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王国編 序章

6.教会

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 驚きのあまり言葉が出ないレオナールの視線の先には、天を衝くような尖塔が3つ並んだ巨大な教会があった。

 名はガイン・ノートリザン大聖堂。世界中に信者が居ると云われるジルニアス教最大の教会で、敷地面積はおよそ94,000平方サベール(メートル)、特徴的な3つの尖塔は45サベールあり、ジルニアス教が有する教会の中で一番の大きさだそうだ。

 柵で覆われた敷地内には聖堂や修道院はもちろん、運動場や孤児院、学舎、診療所など様々な施設が併設されており連日多くの人々が訪れているんだそうだ。

 大公家一家の馬車が到着した時間は、人々が始業するずっと前だったため、ほとんど人は居らず閑散としていた。やがて大聖堂の入口で馬車が停まり、馬車から降り正面に立って塔を見上げると、その覆いかぶさってくるような大迫力の規模感に圧倒された。

 聖堂の入り口には父や母達と同じ、白の祭服の上に淡い青色を基調としたローブをまとった高齢の男性と若い女性が出迎えに来ていた。

 男性はたっぷりと白髭を蓄え、朗らかな表情をした優しいお爺さんといった雰囲気だが、身長の高い父と並ぶほど大きく不思議な人物だ。

 女性は清楚がさらに洗練されたような雰囲気を纏い、陽の光を閉じ込めたかのような金色の髪は腰当たりまで伸び、切れ長でエメラルドグリーンのような色合いの瞳は気を抜くと吸い込まれそうになる幻覚を覚えるほど美しい。


「おはようございます。本日はようこそおいでくださいました、アリスレイン大公家の皆様。ガイン・ノートリザン大聖堂の責任者である、大司教のルーク・ロエル・ライマンと申します」

「修道女のティリス・ランデブーと申します」

「どうも、ブローヴィル・フェル・ハイル・アリスレインと申します。聖女様までお出迎えに来てくださるとは思いませんでした。先日は息子が大変お世話になりました」

「ラナリア・フェル・ハイル・アリスレインと申します。私からも深謝申し上げます」


 2人が深々とお辞儀をする。ルークとティリスその様子に非常に慌てていた。さすがに王族に頭を下げられるのは驚いたようだ。


「人を助けるのは、わたくしが天上の主より賜った天命なのです。ですから、お顔を上げてくださいませんか」


 ティリスは非常に綺麗な女性だ。清楚以外でその女性を表す言葉が見つからないほどに清廉な雰囲気をまとっており、その一挙手一投足にも相手への最大の敬意が込められているのが見て取れた。


「あ、あの!レオナール・フェル・ハイル・アリスレインと申します!先日は命を助けていただき本当にありがとうございました!」

「礼には及びませんよ、レオナール様。先程も申し上げましたが、わたくしは天上の主より授かった天命に従ったまでです」


 にこりと微笑んだその表情にレオは見惚れてしまいうまく言葉が出ず、沈黙が続くとルークが声を掛けた。


「と、とりあえず応接室の方にご案内致します。こちらのほうに付いて来て頂けますか」

「あぁ、よろしくお願い頼むよ」


 ルークの案内の下、身廊をまっすぐ突き進んでいた。両脇に聳え立つ柱は細かい彫刻がなされており、奥に見える祭壇の後ろは、全面に青を基調としたステンドグラスがはめ込まれ、そこに朝日が差して非常に神秘的な空間を作り出している。

