと保存したし、やっと帰れる。今日は久しぶりにまだ日があるうちに終われたし、近所の居酒屋で少しだけ飲んで帰ろうかな。)


と言っても初夏でだんだんと日が長くなってきたから明るいうちに帰れるのだが。
なんとなく大きな仕事が一区切りした時は近所の居酒屋で、"私お疲れ様会"をこっそり一人で開催するのだ。
そんなことを入社から続けているもんだから、その小さな居酒屋のおいちゃんとは顔見知りになってしまった。


(おいちゃんのおつまみ絶品なんだよなー。今日は何かな。)


うら若き女子が考えそうにないことを考えながら荷物をまとめ、まだ残っている同僚に声を掛け退社する。
会社から出て最寄りのバス停まで歩き、バスを待つ。
停留所の時刻表を見ると、どうやらあと5分弱でバスに乗れそうだ。
今月もテンプレートのお断りをされたし、少し奮発していいお酒でも飲もうかなと考えていると、後ろからポン、と肩に手が置かれた。
振り返ってみるとそこには―――


「み、美郷先輩!」
「やぁ。お疲れ様。美菜ちゃんも今帰り?」


終業後とは思えない美しい笑顔で話しかける美郷先輩がいた―――。





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