 身廊を半ばほど進んだところで右に曲がり、通路に入るとそのまま突き当たりの部屋に通された。部屋の中は先程の聖堂とは対照的で、無駄を省いた質素なつくりとなっていた。

 部屋の中央には3人掛けのソファーが長机を挟んで向かい合うように、上座に1人掛けのソファーが置かれていた。


「そちらの椅子におかけ下さい」

「では失礼する」


 上座にブローヴィル、上座から向かって右手のソファーにルークとティリス、左手にラナリア、レオナール、ルーフェリアスといったように腰を掛けた。


「改めまして、今日はようこそお越し下さいました。そして、レオナール様。この度は10歳の誕生日を無事お迎えしたことにお祝い申し上げます」

「おめでとうございます、レオナール様。こちらは、我々教会からのお祝いの品でございます」

「ありがとうございます!」

「祝いの品までご用意してくださったのですか!ほんとうにありがとうございます」

 二人の祝いとともに差し出されたプレゼントは上質な白い布に包まれた長方形の箱だ。箱の大きさはおよそ20~30フィグル(センチメートル)ほどの長さで、非常に細長い。少しずっしりとした重さがあり、レオの胸は期待で胸がいっぱいだった。

「どうぞ開けてください、大司教様とわたくしでお選びさせて頂きました」

「お2人がですか!では、開けさせて頂きますね」

 袋を取ると、簡素だが上品な木箱が出て来た。表面が焦げ茶色の漆のような質感の塗料でコーティングされ、留め具や蝶番などの金属部分は鏡面仕上げが施されている。箱からは不思議なオーラのようなものも感じ、ヒノキに似た良い香りがしている。

 ゆっくり蓋を開けると、紫の緩衝材の上に、箱と同じく艶のある焦げ茶色の塗料が塗られた木の杖、そして箱を開ける前から感じていた不思議なオーラを放つ綺麗な指輪が入っていた。

 レオを除く大公家一家はそれらをみて驚愕の表情を浮かべていた。


「これは…!?かの若き名匠、ハルオ・ルーニア氏の銘が刻まれた魔杖ロッドですか!」


 ハルオ・ルーニア。隣国のデイツ魔導国の首都ラグベルズに住み、25歳という若さで大陸一の工業系ギルド【疾風ゲイル】の長を率いる名匠。


「そうです。彼とは深い縁がありましてね。お願いしたところ、二つ返事で引き受けてくださいました」

「まぁ!綺麗な指輪ですわね、この指輪には何か力が備わっていらっしゃるのでしょうか?」


 指輪は二本の鉄の輪が重なり、青い宝石が嵌った台座が取り付けられている。


「こちらは魔力増幅オドアップの効果が備わった魔水晶オドクォーツをはめ込んだ指輪でございます」

「ほとんど採掘されない凄く貴重なあの魔水晶オドクォーツですか!?どうやって……」


 魔水晶オドクォーツとは地下水に溶け込んだ魔力オドの源、魔素マナが長い時間をかけて結晶化した鉱石で、鉱床がほとんど見つからずとても貴重な鉱石の1つだ。無色透明だが、魔力を流し込む事で青色に変化する。


「実は先日、数十年ぶりに鉱床が見つかりましてね。それを発見したのが【疾風ゲイル】の採掘チームだったんですよ」

「確か鉱床を発見した場合、発見した者に採掘権が一任される、でしたね。ですが、それをまさか祝い品として頂けるなんて……ハルオ氏には後日何か御礼をしなければな」

「そうですわねぇ、それにしてもすごく綺麗ね。早速付けてみたらどうかしら?」


 手渡された指輪を人差し指に嵌める。どういうわけかサイズはピッタリだった。

 嵌めた指輪をじっくりと眺めていると、ブローヴィルが声を掛けた。


「こっちの魔杖ロッドも感触を確かめてみたらどうだ?」

「そうする!」


 魔杖ロッドとは、魔法術を使う際に魔力オド操作を補佐する帯魔器マジックアイテムである。レオナールが貰った物は長さがおよそ15フィグルほどで、非常に軽く手にフィットするような持ち心地だ。


「すごいな……こんなに高価な物を頂けるなんて。重ねてお礼申し上げる」


 ブローヴィルがまた深く頭を下げる。


「大司教様も聖女様も困ってらっしゃるんだからお辞め下さいな、アナタ」

「ん、いやぁすまないすまない。ところで、儀式の方だが」


 儀式。その言葉にレオナールはさらに鼓動が高まりつつあったのだった。
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